「賢者の贈り物」

 

 今日のお話なんのお話?

 それは雪景色に包まれた美しい森…眞魔国森に住まう、二羽の兎のお話です。

 

 このうさぎ達は人間のような姿に耳と尻尾を持つうさぎ族の、真っ黒なうさぎと茶色いうさぎ。

 

 黒うさぎのユーリは人間に浚われ、昔の記憶を一切合切失っていたところを茶うさぎのコンラッドに助けられ、すったもんだあった末に一緒に暮らすことになった幼いうさぎです。

 

 黒うさぎは明日、茶うさぎの故郷である眞魔国森に来てから2回目のクリスマスを迎えることになります。

 …ということは、今日はクリスマスイブ!明日に控えたクリスマスに向けてパーティーをしたり、プレゼントを交換する日なのです。

 ところが…この年、うさぎ達はたいそうお金に困っていました。

 何故かというと…秋口にとても大きな嵐が眞魔国森を襲ったのです。

 山は崩れ、川は氾濫し、多くのうさぎが家を失ったりしました。

 茶うさぎの家も滝や川の近くにあったために、家の殆どが崩れてしまいました。

 茶うさぎの兄で、お金持ちの濃灰色うさぎグウェンダルはお金を貸してあげると何度も言ったのですが、茶うさぎは、今は誰もが困っているし、兄には領民の暮らしを護るという責務がありますので、そのお金はそのうさぎ達のために使って欲しいと頼みました。

 ですから、今年のクリスマスは大広場でアドベントシーズンのあいだ開かれるクリスマス市場も小規模なものになりましたし、茶うさぎたちはなるべく節約するために、今年は新しいオーナメントも買いませんでした。

 

『でも…このプレゼントだけはコンラッドにあげるんだ!』

 黒うさぎは濃灰色うさぎに貰った白いマフラーをはためかせながら、ほっぺたを真っ赤にしてたったたったと走ります。





 黒うさぎの行き先は、上品な紳士服や小物などを扱っているお店です。

 普段はそんな場所に出入りする用事はないのですが、今日は違います。

『やった!まだあった…!』





 黒うさぎは黒曜石のような瞳をキラキラさせながら、ウィンドウに飾られた物に見入りました。

 それは、渋い銀色の光沢を湛えた白金の時計鎖でした。

 黒うさぎはこの時計鎖を茶うさぎにプレゼントしようと、何週間も前から目星をつけていたのです。

 茶うさぎは身なりをいつも清潔に保っていますが、あまりお洒落に気を配ったり次々新しい服を買ったりはしません。

『だってコンラッドはそのままで十分格好良いから、きっと着飾る必要がないんだよね』

 そうは思いますが、それでも数点だけ身につけている装飾品はとても品が良く、質の良い物を持っているのです。

 特に、人間だったお父さんの形見だという金時計はとても立派な一品です。

 ですが時計鎖は昔の戦争の時に断ち切れてしまって、それ以降買い換えていないものですから、少し使いずらそうにしていることがあります。

 茶うさぎは本当に気に入った物しか使いませんから、中途半端な物で間に合わせようという気がしないのかも知れません。

『でもきっと、この時計鎖は気に入るぞ?』

 黒うさぎがぺたりとウィンドウに顔を押しつけると、店内の紳士がくすくすと笑いを漏らしました。

 貧しい仔うさぎが羨望の眼差しを送っていると思われるのは不本意ですから、黒うさぎは頬を染めるとくるりと踵を返します。

『待ってろよ!あれは絶対俺が買って、コンラッドにあげるんだ!』

 黒うさぎはお手伝いをしてちょっとしたお小遣いを貰う他はお金を手に入れるすべを持っていません。

 ですが…たった一つだけ、お金に換えられるものを持っているのです。

 それは…黒うさぎが人間達に捕らわれていたときに身につけていた、首飾りです。

 紐はありふれた革ひもですが、蒼い綺麗な石がついているのです。

 きっと…きっと、とても良いお金になるはずです。

 もしかしたら、お金が余って茶うさぎのためにご馳走だって買ってあげられるかも知れません。

『だから良いんだ…これは、売っても良いんだ…!』

 黒うさぎは人間に浚われる以前のことを全く覚えていません。 

 ですから、この石を誰に貰ったのかとか…どんな思い出が含まれているのかなんて分かりません。

 ただ…これだけが唯一、黒うさぎの家族との結びつきなのだと思うと…きゅうっと胸が締め付けられるのも事実です。

『でも…でも、コンラッドが喜んでくれるのなら…!』

 黒うさぎにとって茶うさぎは、何者に似も代え難い大切なうさぎです。

 その茶うさぎが今年、とても貧しい思いをしたのは嵐のためだけではなく、本当なら何の縁もゆかりもない黒うさぎを養わなくてはならなかったからです。

 茶うさぎは自分がどんなに飢えていても笑顔で黒うさぎに食事を与えるようなうさぎですから、きっと、黒うさぎが理解している以上に苦しい家計だったに違いありません。

 
 黒うさぎはきっと正面を見据えると、質屋の店内に足を踏み知れました。

 ところが…信じられないことを質屋の老うさぎは言うのです。



「坊や…悪いんだが……こりゃあそういう値段にはならないよ?」




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