ユーリが目を覚ますと、見慣れない景色が広がっていました。

  ごつごつとした岩が多いようですが、いくらか灌木が群生していますのでそれほど荒涼とした感じではありません。そして向かっている先には黒々とした大きな森が広がっています。

 そしてとても不思議なことに…なんだか、そこだけがまわりと違っているように見えました。

 
 ぼわーんと靄が掛かっているのでしょうか?境目がはっきりしない感じです。

「目が覚めましたか、ユーリ」

「ん…コンラッド……俺、どうしてたんだろう?」

「ユーリは2日間ずっと眠ってたんですよ。ただ、昏々と眠っているだけで具合自体は悪くないようでしたから、そのまま俺が背負ってここまで来たんです。もうすぐ貴方の故郷につきますよ」 

  茶うさぎの言葉通り、ほどなく4羽は森の入り口へと入っていきました。

 おくつきの見えないぼんやりとした黒い穴に村田がするりと入り込んでいくと、茶うさぎもユーリを背負ったまま森の中へと足を踏み込んでいきました。

 

  そこは不思議な森でした。少し薄暗いですが、芳しい香りがふくふくとした苔から匂ってきますし、淡い光を放つ茸もそこかしこに生えています。

「有利っ!ああ、本当に有利なんだな!!」

「ゆーちゃん!良かったわぁ…元気に大きくなってくれて!!」

 記憶の中の姿よりも少し年をとっていましたが、懐かしいその顔は有利の父と母…勝馬と美子に間違いありません。

「父さん、母さんっ!」

 ユーリは茶うさぎの背中から飛び降りると、元気よく駆けだしていきました。

 そして父さん母さんと強く抱き合い、勝手に森を出たことを謝ったり、今までにあったことを夢中になって話しました。

「それでね!俺、ずっとコンラッドに育ててもらってたんだ!凄ぇ良いうさぎなんだよ!俺、大好きなんだ!」

 そういって、大切な養い親を紹介しようと振り返ったのですが…何故かそこには茶うさぎの姿はありませんでした。

 代わりに、仮面を被ったように無表情な村田がぽつんと立っているだけでした。

「あれ…?村田、コンラッド知らない?」

「ああ、彼はボブのところだよ」

 ボブというのはこの森で一番偉いうさぎで、何でも不思議な力が使えるのだそうです。

「何しろ、彼はよその種族のうさぎだからね。ボブには事前に白鳩で伝えておいたから、ここまで入ってくるのに止めだてはされなかったんだが…流石に何日かいるとなると色々と手続きが必要になるのさ」

「そうなの?じゃあ俺、ボブの所に行って待ってるよ。すぐに終わるよね?コンラッドは賢いから注意とかすぐに覚えられるもんね」

 もう駆け出そうとしているユーリの袖をぐ…っと村田が掴んで止めました。

「待つんだ渋谷。君に聞きたいことがある」

「なんだよ畏まって。それに、俺なんかよりお前の方がずっと賢いじゃないか。今更俺に聞くことなんてあるの?」

「僕にだって…他のうさぎに聞かなくちゃならない事があるのさ。ことに《心》の問題はね、分かっているようで分からないものだから」

「俺の…こころ?」

「そうだよ、渋谷。君は…ウェラー卿コンラートをどう思ってる?」

「大好きだよ!決まってんじゃん」

 胸を張ってユーリは言いました。

「そう…じゃあ、君は、君のためにウェラー卿が血を流すようなことがあっても耐えられる?」

「え…?」

 思いがけない言葉にユーリは息を呑みました。

「どういう…こと?」

「この森の掟はね、君が思っているよりもずっと厳しいんだよ。そのことをウェラー卿は独自に調査していたんだ。資料も少なかったろうに、あれだけ正確な情報を得ていたのには僕も正直驚いたよ…大した執念だ…とね」

「掟って…なに?」

 分からないけれど…《血を流す》という言葉が頭の中をぐるぐる回って酷く不安な気持ちにさせます。けれど、ユーリが考えていたどんな想像よりも、村田の語った掟は酷いものだったのです。



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