「君と暮らすこの素晴らしき日々」
4.友人と鉢合わせ
「おんやぁ?」
「よお」
引っ越した翌日の日曜日、徒歩で昼食を食べに出かけたら友人に鉢合わせした。
鮮やかなオレンジ髪の友人は、広い肩を揺らして意味ありげな笑顔を浮かべている。オカマバーを経営しているので普段は昼間にあまり見ることはないのだが、今日は薄く無精髭を生やして、迷彩のタンクトップによれよれのジーパンを身につけている。こうしていると、野性的に格好いい男なのだが…なんだってオカマになりたいなどと望んだのだろうか?
「よお、隊長。可愛い子連れてるじゃん」
「お前、いい加減その呼び方止めろよ…」
グリエ・ヨザックはドイツ時代からの友人で、徴兵制度に従って義務役についていたとき、コンラートが部隊長を務めていたものだから、その時からこう呼ぶことが多いのだ。
職場の知人達と出くわしたときにもこんな呼びかけをしていたから、《コンラートさんは特殊部隊の精鋭だったらしい》とか、《エリ○88と呼ばれる過酷な戦地で、[ルッテンベルクの獅子]と呼ばれていたらしい》なんて噂がまことしやかに流れたのだ。
《ルッテンベルクの獅子》というのはギムナジウム時代にフェンシングをやっていた折り、やはりヨザックが勝手に広めた渾名で、ルッテンベルク自体はギムナジウムのあった土地の名である。
言ってみれば、《大崎下島の獅子》とかいったローカルなノリなのだ。
「こんにちは、渋谷有利っていいます」
「おー、礼儀正しいね。声も出てるし、今時珍しいまっすぐタイプじゃん」
「高校球児ですから!」
えへへ…と照れながら有利が言うと、ヨザックはくしゃりと髪をかき混ぜてにしゃりと笑う。
「うっふふぅ〜ん…マジで食べちゃいたいくらいに可愛いわぁ。ねえ、隊長…ちょいとあたしのトコに数日預けてみない?しっかり魅力を開発してあげるわよ?」
「…っ!」
突然のオカマ言葉に、有利はぎょっとして身を退けた。
「あらぁ…怯えた顔も可愛いわね?お姉さんがチューしちゃおうかしら」
「わ…わわ…コンラッドーっ!」
「ヨザ…やめろ」
至近距離に迫るヨザックの顔を、有利は両手を使って必死で食い止めている。
コンラートが呆れたように止めると、チェっと舌打ちして身を離す。
「まあいいや。隊長、この子も連れて飲みに来なよ。サービスしちゃうから」
「投げキッスはよせ」
コンラートは素早くキスの経路を避ける。別に害がないと分かっていても、何となくそういう動きをしてしまうものだ。
「それに、ユーリは高校生だぞ。お前のいかがわしい店なんか連れて行けるか」
「しょーがねーな。じゃああんただけでもいいや。今度こそ喰わしてもらうから」
「ユーリが行かないのに俺だけ行くもんか」
「はあ?あんた、まさか…」
「ふふん。この子と結婚を前提とした同棲をしてるんだ」
「はぁ〜!?」
《言っちゃっても良いの!?》と言いたげに有利は目を見開いているが、ヨザックの方は呆れたように肩を竦めながらも気持ち悪そうな顔をしたりはしなかった。
「あんたがねぇ…誰にどう誘われても靡かなかったのになぁ…」
「ユーリは特別なんだ」
「へっ!言うねぇ…でもさ、気を付けろよ?ストレートがタチやると、女と同じ調子でヤリやがるから結構ネコは身体痛めちゃうんだぜ?アナルケアは丁寧にな」
「下世話なこと言うな!」
「馬鹿、下世話なことこそ大切なんだよ」
そういうと、ヨザックはぐるりと腕を回して有利を引き寄せた。
「ユーリちゃん、尻の孔のお手入れならこのグリ江ちゃんにお任せよ?馴れてきたら林檎だって入れられるようになるからね」
「えーっ!?」
「入れるかそんなものっ!」
恐怖に顔を硬直させている有利を落ち着けさせる為に、コンラートは少々時間を要したのであった。
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