「お庭番の観察記録」D
〜フォンビーレフェルト卿篇〜









 陛下はまだまだまだまだ中庭の木陰でお休み中だ。
 
 毛布は少し暑くなってきたようで蹴飛ばしているが、茶色いうさぎの縫いぐるみは大切そうに抱きしめて、時折唇を寄せている。

『…………誰だと思ってんですか?』

 正直、コンラートと陛下の関係がどこまで進んでいるのか知りたい。
 無邪気で、シモの話など何も知らないような顔をしているが…躰の方はどうなっているのだろうか?

 《夜の帝王》の渾名を持つコンラートも流石に名付け子には手を出し損ねて、キス止まりの清らかな関係を構築しているのだろうか?

 それとも…ああ見えて陛下は放埒な性質で、寝台の上では妖艶に乱れたりするのだろうか?

『…………想像もつかねぇ…』

 想像出来ないのかしたくないのかは不分明なところだ。
 とにかく…コンラートのことだ、やっているとしても陛下に無理無体を仕掛けたりはしていないだろう。
 …多分。



 そこに、今度は我が儘ぷー閣下が現れた。

「なんだユーリ、こんなところで寝ころんで…」

 ぷりぷりと怒っているが、やはり血は争えないと言うべきか…蹴り飛ばされた毛布を手にすると、甲斐甲斐しく腹に掛けてやる。

「暑くても腹にだけは掛けておけ。お前は結構お腹を下しやすいんだから…」

 《お袋さんかい》と突っ込みたくなるような言動をしつつ、ぷー閣下は陛下の傍らにしゃがみ込むと…慈しむような眼差しで陛下を見つめた。

 勢いで婚約したものの、次第に深く陛下を愛すようになった気の毒なぷー閣下。
 《婚約者》であることがそのうち、数少ない拠り所のように感じられたのか…かたくなに《間違い》であることを認めようとはしなかったのだが、ついこの間…次期魔王を巡る揉め事の中で身を引いた姿は、もはや《我が儘ぷー》とは言えなかった。

 愛する者を真に想い、その幸せを祈ったとき…彼は初めて少年から男に成長したのだろう。

『佳い男になるよ、あんたは…』

 きっと眞魔国中の女達が大勢、彼に心を奪われるようになるだろう。
 それはきっと見た目の美しさではなく、成熟した彼自身の魅力に靡いてのことだろう…。

 まだ、未来の話ではあるだろうけど。

「コンラートを…愛しているのか?ユーリ…」

 きっと怖くて、直接口にすることは出来ない問いを眠る陛下に囁きかける。
 切なくて…身が捩れそうな葛藤を抱えていることは泣きそうな顔と声から察せられた。

 指先でパチンと茶色いうさぎの鼻面をはじくと、苦渋に満ちた声音を漏らしながら豊かな金髪を掻き上げる…。その所作は、二人の兄が既に持っている男の色気を微かながら滲ませていた。

「僕は…今も変わらず、お前だけを愛している。お前の想いが…僕の望む形では、僕に向けられてはいないのだと知っていても…」

『辛いところだねぇ…』

 隠れて見ていることに、流石に気が咎めるヨザックであった。  

 彼は…この先誰かを愛することがあっても、この魔王陛下への思いが薄れることはないのではないだろうか?

「ユーリ…」

『ありゃ…?』

 少々雲行きが怪しくなってきた。
 聞き分けの良い男に成長したのかと思いきや…ぷー閣下の本領発揮なのか、単に雄としての本能なのか…。閣下は陛下の上に身をかがめると、ゆっくりと唇を寄せていった。

『止めるべきか、男の情けで止めざるべきか…』

 うむむ…。
 ここは悩みどころだ。

 口吻だけなら大目に見た方が良いような気もするが、万が一陛下が目を覚ましたりするととても気まずい。
 陛下の中では婚約の話は《終わったこと》になっているのに、蒸し返すことにもなりかねないではないか。


 エフンエフンっ!


 茂みの中からわざとらしい咳払いをした途端、ぷー閣下は頬を薔薇色に染めて仔うさぎのように飛び上がった。

「よ…ヨザック…いつからそこに!?」
「へ…?どうかなさったんで?」

 頓狂な顔をして通り過ぎようとすれば、気まずさのせいだろうか…ぷー閣下はダカダカと駆け寄ると、ヨザックの肩を強く掴んで陛下の方に押し出した。

「ぼ…僕はちょっと所用があって出かけねばならない!お前はユーリの警護をしろっ!コンラートの馬鹿が、近くにいないようだからなっ!」
「へぇ〜い。了解しました〜」

 ゆるゆると不敵な笑みを浮かべながら敬礼をしてみせると、《もっとビシッとしろっ!》と怒鳴りながら大股に立ち去っていった。

『頑張ってくださいねぇ…閣〜下…』

 きっと、いつか二人の兄や陛下が吃驚するくらい佳い男になる日がくる。
   
 その日までに…恋の痛手を癒してくれればいいな、とヨザックは祈るのだった。





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