「スクールウォーズ 〜腹黒保健医の3年戦争〜」
同級生編A
『渋谷ってさ、めっちゃ可愛いよなぁ…』
出席番号が一つ後の渋谷有利に対して、崎谷が意識を持つようになったのは入学式でのことだった。
よく似た名前で席も近かったことから呼び間違えられる事が多くて、何となく気になったのが最初のきっかけだったと思う。
名前は似ているけれど、彼は色々と崎谷とは違っていた。
男子高校生にしては少し小柄なくらいで、顔立ちが物凄く整っているというわけではないのだけれど、時折…ふわりと漂う雰囲気が胸の中を明るくするような光輝に満ちていた。
《可愛いなぁ》…しみじみと思うようになったのは、正確にいつ頃とは特定できない。
気がつくと目が追っていて、その行動の一つ一つに心を浮き立たせていた。
人目があろうが無かろうが、落ちているゴミは拾う。
そしてゴミ箱が探し出せなくて、いつまでもゴミを持ったまま困った顔をして辺りを見回す。
困っている人を見つけると、つい助けに行ってしまう。
その結果、学校に遅刻して怒られたりする。
しかも言い訳しないから、教員によっては心証が悪い者もいる。
人が落ち込んでいると、そぅ…っと傍に寄ってきて、《何かしてあげられないかな?》という顔をしてもぞもぞしている。
すぐに気の利いた台詞がべらべらと出てくるわけではないからだ。
『可愛い…すっげぇ……可愛いっ!』
今、崎谷の目の前で…それも、崎谷の自宅マンションで録画の野球中継を見ながら瞳を輝かせている様も、転げ回って抱きつきたいくらい可愛い。
「わぁ…すっげ!これ、先週末の試合だよな!?凄い良いプレイが出てたのに、録画して無くて《チクショーっ!》って思ってたんだよ!」
《はうはう》と仔犬みたいにはしゃいでテレビに見入っていたけれど、買い物袋を腕から下げたままなのに気付いて慌ててしまう。
「あ…いっけね。鶏唐揚げ作んなきゃ!」
「見ながらしようよ。下拵えしてくれたら、揚げるのは俺がやるし」
崎谷のマンションは小洒落た造りになっており、対面式のキッチンは大人数のパーティーが開けそうなくらい大きくて、リビングと一体化しているものだから調理する者も大型の液晶テレビが見られるのだ。
「えー?良いよ!今日はお前の誕生日じゃん。俺が揚げてやるって!」
「そう?」
言われて、ちょっと考えてみる。
揚げ油が跳ねたりしたら可哀相だと思ったのだけど…《熱っ!》なんて手を引っ込めた有利に寄って行って、《気をつけろよ…》なーんて言いながら火傷痕を嘗めたりするのは…確かに、イイ!
「それじゃあ…」
うきうきと了承しかけたその時、《ピンポーン》と呼び鈴が鳴った。
「……」
「行かないの?」
硬直する崎谷に、きょとんと有利が小首を傾げる。
「…………押し売りかもしんないし…」
「でも…あ、そーだ。コンラッドが《御馳走作ってお邪魔します》って言ってたから、いま来たのかも!」
『押し売りよりもタチ悪いじゃないか…っ!』
崎谷は心中で絶叫するが、有利はすっかりコンラート・ウェラーだと思いこんでいるらしく、とたとたと駆けていった。
「あ…待っ……!」
止める暇もなく、有利はがちゃりと扉を開けてしまう。
「コンラッド!」
「ユーリ…いけませんよ?相手も確かめずに扉を開けては…。怖い人がユーリに悪戯するかもしれないよ?」
「子ども扱いすんなよー!」
両手に大荷物を抱えながらも何故だか所帯じみて見えないコンラートは、《悪戯》を文字図等通りに受け止めているらしい有利にくすりと苦笑した。
「子どもじゃないから心配なんですよ…狼の懐に、ぽーんっと入って行っちゃうんですからね」
「何か言った?」
「独り言です」
崎谷にだけ聞こえるように囁いたコンラートは、とろけるような笑顔を浮かべて有利の頭を撫でつける。
《無事で良かった》…という声も、やっぱり崎谷にだけ聞こえたのだった。
『く…こ、こいつ…っ!』
崎谷は歯ぎしりしそうな勢いでコンラートを睨み付けるが、彼が抱えていたバッグから美味しそうな御馳走が出てくる度に有
利が可愛らしく歓声をあげるもので、すっかり《出ていけ》と言うタイミングを逸してしまった。
ここで引いては、有利に子ども扱いされてしまう…っ!
『ここは一つ、大人になろう…っ!』
良い機会だ。
この際、はっきりさせてしまおう。
有利により好かれているのはこんな腹黒そうな教員などではなく、若さと情熱溢れるこの崎谷なのだということを…!
燃え上がる敵愾心をどう感じているのか、コンラートは崎谷へと微笑みかけるのだった。
《掛かってこい…》とでも言うように……。
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* 意外と書きにくかったこのシリーズ…次回ぐらいでサラッと終われるとイイです。 *
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