「…っ!?」 黒うさぎは言われている言葉の意味をきちんと理解出来たわけではなかったのですが、言われるままに…それだけが唯一、茶うさぎを癒すすべなのだと信じて…殆ど反射的に斬られた耳をひったくると、茶うさぎの頭に押し当てました。 「治って…治ってぇ……っ!」 ぼろぼろと…目が溶けてしまいそうな勢いで涙を零しながら、黒うさぎは祈りました。 淡い…柔らかなたまご色の光が黒うさぎの掌から溢れたかと思うと、茶うさぎの頭を優しく包み込んだのです。 「…治っ……た?」 流れてしまった血はそのまま茶うさぎの顔を汚してはいましたが、それ以外はまるで何もなかったように…茶うさぎの耳はぴたりとひっついていました。 その時、村田の声が厳かに響き渡りました。 「儀式はここに成就された!これはこの森の《古老》たる村田健の発令する、正式な認可である!」 「異議なし!」 ボブが重々しく頷きながら言いました。 「意義は…唱えたいが……くっ…仕方ない。決まり事なら……」 勝利はまだ何ぶつぶつ言っていましたが、それでも不承不承頷きました。 辺りの暗がりから次々に黒うさぎが現れると、皆、口々に認可の言葉を口にしました。 「……………あの」 訳が分からないのは茶うさぎとユーリです。 目をぱちくりと見開いたまま、口をぽかんと開けて村田を見やりました。 「二羽とも大したものだね。おめでとう。儀式は見事成就されちゃったねぇ…後は好きにすればいいよ」 大して嬉しくもなさそうに村田は言うと、ひらひらと手を振りました。 「一体…どういう事なのですか?ユーリには不思議な力があるのですか?」 「そう…僕たちの噂…《不老不死をもたらす奇跡の兎》の元になっている《治癒》の力だよ。だが、これは僕たちの中でも特殊な力でね、かけがえのない存在を救おうとしたうさぎにしか身に付かない代物なんだ。しかも、必ず身に付くという保証はない。だから僕たちはこの力の発現をもって他種族受け入れの儀式しているのさ。君のような他種族のうさぎへの試練はそのお膳立てだね。今までも何例かこういう事例はあったんだけど、上手くいかなかった例では、他種族のうさぎが直前で逃げ出したり…悲惨な例では、治癒の力に目覚めなかった黒うさぎが発狂した…って事もあったね」 茶うさぎはぞっとして背を震わせると、ユーリの小さな身体を強く抱きしめました。 「そんな危険があることを分かっていて、ユーリに儀式をやらせたのですか!?」 「そうだよ。そのおかげで君達は夫婦として認められた…良かったじゃないか」 「その、夫婦というのも…俺たちは雄同士ですよ?第一、ユーリはまだ子どもだし…」 茶うさぎは村田の気も知らず、狼狽えたように呟きます。「おや、夫婦の認可を放棄するのかい!?」 途端に、ぱぁっと村田の表情が明るくなりました。 今まで《面白くない》という感情も露わに仏頂面をしていた村田でしたが、口端はふんわりと和らぎ、瞳は晴れやかに輝いています。 「何?本当か!?」 勝利も実に嬉しそうなほくほく顔で駆け寄ってきました。 「え……?」 期待の眼差しで見つめられ、茶うさぎは困惑してしまいます。 「コンラッド…俺とフーフになるの……イヤ?」 夫婦の肉体的なアレコレなど全く知らず、ただ《ずっと一緒にいられるうさぎ》になることなのだと信じているユーリが、瞳を潤ませて見上げてきます。 茶うさぎは追いつめられました。 ユーリを悲しませるのはもちろん嫌ですし、この喜色満面な二羽を喜ばせるのはもっと嫌な気がしたのです。 「さぁさぁ!放棄宣告しなよっ!」 「夫婦じゃなくなってもちゃんとこの森には入れてやるからさ!」 三羽の黒うさぎにとりかこまれた茶うさぎはだらだらと脂汗を垂らしていましたが…やがてごきゅりと唾を飲み込むと、意を決して言いました。 「不束者ですが…ユーリの夫として認めて下さい…………」 途端に二羽の態度ががらりと変わりました。 「はぁ?何だよ、さんざ期待させといてさぁ!その返事な訳ぇ〜!?」 「大体、どっちも雄なのにゆーちゃんの意見も聞かずにお前が夫かよ!」 集中砲火です。 けれど、ユーリだけは輝くような微笑みを浮かべて茶うさぎを見上げています。 「俺、コンラッドのおヨメさんになるんだね!ニイズマ座りっていうのヨザックに習っとくね!」 「……ユーリは今のままが一番ですから、あんな筋肉達磨に教えを請うことなど何一つ無いですよ?」 「そう?じゃあギュンターが言ってたシトネのサホーも習いに行かなくて良い?」 「習わないで下さい。ギュンターは俺の方で始末しておきます」 「シマツ?」 「こちらの話です。気にしないで下さい」 「あー…やれやれ、これでウェラー卿は可憐な幼妻を迎えたわけだ。羨ましいねぇ…中年男の憧れだよねぇ…」 「俺、オサナヅマなの?カレンってカレーのこと?俺はピリ辛なの?」 「お願いです、ユーリにこれ以上妙な単語を教え込まないで下さい……」 「はいはいっと」 甚だ不熱心な声で村田は言いました。 「それにしても…何故、受け入れの儀式が自動的に夫婦の認可になるのですか?俺はてっきり、決して外部の者に黒うさぎの秘密を漏らさないように、誠意を見せるための儀式だと思っていたのですが…」 |