「君と暮らすこの素晴らしき日々」
1.一緒に買った日用品
ドイツからやってきたエグゼクティブで美形で若々しいコンラート・ウェラー(27歳)と、ぴちぴちの高校生である渋谷有利(16歳)は、男同士であるにも関わらず両家の親(奥さんの方)の勧めによってお見合いするという異常事態に見舞われ、その結果、結婚を前提とした同棲生活(両親認可)を始めるという素っ頓狂事態を引き起こしていた。
『ユーリと暮らすなら、この無駄に広いマンションも意味をなすよな…』
コンラートは様変わりした室内の様子を見守りながら、満足そうな笑みを浮かべた。
コンラートは正直、小さなキッチンとベッドがあればそれで事足りるのだが、母が日本への転勤を耳にした途端に即金で購入していたのだからしょうがない。今回についてはありがたいし。
車で運んだ有利の荷物を部屋に配置すると、お洒落ではあるがどこか人の気配が無くがらんとしていた室内に、一気に生活の息吹が吹き込んできた。
今日から、コンラートと有利の同居生活が始まるのである。
有利はまだ落ち着かないのか、ちょこんと勧められたソファの上に座ってつんつんとクッションの端を摘んでいる。引っ越し作業で汗を掻いたので軽くシャワーを浴びたせいか、淡く水気を帯びた髪と首筋のラインがなんとも綺麗だ。恥じらうような横顔もまたイイ…!
『あぁぁあ〜…なんて可愛いんだろう?』
今すぐ抱きしめて撫で回したくなるが、いきなり抱き寄せたりすると余計に緊張してしまうだろうか?渋谷家の家族には《高校卒業まで決して性的な手出しはしない》と約束しているから、フライングをするつもりなどないのだが…。寝室もちゃんと別にしているし、鍵も掛かるし。
「ユーリの部屋も片づいた?」
「うん。俺、もともとそんなに荷物とか持ってないし」
「そう?」
念のため有利の部屋に行ってみるが、確かに簡素な荷物は収まるところに収まって、まだまだ収納にはたっぷりと余裕がある。
「気にせずにポスターとかも張って良いよ?」
「えー?でも、折角綺麗に使ってるのに悪いよ!」
「じゃあ、張る為のボードを設置しようか?」
時計に目を遣ってみると、まだ夕食までには時間がある。外食にしてしまえば十分買い物も出来る時間だろう。
「そうだ。折角だからインテリアショップにでも行ってみない?食器とか少し買い足しておきたいし」
「うん」
こっくり頷いた有利を伴って、コンラートは車で買い物に出かけた。
* * *
『へぇ〜、こんなのあるんだ』
インテリアショップなんて脚を踏み込んだこともなかったのだが、コンラートと共にやってくると、これらのうちのどれかを共通の日用品として使うことが念頭にある為か、色取り取り形も様々な家具達が素敵に見えてくる。高い天井からは面白い形の照明器具が幾つもぶら下がり、広くて清潔なフロアには色調豊かな家具が並べられて、まるで整理された玩具箱のようだ。
有利がまず手に取ってみたのは、ポップな色合いの青いマグカップとお皿のセットだった。目玉焼きと好対照を為しそうな色合いだから、朝食を並べたりするのに良さそうである。見ると色のバリエーションも様々あって、コンラートには落ち着いたブラウンがよさそうだ。
「コンラッド、これどうかな?」
「良いね。色合いも形も可愛いな。二つ並べると、ちょっとハート形みたい」
「ホントだ」
言われてみると、二つのカップを合わせると丁度まろやかな曲線のハート形みたいになる。何だか、新婚っぽくて淡く頬が染まってしまった。
気恥ずかしくて《やっぱり止めよう》と口に出す前に、コンラートの手はカップとモーニングプレートを手に取っていた。
「まず一つ〜」
凄く陽気な口調は謳うみたいで、うきうきとした表情は見ているこちらの方が楽しくなる。
「コンラッド、買い物好き?」
「ユーリと一緒なのが好き」
「…!」
さらりと言われてしまうとポン…っと有利の頬が紅く染まり、それが移ったみたいにコンラートの頬も染まる。何とも、横で観察している人がいたら《ば、馬鹿野郎…!》と突っ込みたくなるくらいのラブラブぶりである。
「さ…さあ、次はタオルを買おうか?足ふきマットも折角だから新しいのが良いかな?ディスプレイされてた青いイルカ型のが可愛かったよね」
「コンラッド、ほどほどで良いよう!」
しかし勢いがついたコンラートを止めるものは何もなかった。今まで家の中に物がなかったのが信じられないくらい、有利好みの色合いでカーテンからシーツから様々に買い込んでしまった。
馴染みの和食店で天丼を食べた後、家に帰り着いたのは少し遅い時間だったが、明日は日曜日なので安心だ。
* * *
「ユーリ、包装を解くのは明日でも良いよ?」
「カップとお皿だけ出しても良い?折角だから、明日の朝御飯に使おうよ」
「ああ、良いね」
青とブラウンの彩りが卓上に並べられると、モノトーンの卓上にぱっと華が咲いたみたいに鮮やかだ。ちいさな一輪挿しに小花を生けたものを添えると、また一段と素敵に見えた。
「えへへぇ…」
「可愛いね」
カップをお皿を眺めながらにこにこしている男達は、微笑ましくもむず痒いような雰囲気を醸し出している。
チリィ…ン。
「あ〜涼しそうな音」
「良い風も入るね」
まだまだ残暑厳しい折ではあるが、このマンションは風通しが良いせいか、防熱加工が巧みであるのか、このくらいの時間になると冷房入らずだ。窓辺に吊した朝顔柄の風鈴は夏の終わりとあってワゴンセールをしていたのだが、まだまだ頑張って涼感を伝えてくれる。
冷蔵庫からとりだした麦茶は、普段は硝子製のコップに入れるのだけど、早く使いたくて買ってきたカップに入れてみた。カップ内面の白い陶器に氷を二つ入れ、麦茶を注ぐとビシ、ビシシ…と音を立てて氷が揺れる。
二人して傾けたカップは喉を潤し、どこか仄かな甘みを感じさせた。小さい頃、美子が《飲みやすいように》とちょっぴりお砂糖を入れてくれた時みたいだ。
「麦茶、砂糖入れてる?」
「いいや?入れるの好きかい?」
「ううん…そうじゃなくて、少し甘い気がしただけ」
「そうだね、一人で飲むときよりも美味しい気がするな」
カラン…
カップの中で揺れる氷の音を聞きながら、二人の胸にはふくふくとした幸せが満ちていくのだった。
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