「お庭番の観察記録」E
〜ウェラー卿篇〜
陛下はまだまだまだまだまだ中庭の木陰でお休み中だ。
一体いつまで眠り続けるのだろう?
昼下がりから眠り続けているのだが…今も陽はまだ高いものの、普通ならお腹を空かした陛下がおやつを所望される時間帯だ。
食べ損ねて変な時間に起きると、何を勧められても陛下は《晩ご飯が入らないから》といって固辞してしまう。
『親の愛情いっぱい受けて育ってんだろうなぁ…』
嫌みではなく、素直にそう思う。
沢山の愛情を受けて、それをちゃんと受け止めることが出来る子なのだ。
そして、受けた分の愛を倍にして周りに返すことの出来る子でもある。
『俺もね?いっぱい貰いましたよ…』
今日もこうして陛下の周りに集まってくる臣下達の様子を見るにつけ、《ああ…なんて愛されてて可愛い坊ちゃんなんだろう…!》と、しみじみ感じ入ることが出来た。
何ともいえない幸福感で、胸の中が馥郁(ふくいく)たる香りをたっぷりと含んでいるかのようだ。
『もうしっかり眠ったよな?そろそろ起こして、おやつを食べて貰った方が後々良いよな…』
そろりと近寄って、様子を伺えば…やはり覚醒間近なのか、ふるりと睫が揺れている。
「坊ちゃ〜ん、おやつの時間デスよぉ〜う?」
呼びかけてみたが、返事はない。
まだまだ暖かな日差しと縫いぐるみの感触が心地よすぎるのか、眉根を寄せると嫌々をするようにちいさく首を振る。
「まだおねむですか?でも、そろそろ起きないと変な時間に腹が減りますよ?」
いつも陛下のおやつには趣向を凝らした菓子が出るが、確かちらりと見かけた厨房内では特に気合いを入れて職人が作業に熱中していた。
眠る陛下の姿に刺激を受けたのか、菓子職人魂を込めた力作が完成しているはずだ。食べてやらなくては可哀相だろう。
「坊ちゃんたら〜…おやつ食べないなら、グリ江が食べちゃいますよ?」
つくん…っと鼻先を指でつつくと、《ふにっ》と眉根を寄せて唇を尖らせる。
……全く、何でこんなに可愛いんだ。
ここまで行くと犯罪的だ。
つい…こちらも犯罪者の気分になってしまうではないか。
「……食べちゃいますよ?」
何を…とは口に出さず、ごくりと唾を飲み込む。
やけに喉が渇いて、額に汗が浮いてしまう。
『ちょっとだけ…ひと囓り…いや、ひと嘗め……』
舌先を伸ばして、仄かに開かれた唇の合間へと差し込もうとした瞬間…。
冷たくて鋭利な金属が首筋に当てられ…それを凌ぐ冷たい殺気がドゥ…っと背筋を凍り付かせた。
「食べちゃ駄目だぞ…?ヨザ……」
嗤う声が、余計に怖い。
くすくすと耳元で転がすようにして、佳い声が耳朶に注ぎ込まれる…。
普段なら勃ってしまいそうな程の艶を帯びているのだが、如何せん…状況が状況だけに、股間のモノも《きゅきゅ〜っ》と痛みを感じるほどに萎縮している。
陛下の故郷で食されるという、《乾きうめぼし》ってこんな感じかもしれない。
「知っているだろう…?ユーリを食べて良いのは俺だけだ」
「へぇ〜い。分かったから、剣…どけてくんない?」
「どうしようかな?」
するりと剣の角度が変えられるが、ヨザックの躰から離れたわけではない。
寧ろ、先程よりも接近している。
首筋からはずされた剣先が《つんつん》と突き立てられているその先は、ヨザックのちょうど股間だったのである。
「いや…悪さをする暴れん棒がいるようなんで、お仕置きが必要かな…と思ってね」
「ココまで使うかよっ!ちょっと味見したかっただけじゃねーか!」
「その先まで望むつもりはないと?」
「陛下がやらしてくれるんならお前を斬ってでもやるさ」
その言葉が感銘を与えたのかどうかは分からないが、元上官は今度こそ剣先を鞘へと収めると、にっこりと微笑んでヨザックの肩を掴んだ。
「そうか…。では、俺が生きている限り可能性はないな?」
「そーでしょーよ!」
ぶすくれて吐き捨てれば、元上官は澄んだ琥珀色の瞳を向けたかと思うと…急に静謐な雰囲気を漂わせて囁いたのだった。
「では、俺にもしもの事があったときには…ユーリを頼む」
「……は…?」
どうしてそう…この男は、毒を吐くときと清冽な気を帯びるときの変動が激しいのだろうか?
怒りさえ感じて、ヨザックは元上官の襟元を掴みあげた。
「巫山戯んなよ…冗談でも、言って良いことと悪いことがあんだろーが!?」
「…すまん」
殊勝に謝られて、ヨザックは喉奥から苦鳴を漏らす。
「しがみつけよ…もっと、生きることに貪欲になれ…っ!あんたに何かあったとき、坊ちゃんがどうなるか分かんないほど馬鹿じゃねぇだろ?あんたはさ…いい加減、分かってると思ったぜ?」
「そうだな…だが、万が一のときに託せるのはやはりお前なんだと思う」
「だからそういう話を…」
《するな》…と、泣きそうな声で言おうとすれば、気勢を削いで元上官のアップが迫る。
「生きるさ、そして…生きている限りは他の誰にも渡しはしない」
「この…っ!」
そうやって自分を翻弄できるただ一人の男を、嫌いになれない自分が好きだったり嫌いだったりする。
「ところで…猊下から預かっていた機械があったな?」
『あんたいつから見てたんですか?』
ひょっとしてもしなくても…全部、最初から見ていたな?
「………あんた……」
「時々な、こうしてユーリに集まる連中を眺めるんだ。楽しいだろう?」
「そりゃ楽しかったけどね!」
楽しんでいる自分を見られていたのだと知ってしまうと楽しくないっ!
「で…機械は?」
《寄越せ》と言外に滲ませながら、元上官が手を差し出す。
「……これ、どうすんの?」
「俺が夜の間に撮影して、お前に返してやるよ」
「………………何をとろうとしてんだよ?」
くすり…と、艶かしい表情を浮かべて元上官が嗤う。
「お前が今考えているようなものさ」
「………………」
人を試すのは好きだが試されるのは嫌いなヨザックは、《ぐぐ》…っと喉を鳴らした。
撮影されるのは寝台の上で健やかに眠る陛下なのか…。
それとも…………。
元上官はひょいっと機械を取り上げると、薄く形良い唇を寄せて微笑んだ。
「また、明日な」
「ああ…」
後ろ髪引かれつつ、ヨザックはその場を後にした。
陛下の警護が必要でなくなった以上ここにいる意味はない。
さあ、明日ヨザックが目にするのは猊下の笑顔なのだろうか?
その笑顔は背後に何も忍ばせていないのだろうか?
怖い。
ヨザックは明日猊下に機械を渡したら、彼が中身を確認する前に高飛びしようと心に決めたのであった…。
おしまい
あとがき
発作的に書き始めた拍手文シリーズでした。
「拍手文に期待するもの」アンケートで「眞魔国が舞台」というのが一番人気だったのと、拍手コメントで「眞魔国でオールスター」希望の方がおられたので取りかかったのですが、やっぱりこういう設定の単発は書きやすいです〜。
長編で煮詰まっていたのですが、これで便秘が解消されたのか、長編の方も一日二本アップが連日できたりして、なかなか縁起の良いシリーズでした。
ちなみに、この後「清らかな夜」を期待てしおられる方はこのままフェードアウトしてください。
「清らかじゃない夜」をご希望の方は、エロコンテンツ収納サイト【黒いたぬき缶】 に向かって下さい。
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