「春の花を君に」A
※眞魔国森に住んでいた頃の、ちっちゃい黒うさと大きな茶うさの小話です。
結局、茶うさぎは黒うさぎと共にお出かけすることになりました。
ですが、なるべくなら世間一般の兎達に、
『まぁ…春だからって随分浮かれているわねぇ…』
…とは思われたくありません。
いえ、正確には…
『あの仔は、あんな浮かれた保護兎のもとで養育されて、無事に育つのかしら?あんなに可愛い仔うさぎですもの…是非、私の手で育ててあげたいわ。きっとあのお調子者のうさぎよりはマシな育て方が出来ると思うわ』
なんて思われるのが嫌なのです。
『話し合いに来るのならともかく、《あの仔のため》などと言って、こっそり浚おうとする奴が居たら大変だ!』
本当に大変です。
きっと黒うさぎは怖い思いをすることになるでしょうし、茶うさぎの心臓は凍って…砕けてしまうかも知れません。
茶うさぎはそんなことをしたうさぎを決して赦しませんから(断定)、下手をすると《うららかな春の野原で何が!?昼下がりの惨事に眞魔国森騒然》…などといった、シンニチ紙面を騒がせる事件に発展しないとも限りません。
なるべく、平和に過ごしたい…というか、黒うさぎとの幸せな暮らしを邪魔されたくない茶うさぎは、一生懸命頭を捻って考えました。
黒うさぎがくれた花をつけながらも、少しでも《浮かれていない》感じに自分を演出したいのです。
* * *
「わぁ…コンラッド素敵素敵!」
「そうですか?」
黒うさぎが瞳を輝かせてパンパン手を叩いて喜ぶと、茶うさぎもはにかんだように微笑みます。
普段はかっちりとした眞魔国正規軍の服装をしている茶うさぎですが、思い切って上着を脱ぎ、白いシャツも襟元を二つ目のボタンまで開いて、胸元に花の首飾りをつけました。
ちょっと《首輪》という印象もないではないですが、見ようによっては洒落たチョーカーのようです。
花冠はくるりと二度巻にして、手首につけてみました。
袖口も肘まで折り返していますから、しなやかな筋肉の走行が花を野趣溢れたものに見せています。
『これなら恥ずかしくないかな?』
少しほっとしたところで、二羽はおでかけしました。
* * *
「まぁ…」
「あらぁ……っ!」
道行く兎達がみんな振り返って、うっとりと見惚れています。
若い娘兎だけでなく、ちょっと年増のおばはん兎からおじさん兎に至るまで、宝物を見つけた仔うさぎみたいに、瞳をキラキラさせています。
ほっぺただって、咲き初めた紅梅の花びらみたいに《ぽうっ》と染まっています。
『凄〜い!みんなコンラッドを見てるぞ!?』
黒うさぎは嬉しくなって、胸を張って自信に満ちあふれた風に歩きます。
『どうだい?俺のコンラッドは素敵だろう?』
うきうきとした足取りは、虹色の雲の上を歩いているようです。
黒うさぎの大切な綺麗な素敵な格好良い名付け親は、とてつもなく麗しいのにちっとも自分では分かっていなくて、自分の身を飾ることにとても無頓着なのです。
だから、本当は濃灰色うさぎは黒うさぎだけに花冠を作ってくれたのですが、茶うさぎにもっと自分の素敵さを分かって欲しくて、無理にお願いしたのです。
『コンラッドにも素敵なのを作って?そしたら、街の兎達に自慢して歩くから!』
…とお願いした時、濃灰うさぎは実に微妙な表情を浮かべたものです。
似合わないと思ったのでしょうか?
でも、今の茶うさぎを見たら、きっと濃灰色うさぎも…
『おお…なんと素敵なんだコンラート!流石は我が弟だっ!』
なーんて言いながら、感動して抱き合ったりするかも知れません。
想像するだけで、グァシーン…っ!という衝撃音が聞こえてきそうです。
わくわくして、茶うさぎの手を引いて濃灰色うさぎのお屋敷に行こうとしたのですが、突然…凄い風が吹き出しました。
「わぁ…っ!」
何ということでしょう!
風に煽られた黒うさぎの花冠が吹き飛ばされて、川に落ちてしまったのです。
「と…取りに行かなきゃ…っ!」
泣きそうになりながら橋の柵に取り縋りますが、ひょいっと茶うさぎに身体を持ち上げられてしまいます。
「まだ水は冷たいから止めましょう?それより…ほら、見て下さい…」
茶うさぎに言われて川面を見ると…きらきらと輝く水面に白い花冠が浮かび、ゆっくりと流れていくのを、興味を引かれてらしい小魚がちょいちょいと突いているのです。
「わぁ…!」
「ね…?あれは春の贈り物として、お魚さん達にあげませんか?」
「そうだねぇ…!素敵な贈り物だねぇ…!」
茶うさぎの名案にこっくりと頷いて、黒うさぎはまた元気よく歩き始めました。
そんな黒うさぎを見ながら茶うさぎは微笑みました。
でも…ちょっとだけあることが気に掛かりました。
『ユーリ…その首飾りは無くさないで下さいね?』
無くしたら大変です。
ちいさな黒うさぎとお揃いだから良いようなものの…茶うさぎだけが花飾りをつけていた場合、あからさまに一羽だけ浮かれているように見えるのですから……。
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急に暖かくなってきたので、ついついほんわかとした話を書いてしまうのですが、そんな自分を戒めたくて微妙なニュアンスも滲ませてしまうのでした。
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