「青空とナイフシリーズ」
小ネタ −2−


「うちの主は無警戒」

【微エロ】






 凄腕シークレットサービスのコンラート・ウェラーは、権現氏の莫大な財産を受け継いだ渋谷有利(16歳)を日がな一日護っている。
 大変護り甲斐のある人物であり、危険な罠から幾度も救っている。

 …が、時折……主の無警戒ぶりに困ってしまうこともある。



*  *  * 




「渋谷、鎖骨見せてよ」
「へ?」

 クラスメイトの松岡にそう言われて、有利はきょとんと小首を傾げた。この少年はどうも必要以上に有利への好意を抱いているらしく、再三に渡って警告しているにもかかわらず、めげることなくアプローチを続けている。

『一度、セックスしているところを見せつけてやろうか…』

 廊下から見守っているコンラートはちらりとそんな発想さえ浮かべてしまうのだが、やると有利に全力で怒られるので…というか、泣かれるので出来ない。
 有利の方はコンラートが完全な亭主関白制を敷いていると思っているようだが、実のところ有利が傷つくことには耐えられないのである。

「鎖骨なんか見てどうすんの?」
「鎖骨の角度で、将来逞しくなれるか分かるんだって」
「マジ!?」
「うん。今は成長期で胸筋薄い奴でも、鍛えていくとマッチョになれるかどうか分かるんだってさ」

 《なれるわけないだろう》…等と口にしたら、やはり有利に泣かれるので…(以下略)。
 多分に、コンラート自身の願望も含まれているのであまり大きな声では言えない。

「んじゃ、見てみて?」

 素直すぎる有利はすぐにぷちぷちとシャツの胸元をはだけ、白い肌を晒した。
 だから…どうしてそんなに無防備なのか。ユニフォームの下になって焼けていない部分は、はっと目を惹くほどに透明感があって肌理も細かい。多分…角度的にはちらりと胸の尖りさえもが見えるのだろう。松岡が息を呑むのが分かった。

「うわ…渋谷、肌白いなぁ…」
「うるさいなー。そんなの見なくて良いよ」

 うっすらと頬を赤くして、上目遣いに怒ってみせるが…その表情がどれだけ男心を擽るか何故理解できないのか。一度鏡で見せたこともあるが、《普通に怒ってるだけじゃん》といって取り合って貰えなかった。

「野球してても、ユニフォームの下は焼けないからこういう風になっちゃうんだよ」
「5限の体育の前に確認してやろ〜。そうだ、鎖骨もその時に見てやるよ。大胸筋の付き方とかも影響するっていうしさ。そうだ、ちょっと早めに行って着替えねぇ?体操服で授業始まるまでキャッチボールしようや」
「じゃあ、僕も参加しようかな」

 村田が横合いから口を挟んできた。どうやら、友人の無警戒ぶりをさすがに心配したらしい。こちらはヨザックとそれなりの仲らしいし、ネコの方だから大丈夫だとは思うんだが…。それでも有利に惹かれているのは確かなので、時折何をしでかすか分からない。

「村田って野球好きだっけ?」
「ルールブックは完全に諳(そら)んじることが出来るよ」
「村田らしい!」

 笑いながら少年達は更衣室に向かった。



*  *  * 




 さて…更衣室は当然廊下から見て取ることは出来ない。しかも、流石にコンラートも用事がない限り入っていくのは問題がある。
 仕方がないので、至近距離から耳を峙てることにした。

 布ずれの音と共に、有利たちの声が聞こえてきた。心なしか松岡の声が弾んでいるのが憎たらしい。

「うわ…渋谷、超肌綺麗…。すべすべじゃん」
「変なトコ触るなよっ!…ゃ…っ!」
「渋谷ってば脇、超敏感だしっ!」
「や…ぁはっ!ゃん…っふ…ははっ!」

 執拗に脇を擽られているのか、有利が身を折るようにして大笑いしているのが分かる。
 村田も何故止めないのかと苛々していたら、やっと制止の声が掛かった。

「松岡、君ってば詰めが甘いなぁ…。渋谷はココの方がもっとくすぐったがるんだよ」

 …事態が悪化していないか?

「やーっ!や〜〜っっ!!村田の馬鹿ぁ…っ!!」

 嬌声に近い叫びに、コンラートの堪忍袋の緒は切れた。

「ユーリ…っ!」
「こ…コンラッド……」

 涙目で見上げてくる有利は、内腿を押さえてしゃがみ込んでいる。案の定、一番感じやすいそこをまさぐられていたらしい。

「やーだねぇ〜…君んとこのボディガードは心配性過ぎるよ」
「失礼…悲鳴かと思いましたので」
「俺たちが渋谷を傷つけたりするわけ無いだろ?信じて欲しいよな〜そこんとこは」

 松岡までがそんなことを言うので、《調子に乗るなよ儒子(こぞう)…》と思うが、大人げなく睨み付けるのも恥ずかしいので冷然とした表情を崩さない。

「ゴメンね、コンラッド。俺が大袈裟に騒いだせいで心配かけて…」
「いえ、仕事ですから。それより…早く体操服を着てはどうですか?」

 有利は下半身には体操着の短パンを穿いているものの、上半身は薄手のタンクトップ一枚である。擽られたせいか胸の尖りが少し硬く痼っているのが見ていて毒だ。

「ああ、そうだね渋谷。乳首が色っぽすぎるよ」
「村田、発言が親父くせぇ〜」

 とは言いつつも、松岡も興味津々という顔で有利の胸を見ている。

「そうだ、筋肉の付き方見てやるよ」
「あ、そうそう。どう?最近筋トレの成果出てきてると思うんだけど…」

 出てはいる。だが、筋肉隆々というよりも元から細い腰が際だったり、身を逸らした時のしなやかな流線が美しくなったという印象なので、タンクトップを引っ張って露出させた胸元には変な視線が集中してしまう。

「うーん…この、筋肉はぁ…」
「大きくなれそう?」
「そうだなぁ…ここがこう、きゅっと持ち上がってくると…」

 松岡の手が有利の大胸筋に寄っていくと、その一瞬前にコンラートの手が包み込む。

「こ、コンラッド…っ!?」
「この筋肉ですと、もう少し腕立て伏せの精度を上げた方が良いですね。今夜たっぷりと見てあげます」
「た、たっぷり…?」
「ええ…」

 にやりと嗤った意味が分かったのかどうなのか、有利はひくりと口角を上げていた。



*  *  * 




「ん…」
「腕の力が抜けていますよ。正確にやらないと胸筋になりません」
「分かってる、けどぉ…」

 色々とアレなことになっている有利は、腕立てをしながらのナニを強制されている。
 息も絶え絶えなのにソレをしながらというのはかなりきついのだろうが、《こうすると一番効率よく胸筋がつく》と言ったら信じ込んでしまった。

『俺、コンラッドみたいな体格になりたいんだ!』

 と、憧憬の眼差しで見られたのは嬉しかったが、コンラートの好みから言うともう少し華奢なままでいて欲しいと思う。…ので、胸筋開発にはとても結びつきそうにもない方法を指導している。(←酷い)
 
「ん〜…」
「筋の収縮場所が違うでしょう?どこを締めつけているんですか…俺のを食いちぎる気ですか?」
「んゃ…っ!」

 ぱんっと剥き出しの尻を叩いたら腕が崩れそうになってしまうが、《はい、そこからしっかり踏ん張ると良い胸筋になりますよ》と励ませば、《ふんぎぎぎ》と頑張って盛り返す。

 何とも素直な主である。
 少々罪悪感を覚えないではないが…こういう体験を繰り返して成長して貰おう。

『さて、いつ嘘だったのだと教えてあげようか…』

 取りあえず、気持ちいいので暫くの間続けようと思うコンラートであった。(←やっぱり酷い)



 頑張れ渋谷有利!
 負けるな渋谷有利っ!

 君の傍にいる人も結構危険だが、幸せならそのまま頑張ってくれっ!