「春の花を君に」D ※眞魔国森に住んでいた頃の、ちっちゃい黒うさと大きな茶うさの小話です。
『ユーリはどうしているだろうか…』 半ば気が遠くなりながら、茶うさぎは観客の前を歩きました。 何だか気が重いし、何故か一緒になってモデルをやっている橙うさぎがちょっかいを出してくるものですから、不機嫌そうに振り払ったり組み手をしたりするのがとても邪魔くさいです。 けれど、橙うさぎが絡むたびに鋭い手刀や蹴りが交錯する為か、観客達には妙に受けが良いようです。 「はぁ〜んっ!か、格好良いわコンラッド様っ!」 「ヨザックー、もっと絡んでぇ〜っ!」 『嫌な声援を送るな…っ!』 茶うさぎは心底思いますが、険のある流し目を送るたびに黄色い歓声のボルテージが上がるので、余計に不機嫌になってしまいます。 モデルって、こんなに仏頂面でやって良いものだったのでしょうか? しかも困ったことに、洋服屋さんに着付けを一任されているらしい橙うさぎは次第に調子に乗ってきて、《上半身裸にしてジーパンで歩け》だの、《歩いてる途中で胸に挿してる華を抜いて、茎を囓れ》だの注文を出してくるのです。 思わず、顔面パンチを食らわしてしまいました。 …でも、交戦中にはぎ取られるようにしてシャツを脱がされたので、お返しに橙うさぎのシャツもはぎ取った上で、顔を掠める勢いで上段蹴りをお見舞いしました。 なのに…何故かその瞬間、観客の興奮は限度高を超えたようで、何人かの娘うさぎが倒れたようです。 「はう〜っ!す、素敵ぃぃい〜っ!!」 『何が素敵なもんか…幾ら春の陽気と言っても、流石に裸は寒いのにっ!』 茶うさぎはそう思いますが、そのご機嫌が《ぱわ〜ん》と回復する瞬間がやってきました。 「コンラッドーっ!」 恥ずかしそうに頬を染めながらも、離れていた茶うさぎに会えることが嬉しいのか、弾むような足取りで黒うさぎが駆けてきました。 黒うさぎが着ているのは、普段はあまり着ないような可愛らしいデザインのものでした。 海兵さんのようなセーラーはリボンが大きくて、胸元できゅっと締めた様子は海の平和を守る以前に、浚われないように黒うさぎの身を護る必要を感じさせるものでしたし、細い脚が膝下から見えるスカートみたいなキュロットは、ぱたくたと黒うさぎが走るたびに揺れて何とも愛らしいです。 大きめの帽子が後ろにずれ気味なのも、これは計算なのでしょうか? 「ユーリ…!なんて可愛いんでしょう!」 満面に笑みを浮かべて茶うさぎが抱き上げると、黒うさぎは一層ほっぺを真っ赤にしました。 「コココ…コンラッド…なんで裸なの!?」 「すみません…あの馬鹿に脱がされまして…」 《あの馬鹿》は雄臭い笑みを浮かべてぺろりと紅い舌を出しています。 茶うさぎ同様上半身が裸の橙うさぎは、逞しい上体を惜しげもなく晒してしました。 「うわ…ヨザック格好良いね!」 「…俺より?」 「コンラッドは勿論、誰よりも格好良いよ!」 力強く握り拳を突き上げる黒うさぎに、茶うさぎはとてもとても幸せそうに笑いかけました。 若い父うさぎと息仔…と呼ぶには何だかとっても嬉し恥ずかしそうな雰囲気が漂う二羽の様子に、先程とはまた違った意味の歓声が飛びかいます。 「あら…」 「あらあらあらあら…」 「な、何だか…仲良しねぇ?」 《仲良し》の一言ですませて良いものかどうか悩みますが、それでも…とても麗しい光景には違いないものですから、感嘆の(桃色)吐息が巷に溢れます。 「さーさ、お二方…次が大トリよん?隊長はこっち、坊ちゃんはこっちー」 「あぅ〜」 やっと会えたのに再び引きはがされて黒うさぎは不満げですが、拗ねたように唇を尖らせたところも可愛らしくて、なんともほのぼのとした雰囲気が流れます。 * * * 「え…俺……こ、これ着るの?」 「そーだよ、ユーリ君!」 洋服屋さんが着付けようとしてきた服に、黒うさぎはじりり…っと後ずさりました。 「まぁ…どうしてもとは言わないけどね?もともと、他の娘モデルに頼むことになってたから、それ用の服もあるしね」 「………っ!」 それは嫌です。 それは困ります。 反射的に黒うさぎががしりと服を掴むと、洋服屋の旦那はニヤリと笑いました。 「良い子だね〜。ちゃんとお化粧もするからね?」 「はい………」 耳をへたれさせながらも、黒うさぎはこっくりと頷きました。 * * * ファッションショーの大トリ…それはやはり結婚式のお洋服でしょう。 髪を後ろに撫でつけた茶うさぎはとても気品があり、白い燕尾服がこの上なく似合っています。 そこへ…更衣室から跳ね飛ぶようにして駆けてきたのは、先程よりも更にほっぺを真っ赤に染めた黒うさぎでした。 勿論…と言って良いのでしょうね? 黒うさぎはなんとも可愛らしいウェディングドレスに身を包んでいました! きっと、結婚式で花嫁さんのベールを持つ役回りの仔うさぎ用に造られたのでしょう。 真っ白なレースとフリルをふんだんに使ったドレスには、随所に生花が飾られています。 とても繊細な編み方で造られた華冠が如何にも春の花嫁さんという感じですが、一体誰が造ったのでしょう? ふと…観客席に視線を送った茶うさぎは耳をぴぃん…っと立てました。 なんと、そこには顔の下半分を掌でがっちり覆った濃灰色うさぎがいたのです。 『ぐ…グウェン……』 愛くるしい黒うさぎは勿論のこと、茶うさぎのことも直視できない様子です…。 「コンラッド…これ、コンラッドの分…っ!」 ぴょーんっと飛びついた黒うさぎは、息を弾ませて手に持っていた花冠を茶うさぎの頭に載せました。 これまた凝った造りの華冠は、まるで王様の冠みたいに立派に編み上げられています。 「こりゃあ可愛らしい花嫁さんに花婿さんだ!」 ほのぼのとした微笑みが広がったその時です、 「ちょっと待ったーっ!!」 更衣室から弾丸のように飛び出してきた白い固まりがありました。 それは…華やかなウェディングドレス(多分、特注)に身を包んだ橙うさぎでした! 「隊長〜俺を貰っ…うぐぉ…っ!」 走ってきた勢いそのままに、茶うさぎのラリアートが見事に橙うさぎの喉に命中しますが、花嫁の方も負けてはいません。軽やかにバク転を決めると、低い位置からの滑り込みで花婿の脚を浚おうとします。 「酷いわ隊長…!あたしとの愛の日々を捨てるつもり!?」 「そんなものは存在せんっ!」 すんでの所で茶うさぎは交わしますが、素早く反転してきた恐怖の花嫁(当然、二の腕はノースリーブの袖口からむっきむきと盛り上がっています)と、両手を掴み合って《がっき!》…と向き合うことになりました。 「わー、ヨザック!コンラッドを苛めちゃ駄目!」 「苛めてませんてぇ〜っ!」 逞しいけれど、引き締まって細身の花婿と、筋肉隆々とした花嫁の対決に、黒うさぎは耳を後ろに寝かせてぴるぴると震えています。 《悪ふざけが過ぎたかな?》と言いたげに、橙うさぎは派手にすっ転んでから黒うさぎのベールを持ってやりました。 「へへ…ベールお持ちしまーす」 「ヨザック…ベールなんて良いよ!それよか、折角のドレスが汚れちゃったよ?」 ぺしぺしとドレスの汚れを落としてやる黒うさぎに、また観客の頬にはふんわりとした笑みが宿るのでした。 「ご結婚おめでとう!」 「末永く幸せに!」 からかい混じりの歓声の中には茶うさぎの頬をひくりと引きつらせるようなものも混じっていました。 「いよ!変態っ!」 「幼妻を泣かせるなよ〜?」 わっはっはっ…と場内は明るい笑いに包まれました。 蒼い春の空は何処までも澄み渡り、みんなの楽しそうな笑い声を載せてどこまでも広く…伸びやかに流れていきます。 この時はだーれも、この風景が本当の本物になるなんて、思いもしなかったでしょうね! おしまい * ほのぼので始まったのに、何やら妙な方向に展開してしまいましたがどうにか「花」に絡めて終わりました。 * ※本編を見直さずに黒うさの落書きをしたら、間違えて帽子ではなく花冠を被らせてしまいました…。 |