「春の花を君に」B ※眞魔国森に住んでいた頃の、ちっちゃい黒うさと大きな茶うさの小話です。
茶うさぎと黒うさぎはうららかな春の街を歩きました。 行きかう兎達の服装もどこか春めいて、少し前の時分よりも薄物だったり淡い綺麗な色をしているように思えます。 よく見ると、興奮のためだけではなく黒うさぎのほっぺたは真っ赤に染まり、額には汗が浮いているようです。 そういえば、そろそろ半袖を何枚か買っておいた方が良いかも知れません。 ただ…いつもこの時期思うのですが、どうして春というのは急に暑くなったり寒くなったりするのでしょう? 暑いと思って半袖を買うと、動きやすいし涼しいし、新しくって生地がぴぃんとしているものですから、黒うさぎがとっても喜ぶのです。 喜ぶのは良いですよ? 茶うさぎだって嬉しいですとも! ですが、そういう涼しい格好をさせた後、急にどぅっと花冷えの寒さが襲ってきたりするのです。 そうなると茶うさぎはもう心配で心配で…黒うさぎが大熱を出した時のことも思い出して、 『そろそろ長袖を着ましょう』 と、言いたくなるのですが、そんな時に限って凄く嬉しそうに、《コンラッド、新しい服買ってくれてありがとうね!俺、涼しくって動きやすくって、この服だーいすき!》等というのです。 『さぁて…どうしよう?』 「あ…!」 茶うさぎが考えていると、不意に黒うさぎが立ち止まって洋服屋さんを見ました。 やはり、涼しい服が欲しいのでしょうか? ですが…黒うさぎが見詰めていたものは仔うさぎの服ではなく、大兎の紳士服でした。 すっきりとしたデザインの半袖シャツです。 生地も良いものを使っているようですが…その分、お値段も張ります。 「これ、コンラッドにぴったりだね!」 「そうでもないですよ。それより、こちらのお店でユーリの服を買いませんか?」 「え〜…でもー……。なんかコンラッド、いつも俺の服ばっか買ってない?コンラッドが新しい服買ってるの、俺見たことない…」 唇を尖らせて黒うさぎに言われると、《ぐっ》…と茶うさぎは言葉に詰まります。 だからこそ、流行に関係ない眞魔国正規軍の軍服を着た切り兎なのです…。 「いや…でも……」 ここで《お金がないんです》等とは決して口に出来ません。 そんなことを言えば、《じゃあ俺もいらない!》と言うに決まってます。 黒うさぎとはそういう仔なのです。 「武…武士たるもの、容儀に拘りすぎてはならぬと、死んだ父が言い残しまして…」 そんな拘りのある人物ではありませんでしたが、死んでいるので文句は言いません(←オイ!) 「そうなんだ…でも……俺、コンラッドがぴかぴかのお洋服を着たとこも見てみたいなぁ…」 期待に満ちた眼差しが、春の陽射しを受けてきらきらと光ります。 「それ…は……その、今回は気に入った服がありませんでしたが、俺の好きな服があれば、きっと買いますから!」 「本当!?」 「ええ、ですからそれはまた今度ね?」 そう言うと、手早く子供服売り場に黒うさぎを連れ込んで、涼しげな服を買い込みました。 今日は春にしては特に暑いですから、青い半袖シャツとお膝が見える丈のズボンは早速着せました。 「ユーリ…とっても可愛いですよ?」 「えへへ〜、この服凄く動きやすい!ありがとうね、コンラッド!」 ご機嫌の黒うさぎは新しい服を着てくるんと回転して見せました。 首に掛けた白い花飾りが一緒になってふわりと揺れます。 その様子を見ていた服屋の旦那さんが声を掛けてきました。 「ウェラーの旦那、どうだい?春物紳士服のモデルやってみないかね?」 「は?」 茶うさぎが目をぱちくりさせていると、服屋の旦那はしゃがんで黒うさぎに言いました。 「どうだい、ユーリ君。ウェラーの旦那にあんたも頼んでやくれないか?今から往来で《春の新作会》ってのがあるんだ。うちの服を何点か出そうと思ったんだが、どうせなら格好良いうさぎが着てた方がいいからさ、ウェラーの旦那に是非着て欲しいんだよ。なんなら、そん時に着たうちの服は全部タダであげるよ」 「その話、乗った!」 「え…ちょっ…ユーリ!?」 「とっても良いお話だよコンラッド!タダだよ、タダ!」 タダより怖いものはないということを、茶うさぎは知っています。 兎通りの多い往来でモデル紛いのことをするなんて、茶うさぎの価値観から言えば《何の羞恥プレイですか?》と言いたくなるような代物です。 ですが…確かに、新品の紳士服を手に入れて黒うさぎからうっとりとした視線を送られる…という映像は茶うさぎの中でとても魅惑的にちらついています…。 「わ…かり……ました………」 ちょっぴり顔色をアオミドロみたいな色にしながらも、茶うさぎは了承しました。 「やったぁ!じゃあ、俺グウェンを呼んでくるね?折角だから花飾りをもっとつけてもらおうよ!そうだ、ヨザックも呼ぼう!お化粧とかしてくれるかも!」 「止めて下さい…最後に花嫁衣装とか着せられそうじゃないですか!」 「おお、そりゃ良いねぇ。良い宣伝になるよ!着てくれるなら給金も弾むよ?」 「うわーっ!コンラッドお嫁さんにもなるの!?」 「なりませんーっっ!!」 力一杯墓穴を掘りまくる茶うさぎは、可哀想なくらいお耳が寝ています。 頑張れ茶うさぎ、ゴーゴー茶うさぎ。 花嫁衣装はいつか黒うさぎが着てくれるよ! * 春の花があんまり関係なくなってきましたが…。なにやらズルズルと続いております。それにしても、春先に着るものって毎年困りますね。娘に半袖短パンを買ってあげたら、翌日雨が降ってどう考えても寒いのに、「寒くない」と言い張って半袖を着ようとします。せめて上着を着せよう…。 * |