危うし!コンラート様@













 創主を打ち倒した魔王ユーリ陛下を擁し、更には人間の国とも親交を深める眞魔国は経済的にも大発展を遂げており、その歴史始まって以来ともいえる繁栄の時代を迎えていた。

 しかし、《光》があれば《闇》があり…《陽》があれば《陰》が生まれるは世の定め…しかも、その《陰》は《淫》にも通じる後ろ暗さを持って、ある種の人々を引きつけずにはいられないのだ。

 今宵も…ある地方貴族の居城に於いて、薄暗い欲望の華が咲こうとしている…。




*  *  *




「貴公等に問いたい!我々は何を探求していくべきかをっ!!」

 カーキ色の軍装の男が演台から高らかに呼びかけると…やはり同じ軍装の男達が一斉に声を上げる。

「ウェラー卿コンラート閣下の美しさを愛でることである!」


 ぉぉおおおおおおおお………っっっっ!!!


 男達の歓声は野太い怒号となって響き渡り、広い大広間の壁に殷々と木霊した。

 男達は一様にカーキ色の軍装を纏っているように見えたが、よく見るとちらほらと白や青も混じっている。
 白い物は夜会服のようであり、青い服は現在は用いられていない、公式な場での壮麗軍装だ。

 その形状はいずれも…コンラートが着用している、あるいは、かつて着用していた軍服のそれである。
 
 薄暗い大広間に月光が差し込んでくると、この怪しい集団の様子が更に明瞭なものになっていく。

 弱い灯火に照らし出された演台の後ろに、ぽぅ…っと浮かび上がったのは巨大な額縁…。
 よく見るとそれは…コンラートの肖像画と見られる絵画であった。

 しかもその絵は、本人であれば決してとらないようなポーズ…白い薔薇を銜えて流し目を送り、レースのふりふりブラウスの胸元を淫靡に晒すという…相当イタい絵であった。

 本人が発見すれば粉々に粉砕し、地獄の業火に叩き込むであろうが…集まった人々は一様に瞳を潤ませ、うっとりとその絵画に見入っている。

 そして、演台に立つ首謀者と思しき男は…誇らかにカーキ色の軍服に身は包んでいるものの、一見して現役軍人とは思えないような体型であった。
 純血魔族らしく容貌は秀麗だが、筋肉が薄すぎて軍服が妙にぶかぶかしている。
 
 大広間に詰めかけた人々も似たような様子で、しっかり着込めている者にしてもどこか動きが怪しい。
 ここにいるのは、軍服に身を包んではいても、殆どが現役の軍人ではないらしい。
 
 いわゆる、コスプレ軍団だ。
 
「貴公等に問いたい!我々がウェラー卿コンラート閣下に求める美しさとは何か!?」
「銀の光彩煌めく、輝かしき笑顔である!」
「甘い響きの美声である!」
「剣豪にもかかわらず、しなやかに括れておられる細腰である!」


 ドォン……っ!

 
 演台を割らんばかりの勢いで叩きつけられた拳が、跳ね返るようにしてたかだかと宙に突き上げられた。


「我々は…ウェラー卿コンラート閣下を愛している!」


 ぉぉおおおおおおおお………っっっっ!!!


《愛してるーっ!》《抱いてーっ!》……


 客観的に見れば怖気を震うような野太い声の応酬で、窓ガラスは如何にも嫌そうにびるびると震えた。

「我々の愛は、単なる妄想に留まって良いのか!?」

 留まっておくのが極めて平和的である。

 それなら問題は単なる趣味の範囲に留まり、表沙汰になっても《え゛…》っと白い目で見られるくらいで済む。
 上手くいけば、なま暖かい眼差しで見守って貰うことだって期待できる。

 だが…行き過ぎた愛に精神的盲者と化した男達は、《良くなーい!》っと、調子を合わせて声の限りに叫んだ。

「我々《コンラート閣下を愛でよう会》は、勇気を持って進もうではないか…来(きた)る決行日に於いて、我々は断固実施する!ウェラー卿コンラート閣下の拉致監禁及び……お泊まり写生会をっ!!」


 ぉぉおおおおおおおお………っっっっ!!!


 なんということだろう…彼らが手に手に持っているのはスケッチブックと木炭や羽ペンだ。

 …男達は狂ったように手を動かし、白い紙の上に思い思いの《ウェラー卿コンラート閣下》の艶姿を描きだしては互いに見せ合っている。

 彼らは自分たちを《紳士の集まり》と自認しているため、拉致監禁はしてもコンラート自身に危害を加えるつもりはない。ただ、意識を失っている間に色んな姿を見せて頂きたいだけである。(←世間一般的な常識から考えると、既に十分犯罪である)

「おおぉ〜これは素晴らしい…。リトリナ卿の描かれるコンラート閣下は実に妖艶だ。すらりとした長身に絡みつく巨大なタコ…!苦悶の表情がまた淫靡ですなぁ…素晴らしい造形です!」
「いやいや…コッドマン卿こそ。これはコンラート閣下ご幼少のみぎりのお姿ですかな?おねしょをして泣いておられる様子がまことに愛らしい…。流石は幼児絵画の雄と謳われるコッドマン卿だ!」

 口ではそういいながらも…互いの嗜好にはやや食い違いがあるのか、どこかその瞳には《全く…こいつはコンラート閣下の魅力が今ひとつ分かっていないのだ…》と呆れたような色味がある。
 マニアとは、えてしてそういうものだろう。
 
「いやはや…写生会ではどのような姿態を拝ませて下さるのですかな?我々の投票の結果、上位10題までが順次採用されるとのことですが…」
「いや…それ以前に、本当に大丈夫なのですかな?この計画は…。コンラート閣下の意識を薬で一時的に奪い、その隙に様々な衣装をお着せして写生大会を行うとのことですが、相手はルッテンベルクの獅子…眞魔国髄一の剣豪ですぞ?反撃に遭ってその身を捕らえることが出来ないだけならまだしも、万が一我らの存在が明るみに出ては、社会的信用はがた落ちになりますぞ」

 社会的信用以前に、人として…いや、魔族としての信頼が揺らぐかと思われる。
 取りあえず、妻から離縁を申し渡されることは間違いないだろう。

「いやいや…そこはスメタナ卿のこと、万全を期しておられるだろうよ」
「スメタナ卿か…確かに、彼の企画力には脱帽するが…しかし、彼が首領となると投票結果よりも自分の好みを優先させそうだな…」
「まあ、私はボンテージも好きだがな」
「私はちょっと…。せめて、六条鞭を持つのがこちらで、コンラート閣下が怯えたような眼差しでお尻を突き出してくれると良いのだが…スメタナ卿は逆だろう?」
「ああ、あの方は極度のMだからな」

 ちなみに、眞魔国におけるMとは《無茶苦茶に苛めて欲しいにょ》の略である。


 ふぅ〜…。


 深い溜息が男達の間から漏れる。
 
 来る決行日に向けて、男達は高まる期待と不安に胸と股間を膨らませることになるのであった。

 

*  *  *




 ブルルル……っ!

「どうしたの、コンラッド?」

 突然、明瞭に背筋を震わせたコンラートに有利はぱちくりと目を見開いた。
 見れば、顔色も優れず…妙な脂汗が額に滲んでいるではないか…。

「具合悪いんだったら、今夜は警護代わって貰おうか?」
「いえ…大丈夫です」
「そう?」
 
 心配そうにベッドの上で弾む有利は、小首を傾げてコンラートを見つめていたが…ひときわ強く《ぽぃん》と弾むと、勢いでコンラートに飛びついた。

「えいっ!」
「ユーリ?」

 不思議そうな顔をしつつも、軍歴80年の男がそうそう動揺するようなことはなく、華奢な身体の主を軽々と抱き留めて微笑んだ。

「どうなさったんです?」
「んー…不意打ちしても大丈夫か。じゃあ、そんなに心配ないかな?」
「どんなに弱っていても、あなたを受け止められないような状態にはなりたくないものですね」
「えへへ…じゃあ、何時でも受け止めるんだな?今度から隙を狙って突撃しちゃうぞ?」
「ふふ…受けて立ちましょう」

 子どもみたいに瞳をキラキラさせて挑む有利に、コンラートの方も零れそうな煌めきを湛えて愛し子を見つめた。

 そぅ…っと唇を寄せていけば、まだ慣れない仕草ながらおずおずと有利は瞳を閉じ…羽根のように触れ合うだけのキスが交わされる。
 まだまだ、有利が息を止めて窒息する危険性が無くなっただけの接触に過ぎないのだけれど、出来たての恋人達にはそれだけでもかなりの充実度であるらしい。

 有利は満足げに瞼を閉じると、うっとりと恋人の胸に頬を寄せた。

「えへへ…何か、恥ずかしいな…。あんた、こーゆー事って慣れてんだろ?俺…全然初めてだからさ、さり気なくしようって思えば思うほどドキドキしちゃう…」
「そんなことありませんよ?ほら…俺だって、こんなにドキドキしています」

 ぎゅうっと抱き寄せられれば、確かに…とくん、とくんと命の拍動が伝わってくる。

「…ホントだ」
「あなた相手に、余裕なんてありません…何時だって、いっぱいいっぱいですよ」
「それはホントかなぁ…」
「ホントですよ?」

 くすくすと笑み交わす恋人達は、歯茎が痛みそうなほど甘やかな雰囲気を醸し出している。

 襲いかかる魔の手が、すぐ傍まで押し寄せているとも知らずに…。   
 
「でもさ、コンラッドは《夜の帝王》って言われてたんだってヨザックが言ってたぜ?昔は色々と遊んでたんじゃないの?」
「昔は…ね。ふふ…気になりますか?」

 急に…艶めいた声と眼差しとで問いかけてくるものだから、有利は狐に狙われた仔兎のようにふるりと震えてしまう。

「うぅ〜…その声、反則だよ。遊んでたことが格好良い…なんて思っちゃうじゃん!」
「いえいえ…周りが言うほど遊んでいたわけではないんですよ?」
「どーだろ?でもまぁ…最近はわりと爽やか路線で押してるもんね。ほら、こないだも《お婿さんにしたい魔族第一位》に選ばれてたじゃん」
「そういうユーリは《お嫁さんにしたい魔族第一位》でしたよね」
「それを言うなよ!全っ然!嬉しくないからっ!それにさぁ…そのよく分かんない順位のせいで、俺…今度の《全眞魔国紳士淑女選手権》の審査員やらされるんだぜ?」
「おや…ユーリもですか?俺の所にも同じ依頼が届いていましたが…」

 《全眞魔国紳士淑女選手権》とは、以前は《全眞魔国淑女選手権》と呼ばれ、《ミスコン》のような性質を持っていた。

 だが、赤い悪魔の影響なのか何なのか…眞魔国における女性の地位が高まっていく中で、《男どもがしたり顔で女を評するなど愚劣の極まりである!》とぶちあげられたため、名を変えて男女ともに同じ土俵の上で家事一般の手腕を問われることになったのである。

 これが、意外と評判が良かった。

 女性はもちろんのこと、実は家事一般に関して卓越した能力を持ちながらも、その腕を見せる機会に恵まれなかった男達が次々に名乗りを上げ、何度か男性の優勝者も輩出するようになってきたのである。

 どうやら、二人は《お婿さん》《お嫁さん》の第一人者として、論評の場に立たされることになりそうだ。

「うーん…何か、今回はヨザックも参加するらしいよ?」
「ヨザですか…。確かに、あいつの家事の腕は確かですが…どういう格好でやるかが問題ですね」

 新妻エプロンまでなら許せる。
 だが…裸エプロンに近い格好となると許し難いものがある…。
 
「試食とかもあるんだっけ?愛エプみたいなことになるのかなぁ…。みんな上手い人ばっかりだと良いんだけどね」
「どうでしょうね?何しろ、総合得点によって競われますから、料理の腕だけは壊滅的…なんて人もいるかも知れませんよ?」

 そう、この選手権は《文武両道》の要素もあるため、何故か評価項目の中に拳闘等の格闘技系要素までが入っているらしい。

「闘いながら家事をやんのかなぁ?」
「なんでも、夕刻5時台の特別奉仕品や、大売り出しの際に如何にして安く良い物を手に入れられるかを評価するようですよ?」
「うっわ…確かにそれはきつそう…」

 有利も何度か《一人一個》という限定品を求めて美子に駆り出された事があるが、地獄をみたことがある。あの熾烈な戦いを乗り越えるためには、確かに武道の技を習得しておいた方が良いのかも知れない…。

「うーん…何か凄いことになりそうだなぁ…」
「ま、気楽に愉しみましょう?」

 ぽんぽんと背中を叩かれて有利は頷く。

 何か、妙な予感を感じながら…。
 

 

つづく