「君と暮らすこの素晴らしき日々」
2.一緒に入る?
ピンポロピンポロピ〜ン♪
《お風呂が沸きました》
軽やかな電子音が知らせてくれると、コンラートと有利は同時に視線を交わした。
「お先にどうぞ」
掛けた声も同時だった。
「コンラッドの家なんだし、コンラッドが先に入らなきゃ」
「ユーリは若いし、たくさん汗をかいたんじゃない?」
「引っ越しの後にシャワー浴びたから平気だよ?」
「うーん…」
コンラートは冗談めかしてこう言った。
「じゃあ、一緒に入る?」
「…っ!?」
有利はまたポンっ!と顔を真っ赤に染めた。
初めてのデートでプールに行っているのだし、男同士なのだから銭湯にでも行けば当然のように一緒であるはずなのに、どうしてだか改めて家のお風呂にはいるとなると緊張するらしい。
「あ…ユーリはうちのお風呂初めてだろう?シャワーコックとか、ジャグジーの使い方教えるから…。そうだ、折角だから泡風呂にしてみる?」
「映画に出てくるようなやつ!?」
有利の瞳が好奇心にきらきらと輝く。そうか…一般的な日本人にとって、泡風呂というのはそう経験するものではないらしい。独身女性などは結構リッチな気分を味わう為に使うのだろが、後で浴槽を洗うのが大変だからだろう。
コンラートにしても、プレゼントとして貰ったバブルソープがあるのだが、普段はあまり使っていなかった。
* * *
しゅわわわ……っ!
「わぁ…!」
浴槽いっぱいに溢れる白い泡に、思わず手を叩いて歓声を上げてしまう。ほわりと香る匂いも、嗅いだことがないような花の薫りだ。滑らかなバスタブにふわふわと浮かぶ泡に、ついつい手が伸びてしまう。
「甘い匂い…」
「立ち込めるときついかもしれないから、換気しておこうね」
窓を開けると夜風が吹き込み、空に掛かった丸い月を眺めることも出来る。
コンラートの家のお風呂は渋谷家の二倍はあろうかという大きなもので、これなら確かに二人入っても平気そうだ。ふくふくと雲海のように広がる泡にも誘われて、有利は勧められるまま衣服を脱いでいった。
「じゃあ、ゆっくり入っておいで」
「コンラッドは?」
「え…?」
《一緒に入る?》という言葉はどうやら冗談であったらしい。コンラートは立ち去りかけた身体を上体だけ捻ると、虚を突かれたように目を見開いていた。
「良…いの、かな?」
「う、うん…。入ろう?だって…俺たち、その…結婚をゼンテーとしたお付き合いなわけだし…」
いや、寧ろそういうお付き合いでなければ気兼ねなく入っていたに違いない。
今まで修学旅行や野外活動のお風呂で、緊張したり恥ずかしがったりしたことなんか無かったし。
「じゃあ…」
コンラートが人差し指でネクタイと襟口を緩めると、すらりとした鎖骨が現れて、何だか直視するのが恥ずかしくなる。
「先に入っとくね?」
「ああ…」
しゅ…
バサ…
布擦れの音が微かに響き、半透明の擦硝子様扉にコンラートのシルエットが浮かぶ。
『はわわわ…』
ちらちらと様子を見ながらドギマギと鼓動を早めていると、タオルで前を隠してコンラートが入ってきた。掛け湯をして、静かに浴槽に漬かると《ほぅ…》と艶めいた声が漏れる。
『ふわ…っ…』
コンラートの長い下肢が有利の下肢と交差して、湯で滑りながら微かに触れ合う。そんなに気にするようなことではないと自分に言い聞かせるのだが、どうしても緊張感が高まってしまう。
「さ、先に身体洗うね?」
「ああ、気を付けて…」
「あ…っ!」
コンラートの声を最後まで聞くこともできず、有利は思いっ切り滑ってコンラートにしがみついてしまった。
「ごごご…ごめ…っ…コンラッ…」
慌てて体勢を戻そうと焦ったのが拙かった。
支えを求めて伸ばした手は…思いっ切りコンラートの股間わ掴んでしまったのである。
「ごめんーっっっ!!!」
夜の静寂にコンラートの苦鳴と有利の悲鳴が上がったのは言うまでもない。
それから…二人は、《卒業までお風呂は別々に入ろう》という取り決めをしたのであった。
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