「お庭番の観察記録」A
〜猊下篇〜
すぴぃ〜…
すぴぃ……
涼やかな風に吹かれながら、陛下はまだ中庭の木陰でお休みになっている。
…が、いつもなら一定の間隔を置いて確実に陛下を御守りしているはずの奴の姿は見えない。
『何してやがんだろうな?』
彼にしては珍しいことだが、その分…心安らかに陛下の様子を愛でることが出来るのは事実だ。
そのまま眺めていたら、陛下に向かって近寄る影が見えた。
* * *
双黒の大賢者様は陛下がお休み中なのに気付くと、そぅっと足音を忍ばせて近寄った。
『起こさないように気ぃ使ってんだな?うふふ〜、仲良しさんねぇ!』
愛くるしい双黒のお二人を一度に視界に入れるという眼福に、ついついグリ江ちゃんモード…というか、近所の気の良いおばちゃん状態に陥ってしまう。
しかし…その内、猊下が妙な動きを始めた。
陛下の前で伏臥位になったり斜め上方に立ったりすぐ傍に跪いて顔の横で触れんばかりの位置に行ったり…。
『………何やって…』
目を眇めてよく見ると、猊下の手元には小さな魔道装置みたいな物があり、彼はしきりにそれを陛下に向けてはポチポチと突起を押し込んでいる。
『アニシナちゃんの魔道装置にしちゃあちっさいな…』
小柄なくせに魔道装置に関しては《大きいことは良いコトだ》と考えてる節のある彼女なら決して作ろうとはしないだろう小型の機械…おそらく、猊下が地球から持ち込んだ道具なのだろう。
『お…何だ?あの機械の中に陛下のお姿が映ってんのか?』
凄い機械だ!
あんな小さな機械の中に、無数の映像が記録されているらしい。
猊下はにまにまと良い笑顔を浮かべてその映像を眺めている…。
どうやら先程撮ったほかにも沢山の映像があるようだ。
『お…地球での映像とかもあるのか?』
思わず、ぐぐ…っと身を乗り出したら……
「グリ江ちゃん、出ておいで?」
「……っ!」
楽しそうな声が、ヨザックを呼んだ。
何だろう…何故だか、出て行きたくない…。
普段なら決してこの方の指示に逆らおうとしたりはしないのだが、隠れて見ていた後ろめたさ以上の何かがヨザックの出足を鈍らせた。
「グリ江ちゃ〜ん?良い子だから、出ておいで?出てこないと…」
「ははは…ハイ、はいぃっ!グリ江はここにおりますデスっ!」
しまった。
微妙にダカスコス入った。
猊下は手にしていた機械から小さなカード状の物を抜き出すと、また同じ物をポケットから出して差し入れた。
「げ、猊下…?」
「うん、これでよし。おニューのSDカードを入れておいたから、新たに大量の映像を記録できるよ?」
「はい?」
猊下は一人で得心いったように頷くと、機械を差し出してにっこり微笑みながら言ったのだった。
「グリ江ちゃん、今夜…渋谷の部屋に忍び込んで隠し撮りしてきてよ。操作方法はさっき見てたろ?」
「な…何を仰いますやら!そんな不敬な…」
「僕の言うこと、聞けないの?」
笑顔なのに…どうしてそんなに纏ってる気配が怖いんですか?
「いや〜僕もさ、こういうことに君を使うのは心苦しいんだよ。だけど、ほら…夜はあの男が不寝番に立ってるだろ?だからその隙をかいくぐれるのは腕利きお庭番の君だけだと思うんだよね!期待してるよ?頑張れっ!」
「はぁ…」
ぽんっと胸を叩かれながらヨザックは思った。
夜中に陛下の素敵な写真を撮れなくても…撮ったら撮ったで《へぇ…君、この映像を生で見たんだ…良かったねぇ?》なんて言われるんだろうな…と。
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