危うし!コンラート様D










「ん…ん……」

 ちいさな呻き声をあげて目を覚ました有利は、まだ霞が掛かったような意識の中でぼんやりと周囲を眺めた。

『……コンラッド?』

 ウェラー卿コンラート…有利の名付け親にして親友、そして…想い人たる彼の名前が真っ先に出たのは、心細さのせいだけではなかった。
 目の前に広がっている様々な事物が全てウェラー卿コンラートを示すものばかりだったからである。

 まず、有利が無意識に抱きかかえていた大型の縫いぐるみからしてコンラートだった。ぽわんとした印象の牧歌的な縫いぐるみはふかふかとした素材で出来ており、有利は半分埋まるようにして凭れ掛かっていたようだ。
 そしてその横に置かれているのは、縫いぐるみよりはコンラートの形状を留めた等身大の肖像画で、凛々しい騎士の姿をした彼は、不敵な笑みを湛えて剣を掲げている。
 あまり見たことのない雰囲気だが、その表情はなかなか素敵な感じだ。

 更に横に置いてあるレリーフはと言うと、こちらはちょっとドキッとさせられる形状をしている。
 シャツと細身のズボンといったラフな服装のコンラートなのだが、シャツの胸元を露わに晒し、何故だか滴をしたたらせながら水の中から出てきた彼が、髪を艶かしく掻き上げながら妖艶な笑みを浮かべているのだ。

『わー…《夜の帝王》って感じ?』

 他にも、目を凝らせばあるわあるわ…空間一杯に詰め込まれたような《コンラートグッズ》が溢れかえっている。

「ここ…ろこ?」

 きょと…っと小首を傾げて囁けば、どうしてだか上手く喋れない。
 身体もどんよりと重たくて…起こしかけた上体が、すぐにコンラート型の縫いぐるみへと引き戻されて《ぽふっ》と音を立てる。

「ん…怠い……」
「まだ無理はされない方が賢明ですぞ?陛下…」

 《うにゅ》…っと縫いぐるみに顔を埋めていた有利だったが、何処か陶酔の色が滲む男の声に、流石にはっとして目線を向ける。

 見ると…周囲には無数の男達が犇めきあい、じぃ…っと有利の様子を伺っているではないか。

「にゃに…?」

 焦って声を上げたのに、それも仔猫を思わせる舌っ足らずな口調になってしまい、有利はかぁ…っと頬を染めた。
 その様子にかなりの男達が悶絶して、より厳密な意味でのコンラートファンから肘鉄を食らっている。

「ふふふ…どうです陛下?素晴らしいとは思いませんか?」
「こえ…あんた達がちゅくっらの?」
「ええ、我らは愛の求道者…ウェラー卿コンラート閣下を愛する者達なのです。陛下…あなたと同じように…ね」
「おえ…と?」
 
 戸惑うように小首を傾げる様子は真っ白な仔兎のようで、心細げに下げられた眉とも相まって抱きしめたくなるような愛らしさなものだから、またしても相当数の男達が悶絶して横合いから蹴られている。

「陛下、隠されることはありません。陛下がコンラート閣下に深い寵愛をお与えになっておられることは周知の事実であります」
「…っ!」

 真っ赤になって上目づかいに睨み付けてくる有利に、語りかけていた男までがちょっとぱわ〜ん…としてしまい、ぶるぶると頭を振るった。

「はは…は。重ねて言いますぞ?隠されることはないのです!何しろ、コンラート閣下の魅力は底知れぬものがありますからな。ここにいる我ら一同、皆その魅力の虜となった者達ばかりなのです。さぁ…どうか陛下、素直にコンラート閣下の美を愛で…共にその麗しさについて語りませぬか?」 
「うにゅ…?」
「ええと…そういうつぶらな瞳で見詰めないで頂けますかな?まぁ…それはさておき、我々は見ての通り紳士的な集団なのです」

 どの角度から見たらそう見えるというのか。

「やむにやまれぬ欲望の高まりから、コンラート閣下の誘拐という荒事に着手したことはお詫び致します。しかし…どうか、数刻の間だけ目を瞑っては頂けませぬか?閣下の意識を奪いはしますが、決して危害を加えるつもりはないのです」
「むー…」
「おお、そのように…眉間に皺を寄せないで下さい。…というか、どうしてそんなお顔まで仔犬のように愛らしいのですか?いや…それはさておき、陛下とて見てみたくはありませんか?普段は見ることの出来ない閣下の妖艶なお姿とか、愛らしい様子とか…」

 言われて、一瞬自分の好きなシュチュエーションを思い浮かばせかけた有利だったがふるるっと頭を振るってその思いつきを払いのけた。

「そえ…駄目らよ?」

 相変わらず回らない舌が恥ずかしくて俯いてしまいそうになるが、それでも…きっと眼差しを上げて有利は言い続けた。

「コンラッドが望まにゃいこと、おえは望まにゃい…。コンラッドが大好きらから、だから…コンラッドを勝手に振ぃまやすよーなころ、したくにゃい…」
「う…」
「もひ、ろーしてもやゆってゆんにゃら…」

 ゴ…っ

 ほの蒼い光が有利の周りに浮かび上がったかと思うと、魔力の強い貴族達には有利が魔力を発動させようとしていることに気付いて慄然とした。

 眞魔国髄一と言われる魔王陛下の魔力が自分たちに向けられる…!
   
 しかし、その動きが完遂されることはなかった。

「むー…っ!」
「く…そういうことでしたら、失礼ながらそのお口…封じさせて頂く…っ!」

 口元に麻酔薬を浸した布を宛われ、有利は力一杯暴れて抵抗した。

『駄目…駄目…っ!』

 コンラートは強すぎる好意の感情を押しつけられ、自分の意志を無視されることを厭う男だ。なのに…今ここで有利が再び気を失えば、この男達にコンラートを好きにさせるための切り札として使われてしまう可能性がある。

 有利を盾に取られれば…きっと、コンラートはどんな屈辱にも身を晒してしまうことだろう。

『駄目…やだぁ……っ!』

 ぼろぼろと涙を零しながら無茶苦茶に腕を振り回すが、もともと脱力していた腕にそう力が入るはずもなく、有利の抵抗は次第に微弱なものへと変わっていく…。

『たすけて…コンラッドを…たすけて……ぇ…』

 我が身よりもコンラートを案じてあげた悲鳴に、応える者がいようか。
 そのような、奇蹟のような救い主が…。


 いた…!

 
「チェストーーーっっっ!」

 ビシィ……!

 ゴォォォン……っ!!!

 
 突然、高らかな絶叫が響き分かったかと思うと…堅固な造りの筈の壁の中央から放射線状のひび割れが生じ…次いで、凄まじい轟音を上げて壁材が吹き飛んだ。

「ユーリ……っっ!!」  

 濛々と立ち上る土埃の中から、切なくなるくらい慕わしい声が響く。

『コンラッド…!』

 その声に安心してしまったのだろうか…。
 再び、有利は意識を手放した。






つづく