虹越え5−6−2







「ユーリ!」 

 懐かしい声に呼ばれ、はっと覚醒すると…コンラートの腕の中に有利はいた。

 その傍らに佇むエルンストは不思議なほど穏やかな表情をしており、すぃ…と手を翳すが、殺気を感じなかったのでそのまま放っておくと…見る間に茨は地中へと吸い込まれ、ゴーレムは元の大地に返り、生徒達に叩きつけられた礫(つぶて)も跡形もなく消え失せた。

 彼の攻撃はかなりの部分が幻覚に類するものであったらしく、観客席を伺うと…負傷したはずの生徒達が無傷でいることに驚いていた。

 それらが終わるとエルンストは恭しく跪き、有利に向かって深々と頭(こうべ)を垂れた。

「王よ…我が生涯の尽きるまで、あなたにお仕えすることを誓います。我が忠誠をお容れ頂けますか?」  
「先生…うん、うん!勿論っ!!」

 感極まって涙目になる有利がエルンストの言葉を受け入れると…
 …どくんっと有利の心臓が跳ね、身体の中に熱いエネルギーが注ぎ込まれてくるのを感じた。

『俺の中で…要素達が反応してる?』

 そう…有利の元に集った4つの要素が互いに反応し、補強し合い…融合し……大いなる力の塊となって集結した。

「渋谷!」

 すかさず村田が手を握り、いなしてくれなかったら…有利はその場で力を暴走させていたかも知れない。それほどに大きすぎる力が有利の中に内包されたのだ。

「眠るんだ渋谷…。君は今、反応を始めた要素に翻弄されかけている。眠って…その間に要素達が落ち着くのを待つんだ」
「ん…村……田。でも…後のこととか」
「大丈夫。僕たちに任せて、君はお休み。君は…十分すぎるほど頑張ったんだ。君は結局…《土》の要素も《盗む》のではなく、《敬服》させることで味方につけたんだから…」 村田がその後何を言ったのかはよく聞き取れなかった。

 村田に促されて、有利は眠りの中に落ちていったのだ。
 ただ、周りにいたコンラート達には聞こえていた。
 村田が、深い尊崇の念を込めて呟いた言葉を。

『渋谷…君こそが、我が王だ。……未来永劫…君を護り、忠誠を誓うよ……』 



*  *  *




 有利が目覚めたとき日は暮れかけ、体育祭は最後の演目…フォークダンスに移行していた。

 結局、エルンストの行状は跡形もなくグランドや怪我人が現状復帰していたことから《大規模なマジック》だったのだと押し切られ、生徒達は半信半疑ながらもそのまま午後の競技をすませたらしい。

 有利は保健室のベットで目を覚ますと、すぐさま恥ずかしくてしょうがないチア服を脱ぎ、コンラートの持ってきてくれた荷物の中から普通の体操着取り出し、身に纏うとほぅっと安堵の息を漏らした。

「あー、やっぱり普通が一番だよね。ブラボー、体操服だよ」
「そうですか?ユーリが着ていると体操着も結構エッチですけどね」

 警備員服に着替えたコンラートが、大まじめな顔で論評してくる。

「……何言ってくれるのかなコンラッドさん?」
「だって、結構この短パンの裾の広がり具合は危ないですよ?チア服は下にスパッツを着てますけど、こちらはギリギリまで見えちゃうでしょ?」
「ぎゃーっっ!そんな風に触んなきゃ普通は見えないんだって!」

 短パンの裾から肌づたいに這い上がってくる悪戯な指先をばしばし叩いていると、がらりと保健室の扉が開いてどやどやと仲間達が入ってくる(保健室の先生は本部席の方にいつているのでここにはいない)。

「……なーにやってたのかなぁ渋谷……。顔が真っ赤だよ?」

 先頭に入ってきた村田が意地の悪そうな声で突っ込みを入れると、有利はますます真っ赤になって言い返したが、コンラートの援護射撃はなかった。

「な、なんもしてないよっ!」
「したかったのですが…邪魔が入ったので出来ませんでした」
「コンラッドっ!」

 援護射撃というより、後方から味方に撃たれたような状況に有利は飛び上がってしまう。

「渋谷…身体、大丈夫か?」
「渋谷ぁ…っ!」
「有利!」

 保健室の扉をぶち破らんばかりの勢いで駆け寄ってきた黒瀬と篠原、会澤をみると、有利の瞳がうるりと潤んだ。

 彼らが先程の戦いで示してくれた想いを、改めて思い出したのだ。
 あのとき…彼らがああして声を上げてくれなかったら、有利はあのまま敗北していたかも知れない。

 会澤も先程の戦いでは大きな働きは出来なかったものの、実はその後の周囲への口裏合わせなどで色々頑張ってくれたらしい。

「心配かけてゴメンな?俺は平気だよ。あの…な、俺の事情とか……もし良かったら、聞いてくれる?もしかしたら…ドン引きされるかもしんないけど…」
「引かないよ…」
「絶対、引かない」
「当ったり前でしょ?」

 口々に約束されてますます瞳が潤んでしまう。

 そんな眼差しで見上げられて引くような友人がいるだろうか?
 いや、ない。

 思わず反語形で心に語りつつ、3人の友人達はかいまんで話される渋谷有利の事情に耳を傾けた。
 篠原楓は既にある程度の事情を知っていたからだが、後の二人も有利が意外に思うほどあっさりと信じてくれた。

「…よく信じてくれるよなぁ…俺、自分が逆の立場だったら信じられるかどうか自信ないよ」
「だってお前、嘘つくならもーちょっとましな嘘つくだろ?」
「そうだねぇ、有利がつく嘘にしては大仰だし、目が挙動(きょど)ってないからね。君、無理に嘘つくとすぐに目が泳ぐから…」
「う…どうせ俺は単純ですよ!」

 笑いさざめく有利達を見やりながら、コンラートは静かに微笑んでいた。

「おや、君も心が広くなったものだねウェラー卿。渋谷がオトモダチにとられちゃっても平気なんだ」
「ご友人はご友人で大切なものでしょう?それに…本当に、あの子達がユーリを信じてくれなければ、今日は危ないところでしたしね」  
「ふぅん…」

 村田は珍しくも毒気を抜かれた表情で微笑むと、やはり静かにその場を見守っていた。

「あ…ねぇ渋谷、フォークダンスそろそろ最終の曲が始まるよ?身体もちそうなら踊りに行かない?」
「あ、そうだよな。最後の体育祭だしなぁ!」

 篠原に促されてグランドに出てみると、クラスメイトを中心に声援が飛んだ。

「よぉ、美少年戦士!」
「ゆーりん、文化祭も楽しみにしてるぜ!また何かやってくれよ?」
「うるせぇよ!もう流石に終わりだよ!!」

 冷やかしの声に罵声で返しながら駆けていくと、青嵐の大久保達と目があった。

「よお、体育祭楽しかった?」
「…まぁ…な、悪くはなかったよ」

 不承不承という言い回しながらも声の調子自体は悪くなく、大久保は最後には微かに笑みを浮かべてこう言った。

「あんたってさ…本当になんでもかんでも一生懸命なんだな…そういうの、俺は苦手だけど…凄いな、とは思うよ」

 言ってすぐに照れくさくなったのか、大久保は踵を返して走り出してしまった。

 仲間達に冷やかされながら去っていく大久保の背を、有利は満足げな微笑みで送るのだった。





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