危うし!コンラート様C 「それでは、開始します!」 《全眞魔国紳士淑女選手権》の審査会場…大型宿泊施設《メリルローズ》の庭園に於いて司会者の号令が発せられると、各馬…いや、選手達は一斉にスタートを切った。 「うぉぉ…っっ!」 「譲らんっ!!」 怒号の先にあるものは山積みにされた食材の山である。 新鮮さを証明するかのように艶々と光る野菜・肉・魚介類…そこに向かって腕に覚えのある者達は特に迅速な足取りで疾駆した。 「おらぁ…っ!」 気合い一発、跳躍を見せたのは眞魔国屈指の脚力で知られるマラトン卿であったが、果敢な挑戦が実ることはなかった。 「おぁああああああああ……っっ!」 ぷりぷりと肉付きの良い大魚を捕らえようとした手はスカっと空を掻き、マラトン卿の肉体は断崖絶壁の谷間に飲み込まれていった。 何と言うことだろう…山住の食材は深く掘られた断崖の中央に建つ塔の上に、神への供物のように安置されているのである。足場は極めて狭く、食材の山に取り付く他に生き残る術はない。 選手達は次々に挑戦していくが、その都度殆どの選手が悲鳴を上げながら脱落していく。 「うっわ…ちょっと、あれ本当に大丈夫なのかな!?怪我人とか出るんじゃあ…」 「そうですねぇ」 有利が青ざめた顔色で選手達を見守ると、仔うさぎのようにふるふると怯える様子にコンラートが気遣わしげな眼差しを送る。 正直、コンラートが心配しているのは選手達ではなく、選手の様子に心を痛める魔王陛下であった(←正直すぎ)。 「あ…ヨザックだよ」 「あー、そうですね」 正直、瞳を輝かせて見守る有利を見るのに忙しくて、友人を見守る余裕がない(←正直にも程がある)。 それに、どうせあの男がこの程度の課題をクリアできないはずがないのだ。 案の定、ヨザックは新妻エプロンを閃かせて跳躍すると、難無く肉の塊を掴んで対岸に到達した。 「凄ーい!ヨザックっ!」 「ああ…本当に凄いです」 『ああ…ユーリ……その笑顔、一体何万ボルトですか?』 立ち上がってぱちぱちと拍手する魔王陛下の愛らしさに、コンラートは突発性の回転性目眩に襲われてしまい、結局友人の活躍を目にすることは出来なかった。 しかし、有利の笑顔はすぐに驚愕で塗り替えられてしまう。 「う…っ!」 「ユーリ?」 青ざめて息を飲む有利の異様な表情を目にして、流石にコンラートが大会会場に目を向けると…そこには、鞭のように身体を撓らせて長葱のような野菜を手に入れたスメタナ卿がいた。 彼はコンラートの眼差しが自分に向いていることを認識するやいなや、にやぁあ…っと口角を上げて、ねろ〜り…と長葱様野菜を舐め上げたのだった。 『ひぃぃぃいいいいいい……っ!』 有利とコンラートはすんでの所で悲鳴を口腔内に押し込むと、互いに抱き合ってふるふると震えた。 その姿は、寒風の中で寄り添う二羽の白うさぎのようであった…。 しかし、その衝撃を打破するほど鮮やかな存在が視界の中に飛び込んできた。 深紅のドレスと虎柄の仮面を身につけたチョモランマ卿エベレストが登場したのである。 「わぁ…!マリアナさんだっ!」 「チョモランマ卿エベレスト嬢ですよ」 「あ、そかそか…そーだよね」 正体はバレバレながら、何か理由があるのであればその意は汲まねばなるまい。 「きぇぇぇぇえええええ………っ!」 パッパッパラパッパッパッパパパパパヤー! トランペットが高らかに吹き鳴らされる中、ひらりと舞う深紅のドレス…が、中空で凄まじいばかりの蹴りを連発した。 「ほあたたたたたたたたた………っっっ!!」 南斗百裂拳…でないことは確かだが、珍しく技名が飛び出さない蹴りの応酬の中…人々は不意に気づいた。 「な…なにぃ…!?」 「ぅおお…!し、食材が…っ!」 おお…何と言うことだろう!エベレスト卿の蹴り技によって大気中に生み出されたトルネードが、食材の山を巻き上げて…《コンラート様万歳》を意味する眞魔国文字を象ったではないか…! 「凄い…ま、マリアナさん凄ぇよ…っ!うー…お、俺…もっと修行積んどけば良かったーっ!」 有利は鮮やかすぎる恋敵(?)の手腕…いや、足脚?に感嘆と悔しさが入り交じった声音を上げるのだった。 「いや…別にああいうことが出来るようになる必要はないかと……」 コンラートの瞳には勿論感嘆の色はあったが、だからといって…それが愛に昇華することはなかなかないと思われる。 …というか、こんな能力を鍛えることが果たして《良妻・良夫》たることに結びつくのかどうか甚だ怪しいところである。 * * * 続いて調理に備えての準備が始まったのだが、食材を手にして勝ち残った者達も、その殆どが圧倒的不利に苦鳴をあげていた。 『く…あ、あの女…このままにしておくわけにはいかぬ…』 特に焦りを感じていたのがスメタナ卿である。 実は、彼にとって優勝することはそれほど大きな望みではない。 問題は…彼の試食順なのである。 スメタナ卿はクジによって審査員への試食順が最後になっており、その前の選手があまり大量の食事を用意しては、《効果的》な量の食事をコンラートに採って貰えないのである。 『かくなる上は…』 スメタナ卿はそっとポケットの中に手を忍ばせると、あるものを口に含んだ。 色々と用意した準備物の中で、審査員たるコンラートに対して使用するには飛距離が短すぎることと、短時間で効き過ぎる事が不都合であるとの理由で使用を断念していたもの…吹き矢だ。 ふ…っ… ト……っ! 『やった!』 すらりとしたエベレスト嬢の首筋に目に見えぬ程の矢…龍すら昏倒するほどの麻酔薬を仕込んだそれが突き刺さった瞬間、スメタナ卿は勝利を確信してにんまりと笑った。 だが…その笑顔はすぐに硬直してしまう。 『………何故利かない!?』 小さな矢とはいえ、その中に内包された薬の効果は甚大なものであるはずなのに、エベレスト嬢はけろりとした顔をして高笑いしているのである。 再び矢を仕込もうとしたがタイミングが合わず、断念するほかなくなった。 『まぁいい…。少々伝わるのが遅いだけだろう。そのうち倒れるに違いない…』 半ば祈るようにしてスメタナ卿は独りごちたのだった…。 * * * 息詰まる食材確保の戦いに興奮したせいだろうか。有利は審判席で飲み物を飲み過ぎて尿意を催してしまった。 普段ならコンラートが有無を言わさずついてくるのだが、今日はコンラートも審査員の一員であることから連れだって席を上げることは望ましくないと思い、大会警備員を伴ってトイレに赴くこととなった。 「ユーリ…やはり俺がついていった方が良いのではないでしょうか?」 「良いって良いって!マリアナさん達はあんた目当てで来てるんだから、なるべく姿を見せといたげなよ。俺は警備隊引き連れていくんだしさ。すぐに戻ってくるし!」 「はい…」 まだ不安げにしているコンラートを残してトイレに向かったのだが…個室の中にまで押し入ろうとする警備隊に辟易して、他に用足しをしに来た者も居ないことだしと、トイレの脇で待っておくようにお願いした。 『はぁ…心配性なのはコンラッドだけじゃないんだなあ…』 しかし、すぐにこの有利という少年には更なる《心配》が必要であることを証明してしまうのである。 有利は《しょあ〜》っと排尿している最中に、壁の向こうでひそひそと囁き交わす声に気付いた。どうやら、配管を伝って別室の会話が聞こえているらしい。 《ウェラー卿…》《…拉致》…不穏極まりないその言葉に、ぶるっと背筋が震えてしまう。 今度は恐怖ではなく…怒りでだ。 『どこのどいつがどういう話をしてんだ!?』 ちんこを服の中に収めて手を洗うと、よじよじと配管を伝って会話の主を捜していく。 暫く通風路を這って行くと、カーテンを閉め切った暗い小部屋の中に蠢く影が、ひそひそと囁き交わす様子が見えた。 「スメタナ卿の首尾はどうなんだ?」 「ああ、順調なようだ」 「ふふ…この調子で勝ち抜いて貰わなくてはな」 「ふむ。優勝する必要はないが、少なくとも決勝戦まで行って貰わなくてはならないからな」 「そうとも…ウェラー卿の試食分に遅効性の麻酔薬を入れ、表彰後のドタバタの前で倒れられたところを、介抱すると見せかけて急ぎ搬送するのだ!」 何だか説明的な台詞だが、気にしないで頂きたい。 「くっくっくっ…これでウェラー卿の艶姿を目にすることが出来るのだな?」 「ふふふ…マトン卿、涎が出ておりますぞ?」 「くくく…ラム卿、あなたこそ…」 「こらーっ!」 ドーンっと柵を蹴破って有利が部屋に飛び込むと、男達は《ひっ》…と息を呑んで闖入者を見やった。 「双黒…」 「ま、魔王陛下…!?」 「ちょっとあんたら、下らないこと考えてるんだったら止めとけよ!未遂なら許してあげるから、コンラッドに変な手出しすんなっ!」 《許してあげる》等と言われても、そうそう出した手を引っ込めるわけにも行かない。 男達のうち、有利の背後に位置していた男はそー…っと近寄ると、有利の口元に麻酔薬を染み込ませた布を押し当てた。 「う…っ!」 じたばたと藻掻いていたのも短時間のことで、有利の華奢な肢体からはすぐにくたりと力が抜け…ぐったりとしたその身は大柄な男の腕に収まってしまう。 「お…ぉぉおおおおおいっ!?正気かフォーラー卿!」 「ま、魔王陛下に何ということを…っ!」 マトン卿とラム卿の目はすっかり涙目だ…。 「仕方あるまい…貴公等、顔を陛下に見られたのだぞ?貴公等から私にも捜査の手は伸びるはずだ。そうなる前に、手を打とうではないか…」 「何だと…?」 「ま…まさか……」 マトン卿とラム卿の脳裏には、危険で色っぽい妄想がもわもわと型づくられる。 このまま有利の衣服を剥いで、恥ずかしい行為をその身に課し…《このことをばらされたくなければ我々のことを秘密に…》等と脅す。 おお…何という背徳的行為! それだけに、抗いがたい誘惑がごくりと男達の喉を鳴らす。 「そうだ…魔王陛下を恐れながら洗脳させて頂くのだ…」 「おぉ…」 マトン卿とラム卿の頬が更に紅潮する。 この男…魔王陛下に羞恥を与えるばかりか、繰り返しの陵辱の中で調教するつもりでいるのか!? コンラート狙いとはいえ、類い希な美貌の君にエロエロなことをするとあっては、動悸とときめきを隠せない。 「陛下を我らの根城にお連れして、洗脳させていただく…」 「うぉお…!?」 『り…輪姦まで考えているのか!?』 しかも、公開集団輪姦! なんという恥辱的な行為か!! 妄想膨らむマトン卿・ラム卿の前で、力づよくフォーラー卿が吠えた。 「我らの生み出しし傑作群…ウェラー卿コンラート様を表現する数々の作品群で、魔王陛下を我らの一派に取り込むのだ…!」 魔王陛下をウェラー卿コンラート萌え仲間に引き込むつもりらしい。 「あー…」 「ああ。うむ…はい、そうだな」 マトン卿とラム卿はちょっと反省した。 そして、コンラート萌え仲間としてのフォーラー卿への尊敬をかなり加味することとなった。 「うむ、では…行くか」 有利の身体は大きな布でくるくる巻かれると、男達の手で攫われていくのだった…。 |