「ええ、覚悟は決めています」 森の長であるボブに覚悟を問われ、当然のように茶うさぎは頷きました。 「ですから…どうか、約束を守って下さい。儀式が終われば、俺をこの森に置いて下さると…」 「分かっている。私もかつて君と同じような他種族のうさぎに儀式を執り行ったのだ。ただ…そのうさぎは直前になって逃げ出したので、最後まで行き着いた例を見たことはないがね…。ただ、この森の約束事を違えるつもりはない。君がやり遂げることが出来れば…認めよう」 ボブという男が重々しく頷いたので、茶うさぎも頷くと…いっそ無造作とも言えるほどの手つきで、しゃ…っと白刃を抜きました。 「おい…コンラート……本当に自分でやるのか?何だったら俺が…」 「いや、自分でやる方が良い。その方が誰も恨まずにすむからね。それに…もしも後になって、万が一君にやられたとユーリが知れば、余計にユーリは悲しむだろう?」 「…そうだ、な…」 気遣わしげに見守っていた勝利も、確かにそうだと頷いて退きました。 そして…茶うさぎは自分の耳を掴み、白刃を添えたのです。 そう…この森に伝わる儀式とは、他種族のうさぎが自分の耳を切って誠意を示すというものだったのです。 その事を知ったとき、流石の茶うさぎも肝が冷えるのを感じました。 痛みを恐れてのことではありません。茶うさぎはいままで身体の何処に傷を負っても勇敢に戦ってきたのです。 けれど…耳を失うことは、うさぎの誇りを捨てろというのと同じ意味を持つのです。 かつての戦争のとき…残酷な大鼬(イタチ)のやった一番の非道は、殺したうさぎの耳を噛みちぎって、頭だけ残して食べてしまうというものでした。 『ああ…俺の頭も彼らと一緒になるんだな……』 それでも、茶うさぎに躊躇はありませんでした。先程の物思いも時間にすればほんの一瞬のことでした。 「…っ!」 「駄目ーっっ!」 吹き出してくる血潮と痛みの中、転げるようにして駆けてきたちいさな毛玉に…茶うさぎは我を忘れました。 「ユーリ…何故…っ!」 「ああっ…ああああぁぁぁぁっっっ!!酷い……酷い……っ!どうして?どうしてコンラッドにこんな事…っ!」 ユーリは衝撃のあまり自分の頬を掻きむしり、瞳は焦点が定まらぬ様子で…その身体は瘧(おこり)のようにぶるぶると震え、くちびるは色を失っています。 「何故だショーリ!あれほど頼んでおいたはずだぞ!?ユーリが怖がるから、決して儀式は見せないと!!」 「そ…んな、馬鹿なっ!俺だってそのつもりで…っ!村田に重々…」 平静な顔つきの村田に…二羽は悟りました。 これは手違いなどではなくて、村田は…最初からそのつもりだったのだと。 食ってかかろうとする二羽を眼差しで制し、村田がユーリに声を掛けました。 「渋谷、ウェラー卿の傷を治したいかい?」 「当たり前だろ!?」 当然のことを問いかけられて激高したユーリは、憤りのあまり声がうわずってしまいます。 |