「スクールウォーズ 〜腹黒保健医の3年戦争〜」

同級生編B











 《油断の隙もない》…それが崎谷の自宅訪問をした際に、コンラートの抱いた感想だった。


 《生鮮食品を取りあえず冷蔵庫にしまわせてください》と一言断りを入れて(でも、拒否する暇は与えず)冷蔵庫を開くと、そこには真新しいパッケージのドンペリが入っていた。

『《誕生日だから特別》とか、《味を見るだけ》とか言いくるめて、ユーリに呑ませるつもりだったな?』

 ちらりと視線を送れば、崎谷の眉間になんとも嫌そうな皺が寄る。

 更にテレビ台に設置されたDVDプレイヤーを覗けば、青少年に食いつきの良さそうなエロソフトのパッケージが垣間見えた。
 
『軽く酒が入ったところで何気なく流して、《試してみない?》とか言いくるめて擦り合いとかしてみるつもりだったな?』

 またまた視線を送れば、崎谷はもう目を合わそうとはしなかった。

『全く、今時の高校生はシモの興味ばかり先行して…困ったものだ』

 崎谷は元々ゲイという訳ではなさそうだから、有利に対しての想いは肉体的欲望が先に立つものではないと思う。
 だが、《好き》という想いの強さと様々な情報の氾濫から、《今時は男同士でやりあうのも普通》というイメージを持っているのではないだろうか?

『興味本位で抱かれては困るんだよ…いや、本気でも困るが』

 有利は真面目な子だ。
 たとえ弾みであっても一度身体を繋げたりすれば、友人としての好意しか持たない相手だとしても真剣に《恋愛》をしなくてはならないと気負ってしまうことだろう。

 そんなことは絶対にさせたくない。
 有利には今の有利のまま、伸び伸びと成長して貰いたいのだ。

『その為に、俺でさえ我慢しているんだ…。こんなぽっと出の高校生にくれてやることなど出来るわけがないっ!』

 コンラートの胸腔内には有利に対する清らかな想いと独占欲がイイ感じに混在して、彼の笑みを一層深いものにするのだった。



*   *   *




「うわぁ…凄い!」
「ふふ…頑張ってしまいました」

 テーブル上に所狭しと鏤(ちりば)められた豪華な食事の群れは、コンラートお手製のものもあるが、実はやたらと料理好きのオカマ(一応、友人カテゴリー)に作らせたものも含まれている。
 特に後者については飾り付けが秀逸であり、崎谷家のマイセンの皿に引けをとらないくらい豪奢な雰囲気と香りを放っていた。

「崎谷、お誕生日おめでとーっ!」
「ありがと…」

 崎谷の表情はちょっぴり複雑だ。
 有利と並んで座るつもりでソファを配置させたというのに、ちゃっかり間にコンラートが入り込んでいるのである。

 しかも、食事を始めるなりコンラートは甲斐甲斐しく有利の世話を焼き、崎谷の心臓をきりきり言わせてくれた…。

「ユーリ…お弁当つけてますよ?」
「え…どこ?」

 こしこしと頬を袖口で擦る有利だったが、お約束のようにそれは逆の側であり…コンラートはすかさす唇を寄せて頬についたソースを嘗めとってしまう。

「わひゃっ!」
「ご馳走様」
「もー、コンラッドってば…っ!人前でそういうの止めろよなー。恥ずかしいじゃん」


 ガチャン…っ!


 崎谷の食器にフォークがぶつかって異音を奏でる。

「……人前じゃないときには…良いのか?渋谷…」
「まあ、人前でなきゃね」
「じゃあさ、俺がやってもOK?」

 勢い込んで身を乗り出す崎谷に、有利は豆鉄砲を喰らった鳩みたいな顔をして《きょん》…っと目を丸めた。

「へ…?何で?」
「嫌じゃなかったらやるよ?俺…」

 別に汚れてもいない頬に向かって《ずずい》…っと唇を寄せてくる崎谷に対して、有利は反射的に両手を伸ばして食い止めようとしてしまった。

「ちょちょちょ…ま、待てよ崎谷!お前、酒入ってる!?」
「入ってねーよ。マジでやりたいだけ…」
「いやいやいや…何で!?」
「渋谷こそなんでだよっ!保健医は良くて俺は駄目なのかよ!?」
「え?いや…だって……」

 有利は困り果てたようにコンラートへと視線を送るが、至って平静な顔をしたコンラートはにこりと微笑み返すだけだった。

 勿論コンラートとしては、いざとなれば止めるつもりなのだが…ちょっと話が面白い方向に転がっているようなので暫し様子を見てみたくなったのだ。

「コンラッドは…ほら、昔から知ってるから兄弟みたいなもんだし…」
「ユーリはショーリにもほっぺたを嘗めて綺麗にして貰うの?」
「冗談…っ!」

 《げぇ…っ!》と舌を出して眉根を寄せてから…有利は不思議そうに呟いた。

「あれ…?そうだよな…。自分ちの兄弟でも嫌なのに、なんでコンラッドだと平気なんだろ?」
「どうしてでしょうね?」

 コンラートはとびきり綺麗な…そして、少し艶かしい笑みを薄い唇に浮かべると、有利をじぃ…っと見つめたまま小首を傾げる。

 まるで、《早く分かって欲しいな》…とでも言いたげに。

「渋谷…なぁ、俺は?俺じゃ…駄目なのかよ?」

 泣きそうな顔をして崎谷が抱きついてくるものだから、有利は困り果ててぽんぽんと背を叩いた。

「えと…あ、あのさ…?なんで崎谷がそんな事したいのかは分かんないけど…。なんか俺、コンラッドは特別みたい。多分……」

有利はしっくりくる説明はないものかと、唇をもにもにしながら考えていたようだが…ふと思いついた言葉をそのまま口にしたのだった。



「多分、コンラッドは俺にとって空気みたいな…人畜無害な存在なんだよっ!」



 …………がくりと、コンラートの肩が落ちた。

 崎谷も複雑な顔をしている…。
  
「俺、コンラッドとだったらなんか妙に安心しちゃうんだよね!フツーこの年でそりゃどーよって事でもコンラッドとなら平気だもん。一緒に風呂入っても、抱っこしてもらって同じ布団で寝ても、めちゃめちゃ気持ち良いし安心してぐーぐー眠れるんだよーっ!」

 《得心いった》という顔をして、有利はにこにこと具体的事例を挙げていくが、その都度崎谷とコンラートの表情が微妙に歪む。

「そう、ぐーぐー…」

 羨ましいのか気の毒なのかよく分からない表情で、崎谷は斜め32度くらいの角度に傾きつつコンラートを見やる。

 しかし、コンラートの方が回復力は早かった。
 ちょっと…軽く夢を見かけたが、基本的に有利の天然な反応には馴化しているのである。

「光栄ですよ、ユーリ。そんなに安心して貰えるなんて…。良かったら、今夜も俺の部屋にお泊まりしますか?」
「良いの?」
「いや、今日はうちに泊まってけよっ!」

 予想外の展開に流されまいと、崎谷は必死の形相で追い縋ってきた。

「渋谷…多分それ、慣れの問題だから…っ!俺とも風呂入ったり布団入ったりしようぜ?」
「えー?やだよ」
「そ…そんな…誕生日なのに即答で却下かよ…っ!」
「だって、やっぱコンラッドが特別なだけだもん。崎谷と風呂はともかく、ぴったりくっついて寝るのはなんかやだよー」
「えー……?」

 コンラートの顔に笑みが戻ってくる。
 にこにこにこにこと微笑む顔を恨めしげに横目で見やりながら、崎谷は最後の大勝負とばかりに切り出した。

「じゃあさ…今日だけ、誕生日って事で特別に一緒に寝てくれよっ!」
「崎谷…さっきから何に挑戦しようとしてんだよ?」
「う…」

 最初は笑いのネタかと思っていた有利も、普通の男子高校生同士のおねだりとしては異質すぎる要求に、流石に不信感を抱き始めたらしい。
 次第に目つきが胡乱なものになっていく…。

「だって…なんか、悔しいんだよ…。コンラート先生ばっか渋谷の特別でさ…。俺だって、渋谷と特別に仲良いつもりでいたのにさ…」
「あはは…!馬っ鹿だなぁ。コンラッドはコンラッド、崎谷は崎谷じゃん!」

 ばぁん…っと崎谷の背中を叩いて、有利はからりとした笑顔を浮かべる。


 とどめの一言と共に…。



「コンラッドも崎谷は大事な友達だもん!彼女とか出来たら一番に相談するからな?」



「…………………うん……」

 崎谷とコンラート共々に、しょっぱい顔をしたまま御馳走を口に運んだ。





 《できれば、一生彼女なんて出来ないでください》と祈りながら…。




  

 おしまい







* 我ながら…オチ切らない話を書いてしまいました(涙)。おかしーなー…書いてけばオチが勝手につくと信じて書いてみたのですが(←いつもそんな感じで書いているのですが…)、落としどころがさっぱりでした。敗因を考察してみたところ、どうやら私が書くコンユは有利の方に恋の自覚がないと短編の尺では絶対結ばれないということでした…。コンラッドだけが自覚している場合、どんなに黒い次男でも魔物や薬やアニシナが絡まない限り有利には手出しできないようです。 *