「青空とナイフシリーズ」
小ネタ −4−


「グリ江ちゃんの密かな愉しみ」









 裏世界ではちょいと知られた佳い男(時々オカマ★)、《暁の虎》ことグリエ・ヨザックには密かな愉しみがある。

 それは、裏・表世界全領域で有名な超絶美形《氷の刃》こと、コンラート・ウェラーの観察だ。

 襟足を刈り詰めたダークブラウンの髪が、最近少し前だけ伸びてさらりと目元を掠めていく様子だとか、鋭い琥珀色の瞳が射るような視線を送るのが凄絶に美しいとか、そういう一般的な観察であっても十分に楽しいのだが…ポーカーフェイスを決め込んだこの男が、たまに素顔を覗かせる瞬間が何ともイイのだ。

 その素顔を見たくて、ヨザックはこれまで幾度も死線を潜るような体験をしてきた。コンラートをからかうには、それだけの覚悟が必要だったのだ。
 故意であったと気付かれたが最後、恐ろしい目に遭わされるからだ。

 ちなみに、裏世界では顔を知られていないが、名前を出すと大抵の者が漏れなくフリーズすると噂の《漆黒の龍》こと村田健にも、同じように素顔を見たくてちょっかいを出しているのだが…こちらはコンラートをからかう以上の勇気を必要とした。
 一度、本気で棺桶に脚を突っ込み掛けた…というか、物理的な世界で棺桶にコンクリ詰めされかけたので、現在では《二度とやりません》と心から思っている。

 そんな二人を相手取って危険な遊戯を愉しんでいたヨザックなのだが…ここ最近、あまりにも簡単に秘められた素顔を目にすることがあって、何だか拍子抜けしている。



*  *  *





「暑いぃ〜…」

 はふ…と荒い息を吐いているのは、莫大な財産を手に入れても何ら変わるところのない男子高校生渋谷有利である。
 裏世界での通り名は今のところないが、そのうち景気の良い呼称を付けてやろうと目論んでいる。
 《漆黒の撃墜王(エース)》とかどうだろうか?通り名持ちの猛者ばかりを無自覚に籠絡しまくっているこの手腕は、その名に相応しいと思われる。

 それはさておき、有利は今…莫大な財産と溢れる魅力でもどうにもならないものに苛まされていた。季節はずれの大風邪を引いたのである。

「コンラッド…暑いよぅ、布団から出たい…」

 珍しく甘えたような顔をして、すんすんと鼻を啜りながら訴えるのだが、コンラートの腕はきっちりと布団の隅を押さえつける。

「駄目です。しっかり水分を取って、汗を掻いて下さい」

 そういうと、《くきゅう〜…》と呻いている有利の口元に、ストローのついた水筒を押しつける。中に入っているのは電解質を丁度良く配合した特製ジュースだ。
 ちるちると唇を尖らせて吸い付く有利を、コンラートはじっと見つめている。唇がふわ…っと柔らかく綻ぶ様子はとても綺麗だが、有利の視線が向くとすぐにポーカーフェイスに戻してしまう。もはや有利に甘いことなど周囲にはバレバレだというのに…当人だけは、未だに自分を《感情表現に乏しい男》だと信じている。

 そんなコンラートに苦笑を向けながら、村田は甲斐甲斐しく額の濡れタオルを替えてやった。

「渋谷。タチの悪い感染症ってわけじゃないみたいだけど、早く治したいならしっかり寝てな?」

 なお、現在美子は病人食を作るために買い物に出かけており、コンラートと村田、ヨザックが見守っている状況だ(学校で急に発熱したので、勝馬と勝利はまだこのことを知らない)。

「うぅ〜…」

 有利は滅多に病気をしないそうで、そのせいか大人しくベッドの中に収まっているというのが苦手なようだ。おかげさまで心配性の男達は有利の容態にやきもきしてしまっている。

 特に、瞳を潤ませた有利が苦しそうに唸ったり、辛そうに寝返りを繰り返しているのを見ると、ちいさな動作の度にぴくりぴくりと表情筋が動いている。しかも、二人とも《俺(僕)は別に気にしてない》という姿勢を崩すまいとしているものだから、余計に横で見ているとオカシイのである。

「林檎たべたい…」
「剥いてあげます」
「ん…ありがと」

 紅い頬の有利がにこ…と潤んだ瞳で微笑みかけると、コンラートの眼差しも自然と柔らかいものになる。そんな様子をニヤニヤしながら見ていると、途端に表情筋が瞬間冷凍された。

「…ヨザ、何を妙な顔をしている?」
「こんな佳い男つかまえて何言ってんだよ。俺ぁ、いつでも素敵なお顔だよ?」
「大雑把な顔をしてよく言う…」
「あんたに比べりゃ、誰でも丸書いてチョンのレベルになっちまうよ!」

 コンラートは賞賛(?)の言葉を聞いているのかいないのか、《ふぅ…》と溜息をつきながら林檎を剥くと、1/8くらいにカットしたものを有利に渡した。
 しかし、有利は相当に熱が高いせいか、先程は布団から出たいと言っていたにもかかわらず、伸ばした腕の間からひゅ…っと風が入ると、ぶるる…っと背筋を震わせた。

「今度は寒い…」
「すり下ろしたの、食べさせてあげようか?」
「赤ちゃんみたいだからヤダ…」

 村田が申し出ると、有利は唇を尖らせて不平を言う。その仕草が余計にあどけなく見えるわけだが…。《可愛い〜…っ!》との歓声が喉まで出掛かったのを、ぐっと押しとどめているコンラートが激しく可笑しかった。

「病気の時くらい、赤ちゃんみたいに甘えなよ。…っていうか、僕が甘えて欲しいんだけどな…だめ?」

 流石は村田の方がこういう方面ではこなれている。ちゃっかり、甘える振りをして有利を転がした。

「……ん〜、だったら…お願いしよっかな」

 シャシャシャシャ…っ!

 有利が小首を傾げながら頷いた瞬間、コンラートは凄まじい速度でナイフの刃を前後されて林檎のすり身を作り出した。

 変なところで器用な男だ。
 そして、負けず嫌いな男だ…。

「ユーリ、どうぞ」
「ん…」

 左手で有利の頭を支えてスプーンを口元に押しつけると、ほの甘い汁が有利の唇を濡らす。

「冷たくておいしい…」

 《ふくく…》と喉奥を擽るような笑い声を上げて喜ぶ有利に、堪えきれずにコンラートの口角が上がった。

「食べられるだけ食べて下さい。ああ…ゆっくりで良いから」
「ん…っ…えふっ!」

 幸せな空気を漂わせる二人だったが…寝ながら汁気のあるものを口にしたせいか、気管に入ったようで有利は激しく噎せてしまった。

「ああ…渋谷、大丈夫かい?全く…あんな角度で飲ませたら噎せて当然だよ。ほら、僕にスプーンを貸して?」
「………はい」

 不承不承スプーンを渡したコンラートだったが、これで引っ込むような男ではない。息が落ち着いた有利を抱えて、村田が満足そうに餌付けを始めると、そっと唇を寄せて顎に滴ってきた果汁を舐め取る。

「ゃ…っ!」

 男子高校生に施すにはあまりにも刺激的な看護に、有利は熱のためだけではない赤みに頬を染めた。これには村田も呆れてしまう。

「…君ねぇ、少しは人目を気にしたらどうだい?」
「関係を知っておられる身内だけですから、気が緩みました」
「ま、別に良いんだけどさ…」

 村田は別に性的な意味で有利を独占したいわけではないのだが、無力な状態の有利を構える好機を邪魔されて少々おかんむりだ。

「渋谷、そういえば汗をたくさん掻いたろ?蒸しタオルで拭いてあげようか?新しいパジャマもあるから、着替えると良いよ」
「うん…頼んでも良い?」

 有利がもぞもぞとパジャマを脱ぎ始めると、あからさまにコンラートの表情が変わった。

「おい、ヨザ…部屋から出ろ」
「あ〜?ナニ言ってくれてんの?男同士じゃ〜ん。遠慮することナイわよぅ〜」
「じゃあオカマは去れ」
「差別酷〜いっ!」
「区別だ」

 小学校の先生並みの用語使い分けよりも、コンラートの手元に閃くナイフの方が問題だった。大人げないこの男は、別に性的な意味で狙っていなくとも、《そういう視点》をもった自分以外の雄は排除したいらしい。

「ちぇ〜…心の狭い男はヤダねぇ〜」

 コンラートはさらりと無視を決め込むと、有利の首筋に張り付いた後れ毛を掻き上げて、ぞくぞくと震わせている。蒸しタオルを押しつける仕草も敏感な部分を掠めてしまっているし、《くすぐったい?》と囁きかける声がまた、反則的な色っぽさだ。

『こいつらがいると、ユーリの病気はなかなか治んないんじゃねぇのかな…』

 くすくすと苦笑を漏らしながらも、そんな日常を得がたく感じるヨザックであった。



 頑張れ有利。
 負けるな有利。

 取りあえず、早く治らないとコンラートと村田が寝不足になるぞ!(寝ている間に容態が急変したら…と心配になって、眠れなさそう)






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