「良い物には違いないんだがね?ちょっと時期も悪かったな…。今年は大嵐のせいでみんなお金に困っているから、こうして装飾品を売りに来るうさぎも沢山居るんだよ。しかも、新たに装飾品を買う余裕のあるうさぎは質屋の品なんかには見向きもしないからね、質屋では今、品がだぶついているのさ」 「そんな…」 真っ青になって耳を垂れさせる黒うさぎを、胡麻塩色のぱさついた毛並みをした老うさぎは哀れみを込めた眼差しで見つめます。 「坊や…本当に、これだけのお金が欲しいのかい?」 「うん…うん」 こっくりと黒うさぎは頷きます。 すると、堪えていた涙がころりほろりと滑らかな頬を転がり落ちました。 「俺…コンラッドにいつも何にもしてあげられないから…今年のクリスマスこそ何かしてあげたいんだ…!」 「そうか…お前さんはこの森を救ってくだすったウェラー卿の養い仔か…そういえば、真っ黒な可愛いうさぎを育ててらっしゃると聞いたな」 老うさぎは迷いました。 言い値で買ってあげたいのは山々ですが、老うさぎには結婚を控えた孫娘がおり、このうさぎの為にお金を工面してあげようと思っていた矢先だったのです。 「坊や、何でも自分の持っているものをあげてしまえるくらい、そのコンラッドって男を好きかい?」 その時、口を挟んできたうさぎが居ました。 この質屋に出入りしている旅の行商うさぎ、鉄火肌の姐さんうさぎです。 今日も粋な紅いコートに身を包み、くっきりとした鮮やかな化粧を施しています。 「勿論だよ!」 「ふふん…威勢が良いね。元気の良い仔は好きだよ!坊や…それじゃあね……」 姐さんが《お寄越し》と言ったものに、黒うさぎは吃驚してしまいました。 けれど…目の前に置かれた、石を売ったお金の不足分を補う現金を見て心を決めました。 「いいよ…買って!」 * * * ぴゅう…っ!と冷たい風が吹き抜けていくと、黒うさぎは自分の頭を包んでいる大判のハンカチを押さえました。 姐さんうさぎに《お寄越し》と言われた物を売ってしまった黒うさぎは、頭がとても寒くなってしまったのでコートの中に入れていた青いハンカチを頭巾のように被っているのです。 それはとても可愛らしい姿でしたので行きかううさぎ達は一様に眼差しを柔らかくして微笑んでいたのですが、売ってしまった物のことでぐるぐると悩んでいる黒うさぎはちっとも気付きません。 黒うさぎの心を占めていたものは…茶うさぎがどう思うかと言うことでした。 『家族との繋がりかも知れない石を売ってしまった俺を、コンラッドは薄情だって思うかな?あれを売っちゃったことも変に思われるかな?』 ぐるぐるぐるぐるぐる… もやもやとしたものが胸の中で溢れかえり、泣きそうになります。 ですが…手の中に大切に握りしめた宝物を見ると、ほや…っと心が楽になるのです。 『いいもん…だって、これが買えたんだから!』 そう思ってきゅうっと掌の中の箱を握っていると、そこから温もりが伝わってくるかのようでした。 そうして少し落ち着いてきた黒うさぎは、ある光景に気付きました。 「あ…うさ神様の像が寒そうだなぁ…」 《うさ神様》は年老いた雄うさぎが鈴を持っている石像で、そのもったりとした優しげな姿は公園の人気者です。神様とは言いつつもとても親しみやすいお姿をなさっているものですから、春や夏の心地よい季節には凭れ掛かってお弁当を食べるうさぎもおります。 その《うさ神様》が今、しんしんと冷えるこの夕べに…すっかり白い雪に埋もれて寒そうにしていました。 黒うさぎは先程まで自分のことしか考えていなかったことを恥じると、うさ神様に駆け寄って雪を払ってあげました。 「うさ神様、ゴメンね…手袋とマフラーはグウェンが俺の為に作ってくれた物だし、コートはコンラッドが買ってくれた物なんだ。だから、俺…こんなもんしかあげらんないんだけど…」 黒うさぎは頭を包んでいたハンカチをしゅるりと解くと、うさ神様の頭に頭巾のように巻いてあげました。このハンカチは数少ないユーリの物と言える物でした。 何故って、お手伝いをして貰った小遣いで買った物だからです。 「大事なもんだから、あげるんじゃないからね!貸してあげるんだよ?」 黒うさぎはにっかりと笑うと、駆け出しました。 「じゃあね、うさ神様!春になったらまた取りに来るからね!」 たったたったと駆けていく黒うさぎを見守るうさ神様の像は、なんだか笑っているように見えました。 |