危うし!コンラート様E











「ほほほほほほほほほほ……っ!悪党どもはここにいるので……グー…」

 濛々と立ち上る粉塵の中から、鮮やかな深紅のドレスを翻して登場したのは虎柄の仮面を付けた謎の女…。

 更に謎なのは、颯爽と登場したにもかかわらず発言の途中で突然眠りだしてしまったことだ。
 仁王立ちで人差し指を高らかに突き上げたまま、かくりと顎をあげて熟睡している女主人を、同様の仮面をつけた侍女たちが慌てて介抱した。

「な…何だ?」

 呆然としていた人々だったが…謎の女の脇をすり抜け、一陣の疾風のように飛び出してきた影に我を忘れて絶叫してしまった。
 
「くぁぁあああ……っ!」
「か…格好良い…っ!」

 長い下肢が瓦礫を蹴倒し、鞭のように撓る身体が中空を舞う様は一幅の絵画のようであったので、彼に恋い焦がれる身としては見惚れてしまうのも無理はないというところだろうが…それにしても危機感がないことは間違いない。

 目がハート型になったおっさん&お兄さん達に鼻白んだものの、ウェラー卿コンラートの動きが鈍ることはなかった。
 一気に距離を詰めると、有利のもとに馳せ参じる。

「ユーリ……っ!」

『気を失っているのか?』

 コンラートは蒼白な顔色で脱力する有利に、心臓を鷲掴みにされるような恐怖を感じた。
 
 先程までは懸念を感じながらも審査会場に座り続けていたコンラートだったが、突然背筋の皮膚が総毛立つような恐怖を感じて有利を探し出した。
 彼に、危機が及んでいるような気がしたのだ。

 予感は悪い方向に的中しており、案の定トイレの前に張り付いていた警備兵達が何時までも戻ってこない魔王陛下におろおろしていた。
 コンラートはそのまま、自分の勘が指し示す方角にひた走った。

 その途上、何故か併走してきたエベレスト嬢(「我が好敵手の危機に、黙ってなどいられませんわ!」と高笑いする姿には、恋心というより強い侠気を感じてときめいてしまった)と共に、ここまで走ってきたのである。

 ちなみに、壁を蹴り破ったのも当然エベレスト嬢だ。

「ユーリ!」

 熱く叫んで駆け寄ろうとするが、くたりと脱力した細い身体を抱き留めていた男が必死の形相でコンラートを止めた。

「お待ち下さい、コンラート閣下!」
「貴様…っ」

男は確か、一時期コンラートの元で部隊長を務めていた男だ。
 有能だがねっとりとした眼差しが鬱陶しい…粘着質の青年将校。名は、フォーラー卿だったろうか?

「それ以上近寄らないで頂きたい…」
「近寄れば…どうするつもりだというのだ?貴様、魔王陛下に対してこのような重罪を犯した上に、まだ罪を重ねるつもりか?お優しい陛下がお許しになったとしても、俺の怒りと法が貴様等を許すことはないのだぞ?」

 氷雪の凍気が吹き寄せるような…本物の殺気に身震いしながらも、そこは鬱陶しいほどに一途なコンラートマニアのこと、芯から怯むということはなかった。
 寧ろ…《ああ…コンラート閣下の殺気の籠もった眼差しの、なんと凄絶に美しいことか…!》と、悦ばせてしまったむきがある。

 変態は強し!

「分かっております…。かくなる上は、我が願いがこの場で叶いさえすれば…この身は百に引き裂かれようとも本望…っ!」
「…それほどまでに切望する願いとは何なのだ?」

 くく…っとフォーラー卿が喉奥で嗤うと、淡く紅潮した顔にぎらぎらとした欲望の色が浮かぶ。



「我が願いは只一つ…。コンラート閣下の脱衣姿をかぶりつきで堪能することであります!」



 …言った。

 言っちゃった…。


 コンラートの目は点になり、しーん…と水を打ったように静まりかえった空間に、フォーラー卿の《むふーっ!》という鼻息が響く。

 コンラートは暫くの間…何を口にしたものか困惑し、ちらりと周囲の様子を見やって大体の事情を察した。

 うずたかく積み上げられたコンラートグッズ、壁を埋め尽くすコンラート絵画、所狭しと置かれたコンラート彫刻…。

 
 この連中…強烈なコンラートのマニア連中なのだ。


 それがどうして魔王陛下誘拐などという大それた行為に及んだのかは知れないが、ともかく…コンラートに対する欲望を満たすためならば、厳罰もやむなしという迷惑なまでの覚悟があることは間違いない。

『そんなことのために…ユーリに恐怖と不快感を与えたというのか!?』

 この連中が憎い…そして、自分自身が恨めしい。

 何故、コンラートはこんなにも粘着質のマニアどもに好かれてしまうのか?(←気の毒)
 自分のみならず、大切な者まで巻き込んでしまうほどに…。

「さあ…閣下。ここまでくれば私には失うものなどないのですよ…!」

 フォーラー卿は高らかにそう叫ぶと、止める間もあればこそ…有利の下肢から勢いよくズボンを引き抜くと、形良い大腿部を露わにして下着の紐に手を掛けた。
 貴族御用達の紐パンは黒い魔王仕様で、ぴんっと紐を引っ張るだけでするりと脱がされ…愛らしい花茎が衆目に晒されることは疑いない。

 ごくりと男達の喉が鳴る。

『あわわわわ…フォーラー卿…ま、魔王陛下にあのような…』
『し…しかし、我らは同座しただけだ。ここで黙っていれば、処罰は下れどこの人数…フォーラー卿ほどの罪は負うまい。ならば…ここはじっと魔王陛下とコンラート閣下の艶姿を堪能させて頂くとするか…』

 すっかり高みの見物(…というか、ストリップ小屋のかぶりつき)状態のコンラートマニア達は、一様に目を見開いてこの様子を見守った。

「…殺してやる……っ!」

 ぎりり…っとコンラートの奥歯が鳴り、鬼火を灯した瞳が強い殺気を込めてフォーラー卿に叩きつけられる。

『ああ…良い……っ!』

 フォーラー卿…悦んじゃってるわけだが。

「さあ…どうなさいますかコンラート閣下?大切な魔王陛下の可愛いところと御自分の裸体…どちらを私の目に映してくださるのですか?」

 はぁはぁと荒い息を吐きながら囁くフォーラー卿に、コンラートは天を仰ぐと…薄く形良い唇を血が出るほどに噛み締めて、剣を床に置き…やけくそになったのだろうか、荒々しい動作で上着を脱ぎ捨てた。

 そして白いシャツに手を掛けて、釦を引き破るような勢いで脱いでいけば…傷だらけでありながら、白くすべやかな胸元の肌…そして、くっきりと陰影を刻む鎖骨のラインが露わになっていく。

 ほぅ…

 感嘆の吐息が漏れる中、シャツの裾野に掛けられた手が止められる。

「ま…待たれよ!そのまま…ズボンを脱いで頂きたい」
「は…?」

 怪訝そうなコンラートに向かって、フォーラー卿は鼻息も荒く主張し…コンラートを更にげんなりさせた。



「ズボンと下着を脱いで、ゆっくりと恥ずかしそうにシャツの裾野を上げていって頂きたい!!」



 力強い叫びに、コンラートマニア達ははっと胸を突かれて感動した。

『を…漢(をとこ)…!』
『フォーラー卿…あなたこそは漢の中の漢…!』
『コンラート閣下の軽蔑の眼差しと過酷な処罰を受け、その身が千々に斬り裂かれようとも…滾る欲望を達っせんとするその姿…っ!』
『感動した!』
『あなたこそ、真の《コンラート閣下好き》であります…!』


 わぁあああああ……っっ!!


 男達は滂沱の涙を流し、割れんばかりの万雷の拍手で室内を埋めた。(←鬱陶しい…)

「くぅ…こ、この変態ども…っ!」

 仄かに頬を染めて怒り筋を浮かべるコンラートに悶絶しているフォーラー卿は、見まごう事なき変態であり、多分…本人はそのことに満足しきっている。

 ある意味、一番迷惑なタイプの変態である。

 それでも…しゅるっと有利の紐パンが緩められ、腸骨棘から鼠径部に掛けての白い肌が露わにされると、コンラートは従わないわけにはいかない。

「くそ…っ!」

 かちゃりと金具が外され、勢いよく革ベルトが引き抜かれた時…《ん…》っと呻き声を上げて有利が瞳を開いた。
 おそらく、長い時間気を失うほどには麻酔薬を吸入していなかったのだろう。

「コン…ラッド……?」
「ユーリ…!」

 まだおぼろに霞む瞳を開けて、子どものようにあどけない眼差しがコンラートを見やり…そして、ぱかりと開大した。

「コンラッド…え…ぇえ…!?あんた…らにしてゆの?」

 相変わらずあどけない拗音が飛び出すが、自分を拘束して下着に手を掛けたフォーラー卿に、心配していたとおりのことが起こっているのだと察して真っ青になった。

「あんた…コンラッドになんてことを…!」
「ユーリ、俺などのことよりあなたの方の心配をしてください!動いちゃ駄目ですっ!見えちゃいますからっ!」

 何しろ片側の紐がすでに解かれかけているのだ。膝を立てて暴れては、隠されていたものがぽろりと見えてしまうではないか。

「や…っ!」

 下着を隠そうと、白いエプロンを下肢の間に両手で押さえつける姿に…男達の中には鼻血を垂らす者もいた。フォンクライスト卿の眷属はここにもいたのだ…!

『し…仕方ないではないか!』

 横の男にひじ鉄を食らいながらも、鼻血を出した男は自己弁護する。
 ふりふりの可愛いエプロンが、ほっそりとした太股の間のきわどい場所を辛うじて覆い…真っ赤になった双黒の魔王陛下が、涙目で上目遣いになっているのだ。
 幾らコンラートマニアとはいえ、悶絶せざるを得ないではないか。(←激しく同意)

「コンラッド…脱いじゃらめっ!おえ…平気らかや…!」
「いいえ、ユーリ…あなたにそのような辱めを与えるわけには参りません…!その男の望みは俺のストリップを見ることだけ。でしたら、俺が…」
「らめぇーっ!」

 苦渋の表情でズボンに手を掛けるコンラートと、あどけない口調ながら必死の様子で涙を零しながらぶんぶんと首を振る有利…。
 感動するべきなのか微妙と評するべきなのか判別つきがたい状況だが、本人達にとっては真剣極まりない…そして、矜持と愛に関わる大事(おおごと)なのである。



 
その時…すっかり忘れ去られていた(と、いうより故意に存在感を消していた)、あの男が動いた。


つづく