【黒うさぎ、故郷にかえる】


『コンラッド、俺とずっと一緒にいてね?』

『ええ…ずっと一緒ですよ』

『ずっとずっと…ずぅーっとだからね?』

『ええ、ずっとずっとずぅーっと一緒ですよ?』


 

 黒うさぎのお願いを、茶うさぎは叶えようとします。



 自分の持てる、全ての力を尽くして……。



*   *   *



 

 秋の初めの…気持ち良い陽気の頃でした。

 黒うさぎが穴掘りをして遊んでいると、旅装束の…大きいうさぎと小さいうさぎの二羽連れが声を掛けてきました。

「渋谷…渋谷だろ?」

「何それ、俺はシブヤなんて名前じゃないよ?俺の名前はユーリ!コンラッドがつけてくれたんだ。良い名前だろ?」

「ユーリ?確かに君は有利でもあるけど、渋谷でもあるんだ。渋谷有利…君の正しい名前だよ」

 小さい方の兎が落ち着いた声で言いました。

「そーだぞ、ゆーちゃん!お前は渋谷有利だ!」

 大きい方のうさぎは嘆くように言いました。

「ううーん…ゴメンね。俺…全然分からない……」

 頭を抱えてしまった黒うさぎを見て、旅装束のうさぎたちは互いにこくりと頷き合いました。

 そして大きい方のうさぎが近寄ってきたかと思うと…そのまま黒うさぎを抱え上げてしまったのです!

「わぁぁっ!何すんだよっ!離せよっ!!」

「大人しくしてろって、ゆーちゃん!良い子にしてたらお兄ちゃんが良いところに連れて行ってやるから!」

 まごうことなき不審兎発言に、黒うさぎの耳がぴんっと立ちます。

「助けてーっ!コンラッドーっっ!!」

 不審者対応の基本を遵守して大きな声で叫んだその時…草原の彼方から凄まじい速度で…一陣の疾風のように駆けてくる、一匹のうさぎがおりました。

 どんなに獰猛な獣でも眼差し一つで射殺せそうな瞳には、恐るべき憤怒の焔が燃え立っています。

 抜き身に放たれた剣は日差しを受けてぎらぎらと輝き、唸りをあげて空を斬ると、黒うさぎを抱えていた不審兎のマントが見事に斬り裂かれました。

 すると…なんということでしょう!

 マントの下から現れたうさぎの毛色は…

「黒…だと?」

 そう、背の高いうさぎの毛並みは、ユーリと同じ見事な黒毛だったのです。

「君達はチキューからきたのか?」

 茶うさぎはまだ警戒は解いておりませんでしたが、それでも抜き身だった剣は鞘に収めました。

「そうだ!俺の弟を帰してもらうためにな!」

 背の高いうさぎは随分と性急な達のようです。

「喧嘩は止めろよ!」

「そうだね。まずは話し合いが必要なようだ」

 どうやら熱くなっている年長者よりも、年少者の方が冷静に物事を見ているようです。

 

*  *  *




 三時のお茶を飲みながら、旅をしてきた二羽はユーリのことを話してくれました。



 ユーリは『地球』という大きな森の中でも、特に黒うさぎの一族が住む『日本』という集落で生まれたのだそうです。そこで両親と兄(これは旅をしてきた背の高いうさぎの方で、名を勝利というそうです)と共に楽しく暮らしていたのですが、好奇心旺盛なユーリはある日、一羽で森の外に出ていたところを運悪く人間達に捕まり…そして茶うさぎのコンラートに救われたのです。

 ユーリは捕まったショックや、そのせいで何日も食べることが出来なかったせいでしょうか、すっかり以前の記憶を失っていました。



「渋谷…君が人間達に浚われたと聞いたとき、僕たちがどれほど恐怖したか分かるかい?みんな半狂乱になってあちこち探し回ったんだよ?あれだけの黒うさぎが森から出て捕まらなかったのは寧ろ僥倖と言うべきだろうね」

「ごめんなさい…」

 難しい言い回しよりも、『村田』という同じ年頃のうさぎが切なげに自分を見るのが堪らず、黒うさぎはしょんぼりと項垂れてしまいました。

 けれど、その様子があんまり素直で可愛らしかったものですから、神経質そうな村田もこほんと咳払いすると、それ以上黒うさぎを責めたりはしませんでした。

「まぁ…君自身も恐ろしい思いをしたようだしね。何にせよ、君が無事で本当に良かった…」

 これは心からの言葉であったようで、村田は深々と嘆息すると…初めてちゃんと息をしたとでも言うように、ほぅ…っと肩の力を抜きました。

「うん…何がそんなに怖かったかは思い出せないんだけど…あ、でもね?コンラッドが俺を助けてくれて、優しく声を掛けてくれたり歌を歌ったりしてくれたのは凄くよく覚えてるんだ」

「ふぅん…それでは君は、渋谷の恩兎というわけだ。世話になったね。お礼は十分させてもらおう」

 村田はそういうと、背負っていた荷袋の中からキラキラと輝く宝石類を無造作に広げました。

「僕ら…三羽の、帰りの路銀だけ残っていればいいからね。これは君に全部あげよう」

「結構です」

 茶うさぎは即座に断りました。

「……君は、渋谷を手放さないつもりかい?幾ら養い親とはいえ、彼を故郷や彼の両親から遠ざける権限があるとでも?」

「いいえ。そんな権利が俺にないことは重々承知しております。ですが、俺は謝礼欲しさにユーリを育てたわけではありません。これを受け取ることは、ユーリと引き替えに…ユーリと過ごした日々と引き替えにすることだと…俺は思います。俺にそう感じられる以上、頂くわけにはいかないのです」

「コンラッド…」

 茶うさぎの想いの強さに黒うさぎは瞳を潤ませ…旅の二羽は白けたような眼差しを送ります。

「ユーリが故郷に帰るべきだとは俺も思います。ですから、どうか俺を護衛として『日本』まで同行させて下さい」

「それは…」

 何か言いかけた村田に、茶うさぎは目配せをして制止しました。

 何かをくみ取ったらしい村田は、こくりと頷きました…勿論、ユーリにはそれと知られぬように。

「分かった。…一緒に来てもらおう」

「本当!?やったーっっ!」

 どうなることかとはらはらしていたユーリは、飛び上がって喜びました。

 父さんや母さんには是非会ってみたかったのですが、茶うさぎと離ればなれになるなんてとても耐えられないと思っていたのです。

「コンラッドと一緒に旅をするんだね!?うわぁ…楽しみだなぁ!こないだギュンターに貰った、とっておきの砂糖菓子を持って行って良い?俺、父さんと母さんに食べさせてあげるんだ!」

「ええ、いいですとも。折角だからグウェンにも頼んで、日持ちのする焼き菓子を作ってもらっては如何ですか?きっと喜ばれますよ」

「うん!じゃあ俺、頼みに行ってくる!」

 黒うさぎが駆けていくと、茶うさぎは旅の二羽と内緒の話をしました。

 それは、茶うさぎがいつまでも黒うさぎといられるようにと…一生懸命調べたことでした。

 旅の二羽がその『申し出』を受けてくれると、茶うさぎは安堵したように息をつきましたが…ふと思い出したように言葉を続けました。

「もうひとつお願いがあります。俺がその『儀式』を行っている間、決してユーリが入ってこないように気をつけていただきたいのです。優しい仔ですから…きっと吃驚して、泣いてしまうと思うんです…」

「ああ、分かっているさ」

 村田はそう言いましたが、この時…茶うさぎは気付きませんでした。

 村田の眼鏡が、怪しく光っていることに…。



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  あとがき

 さて、新しい絵本シリーズを始めました!

 えーと…ちなみに、今回は茶うさを真面目に書こう!と思っていたのですが、格好よく描こうとすればするほど笑いが込み上げてくるイラストになってしまったので、別枠に入れました。
 
 「どうしても見たい」という困った方は 『疾走する茶うさ』 をご覧下さい。