「スクールウォーズ 〜腹黒保健医の3年戦争〜」

同級生編@


※この物語は ある可憐な少年の学園生活を護るため 襲い来る魔手と闘うひとりの保健医の記録である。
 BGMには「ヒーロー -Holding Out For a Hero-」を脳内放送して頂きたい。










 ガラリと建て付けの悪い木戸を開いて、ひょこひょこと小柄な少年が入ってくる。
 また擦り剥いたのだろうか?可愛いお膝が赤黒く擦れていて、見ている方がぞくりと痛くなってしまう。

 そんなことを言うと、《外科医として執刀に当たっていたこともあるくせに》と笑われそうだが、コンラート・ウェラーはこの幼なじみの少年限定で血に弱いのだ。

 他の者なら別に、頭から脳漿が噴出していようが腹から臓腑がはみ出ていようが別に構わない(←構おうよ!)。



 医大卒業後は数年間、母親の系列病院で外科医として勤務していたコンラートだが、人間関係の軋轢(あつれき)等もあり転職を考えていた。
 ちょうどその頃、偶然この少年と再会して進学先を聞いた瞬間から、コンラートはあの手この手を使って保健医として潜り込んだのである。

 

「シブヤ君、また転んじゃったの?」
「えへへ…お世話になりまーす。つか、名字で呼ぶなよ名付け親のくせに!」
「ごめんね、ユーリ」
「へへぇ…」

 笑いながら丸椅子に座る少年は渋谷有利、この高校の1年生にしてコンラートの《名付け子》だ。

 コンラートは彼が生まれる前から家が近所だったこともあり、家族ぐるみのつきあいをしていた。その交流の中で、たまたま《7月に次男が生まれる》という話を聞き、母国ではその月を《ユーリ》というのだと何の気なしに口にしたのが《命名》になってしまったらしい。

 有利は今でも時折《まさかこんな漢字変換をされるなんて…!》と唇を尖らせるのだが、コンラートが呼びかけるときの《ユーリ》という響きは気に入っているらしく、《渋谷君》と呼ぶと文句を言う。

痛みに顔を顰めながらも、ぽかぽか陽気の春風を頬に受けながら微笑む有利は撫で転がしたいほどに可愛い…。
 
 今時珍しいくらい純粋な黒目と黒髪が印象的で、派手な顔立ちではないのにどこか心に沁みるような存在感がある。
 クラスメイトも、普段それほど彼を構い倒している風でもないのに、彼がいないと明らかにクラスの雰囲気がくすむ。

 おや…今もその内の一人が窓の外から様子を伺っているようだ。

「おーい、渋谷。消毒終わったら一緒に帰ろうぜ?」
「うん、崎谷ー。ちょっと待っててー」

『またあいつか…』

 コンラートの眼差しにちらりと険が掠める。



 睫の長い垂れ目と、色素の薄いウェーブがかった髪が印象的な崎谷修司は有利のクラスメイトで、見るからに今時の《チャラい子》だ。
 外見だけでなく、趣味や部活動も有利とは共通点のない崎谷なのだが、やたらと有利のことを構い倒しては《ホモなんじゃねーの?》等と周囲に突っ込まれるほどだ。

 崎谷は崎谷で後ろ暗いところが無く、あけすけに肯定したりするものだから有利の方が反応に困惑してしまうらしい。
 
『渋谷相手なら俺、勃つかもなー!』

 教室の中で、そんなことを言いながらガバッと有利に抱きついた崎谷に、コンラートはそっと廊下から呪詛を送ったものである。
 
 その直後…彼が激烈な腹痛に襲われ、トイレの住人と化した事にコンラートは直接関与していない。
 ただ、別に手を下したわけではないのだが…軽く《呪いって効くのかな?》と思ったのは確かだ。



「ユーリ、サキヤ君と一緒に帰るの?」
「うん、あいつ今日誕生日なのに家族が抜けらんない用事とかで居ないんだってさ。だから、ささやかながら俺がお祝いしようかと思ってんの。ちょっとは気が紛れるかなーって」

 さばさばした崎谷は、タイプは違っても…いや、ひょっとすると違うからこそ有利の興味を引くのかも知れない。
 有利は満更でもないような表情で誕生日会への意気込みを語ってくれた。

 そもそも、家族仲の良い渋谷家に於いて誕生日に家族が居ないなどという事態は考え難いものであり、それはとても大きな《残念事項》と映るのかも知れない。 

「そうですか…サキヤ君、ご家族がおられないとは残念ですね」
「そんなことないぜぇ?」

 崎谷は思わせぶりにニヤリと嗤うと、ちょいちょいと手招きして有利を呼び寄せた。
 そして、ひょこひょこと歩いてきた有利の肩を抱き寄せると、ぐりぐりと額を擦りつけて嬉しそうに囁きかけるのだった。

「渋谷が俺のために料理してくれるんだもん。お袋が買ってくる出来合の食い物より、よっぽど旨いかもな」
「俺、カレーくらいしか作れないぜ?」
「十分だって!あ…でも、折角だからケーキはあーんして食わせてよ」
「何言ってんだよ。彼女とやれよそういうのは〜」

 あはは…っと笑う有利は屈託のない様子だが、崎谷の方は《じぃ…》っと見詰める眼差しに真剣が色が滲んでいる。

「へへ…楽しみ……」

 くしゃりと垂れ気味の目を細めると、普段は大人びて見える顔立ちが年相応の少年のものになる。

「そお?んじゃ、頑張って隠し芸とかやるかなー」

 寂しい誕生日にしてはならないと意気込む有利に対して、明らかに…崎谷の方はターゲットロックオン状態だ。

『なーにが家族が不在だ…』

 絶対、言いくるめたか何かで追い出したのだ。
 そう決めつけたコンラートはにっこりと微笑みながら有利の背後に歩み寄ると、崎谷の手から奪い取るようにしてその細い肢体を腕の中に捕らえた。

「ユーリ、まだ治療が終わっていないよ?おいで…」
「えー?もう消毒終わったよ?」
「何言ってるの?ちゃんとカバーしておかないと、痕が残っちゃうよ?」
「膝だもん、ちょっとくらい良いよー」
「だーめ、駄々っ子みたいなこと言ってないでこっちにおいで?」
「うーん…分かった」

 椅子に有利を座らせて必要な処理を施すと、コンラートはそっと耳朶に囁きかけた。

「ね…ユーリ、俺も同席させて貰えない?」
「え?でも…」
「サキヤ君、強がっていたけどまだ16才でしょう?きっとユーリと二人だけじゃ寂しいと思うんですよ。俺の料理の腕は知ってるでしょ?良い食材をたっぷり買い込んで行きますから、サキヤ君の住所教えて下さい」
「そういえばそうだよな!やっぱ誕生日には旨いもん食って、なるべく大人数で賑やかにやる方が楽しいよな!良かったー…俺一人で寂しい思いさせたら悪いなって、結構緊張してたんだよ!」

 コンラートにすっかり言いくるめられた有利は、にぱーっと笑って頷くと、とっておきのサプライズ企画とでも思っているのかにこにこしながら崎谷の住所を耳打ちしてくれた。

「楽しみだね!」
「ええ…とっても楽しみですね?」

 にっこりと微笑み合う二人の表情は良く似ていたけれど、腹の中にある思いは随分とその色調を異にするものであった…。








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* BL風味地球パラレルです。拍手で「眞魔国ネタ」に次いで得票数を集めていたので書きだしてみました。さてさて、どういうことになりますやら…。 *