「春の花を君に」C
※眞魔国森に住んでいた頃の、ちっちゃい黒うさと大きな茶うさの小話です。
「うわぁ…素敵素敵!」
黒うさぎの頬はさくらんぼのように紅潮し、真っ黒な瞳はきらきらと輝きます。
ちいさなお手々は感嘆のあまり淡く開いたままの唇の前に合わせられ、ちょっと見、拝んでいるようにさえ見えます。
黒うさぎがこんなに《素敵》を連発するするとすれば、そりゃあ相手は茶うさぎに決まっています。
洋服屋さんのとっときの春物紳士服を着込んだ茶うさぎは、そりゃあ素敵な事になっていたのです。
「うーん…着慣れないので、妙な感じがしますね…。本当に似合ってますか?」
茶うさぎは爽やかなブルーグレーの開襟シャツにオフホワイトのジャケットを羽織り、細身のスラックスを穿いています。ジャケットの胸元には蒼い華が一輪刺してあって、首元に巻いたチョーカーにワンポイントとして配された宝石と好対照をなしています。
そしてなんと言っても、軍兎らしい姿勢の良さと気品ある佇まいがとても美しいものですから、少し歩いただけでも優雅で隙のない足取りにうっとりと見惚れてしまいます。
『なんて素敵なんだろう…!』
お目々がとろとろに溶けてしまいそうなくらい見惚れていた黒うさぎでしたが…不意に、恐るべき光景を目にすることになりました。
「まあウェラー卿、なんて格好良いの?」
「やーん、男性モデルって誰かと思ったらコンラート様なの!?超ラッキー!」
きゃあきゃあと黄色い歓声を上げて飛び出してきたのは、とっても華やかな春のドレスを纏う娘うさぎ達です。
どうやら、洋服屋さんが頼んだモデルさんのようです。
『あ…っ!』
なんて事でしょう!
綺麗な娘うさぎはしなやかな腕をするりと茶うさぎの腰に絡みつかせ、息がかかりそうなほどの近くで囁きかけているではありませんか。
「ねぇ…コンラート様?もしよろしければ、この後食事にでも行きません?」
「残念ですが、俺は暗くなる前にユーリと帰宅して食事を作りたいので、この仕事が終われば帰りますよ」
「やぁ〜ん!やんやんっ!そんなこと仰らないで?折角暖かくなってきたんですもの。咲き始めたお花でも愛でながら食事しましょうよ!良い店を知ってますのよ?」
「そうそう、ねぇユーリちゃん?お姉さんねぇ〜美味しいケーキを出してくれるお店を知ってるのよ?一緒に食べましょ?」
そつのない笑顔で対応してくれるものの、どうやらとりつく島のなさそうな茶うさぎに見切りをつけたらしい娘うさぎ達は、ターゲットを変えました。
黒うさぎのちいさな身体をふわりと持ち上げると、豊満な胸に押し当ててうりうりと抱きしめました。
「やーん、ユーリちゃんお耳がふわふわ〜」
「あん!あたしも抱かせて?」
「わ…わわ…っ!」
春というより初夏を思わせるドレスを着込んだ娘うさぎ達は結構な露出度です。
黒うさぎはふっかりした白い胸に顔を押しつけられて、嬉しいのか苦しいのかよく分からなくなります。
「ね…?お姉さんとケーキ食べよ?」
「ぁん…っ!」
ふぅ…っと感じやすい耳に息を吹きかけられて、びくんっと黒うさぎが震えます。
その様子に娘うさぎ達は《むらり…》とくるものを感じたようです。
「あら…あらら…まぁ、可愛い反応!」
「ゃ…やぁ…っ…」
びくんびくんと震える黒うさぎの耳を、繊細な指使いで娘うさぎ達が弄りました。
けれど、その悪戯は少々度が過ぎたようです。
「止めて頂けませんか?」
ドゥ……っ!
突然、咲き誇る春の花さえ凍り付かせそうな冷気が吹き付けてきました。
娘うさぎ達が振り返ると、そこには笑顔を浮かべた茶うさぎが立っていました。
笑顔です。
ええ…笑顔なんですけども…。
どうしてこんなに怖いのでしょう?
「あ…あら…?」
「美しいお嬢さん方の刺激に触れるには、ユーリはまだ幼いようです。大きくなったらまたお願いしますね?」
そう言いながらも、茶うさぎの両眼にはこう明記されています。
『大きくなって手出ししたら…タダではすまないよ?』
娘うさぎ達は、丁寧に黒うさぎを降ろすと駆け出しました。
変な汗が顔面中を覆いましたので、すぐさまお化粧直しが必要だと思ったのです。
文字通り脱兎の勢いで逃げ出した娘うさぎ達に代わり、茶うさぎは大切な大切な宝物である黒うさぎをやさしく抱き上げました。
「すみません…ユーリ。可愛いお姉さん達ともっと遊びたかったかもしれませんが…」
「ううん。助かったよ!お姉さん達はふかふかしてとっても気持ちよかったけど、耳にふうふう息を吹きかけてくるからくすぐったくて困ったもん」
「そう?」
「うん!ありがとうね、コンラッド!」
そんな二羽を見ながら洋服屋の旦那さんは言いました。
「おやおや…あんた達は本当に仲良しさんだねぇ!良かったら、ユーリ君もモデルをやってみないかい?」
「え?」
「やってくれたら今日買った服のお代をタダにしてあげるよ?」
「本当!?」
ぴこりんっとお耳を立てて、黒うさぎは瞳を輝かせます。
「その話、乗った!」
「よーし、話が早いねぇっ!じゃあユーリ君ちょっとこっちにおいで?ウェラーの旦那がモデルをやってる内に着付けとお化粧をするからね?」
「え?お化粧?」
不思議そうに黒うさぎは小首を傾げました。
黒うさぎはちいさいですが雄うさぎです。
どうしてお化粧の必要があるのでしょうか?
「お化粧はウェラーの旦那もこれからするんだよ」
「え…?」
意表を突かれた茶うさぎの背後から、ぶっとい腕が絡みついてきました。
「はぁ〜い、《世界カマバッカ選手権》堂々第一位のグリ江ちゃんが、お洋服の着付けも併せてお世話しちゃうわよ?」
「な…ヨザ…っ!?」
手に良い香りのする油をつけているらしい橙うさぎは、そのまま茶うさぎの前髪に絡めて行きます。意外と繊細な動きを見せる指が髪を梳くと、前髪を洒落た感じに流した茶うさぎは《ちょい悪うさぎ》の気配を纏います。
不意打ちで髪に触れられたことが腹立たしかったせいもあるのでしょう。普段は決して黒うさぎには見せないような鋭い眼差しを送るものですから、匂い立つような《雄》の気配にドキドキしてしまいます。
『わ…わぁ〜…格好良いなぁ…っ!』
流れるような動作で橙うさぎは茶うさぎをコーディネートしていきます。
開襟シャツの胸元はもう一つ釦を外して逞しい胸筋を覗かせますし、裾野も良い感じの無造作さで粗くスラックスから引き抜き、もともと精悍な顔立ちを舞台映えさせるようにか、目元に淡く紅を掃いています。
『い、色っぽい…っ!?』
橙うさぎを鬱陶しそうにあしらう茶うさぎは、顔を背けるように仰け反らせた顎や首筋のラインが露わになって、一層艶かしい雰囲気です。
しかし、黒うさぎは感心してばかりいるわけにはいきませんでした。
「さ、ユーリ君はこっちだよ?」
ひょいっと洋服屋の旦那さんに持ち上げられた黒うさぎは更衣室に連れられていきます。
「あ…ユーリ…っ!」
「こ、コンラッド…俺も後から行くから頑張ってね!」
ちいさな手を振り振り、黒うさぎは声援を送ります。
茶うさぎはもうすぐに出番なのですから。
『よぉし…俺も、コンラッドみたいに格好良くして貰うぞ!』
黒うさぎは更衣室で着せられるであろう服を想定して、気合いを入れました。
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* コンラッドの花嫁衣装は反対意見が多かったのであきらめました。でも…でも、ゲームのあんまりな女装は作画の人にやる気がなかっただけなんです!ちゃんと身体に合った服を着たら、せめてグウェンダル級には似合った筈なんてす〜っ!!(多分…) *
※橙うさぎが茶うさぎの髪を撫でつけるシーンをイラストにしてみたんですが、ちょっとヨザコンの風が吹く感じがするので別窓に入れておきました。
興味がおありの方は こちら からご覧下さい。
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