青空とナイフシリーズ
小ネタ −1−

「うちの護衛はやきもちやき」

【微エロ】






 権現氏の莫大な財産を受け継いだ渋谷有利(16歳)は、凄腕シークレットサービスに日がな一日護られている。
 大変心強いことであり、危険な罠から幾度も救って貰っている。

 …が、時折……その強固すぎる防衛ラインに困ってしまうこともある。


 

*  *  * 




 ピ…っ

「痛…っ!」
「あ、ゴメン」

 学校で前の席から回されてきたプリントを受け取ろうとしたところ、相手の男子生徒が急速に回旋してきたせいか、指の腹を真新しいプリントが掠めてちいさな傷を作った。

「あ…結構血も出てるな。保健室行くか?」
「大丈夫大丈夫。舐めときゃ治るよ」
「そうか?」

 体育会系の松岡はとても良い奴だ。気さくで、巨大な財産を手にした成金(?)の有利に対しても偏見の目を向けることなく、精悍な顔で豪快に笑ってくれる数少ない友人だ(以前の学校では友人の多かった有利だが、ハイソな生徒が多いこの私学ではなかなか価値観が合わないのだ)。

 ただ…ちょっとこの松岡は、一年ほどアメリカへの海外留学をしているせいなのか何なのか、スキンシップがフレンドリー過ぎるきらいがある。

「貸してみそ」
「え…?」

 ぱく…っと出血している指を銜えられてしまった。

「くすぐったいって!」
「舐めときゃ治るんだろ?」
「自分で舐められるような所を、何で人に舐められなきゃいけないんだよっ!」
「だって、俺が付けた傷だもん。責任あるじゃん」
「そういう問題かよっ!」
「いや、まあ…真っ赤になって嫌がる渋谷が可愛いというか…て、アレ?今度は真っ青になったな」

 赤くなったのは周りの生徒がくすくす笑いながら《ホモかお前ら》等とからかってきたからだ。
 青くなったのは…凍てつくような視線が廊下から叩き込まれているからだ。心なしか手首に仕込んだ暗器へと、指が伸びているような気もする…。

『だ…ダメっ!松岡に危害加えたりしたら駄目だかんなっ!』

 必死でブロックサインを送ると護衛の動きは止まったが、眼差しは相変わらず凍てついている。誇り高く焼き餅焼きの護衛兼恋人は、とかく有利の行動に難癖を付けてくれる。

『他の男に隙を見せないで下さい』

 恋人の要望に応えて、有利だって気を付けてはいる。だが、物事には限界があるのだ。クラスの中で巫山戯てくる生徒にまで、そんなに頑なな態度など取れない。

「松岡…あ、あのな…?俺…こういうの恥ずかしいから、もうやんないで?」
「嫌?」
「うん…」
「まじショックかも…。渋谷、俺のこと嫌い?」
「嫌いなわけないだろ?ただ、こーゆースキンシップに慣れてないだけだよ」
「ああ、慣れの問題ね?」

 違う。
 そう言う問題ではない。

 でも、言葉の足りない傾向がある有利は上手く説明できないまま、松岡に抱きしめられてしまった。

「そーれ、ハグハグっ!渋谷、早いトコ俺に慣れてね?」
「松岡っ!巫山戯るのいい加減にしろよっ!!」

 机越しに抱きつかれて藻掻いていたら、ス…っと護衛が動いて松岡の背後に回った。ナイフこそ出さないが、首筋に息が掛かる距離まで近寄ると、松岡と有利にだけ聞こえるように凍てついた一言を放った。

「一刻も早く離れないと、恐ろしい事が起こります」
「……っ!」

 恐ろしいこと。
 一体何なのか説明はない。
 無いからこそ…やたらと怖い。

「あ、すんません…ちょっと巫山戯すぎました」
「こちらこそ失礼しました。ご学友同士のじゃれ合いに大人げない態度を見せまして。ですが…護衛としては、強引な接触というのはどこまで見過ごして良いのか、判断にまようところがありますので、どうぞご理解下さい」
「は…ハイ……」

 鯱張った動きで松岡が口角を引きつらせると、コンラートは頷いて教室から出て行った。



*  *  * 




「あの…コンラッド…」
「何です?」
「何で今日は、そんなに執拗に舐めまくるの…っ!?」

 全身くまなく、それこそ指の又から髪の付け根まで焦らすように舐め回された有利はすっかり息を乱しているのだが、コンラートはなかなか開放してくれない。

 警備体制ばっちりに改装した渋谷家は各部屋の防衛システムもばっちりだが、そのシステム責任者のコンラート・ウェラーがその気になると、自室にいても喘ぎ声までばっちり遮断されてしまう。
 そのおかげでお風呂も完備している(万が一の時に籠城できるようにと言う話なのだが…コンラートの思惑が入ってやしないだろうか?)この自室では、何でもかんでも出来てしまう。

 …というか、されてしまう。

 コンラートは学校から帰って来るなり有利の学生服を剥き、自分は《警備上の問題》と称して一糸乱れぬ服装のまま有利を舐めまくっている。
 有利の訴えに対しても、答えはさらりとしたものであった。

「消毒です」
「消毒ぅう…っ!?」

 言われてはっと気付いた。
 そういえば…今日は松岡に指を舐められた。もしかしてその消毒なのだろうか?

「だったら、松岡に舐められたトコだけにしてくれりゃあ良いのに…」
「……鍼の消毒というのを見たことがありますか?」
「ハリ?」
「縫い針ではなく、鍼灸治療用の鍼です。体内に毛筋ほどの鍼を挿入する為に、その一点だけでなく押し手を置いたり、触察する周囲一帯をアルコール綿花で消毒する必要があるのです。それと一緒ですよ」

 では…《挿入》するために、全域をくまなく舐め回されるのだろうか?

「ちなみに、また同じ事を繰り返したら更に強力な消毒の必要が出てきます。芯まで汚染されているかも知れませんからね」
「俺の細胞を滅菌する気かっ!?」
「護りたいものの方を傷つけてどうします?汚染源を根絶するんですよ」
「さらっと怖いこと言うなーっ!!」
「だったら、そのような可能性が発生しないように、せいぜい気を付けることですね」

 《雇い主を脅すなっ!》と言ってやりたいのだが、そんなことを口にすると余計頑なになってしまう恋人を、有利は睨み付けることしかできなかった。

 コンラートは有利の下肢を大きく開いて足首にキスを施す。凄絶なまでに艶かしいその仕草に胸をときめかさせてしまう段階で、有利がこの護衛に勝てるはずがないのである。


 頑張れ渋谷有利!
 負けるな渋谷有利!

 でも、ツンデレ護衛にはたまには強く出た方が良いかも知れないぞっ!
 



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