「あなたが欲しい」@

次男が故意に放置プレイを仕掛けています。でも、真っ黒にはなりきれません。白次男好きの方や、開き直ったふてぶてしい黒次男がお好きな方は「読まない方が吉」と占いには出ています。







 






 ウェラー卿コンラートは我慢の人(魔族)だ。



 たとえば彼が馬だとすれば、目の前に人参がぶら下がっていても涼しい顔でお行儀良く静止していることが出来る。

 だが、ある人物に言わせるとその端然とした様はなんとも《いやらしい》ものであるらしい。

 彼曰(いわ)く、ウェラー卿コンラートが人参を我慢できるのは、そこで誘惑に耐えられればあとで賞賛の言葉と、たった一本の人参よりも素晴らしい報酬が与えられると理解しているだけなのだ。

 本当は人参が欲しくて堪らないのに、如何にも《そんなものには興味がありません》と涼しい顔をしているのが《いやらしい》…その人物は、強く主張するのだった。



*  *  *




「無条件に忠実だからとか、清らかな心根だからだとか、無私無欲だからとか、そんなことでは決してないんだよ」

 特段の悪意を込める風もなくにっこりと親友が微笑むものだから、魔王陛下はきょとりと目を見開いたまま言葉に詰まってしまった。

 コンラートがシマロンから帰還し、眞魔国にどうにかこうにか平和が訪れた頃…魔王陛下と大賢者は、血盟城の一室にてちょっとしたお茶会をひらいていた。

 お茶会とは言っても、単に仲良し高校生が二人で紅茶を飲み飲み、おやつをモグモグやっているだけなのだが、侍女達からすれば権勢並ぶ者とてない政・宗両面の第一人者…それも、眉目秀麗な佳人が同席している様は、せめて《お茶会》とでも称さねば収まりがつかないところなのだろう。

「そんなことはないんじゃないの?コンラッドって、本当に物欲薄いじゃん。あいつがなんかを物凄く欲しがってるトコなんて見たことないし」

 寧ろ、無私すぎるのがこちらとしては困ってしまうほどだと、魔王たる有利は思うのだった。

 もっと欲っ気があって自分を大事にしてくれる人なら、あんなに心配しなくて済んだのに…とさえ思ったりする。

 まぁ…ああいう彼だからこそ心配したくなるのかもしれないが。

「基本的にはそうだろうね。何でもかんでも欲しがるというタイプじゃない。だけど、彼は自分が本当に好きなものに対してはとても貪欲だよ?どんな手を使ってでも、最終的には手に入れようとする」

「村田はコンラッドが好きなものを知ってんの?」

「おそらくね」  

「じゃあ、教えてくれよ!」

 ぱあぁっと表情を輝かせて尋ねてくる友人を、大賢者である村田健は眩しそうに眺めた。

「知りたいのかい?」

「うん、だってあいつ…俺に色んなコトしてくれたりした後に、《お礼させて》って幾ら言っても、《あなたが喜んで下さるお顔を見ることが、何よりの贈り物です》なんて言って取り合ってくんないんだもんっ!誰に聞いてもコンラッドが好きそうなもんって分からないって言うしさ?」

「ふぅん…」

 村田は奇妙に座った眼差しで窓辺の梢を眺め、その枝振りに文句をつけるように呟いた。

「なんともね、見事な手腕だよウェラー卿…」

「なんか言った?村田」

「いいや、なんにも?それより、ウェラー卿が何を欲しがっているか知りたいんなら、君も協力してくれないと困るな」

「なんだよ勿体つけてぇ〜…。知ってるならサクっと教えてくれたって良いじゃん」

「君は相変わらず人の話を聞いていないね。言ったろ?ウェラー卿は大好きな人参が目の前にぶら下がっていても、無駄に我慢がきいてしまう男なんだ。君がいくら好きなものを目の前に並べ立てたところで、それだけじゃあ彼に《欲しい》と言わせる事なんて出来ないよ」

「うーん…そんなもんかなぁ?」

「うん、だからね…?僕の言う通りにしてご覧?」

 村田はそう言うとお茶会をお開きにし、有利の手を引いて血盟城の地下に向かった。

 

*  *  *




『…………どういうことだ?』

 ウェラー卿コンラートの表情は、暑気厳しい真夏にもかかわらず涼やかなものであった。

 だがその内心では…地獄の業火を思わせる噴火口がごぼごぼと溶岩を噴出させていた。 いま現在、彼が目の当たりにしている光景は到底冷静な眼差しで見つめることなど不可能な代物だったのである。

「グリ江ちゃん。はい、あーん」

「わーい坊ちゃん、美味しいです〜」

 有利は筋肉隆々としたグリエ・ヨザックの膝にちょこんと乗り、他のものは何も見えないとでも言うように…一心にヨザックだけを見つめて甲斐甲斐しく果物を口に放り込んでやっている。

 一方のヨザックも、コンラートの気配に気づいていないわけでは無かろうに、真っ直ぐ有利だけを見つめてとろけそうな笑みを浮かべている。

『一体…何故なんだ…?』

 大シマロンから眞魔国へと帰還を果たしたコンラートは、禊(みそ)ぎの意味も兼ねた困難な業務を率先して引き受けていたのだが、本日明朝仕事を終わらせると、漸く血盟城へと脚を踏み入れた。

 それは、有利が眞魔国に滞在していることを白鳩便で兄が知らせてくれたおかげでもある。

『お前の不在を嘆き、王が寂しげにしている』

 その文章を噛みしめるようにして何度読み返したことだろう?



 いつだってあの人の《特別》になりたかった。

 他の何物にも代え難い、唯一の存在であると感じさせて欲しかった。



 身を裂かれる想いで大シマロンに身を置いている間…彼が自分を求めて危険の直中に突っ込んできたことを心から懸念し、心配してもいたのだけど、同時に突き上げるような悦びも感じていた。

『ユーリは俺がどんな立場にあり、離反した様に見えたとしても俺を諦めずにいてくれる』

 背徳的なまでの悦びに浸っていたコンラートにとって、わざと有利から距離を置き、我慢の限界とばかりに激しく自分に詰め寄ってくる有利を見つめることは、極上の快楽を約束してくれる行為であったのだ。

 眞魔国に戻ってきてからも《けじめですから》と言いながら、極力有利から身を離していたのはそういった意味合いもあった。

 だが…今回は普段とは違っていた。長期業務から帰還したコンラートを待ち受けていたのは、信じられないくらい親密な空気を放っている有利と、幼馴染みの姿だったのである。

「陛下。ウェラー卿コンラート、ただいま帰還致しました」

「ああ、コンラッド…ゴメンね、気付かなくて!長いお仕事お疲れ様、部屋に戻ってゆっくり休んでよ」



 くらりと眩暈が襲う。



 最初は、コンラートの意図に気づいた有利が嫌がらせのためにこんな事をしているのかと思ったのだ。わざとヨザックとの親密ぶりをアピールすることで、コンラートの関心を買おうとしているのかと…。

 だが、コンラートを見やった有利の瞳には悪意の欠片もなかった。

 その瞳にあったのは労(ねぎら)いの想いだけで…しかもそれは迅速に、より興味深い対象への関心で塗り替えられてしまう。

「あ…ヨザックってば、果汁が顎に零れちゃってるぜ?」

「おんやぁ?どこです」

「あはは、逆だよ!ココ」

 小さな舌がぺろりとヨザックの顎を舐める。

 子猫のような紅い粘膜が、獣のように精悍な骨組みへと寄せられる姿はおそろしく淫靡で…コンラートは身の毛もよだつような不快感に襲われた。



 灼けつくような嫉妬で、神経が消し炭と化してしまいそうだ。



「んも〜…坊ちゃんってば可愛いんだからぁ〜っ!」

 《食べちゃいたい!》と叫びながら、逞しい両腕ですっぽりと華奢な体躯を抱き込むヨザックは、コンラートの方を見やると《悪いね》と口の形だけで示しながら笑う。

 その笑みはどこか皮肉げで、コンラートの心情を読み切っているかのようだった。

『頂いちゃったぜ?』

 そう言いたげな眼差しが…さりげなく尻や背筋を伝う大振りな手が、コンラートに殺意さえ抱かせた。

「陛下、それでは自室で待機させて頂きます」

「うん、そうして?あ…俺の護衛はグリ江ちゃんがやってくれるから、あんたはグウェンの指示を仰いでよ」

「はい」

  

 その後…どこをどうやって歩いたのか分からない。



 ただ、気がつくと殺風景な部屋の中で無造作に腰を下ろし、呆然として壁を凝視していた。

「ユーリ…《陛下》とお呼びしても、気にならなくなったんですね?」

 改めてその事に気づくと、落ち込みは一層激しいものになる。

 この調子で《コンラッド》の呼称が《ウェラー卿》に変わるのは何時の日だろうか?

 いや…害意もなく、コンラートに興味がないからこそ呼称は変わらないかも知れない。

 何事もなかったように…《一臣下よりは少し親しい者》の一人として扱われることになるのだろう。



 闇い悦びを追求した結果が、これなのか?

 突き放して寂しがらせて…限界を超えた彼を、ヨザックに走らせたのか?



 地球で言う《ギャルゲー》なら、選択ミスによる《バッドエンド》を迎えたというところだろうか?

 だが、残念ながらコンラートに選択前セーブ地点からのやり直しは利かない。オートセーブされたデータは上書きされ、更なる行動と選択によってしか状況を打破することは出来ないのだ。

『ユーリ…ユーリ?本当にあなたにとって、なによりも大切な者はヨザックになってしまったんですか?』

 確かにコンラートが大シマロンに渡っている間、警護は勿論のこと、傷つき悩む有利を内に外にと支えていたのがヨザックであることは知っていた。

 実際、大シマロンの地に有利が居ることを知ったときも、ヨザックが共にあることを知ったときには随分と安堵したものだ。

 出会った最初の頃ならともかく、今のヨザックが自分と同様に有利を大切に想い、命がけで彼の身を守るであろうことを肌合いで理解していたからだ。 

 だが…それでも有利の心の中で最も重要な位置を占めるのはコンラート以外にはないと確信していたのに…それは単なる妄想だったのだろうか?

 シマロンでの孤独に耐えかねて、有利の博愛を自分だけに対する盲愛だと信じ込んでいたのだろうか?

『確かめたい……』

 このまま、新たな業務に就くことは不可能だ。

 自分でも、こんなにも有利に依存していたのかと驚くほどだ。

 有利に対して放置プレイを仕掛けているつもりで、自分が引っかかってしまったようなものだ。

『会いたい…っ!』

 彼を想うと、胸が…拉(ひし)がれるようだ。

 いつものように…仔犬のようにあけっぴろげな笑顔を浮かべた彼が抱きついてくるのを、両手で受け止めたい。

 あの何とも言えない瞬間が、自分にとってどんな金銀財宝よりも輝かしい宝物であったのだと、今更ながらにコンラートは気づいたのだった。

 

*  *  *




「よぉ、なんか用かい?」

 魔王の居室を訪れると、ヨザックが対応に出てきた。

 警備兵の衣服はきっちりと着こんでいるものの…相手がコンラートと見るやその動作はどこか気怠げなものになり、豪奢な作りの扉にもたれかかるようにして上目遣いに視線をよこす。



 その表情はどこか、満腹の猛禽類を思わせた。



 そして宵の涼やかな風がふわりと二人の間を吹き抜けたとき、微かに薫った湯あがり独特の香気にコンラートはぴくりと片眉を上げた。

「ヨザ…貴様、まさか魔王陛下の居室で湯を頂いたのでは…」

「あれ?やっぱバレちゃった?」

 ぺろりと悪戯っぽく舌を出してヨザックが苦笑する。

「俺もさ、不敬じゃあるし警備上の問題もあるから一緒に入浴ってのは勘弁して下さっていったんだけどね?ま、なにせ坊ちゃんてばやりたい盛りの青少年でしょ?《我慢できない》…てしがみつかれちゃ、王命だしねぇ…俺としちゃ拒否は出来ないデショ?」

 《困った子だね》…そう呟きながらくすくすと笑う男は、こんなに甘い顔をする男だったろうか?

 コンラートは脳神経が焼き切れそうな衝動をギリギリのところで抑えつけるが、眼底がひりつくような痛みを訴え、背筋が異様に強ばるのが自覚された。

「……お前…立場を考えたことはあるのか?」

 押し殺した声に、思いのほか真摯な返答が寄越される。

「当然だろ?こっちゃ、混血の庶民で一兵卒。魔王陛下に不敬な手出しをしたとあっちゃ、速攻頚を切られてもおかしくない身だ。あんたの弟君辺りに刺客を差し向けられる可能性も高い。だがね…あんたには分かるかな?あの方が俺だけに笑って下さると、何もかも差し出したくなるのさ」

 とろけるような…やわらかい表情。



 他の何もいらない。唯あの人だけ居てくれればそれで良い。



 その表情はそう…雄弁に語っていた。

 そんなふうに純粋な想いを、このひねくれ者の幼馴染みが抱えていたなど誰が気づこうか?

 一体いつの間に、こんなにもあの純朴な少年を愛すようになったのか…。

 寧ろこの男はアニシナだの大賢者だの、一筋縄ではいかない相手との恋の鞘当て(?)を楽しんでいるのだとばかり思っていたのに。

「陛下を、ユーリを…愛しているのか?」

 無様に喉が鳴りそうになるのをすんでの所で堪えながら、苦渋に満ちた問いを差し向ければ、《当然だろう?》とでも言いたげに肩が竦められる。

「名付け親であるあんたは心配なところだろうけどさ、できれば…祝福してくれるとありがたい」

『祝福だと?』

 腹の中で、ぐつぐつと煮えたぎるマグマが爆発してしまいそうだ。  

『…何故?何故この俺がユーリとヨザックの仲を祝福してなどやらねばならない?』

 本来、その幸福を与えられるべきはコンラート自身であったはずだ。

「あれ…コンラッド、どうしたの?」

 ヨザックの影から、小動物めいた動作でぴょこりと有利が姿を見せる。

 こちらは湯上がりそのものの姿にガウンを一枚羽織っているだけで、その下は一糸纏わぬ姿であることが伺われる。

「……不用心だよ、ユーリ。それに、風邪をひいてしまう」

 思わず名付け親としての口調で話しかければ、《きょん》っと不思議そうな顔で有利が見上げてきた。

「あはは…なんか、懐かしいような気がする。昔はいっつもコンラッドが、こんな風に俺のこと心配してくれたよね」



 《懐かしい》…その言葉に抉(えぐ)られて、コンラートは呼吸を忘れた。



 有利の中で、コンラートとのことが《過去》になっているのだと見せつけられたからだ。

 懐かしい言葉、懐かしい人…いまでは、その役割を担う者ではない《親》が、配偶者の居る前で子ども扱いするときに感じる気恥ずかしさを、有利は感じているのだろうか?

『もう…あなたの身を案じる役割すら、ヨザックに全て委ねていると言うことですか?』

 

 コンラートの中で、かちりと何かのスイッチが入る音がした。



「…陛下、久しぶりに二人きりでお話しがしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 嫣然と微笑む優美な表情には、お願い事でありながら拒否を許さない押しの強さがあった。

「おい、隊長…こんな夜更けに突然…」

「いいっていいって!久しぶりにお喋りするのも悪くないじゃん。前はコンラッドが俺の護衛だったんだしさ。グリ江ちゃんは久しぶりに、部屋に戻ったら?」

「ですが…」

 ヨザックが怪訝そうに眉を顰めるが、有利は屈託なく笑ってコンラートを自室へと促す。 懐かしい《親》であるコンラートが、自分を害する可能性など欠片ほど考えていないのだろう。

 …と、同時にコンラートを《雄》として…ときめきを与える対象から除外している証明とも言える。

 《無害》…恋する男にとって、これほど悲惨な扱われ方があるだろうか?

『もう一度、あなたに衝撃を与えられる存在に戻りたい』

 闇い望みを抱えた男が、ひっそりと魔王陛下の居室に導き入れられた…。



*  *  *




「コンラッド、何か飲む?」

「ええ、頂きます」

 小さな猫足テーブルの上には市松模様のトレイが置かれており、その上には気泡を含んだ硝子製の杯が芳醇な香りを湛えていた。

 半分ほど飲み下された液体は上質な葡萄酒で、酒を嗜まない有利ではなく、同席者の飲み残しであることが知れる。

「あ、杯…洗おうか?」

「いえ、勿体ないですから…そのままで結構です」

 そう言うと、くいっと勢いよく酒精を煽る。

 喉越しの強さがアルコール度数の強さを伺わせ、空きっ腹にじんわりと刺激が広がっていくのが感じられた。

「えへへ…何か凄い久しぶりな気がする。ねぇ、仕事はどうだった?忙しかった?」

「そうですね…」

 はぁ…と艶めいた息を吐けば、以前の有利なら微かに頬を染めて目を見張り、《あんたってば無駄に色気虫なんだからさー》などと、照れ隠しにぶつぶつ言っていたものだった。

 だが、今はそんな仕草になど特に興味は持たないのか、純粋にコンラートの仕事ぶりを聞きたそうに小首を傾げている。

 湯上がりの上気した肌がガウンからちらりと覗き、組んだ脚の合間に差す影が、どこか妖しいまでの色香を漂わせていた。

 仔犬のような表情は相変わらずなのに、その身体からはコンラートの知らない香りがするようだ。

『幾度…身体を重ねたのだろうか?』

 いつかこの手に墜ちるものと信じていた身体は、性技に長けたヨザックの手でどれほど開発されているのだろうか?

「お聞きしたいことがあるんです」      

 ひとしきり…なんと言うことはない仕事上の話をした後、かたりと酒杯を置いたコンラートは有利に躙(にじ)り寄るようにして接近した。漆黒のつぶらな瞳は何の警戒心も抱かずにコンラートを見つめ、傷だらけの大きな手が触れてきても、その色に変化が生じることはなかった。



「ヨザを、愛しているのですか?」



 努めて感情を乗せないように制御された声が、幾らか掠れながら耳朶に注ぎ込まれると…有利のまろやかな頬に鮮やかな朱が掃かれる。

「な…何いってんだよコンラッド!」

「教えて下さい。あいつを…愛しているんですか?」

「そりゃあ…その…………」

 ごにょごにょと口の中でくぐもる声を判別することは出来ず、コンラートは一層近しい場所へと身体を寄せていく。

 互いの香りが明瞭に伝わり合うほどの距離で、コンラートはなおも悩ましげに囁いた。

「ヨザを見るあなたの目…あなたを見るヨザの目…。どちらも、以前とは全く違う色をしていますよ?」

「そう?でも…俺は、今までとそんなにグリ江ちゃんのこと違う目で見てるとか分かんないな…。だって、なんかグリ江ちゃんと一緒にいるのが凄く自然に感じられるからさ」

 言葉にしなくても通じ合う、顔を見なくても表情が分かる…そんな密接な関係を、コンラートではなくヨザックと結び合っているというのか。

「俺よりも…ヨザがあなたの心の深みにいるのですね?」

 

 無様だ。



 声が震えるのを止めることが出来ない。

「あんたより…?」

 有利の瞳が宙を舞い、一瞬のあいだ彼にしては珍しい…虚ろな色を湛えた。 

 だが、何かに背中を押されたようにはっと我に返ると、今度は憎らしいほどに嬉しげな表情で告げたのだった。

「そうだよ」

 絶望と怒りで、視界が真っ赤に染まる。

 気がつけばその細い身体を荒々しく引き寄せ、背骨が軋(きし)むほどの力でかき抱いていた。

「コンラッド?ねぇ…どうしたの?」

「《憎しみは愛に勝る》という言葉を、あなたは信じますか?」

「《神を信じますかー》みたいな?」

 あはは…と笑う声がどこか硬直しているのが分かる。必死で笑いに流そうとしながらも、有利にもコンラートの真剣みが伝わっているのだろう。

「愛している者よりも、憎らしい相手の方が強く心に刻まれる。そう思いませんか?」

「そこまで嫌いになった奴いないから分かんないよ」

「そう?では…」

 コンラートの口角が《にぃ…》っと釣り上がり、悪魔めいた微笑を浮かべれば、有利の背筋が目に見えて震えた。

「コン…」




「俺を…あなたの唯一憎い男にして下さい」





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