茶うさぎが家に帰ってくると、黒うさぎはぴょこんっと椅子から飛び上がりました。 「あれ?ユーリ…その帽子、結局気に入ったんですか?」 「う…うん!意外と可愛いかもしんないし!」 ユーリは濃灰色うさぎに貰った毛糸の帽子を目深に被っています。 ほわほわの茶色い毛糸で編まれた帽子はとても可愛いですが、髪の毛がへたりと寝てしまうので普段の黒うさぎはあまり被らないのですが…。 少し不思議に思いつつも、茶うさぎはとっておきのプレゼントのことで頭が一杯でしたので、そのまま荷物を広げ始めました。 「ユーリ…本当は夕食の後の方が良いかも知れないけれど…、待てそうにもないのでいま見て貰えますか?」 「え?なぁに?」 茶うさぎが慌ただしく包み紙をはぎ取ると、天鵞絨(ビロード)地の箱の中から出てきたのは、とても綺麗な銀色の鎖でした。 「ユーリの持っている蒼い石に似合うと思って、ずっと前から目をつけていたんです。ね、ユーリ…あの石に通してあげますから出してみて下さい。これを身につけたあなたを早くみたいな!」 茶うさぎは小さな仔どものようにはしゃいで言いましたが、黒うさぎが真っ青になって口元を押さえているのを見て吃驚しました。 「ユーリ…?」 「ゴメンね…ゴメン……あれ、今は…持ってないんだ……」 「どういう事です?あれは…あなたが浚われたときに身につけていた品物ではないですか」 黒うさぎはわざとサバサバした口調で言うと、ばりばりと包み紙を剥いてプレゼントの箱を開きました。 「ジャジャーン!ほら見て!白金の時計鎖だよ?コンラッドの持ってる金時計にきっとぴったりだよっ!!」 「ユーリ…こんな高価な物を俺に買うために…大切な石を売ってしまったんですか?一体どこの店に売ったんです?すぐに買い戻す手筈を…っ!!」 茶うさぎが勢い込んで黒うさぎの肩を掴むと、帽子が少しずれて…黒うさぎのおでこが覗きました。 「…!」 ば…っ!と弾かれるようにして黒うさぎの手が帽子を押さえますが、それよりも早く…茶うさぎの手は帽子を取り払ってしまいました。 「…ユーリ……!?」 「はは…み、短いのも似合うだろ?でも…ちょっと寒いんだ!だから…帽子……返して?」 笑っているのに、笑ってない。 黒曜石の瞳にはうっすらと水膜が掛かり…青みがかった色彩を湛えて懸命に笑みを作ろうとします。
「まさか…髪を、売ったのですか?」 茶うさぎは絶句して黒うさぎの姿を見つめました。 黒うさぎの髪は…とてもとても短く刈り詰められていたのです。 「ん…んー………。俺もまさかあんなの売れるなんて思わなかったんだけど…よその国で売れるんだって。黒いうさぎの毛は幸運を招くおまじないだとか言って、小房にして巾着に入れたり、アクセサリーにすると結構良い値で売れるって…行商のお姉さんが言って…買ってくれたんだ」 話している内に、黒うさぎの心には髪を切られたときのことが思い出されます。 姐さんの切れ味の良い鋏が思い切りよく動き…じゃき…じゃき…と、髪は一房ずつ刈られていきました。 『ユーリの黒髪は、とても綺麗ですね』 茶うさぎが大切な宝物に触れるように髪を撫でつけていたことが思い出されて…黒うさぎの胸を締め付けました。 黒うさぎは雄うさぎですから、髪の毛にもともとそんなに執着しているわけではありません。 ですから、黒うさぎがこんなにも髪の毛に拘っているのは…茶うさぎが褒めてくれたからなのです。 『やっぱり…こんなに短いのはおかしいって……コンラッドは思ったのかな?』 しょんぼりと項垂れてしまった黒うさぎでしたが…次の瞬間、ふわぁっと身体が宙に浮き…きゅううっと力強く抱きしめられて吃驚してしまいました。 「こ…コンラッド!?」 「ユーリ…ユーリ!あなたは、何て素敵なうさぎなんだろう!俺のために…俺のために…そんなにまでして下さったんですね?」 茶うさぎの声は微かに震え…少し、泣いているようにさえ感じました。 「もう…お、怒ってない?」 「怒る?どうして?」 「だって…石を売っちゃったし……」 「怒っていたわけではありませんよ!ですが、あれはやっぱりあなたにとって大切な石です。あなたが買って下さった鎖はとても綺麗で、俺は一目見て心を奪われましたから返すつもりはありませんが、やはり石は買い戻さなくては!今は嵐の後遺症でどこの家もお金に困っていますから、今すぐ売れることはないでしょう。すぐに店のうさぎに言っておけば、買い戻すまで店に置いておいてくれるはずです」 「ほ…本当!?」 「ええ、大丈夫…。必ず買い戻しますよ。俺は何しろ元気で働き者のうさぎなんですから!すぐにお金を稼ぎますとも」 「うん…うん、そうだよね!」 頬を薔薇色に染めて頷く黒うさぎの髪に、茶うさぎは小鳥が啄むようなキスを幾つも幾つも落とします。 「髪だってすぐに伸びるでしょうけど…ユーリは短いのも、とってもよく似合ってますよ?まるでふわふわの羽毛を纏った雛鳥のように愛らしい!ねぇ、ユーリ。この素敵な髪にもっともっとキスをして良い?」 「…本当?へ、変じゃない?」 「変な事なんてあるもんですか!ユーリはどんな髪型をしていても、どんな格好をしていても、可愛らしいに決まってますとも!」 力強く請け負われ、黒うさぎはほぅ…っと肩の力を抜きました。 そして…されるがままにキスをされて、にこにこと微笑むのでした。 「えへへ…良かったぁ!よーし、じゃあコンラッド、金時計を出してよ!俺、早くあの金時計に鎖を通したところを見たいな!えっへっへー!これでどこであの金時計を出したって、みんな羨ましがるよ?《何て素敵な金時計だろうっ!》って言ってくれるよ?」 ところが…茶うさぎは何とも微妙な笑顔を浮かべてふるる…っと首を振るのでした。 「すみません…あの時計は、今…持っていないんです」 「え?どこかに置き忘れちゃったの?」 「いいえ…その……実は、売ってしまったんです」 珍しい…茶うさぎの恥ずかしそうな表情に、黒うさぎはぽかんと口を開けて呆けた顔をしてしまいました。 そして… 「ぷ…くくっ!」 ぷふ…っと吹き出すと…、お腹を抱えて笑い出しました。 「何だよ、コンラッドだって俺のために、あんな大事なもの売っちゃってるじゃん!」 「すみません…まさか、ユーリがあんな立派な時計鎖を買ってくれるとは思わず…。ついついお金になりそうだったものですから、ひょーいと売っぱらってしまったんですよ。まぁ…あの鎖はとても素敵ですから、制服の襟章として使ってもきっと格好良いですよ?」 「何いってんだよ!あの金時計はあんたにとっても大事なもんだろ?絶対買い戻そうよ!俺、髪の毛を一杯伸ばしてまたあのお姐さんに売るから!」 「…いいえ、ユーリ。あなたの髪を売るのはもう止めにしましょう?」 茶うさぎは急に真面目な顔になると、黒うさぎを床に降ろし…膝をついて瞳を覗き込みました。 「どうして?」 「あなたの身体の一部を誰かにあげてしまうことに、俺が耐えられないからです。俺は言っておきますが、そうとう独占欲の強い雄ですよ?」 黒うさぎは茶うさぎの言っている意味が半分くらいしか分かりませんでしたが、どうやら髪の毛を売るのを嫌がっていることだけは分かりました。 後日…黒うさぎの出生の秘密が明かされてから分かったことですが、茶うさぎは黒うさぎの毛が度々市場に出回ることで、不老長寿の妙薬と言われる黒うさぎを捕らえに来る者が出ることを恐れていたのだそうです。 「大丈夫!俺は沢山働きますから!」 「うん…」 こっくりと黒うさぎは頷きますが、今度はちょっと元気がありません。 何故って、二つの品を買い戻すために黒うさぎが出来そうなことが無くなってしまったからです。 その時…ちりーん…ちりーん……と、綺麗な鈴の音が響きました。 「あれ?何だろう?」 「玄関の方から聞こえましたね?」 鈴の音と、何かをどさりと置く音…。 それは茶うさぎの言うとおり、二羽の住む家の…玄関の前からしました。 不審者であるという可能性も考えて、茶うさぎは黒うさぎを部屋の奥に寄せると…剣を腰に手挟んだ状態で慎重に扉を開けました。 そこで彼らが目にしたものは…。 大きな大きな籠一杯に詰め込まれたご馳走の数々と…小さな箱に詰められた蒼い石と、金時計でした。 「これは…」 茶うさぎに安全を確かめて貰ってから籠の中身を見た黒うさぎは、あまりの驚きに《うわ…うわ…!》と、声にならない叫びをあげました。 「わぁぁっ!お、俺たちの石と…金時計だよ!?ど…どうして!?」 「カードが入っていますね…」 「あ…これ、俺のハンカチ!」 丁寧に折りたたまれ、アイロンを当てられた青いハンカチは黒うさぎがうさ神様に《貸してあげた》もので、その上には綺麗なカードが一枚置かれていました。 「なになに…?《ユーリ君、ハンカチを貸してくれてどうもありがとう。寒い冬の日に、君の心の温かさがとても嬉しかったです。ささやかですが、お礼の品を贈ります。うさ神。追伸、今、私は毛糸の帽子とマフラーを貰ったので寒くはありません》…」 「うさ神様…!」 ある意味不審きわまりないカードの内容に茶うさぎは顔を顰めましたが、黒うさぎは吃驚して目を見開くと、ぴょんぴょんそこら中跳ね回って喜びました。 「うわぁぁっ!凄い、凄いよコンラッド!うさ神様は仔うさぎの味方ってのは本当だったんだ!うわぁ、うわぁ!俺、親切にして良かったよぅ!!」 茶うさぎは黒うさぎがうさ神様にしてあげたことを聞くと、とても優しい目をして黒うさぎを撫でてあげました。 「それは良いことをしましたね。うさ神様はユーリの親切が本当に嬉しかったから、こうしてお礼をしてくれたんですね。石も金時計も…ユーリが取り戻してくれたようなものですよ?」 「あ…でも、お店の人は困ってないかな?うさ神様…取り戻してくれたのは良いけど…まさかお店の人に内緒で持って来ちゃったりしてないかな?」 「……それは、多分大丈夫ですよ?」 茶うさぎが言うのには理由がありました。 実はこの大きな籠の近くには、見慣れた足跡がついていたのです。 その足跡は…大きな大きな、軍靴の形状だったのです。 『…頑固で融通の利かない弟を案じてくれたわけだ』 茶うさぎは自分一羽の力で黒うさぎを育てようと思っていましたから、兄や母の援助をずっと断ってきました。 ですが…今回ばかりはこの心憎いばかりの演出に、流石の茶うさぎも《贈り物》を受け取らないわけにはいきませんでした。 「お店の方には俺が確認を取っておきます。ですが、何しろ神様のなさることですから、きっと万事抜かりはないですよ?」 「そっかあ…!」 きらきらと瞳を輝かせて、黒うさぎは感心しきりです。 『今回の《借り》は、必ずお返ししますよ…』 茶うさぎは兄の眉間の皺を思い出しながら、どんな気の利いた形で返礼をしようかと頭を巡らせました。 「ねぇ、コンラッド、このご馳走ほかほかだよ!?すぐに食べても良いかな?」 パイ生地に包まれた暖かいシチューの香りに、黒うさぎはきゅーきゅーとお腹を鳴らして訴えます。 「ええ、勿論ですとも!七面鳥の詰物も良い具合に焼けて食べ頃だ!おや、ケーキも切ったら暖かいチョコレートが溢れてくるやつですよ?」 「むひゃーっ!食べよう食べよう!急いで食べようよ!!」 黒うさぎと茶うさぎはご馳走に囲まれて、とても楽しいクリスマスを過ごしました。 そしてその間中、茶うさぎのポケットからは金時計と、それを繋ぐ白金の鎖が覗いていましたし、黒うさぎの胸元には蒼い石と、それを繋ぐ銀色の鎖が輝いていたのでした…。
おしまい
あとがき 「賢者の贈り物」のオチは「笠こ地蔵」! 超絶和洋折衷!…つか、無節操っ!! ですが、育ち盛りは食べ盛りの黒うさぎには身も心もぽかぽかのクリスマスを過ごして欲しかったのでこのような展開に相成りました。 よろしければ感想など聞かせて下さいませ。 |