その時です…名付け仔の呼び声が聞こえたかのように、草原の向こうから茶うさぎの声が響いてきました。 

「ユーリ!怪我はありませんか!?」

 茶うさぎは心配げに黒うさぎの傍らに跪き、怪我がないことを確認したところで初めて…黒うさぎの姿が突っ込みどころ満載であることに気付きました。

 紺色のエプロンドレスはたいそう黒うさぎを可愛らしくみせていて、元々知っていなければとても男の子だとは思わなかったでしょう。

『どうしてそんなにも貴方ってうさぎは可愛らしいのですか?』

 茶うさぎはめまいを感じました。

 なにやら、宇宙の彼方までふらふらと千鳥足でよろめいてしまいそうです。 

 そして、《かーわーいーいー》などと茶色い歓声を上げながら頭を撫で撫でしたい欲望を、茶うさぎはすんでの所で止めました。

 何故って、こんなに涙を瞳一杯に溜めている黒うさぎの気分を、これ以上害したくはなかったからです。

「すみません…俺の母に遊ばれてしまったんですね?とても可愛いですが、この格好で走り回るのは難しかったでしょう?」

「うん、ツェリ様に貸して貰った服だから破ったらいけないと思って…動けなくなってたんだ。でも、遊ばれた訳じゃないよ?ツェリ様は俺の願いを聞いて貸してくれたんだ」

「……願い…ですか?」

 そもそもの黒うさぎの願いを思い出して、茶うさぎは眉根を寄せました。

「うん!俺がコンラッドの赤ちゃん産みたいって言ったら喜んでくれて、《でも、お嫁さんになるならドレスを着なくちゃ》って言ってこの服を着せてくれたんだ!」

 茶うさぎはがくりと脱力しました。

 どうやら、母に頼んだのは間違いだったようです。

 めまいは更に強くなります…。

 問題は解決するどころか、一層ややこしいことになっているようです。

「ありがとうございます…これでユーリは俺の赤ちゃんを産んでくれるんですね……」

 どうやら…茶うさぎは黒うさぎが大きくなるうちにどこかで自然に理解してくれるのに期待して、この件をうやむやにしようとしているようでした。

「うん、コンラッドによく似た仔をいっぱい産むんだ!そしたらコンラッド、寂しくないだろ?」

「え…?」

 コンラッドの何が寂しそうだったというのでしょう?

「俺は別に寂しくなどありませんよ?」

「だって、コンラッドの仲間はこの森を護るためにほとんど死んじゃったんだろ?だから、俺がいっぱい産んでコンラッドの仲間を増やしてあげるよ!」

 なんということでしょう…。

 黒うさぎの真心に、茶うさぎは目頭が熱くなるのを感じました。

 それに、黒うさぎの本当の望みが知れたのは良いことです。

 そういうことならば茶うさぎにもやりようがあります。







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