「鳴呼、コンラート様よ永遠に」−1





   


 
ウェラー卿コンラート。
 その名は音に聞こえし大英雄にして、老若男女に…時として、当人にとっては迷惑なほどに愛される美青年の名である。

「ふぅ…」

 今宵も夜風を震わす春告鳥の声も耳に入らぬげに、コンラートへの恋情に胸を焦がす乙女がいた。豊満かつしなやかな肢体をネグリジェに包み、しどけなく横たわったまま愛しい男の名を呼んだ。

「嗚呼(ああ)…コンラート様、愛おしいコンラート様…」

 十貴族ではないものの、眞魔国でも指折りの有力大貴族の息女ラダガスト卿マリアナは、愛しい男の写し絵にうっとりと見入っている。
この写し絵、石造りの壁面にマリアナ自らが蹴り技の応酬によって彫り込んだ逸品である。色合いこそ石の素材であるクリーム色のみで構成されているのだが、匠の技によって彫り込まれた凹凸は生き生きとコンラートの高貴さ、優しさ、暖かさなどを表していて、コンラートを知らぬ者でも飽かず見つめること間違い無しの彫像だ。

 勿論、彼を愛して止まないマリアナなどは、飽きる日など未来永劫来ないのではないかと思われる。
 うっかり地球滅亡の日が来ても、この女性とアニシナ辺りは生き残っていそうだ。…となると、彼女が愛しているコンラートと、コンラートが愛している魔王陛下も助けてくれそうなので、コンユファンの貴腐人方にとっては素晴らしいことであろう(ちなみに、グウェンダルもアニシナによって《死なない程度に》生かされている気がする)。

『今宵はどのようにお過ごしなのかしら…』

 多くの兵に慕われ、魔王陛下の信も厚いコンラートのこと、きっと夜更けまで仕事に打ち込んでいることだろう。油断なく眞魔国の平和を守り続ける《ルッテンベルクの獅子》…その横顔を想像するだけで、マリアナの胸にはピナツボ火山も吃驚の大噴火が巻き起こる。

 だが…夜風が含む春の花香のせいだろうか?さしものマリアナも微かな不安を覚えてしまう。

「コンラート様…私のことを覚えていて下さるかしら?」
「やー…姐さんみたいに強烈なひと、そりゃ忘れんでしょうよ…」

 狂おしく身を捩る主に冷静な突っ込みを入れるのは、すったもんだあってラダガスト家の侍女となった女豹族だ。しかし、古株の侍女頭シータが目にも留まらぬ早さで弦の柄を鳩尾に叩き込むと、《ぐふぅ…っ》と呻いて撃沈される。

 なお、シータの手にはヴァイオリンに似た弦楽器が握られており、切ない音色は途切れることなく流れ続けている。先程使った弦の柄も、曲調に合わせて叩き込んだので調べを途絶えさせることはなかった。

 流れる音楽は心なしか野球漫画《キャ○テン》のエンディングテーマにも似ていたが、取りあえず一部の日本国民以外には分からないので問題なし。

「このところ、すっかりご無沙汰ですもの…」

 ほぅ…っと切ない溜息が漏れる。

 コンラートは魔王陛下直属の部下であり、その行動はどうしても魔王陛下主体となってしまう。…となれば魔王陛下が列席するような宴など早々開かれないし、万が一そのような機会があったとしても、護衛である彼が軽々しく主から離れることはない。
 以前開かれた舞踏会で相手をして貰ったのは、まさに奇跡のような出来事だったのである。

「あのように可憐な陛下と常に一緒におられるのだもの…私のような者のことなどすっかり忘れておられるのではないかしら?」

 そんな不安が過ぎると、マリアナの豊かな胸と想像力は、モホロビチッチ不連続面もかくやというような地層構造を形成する。
 
 実際問題として、コンラートがマリアナのように強烈な人物のことを《忘れる》と言うことはあり得ない。だが、マリアナにとっては自分がいっぷう…いや、世間的な基準から言えば相当に変わった人物であるという自覚は皆無であるから、ついつい自分という存在を一般社会のモザイクの中に填め込んでしまうのである。

「ああ…コンラート様の意識に、私という存在を強烈に印象づけたい!」
「え?今以上に!?そりゃ、やり過ぎってもんじゃ…」

 鳩尾の痛みから復帰した女豹族が反射的にそう叫ぶと、今度はシータから向こうずねに踵払いを食らった。電撃的な痛みに、当分立ち上がることも出来まい。
 よって、女主人は心ゆくまま愛しいコンラートへの恋情に熱中できた。

「コンラート様、コンラート様…ふぬぉぉおおおおおお……っ!!コンラート様ぁああああああっっっ!!!」

 魔王陛下と恋人同士だと知っていても、恋い焦がれる想いを止めることは草津の湯にも出来ないのである。《ドォン…っ!》と勢いよくマリアナが突っ伏した寝台は、今宵も《ミシィ…っ!》と鈍い音を立てて傾ぐのであった。

 勿論、忠実な侍女頭シータは次なる寝台の手配にも余念がないのでご安心を(最近は強度の高い寝台の開発にも努め始めた)。

 

*  *  * 




 その夜、奇跡が起きた。

『ま…まぁああ……っっ!!』

 マリアナは淑女らしい仕草で扇子を開くと、大きく開き掛けた口元をそっと隠す。そうしなければ、膨らんだ小鼻が他の連中に見えてしまうからだ。

 大した気合いも入れずに訪れたカノッサ卿主催の宴席で、マリアナは思いも掛けずコンラートの姿を発見したのである。しかも、今宵は有利のお供ではなく単身訪れているというのだ!

 なんでもカノッサ家の老当主に恩義があるらしく、彼の500歳を祝うお誕生日会ということで強く招かれたらしい。カノッサの家格から考えると魔王陛下が直接訪れるというのは身分不相応とみなされてしまうから、今宵はコンラートのみが訪問することとなったのである。

『ああ…コンラート様、コンラート様…っ!』

 胸を弾ませて様子を伺うが、ふと見渡せば殆どの宴客(男女問わず)がぎらぎらとした眼差しでコンラートを伺っている。まるで飢えた獣たちが、ただ一頭の美味しそうなはぐれガゼルを発見したかのように涎を垂らして、じりり…じりりと間合いを詰めているかのようだ。

 こういう時は、自分の浅ましい姿を自覚した者の負けである。
 マリアナは高い矜持が邪魔をしてしまい、淑女の礼を欠いて自ら話しかけるという図々しさを発揮することが出来なかった。
 何とかして切っ掛けを掴めないものかと思案していると…ふと、《まぁ…どうしましょう?》と狼狽えた声が響いた。

 見れば、バルコニーで右往左往している女性がいる。

『まあ…あれはカノッサ卿モティールかしら?』

 モティールは小柄で華奢な体格をしているが、胸や尻周りは少しむっちり肉感的なのが対照的な女性である。垂れ気味の大きな瞳に少し鼻に掛かった甘え気味の声、知的なのだが時折茶目っ気のある失敗をするもので、このような宴席では男性から引きも切らぬ誘いを受ける、所謂《モテ女》である。

 何をしているのかと思ったら、どうやら高い木の枝に仔猫が登って降りられなくなっているらしい。宴が開かれているこの館は彼女の自宅だから、おそらくは飼い猫なのだろう。

「おお…ミレーヌ、落ち着いて頂戴?どうましょう…ああ、どなたか、わたくしの可哀想なミレーヌを助けて下さいな?」
「おお、モティール!ご心配召されるな、ここは私が…」
「いやいや、私が!」

 ここぞとばかりに勇んで男達が名乗りを上げるが、いずれも宴席の為に用意した一張羅に疵をつける訳にはいかないのか、長い棒で突いたり枝を揺さぶったりと、余計に猫を高みに登らせてしまう。

 見かねたように、とうとうコンラートまでが様子を伺いにやってきた。

『は…っ!いけないわ…っ!!きっとお優しいコンラート様のこと、一張羅が汚れるのも構わずに仔猫を救われるに違いないわっ!』

 その様子を愛でるのも心ときめくが、今回は滅多にない舞踏の機会なのである。なんとしてもコンラートに万全の体勢で望んで貰わねばならない。上着にひっかき傷が出来て途中退席…等という事態は、あってはならないのだ。

「私にお任せ下さいな…っ!」

 マリアナはそう宣言すると、コンラートがバルコニーへとやってくる前に勝負を付けるべく…跳んだ。


「ほあちぁぁあああ……っっ!!」

 
 宵闇を劈く奇声を放つや、マリアナの長い脚が目にも留まらぬ速さで宙を舞う。動体視力が異常に優れた者以外は、おそらくマリアナのドレスの裾がふわりと落ちかかるところしか視認できなかったろう。


 ピシィン…っ!


 鋭い弓弦にも似た音が響くと、見事に両断された枝ごと仔猫が落ちてきた。あまりのことに暴れることもできず固まっている仔猫をマリアナは優雅な動作で摘んだ。それも、落下中に迷うことなく人差し指と母指で正確に首根っこを摘んだのだから、その動体視力たるやガッツ○松も吃驚である。

「ほほ…どうぞ、モティール…」
「ま…まぁ…マリアナ……あ、ありがとう……」

 大切な仔猫を無事確保して貰ったはずなのに、何故だかモティールの口角は微妙な角度に歪んでいた。



*  *  * 




『ほほほ…これでコンラート様のお衣装は傷つくことなく保たれたわ!』

 達成感に満ちた足取りで大広間に戻ったマリアナだったが、何故か早足で追いついてきたモティールに肘を取られてしまう。

「まぁ…どうなさったの?モティール」
「マリアナ…ちょっとひとこと忠告させて頂きたいの。良いかしら?」

 モティールは小さな声で…けれど、普段の甘えた印象からは想像も付かないくらいドスのきいた声音で囁きかけてくる。不審に思いながらも化粧室についていくと、扉を後ろ手に閉めたモティールは表情を一変させて向き直った。
 その表情は恐ろしい程の蔑みに満ちて歪んでおり、マリアナは意図が掴めずにぎょっとしてしまった。

「ねぇ…マリアナ、あなた…自分が殿方の心を射止められない要因を心得ておられるのかしら?」
「ま…何を言うの?モティール…」

 心外な発言に眉根を跳ね上げるが、嘲笑を浮かべたモティールはずけずけと《忠告》を続けるのだった。

「仔猫を捕まえられなくておろおろと狼狽えるわたくしと、蹴り技で枝を落とすあなた…どちらが淑女としての理に叶っているとお思いかしら?」
「取りあえず、あなたが無能に見えたのは確かだわね。それに対して、私の技は熟練の領域に達した名人芸だったと思うけれど…」

 思った通りを直球で口にすると、《ぐぬ…っ》と声を上げてモティールの眉根が跳ね上がる。

「淑女としてどうかと言っているのよ!全く…あなたって人は、昔からそう!」

 昔からと言われても、マリアナの視界にモティールが入っていたことはあまり無いので、いつ頃から昔の事であるのか察しが付かない。
 一方のモティールには何故だか積年の恨みつらみがあるらしく、如何にも憎々しげな口調でマリアナを断じた。

「空気を読めないこと甚だしい!!あの雰囲気の中で何をどうやったら淑女が足技を繰り出すなんて流れになるの!?普通、あそこは殿方が身体を張って男らしさを証明するという絶好の機会でしょう!?その好機を潰してしまったあなたに、コンラート様を愛する資格など無いわ…っ!全くもう…常識で考えられないの!?」
「……っ!」

 眉間に、電流が走るような衝撃があった。

 マリアナが…コンラートの《見せ場》を奪ってしまった。
 その驚くべき指摘に目の前が真っ暗になってしまい、くらくらとふらついてしまう。

『わ…私が、コンラート様の見せ場を…っ!』

 コンラートと踊りたいという私利私欲を満たすために、なんという事をしてしまったのか…。
 もしや今までにマリアナがやってきたことも、絶体絶命の危機をコンラートが華麗に切り抜けるという好機を、余計な手出しによって邪魔してしまったのではないか…。

 顔面蒼白となったマリアナは、気が付くと駆けだしていた。

「お…ぉ………………ふ…ぉおおおおお……っ!!」


 ドゴオォン…っっ!!


 細かな細工を施した化粧室の扉には、人型(日本では《非常口》のマークに用いられている形状)の裂孔が開いたという…。
 
 
 

*  *  * 




「マリアナさん、どうかしたの?」

 暗い面持ちのマリアナが中庭で正拳突きをしていると、背後から気遣わしげな声が掛けられた。
 よく見ると、それは髪と瞳の色を赤褐色に変えた上、分厚い眼鏡とそばかすを鼻面に散らした魔王陛下ではないか。一応は正装めいた服装をしているが、地味なデザインと色調は上手く風景に溶け込んでいる。

「まあ…!ユーリ陛下!?」
「あ…今は内緒でお願い!コンラッドにも内緒で様子を見に来たんだ」

 有利が両手を合わせて頼み込むと、マリアナとしても無碍には出来ない。恋敵とはいえマリアナが認めた相手であるのだから。

「どうして今宵はこのような形でお忍びをしておられますの?」
「え〜と…。ちょっと立場上正式に参加することは出来なかったんだけど、宴でコンラッドが女の人達と踊るんだよな〜って思ったら、なんかいても立てもいられなくて…」

 ばりばりと頭を掻きながら苦笑する有利に、マリアナは不思議そうな表情を浮かべた。

「まあ…そんなに心配なら、どうしてコンラート様の参加を許可なさいましたの?」
「だって、コンラッドだってたまには息抜きしないといけないかなって…それよか、マリアナさんはコンラッドと踊らないの?」
「私には…その資格がないのですわ」
「え…っ!?な、なんで…?」

 有利はぱちくりと目を見開いて、驚きを露わにしている。どうもその様子からは、《折角俺が我慢したのに…》というような不満も垣間見えた。
 おそらく以前の舞踏大会で、《何が何でもコンラートと踊りたい》と一心不乱に戦ったマリアナ達の心意気を汲んで、時折はこういう機会を持つべきだと思っていたのだろう。

「マリアナさんは凄い踊り手じゃんか!あなたが踊んなくて誰がコンラッドと踊るんだよ〜っ!」
「そう…言って下さるのね?お気持ちは嬉しいですわ。けれど…今の私には、とてもコンラート様の前に顔を出す度胸などありません。今一度自分を見つめ直すために、今宵は孤独を友に、この中庭で夜通し正拳突きを続ける覚悟ですわ…っ!」

 そう告げると、マリアナは勢いよく春の宵闇に向かって拳を突き出した。

 せいっ!(ドォン…っ!)
 や…っ!(ズゴォン…っ!)
 はぁ…っ!!(ド…コォオオオン…っ!!)

 取りあえず、マリアナの決意はカノッサ家の人々にとっては迷惑なものであったろう。

 別に嫌がらせでやっているわけではないのだが、先程から音速を超えた超弩級の正拳突きを繰り返しているせいか…華麗な庭木や彫刻がどんどん陥没していき、見るも無惨な有様になりつつあるのである。
 直接突き込んでいるわけではないが、空気の波動によって影響が出てしまうらしい。

「ねぇ…悩んでいるんだったら、理由を教えてくんない?俺でもなんかの役に立てるかも知れないよ?」
「……ですが、恥ずかしいですわ」
「そう言わずにさ…。だって、恋をするって…そのぅ……恥ずかしいことの連続だったりするじゃん?」

 照れ照れとはにかみながら囁く有利は、そばかすを浮かべていてもとても愛くるしい。まこと、この子が最強の恋敵で嬉しいような哀しいような…。

 マリアナは苦笑すると、モティールとの遣り取りを掻い摘んで話したのだった。

 

*  *  * 




 一通りの話を聞いた有利は呆れるやら腹立たしいやら…。すっかりカノッサ卿モティールなる女性に反感を抱いてしまった。

「そんなの、マリアナさんが気にすること無いよ!」
「そうでしょうか?」
「だって、マリアナさんはコンラッドの服が汚れるのがイヤだったんだろ?それって、俺だってそうだよ?だって…そのぅ……」

 《好きな人の服が汚れるなんて、イヤで当たり前だもん》…照れ照れと口元を掌で覆いながら囁く有利は、仄かに頬を染めて何とも愛らしい様子だ。

「でも…私には下心があったのですわ…っ!何としても、今宵コンラート様と踊りたかった…。だからこそ、あのような事をしてしまったのですわ」
「それだって…」

 有利は懸命に励まそうとするが、その時…突然の轟音が鳴り響いたかと思うと、大広間の扉が観音開きに開いて巨大な体躯を擁する男が突入してきた。

 《男》…というよりは《雄》と評した方が良いのだろうか?
 身の丈3mはあろうかという大男は全身を太い剛毛に覆われ、側頭部からは牛のような角を生やし、顔には正中線上に巨大な一つ目がぎらぎらとした光を放っている。顔は全体的に不自然なほどの赤さを呈しており、地色と言うよりは激しい酒に酔いどれているような様子であった。

「よ…酔っぱらい?」

 有利がそう判断したのは、《赤ら顔》というキーワードだけではなかった。
 一つ目大男はネクタイ様の派手な布地を頭にくるりと回して結び、手にはちょいと摘むような形で棍棒をぶら下げ、千鳥足で歩いてくるのである。ふらつく足取りによって隆と盛り上がった肩があちらこちらにぶつかり、その度に壁材が破損していく。

 左右に大きくせり出した鼻からは盛んに《むっふーっ!むっふーん!》と荒々しい蒸気が噴きだされ、まるで機関車の煙突のようだ。
 腰布を巻いただけの半裸は短躯ではあるが実に逞しく、隆々と盛り上がる筋肉に、こんな時でなければ感嘆の視線を送ったことであろう。

「なななな…何アレ…っ!?」
「まあ…珍しい。《サイクロどん》ですわ。普段は山奥の洞窟でひっそりと暮らしているのですけど、どうも強(したた)か酒に酔っているようですわね。そういえば…この辺りは秋に熟れた果実が岩場に落ち込んで自然に発酵して出来る自然酒の名所ですから、それを呑んでしまったのでしょうか?」

 マリアナが淡々とした様子で説明してくれるから、有利も少し安心してきた。

「普段はひっそり暮らしてるって事は、あんな風体をしてても大人しい種族ってことだよね?」

 希望を込めてそう尋ねたのだが…マリアナはふるるっと首を振った。

「普段はそうですけど、酔うと凄まじい絡み上戸になると聞いております。特に、自分好みの魔族を見つけると猛然と襲ってきて、公衆の面前でも構わず強姦しようとするとか…。しかも、男女は問わぬようです」
「それ、メチャメチャ大変な事態なんじゃないの!?」
「ええ…まあ、そうなんですけど…。このような時には殿方の活躍を待つのが常識だと言われると、どうしたものやら…」
「えーっ?そんなの気にするなんてどうしちゃったのマリアナさん!?」

 わぁああ……っ!

 驚きのあまり声を失っていた人々も、各自絶叫を上げて走り出していた。先程までは悠然と構えていた紳士も、つんとすましていた淑女も我先にと見苦しく喚き、人を蹴り倒すような勢いで逃げ出していく様は、まさに阿鼻叫喚の地獄のようであった。

 そんな中、一人サクイロどんに立ち向かっていく人物がいた。

「コンラッド…っ!」
「ま…コンラート様っ!!」

 彼ならば当然と言うべきなのかも知れないが、有利とマリアナにとってなにものにも代え難い大切な青年、ウェラー卿コンラートがひらりとサイクロどんの前に姿を現すと剣を突きつけたではないか…!

 しかも、彼の意図は攻撃ではない…あくまで威嚇なのである。

「どうして…コンラート様っ!何故斬りつけてしまわれないの!?」
「元々は大人しい種族だってこと、コンラッドは知ってるんだ…。だから、心神喪失状態の今、怪我をさせたり殺したりしたくないんだ…!」

 元々の優しさに加えて、コンラートは有利が民を愛する想いを知っている。異形の種族とはいえ、この眞魔国に生きる者を無為に傷つけたくないと思っているのだろう。

 だが…精神惑乱状態のサイクロどんに、果たしてそのような優しさが通用するのか?

「むっふぅぅうう〜ん……っっ!!!」

 サイクロどんはコンラートの姿を認識するやいなや、一つきりの目をハート形にしてだらりと大きな舌を垂れ提げた。頬は酔いのためだけではない興奮に赤黒く染まり、膨れあがった小鼻の下からは猛然と鼻息が噴出されていく…。

 コンラートの容姿が、物凄〜〜〜……く…………好みだったらしい。

 腰布に隠された股間は明確な膨らみを持ってボコーンっと突き出し、悩ましげにぐねぐねと揺り動かされる腰つきが何とも不吉だ…っ!

「コンラッド激ヤバじゃんかーっっっ!!!」

 種族を越えて変態に愛されてしまうウェラー卿コンラート…。
 彼の運命や如何に!?


 第二話をお楽しみに…っ!!





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