「獅子執事」−4









 自宅のベッドにごろんと横たわってから、村田は今日の出来事を回想していた。収穫もあったが、色々と想定外のことも多かった。
 想定外な要件についての筆頭はこの男、コンラート・ウェラーだ。

『胡散臭い』

 それが渋谷家の執事に対する、村田健の印象であった。
 これは最近の感想ではなく、有利の保護者としていそいそと中学校の参観日や体育祭、文化祭などに出入りしていた頃からの印象である。

 大体、執事服という目立ちまくりな姿で学校行事に参加するというセンスが凄い。一度見たら、絶対に忘れないインパクトだ。
 しかも、一年時の体育祭で有利にキスの雨を降らせた事件のおかげで学校中にその存在を知られた彼は、密かに《キス執事》とも呼ばれていた。あれで外見に(内面はどうあれ)清潔感がなかったから、間違いなく《エロ執事》と呼ばれていたはずだ。

『今から思うと、あれって渋谷の恋愛を完璧にブロックしてたよね〜』

 有利が少し気がある風な気配を見せても、女の子の方ではキス事件の記憶が色濃く残っており、執事の美麗な姿を思い出すとどうしても有利を恋愛対象には出来なくなっていたようだ。当時は結果しか見ていなかったが、今になって思えばあれは故意にやっていたのではないかと思う。

『アレを、どこまで意味を持ってやってるのかな。…っていうか、彼がどこまで状況を把握しているのか掴んでおかないといけないよねぇ』

 分かってはいるのだが、どうも上手く行かない。腹の探り合いは嫌いではないが、執事を上手く転がす為にはもっと情報が必要だ。弱点を突かないと、あの手の男は尻尾を出さない。頑固なまでに一本気なウェラーの血筋を引いているのは、あの特徴的な銀の光彩から知れる。あのタイプは操作が難しいのだ。

『渋谷、は…きっとまだ知らないよね。知ってたらもうちょっと態度に出そうだし』

 執事が探りを入れるように眞魔国語を使った時、一緒に有利もきょとんとした顔をしていた。魔王に就任する選択肢があることはともかくとして、基本的な言語すら習得させていないというのはどういう訳だろうか?

『どうも分からないな…。大体あの男は何でもかんでも秘密裏に行い過ぎなんだ』

 この場合の《あの男》とは、執事ではなく眞王を指している。ただ、村田健として直接眞王に向き合ったことは無い為、あくまでも大賢者の記憶の中での印象である。

『僕は果たして、どこまであいつに義理を果たすべきなんだろうか?』 

 それは果たして、有利にとっても有益なことなのだろうか?
 あの一見平凡な少年は、自分が魔王になるべき存在なのだ…なんてことを、一切知らないまま生きてきたのか。

 ふ…っと眼差しを眇めて、村田は一年近く前のことを思い出していた。



*  *  * 




 村田が眞魔国での記憶を、単なる悪夢ではなくかつて現実にあったことなのだと認識したのは中学生になってからだった。自分がいつか眞魔国に戻り、何らかの使命を果たさなくてはならないと知った時、村田は今まで以上に夢見を恐れた。

 村田健という存在が《大賢者》の中に飲み込まれて、自分というものが無くなってしまうような気がしたのだ。恐れているからこそなのか、夢は次第に夜だけではなく、日中のうたた寝時にまで村田を責めるようになった。

 ことに、気絶中は拙い。意識を飛ばしているが、深睡眠時に比べれば活発に脳波が動いている間に見る夢は、極彩色でひどく生々しい。中学校で日射病を起こして倒れた時、村田は絶望的な気持ちでいた。周囲に分かるくらい、自分が悪夢によって取り乱してしまうことを恐れたのだ。

 案の定、今までにないほど凄まじい映像の波に溺れ、喘ぐ村田に、自らを覆い隠す余裕など欠片もなかった。さぞかしみっともなく藻掻いていたろうと思う。情けない声で《助けて》とまで言ったような気がする。
 
 けれどその時、そっと触れてきた掌が村田の混乱を解いた。
 
 《大丈夫》《ここは安全だぜ?》…柔らかい語調で心配そうに注がれる言葉が耳に心地よくて、気がつけば極彩色の夢までがやわらかな彩りを持つようになった。強制的に注ぎ込まれてくる映像を押しのけ、自分が本当に見たい光景が蘇ってくる。

 縋り付くようにして手を求めていけば、戸惑いながらも自分と同じくらいの大きさをした手が、きゅうっと握り替えしてくれた。

 その途端…。

 ザァ…っと草いきれを風が渡る音が響いて、村田の眼前には懐かしい風景が広がった。まるで、切れ切れに届くせいで不快なノイズが入り乱れていたテレビ画面が、急に正常起動を始めたみたいだった。

『見える』
『本当に見たかった映像が、見える』 

 それは、高台から眞魔国の王都を眺めている風景だった。豊かに咲き誇る花々、燃えるようなに鮮やかな新緑、槌音の鳴り響く城下町の賑わい…それらはかつて、大賢者が眼に焼き付けた光景だったのだろう。
 
 苦しいことも哀しいことも沢山あったけれど、あれは大賢者にとって、命に代えても護りたいと、切ないほどの祈りを込めた場所だった。眞王に対する忠誠だって、決して強要されたものなどではなく、転生を繰り返すこの残酷な運命も、自ら選んだものだった。

 《そう》…《そうなのか》。

 長く村田を苛んできた悪夢が、その時初めてすとんと胸に落ち着いた。大賢者の《記憶》だけではなく、《心》に触れた瞬間に、少なくとも大賢者に共感することは出来た。
 だからといって、村田健が唯々諾々とその運命に従うかどうかまでは腹づもりが出来ていなかったけれど、それでも、随分と気が楽になった。

 目を覚ました時そこにいたのは渋谷有利で、吃驚したような顔をして、村田が痛いくらいに掴んだ手をどうしたものかと迷うように瞳を揺らしていた。反射的に《誰にも言わないで》と発した言葉に、《何故》ともなんとも問い返さず、彼はあっさり《うん》と頷いた。

 簡単すぎて逆に信用など出来なかったのだが、何日経っても村田の奇行をあげつらったり、変に心配したりするような声は聞かれず、有利が一切誰にも話さなかったことを知った。

 そうこうする内に、村田は悪夢の頻度が激減していることや、見たとしてもどこか第三者的な視点から落ち着いて風景を眺めている自分に気付いた。今まではどんなに《これは僕自身に起こった事じゃない》と言い聞かせても心がついてこなかったのに、どうしてこうも自然に、望んでいた心理状況に落ち着くことが出来たのだろうと考えて、切っ掛けとして思い浮かぶのは有利の存在しかなかった。
 実際、苦しくても彼のことを思い浮かべると、心は凪の海のように落ち着くのだとも知った。
 
 けれど、それとなく水を向けても有利が眞魔国のことを知っている節はないし、相手の状況を知らずに自分から懐を晒す勇気は持てなかった。眞魔国のことを何も知らない相手に自分のことなど話しても、《頭がおかしくなった》と思われるのが関の山だからだ。

 《村田、お前おかしいんじゃね?》なんて、有利に言われたら心が砕けてしまう。

 どうにかしなければと思いながらも、結局深く分かり合うことは出来ないまま卒業してしまった村田は、進学先が違ってしまった有利に焦れたような気持ちを抱き続けていた。

 《このまま、二度と僕たちの道は繋がらないのかな?》そんな風に思い始めた春の終わりに、突如として今まで見たことのない夢を見た。まるで出来の悪いコラージュじみた映像が、フラッシュバックみたいに浮かんでは消えていったのだが、村田はこれが、間違いなく《メッセージ》であることを感じ取っていた。

 王都。血盟城。呪わしい雰囲気を放つ4つの木箱。そして…
 緋色のマントに身を包み、王冠を頭に戴いた渋谷有利。

『渋谷が、魔王…っ!?』

 そう定められているのだと知った瞬間に、胸に湧いたのは歓喜だった。
 蒼穹を背にしてマントを靡かせるあの少年の横に並び立ちたい。その為ならば、大賢者としての人生も喜んで受け入れよう。

 焦げ付くような衝動に煽られるがまま、村田は普段通ることのない道を歩いて、件の公園に辿りついた。そしていつもなら上手くあしらえるはずの不良連中にこづき回されているその時に、夢で告げられたメッセージのままに有利が現れた。
 そのまま有利は不良達の手で女子便所に連れ込まれるはずだった。村田もまた止めようとして組んずほぐれつ、眞魔国へと旅立つ予定だったのだが…。

 何故だか、それは阻止されてしまった。
 眞王自身が送り込んだのであろうウェラーの血を引く男の手によって、眞王の意図は阻害された。

 これが一体何を意味するのか、まだ村田にも分からないでいる。



*  *  * 




「じゃあ、行ってきま〜す」
「お気を付けて」

 数日後、村田と約束通りナイターを見に行くことになった有利は、暫く歩いてからチラリと後ろを振り返った。渋谷家のキッチンには電気がついていて、窓辺には執事のシルエットが浮かんでいる。

 取りあえず、後を付けて来たりはしていないようだ。

『念押したし、大丈夫かな?』

 村田には色々と深い事情がありそうだったから、球場の喧噪の中で横並びに座りながら、そっと聞いてみようと思っているので、今日くらいは自由行動にして欲しい。
 ちなみに今回のチケットは村田持ちなのだが、《あくまで友達として誘いに来た》という形であり、ヤンキー連中から助けてくれたお礼については、お歳暮セットのようなものが執事に手渡されていた。

 《つまらないものですが》《やあ、嬉しいです。この重みはハムかな?》といった遣り取りを経て、村田は執事に対する礼は《これで完了》という体裁を整えた。言葉巧みに事態を促した村田に、さしもの執事も言葉を挟めなかったようで、《ついて行きたい》とは言い出さなかった。

『でも…何かコンラッド、様子おかしかったな』

出かけるまでは彼が行きたいというのを警戒していたというのに、いざ順調に行けてしまうと逆に不安になってしまう。

 過保護な執事が有利の友人に対して探りを入れてくるのはいつものことだが、村田については少しニュアンスが違っていた。警戒しているというよりも、執事自身が村田のことを知りたいと思っているみたいだ。村田の方でも必要以上に執事を意識しているようだし、二人の間には何かあるのだろうか?

『何でだろ?うーん…分かんないな』

 執事はとても優しくて頼りがいがあって大好きな人なのだが、時折、一体何を考えているのか分からない時がある。そもそも、彼がどういう出自の人であるのかすら知らないのだから、親族に認められたとはいえ、赤の他人である彼を後見人としているこの状況自体が実に不思議だ。

 居心地が良いので、誤魔化されるとついついそのままにしてしまうけれど、本当にこのままにしていて良いのかなとは思う。

『なんか、みんなで俺に秘密にしてることとかあるのかな?』

 悪意の欠片も感じないから、きっとそれは有利にとって酷い話ではないのだろうけど、それでも、高校生にもなって全ての事情から遠ざけられているのは不本意だ。

『それか、16歳になったら教えてくれるのかな?』

 執事は何かというと《16歳》という年を特別に扱う。成人する20歳でも、高校を卒業する18歳でもなく、何故か16歳。
 この年に何か起こるのではないかという思いがあったから、余計に《まだ早い》と有利自身も思っていたのかも知れない。

『コンラッド、ちゃんと話してくれるのかな?』

 期待と不安が入り交じる中、有利はあと3ヶ月ほどで16歳になる。   



*  *  * 




「うっわ、マジっ!?」

 大画面に映し出された映像に、有利は村田と手を取ってジャンプした。それもその筈、有利は試合終了後に選手と記念撮影する権利を手に入れたのである。回と回の合間に《チャンスタイム》というのがあって、カメラが客席を舐め撮りしていって《ターゲットロックオン》の表示を出すのだが、これがぴたりと有利を狙い打ってくれたのである。

「凄いじゃん渋谷。超ラッキー!」
「うっわぁ〜、この席取ってくれた村田に大感謝だよぉ〜っ!」

 抱き合ってぴょんぴょん跳ねる有利たちの喜びように、同じく撮影権を狙っていた他の観客達からも惜しみない拍手が送られる。これだけ喜んでいると、見ていて微笑ましいらしい。

 結局試合は1点差で有利ご贔屓のチームがリードしたまま最終回を迎え、ランナー1・2塁で4番バッターを迎えるというピンチには陥ったものの、守護神桂木がゲッツーに打ち取って試合終了という見応えのあるものだった。歓喜の渦の中でヒーローインタビューが行われ、決勝点となるスリーランを打ったバッター内原と、試合を締めくくった桂木が並んでお立ち台に登り、照れくさそうにコメントを口にする。

 それを至近距離で眺めながら、有利は村田と共にドキドキしながら待っている。ヒーローインタビューが終わったら、この二人と共に記念撮影をしたりサインを貰ったり出来るのだ。特にベテランピッチャーである桂木は昔から好きな選手の一人で、傍にいるだけでも緊張で汗が噴き出てくる。

「お待たせ。じゃあ写真を撮ろうか?」
「俺たちもお立ち台に登って良いんですか!?」
「ああ、遠慮しないで乗りなよ」

 イメージ通りに気さくな桂木に手を引かれてお立ち台に登ると、緊張と歓喜で頬が真っ赤に染まってしまう。

「あはは、可愛いなぁ〜君。中学生?」

 体格に優れたピッチャーからすると、小柄な有利は随分と幼く映るらしい。実際、肩を抱かれるとすっぽりと小脇に収まってしまって、ちょっと恥ずかしかった。

「ち…違います!高校1年ですっ!!」
「ごめんごめん」

 くしゃくしゃと頭を撫でてくれる手は大きくて暖かい。執事にもよくやられるのだが、彼の細くて長い指とは違って、随分と太くて節くれ立っている。

『ああ、この手があの球を投げるんだ…』

 ついつい、子ども扱いされているのも甘受してうっとりしてしまう。執事に見られたらハンカチを噛みしめられそうな姿だ。
 キャッチャーの端くれである身としては、何とかしてキャッチボールに付き合って欲しいものだと願ってしまう。そうだ、この好機に一球だけでも頼めないだろうか?真剣勝負の投球を終えたばかりでは無茶なお願いだろうか?

「あの…あの。もしご迷惑でなかったら、一球だけ投げて貰えませんか?俺…一応キャッチャーなんです」
「んん、そうなの?」

 少し考える風だったが、ピッチャーはにかりと笑うと請け負ってくれた。

「人に見られると毎回やらなくちゃいけなくなるから、ブルペンで一球だけね。失礼なこと言っちゃったから、今回だけ特別だよ?」
「わぁっ!ありがとうございますっ!!」

 悪戯っぽく人差し指で《しいっ!》と秘密めかしたポーズを取られると、有利は歓喜に瞳をキラキラさせながらお礼を言う。それがまた桂木には可愛らしく映ったようで、またわしゃわしゃと髪を撫でられた。桂木には小学生の息子が居るというから、有利の姿が被って見えるのかも知れない。

 ザァアアア……っ!

 不意に烈風がグランドを駆け抜けていく。春から夏にかけたこの季節にありがちな突風だろうか?しかし、それにしては妙に生臭い。奇妙に思って風が吹いてきた方向に目を遣ると、何故かそこにはマネキンがいた。ブルペンからピッチャー交代時に運搬車が出てくるゲートに、ずらりと並んだ20体ばかりの人形達。その内2、3体は球団のレプリカユニフォームを着ていたが、殆どは夏物衣料を身につけている。まだこの季節には早いが、丁度デパートのウィンドウ辺りに並ぶには丁度良い衣装だろう。

 それらが一体どういう仕組みによるものか、ザッザッザッと足並みを揃えてこちらに向かってくる。

「あれって、何か演出ですか?」
「は?いや…俺は知らないけど」

 指さして問うが、桂木も若手の内原も、球場の関係者達までが何が起こっているのか分からない様子できょとんとしている。勿論、球場から帰り掛けていた人々にも状況が分からないようで、何かイベントでも始まるのかと、引き返してきて柵に張り付いている連中もいた。

「何だろ…」

 表情のないマネキン達は、こうしてずらりと居並ぶとかなり異様な雰囲気を持つ。ましてや、その全てがこちらに顔を向けているとなれば尚更だ。

 カタ…

 マネキン達が一斉に膝を曲げた。そう見えたと思った瞬間…彼ら(?)は、一斉に有利たち目がけて突進してきた。

「な…っ!」
「うわっ!?」

 マネキン達の伸ばした腕はしかし、有利を捕らえることは出来なかった。その腕自体が付け根から吹き飛ばされて、ポーンと頭上に舞ったのである。長い脚を持つ男が殆ど股関節を180度上げるような勢いで、マネキンの腕を蹴り飛ばしたのだ。しかも、勢いを殺すことなくのし掛かってきた本体部分もまた、凄まじい威力のバッティングで水平に吹き飛んでしまう。

 そこにいたのは、特段に長く、重いバットを掴んだ執事姿の男であった。

 それはネクストバッターボックスに立つ時、バランスを取る為に使う素振り用のバットであり、一般人が振り回そうとすれば逆に身体が揺れてしまうような代物の筈だが、優男風の容姿に反して、彼は微かにも重心を乱したりはしない。

「こ…コンラッドっ!?」

 くるりと振り返った男はダークブラウンの頭髪を風に靡かせると、にっこりと微笑みながら優雅に一礼してみせた。球場のライトに映えるその美貌は、逆光を撮影効果みたいに使って印象的なシルエットを描き出している。濃紺の執事服が、今は夜とライトとのかねあいで漆黒の衣装を纏っているように見えた。長い腕や脚は自然と強調され、それらが中空を劈(つんざ)く様子はまるで舞踏のようだ。

 無骨な男達が球技を戦わせるこの場所にはあまりに不似合いな、優雅な姿。その背後には襲い来るマネキンの群れ…。あり得ないような光景に、有利はくらりと目眩がするのを感じた。これまでも時折感じていた執事の《非日常》が、恐ろしく顕著にあらわされている。

「申し訳ありませんが、球団の備品を使わせて頂きますね」

 律儀すぎる発言の合間にも、容赦なくマネキンは押し寄せてくる。しかし執事は臆することなくバットを構えると次々に至近距離のマネキンを粉砕し、自らはくるくると器用に身を逸らしながらマネキンの間をすり抜けて、一切の攻撃を受けない。

 マネキンがバットを警戒して距離を取り始めても困惑一つ見せず、今度は籠に入った硬球を手に取ると、凄まじいバットコントロールを見せて振り抜いていく。正確にマネキンの頭部を吹き飛ばしていく打球は、なまなかな能力では為し得ない技だろう。

「すげぇ…」
「何なんだアイツ…。凄ぇバッティングだな、オイ!?」

 野球馬鹿は有利だけではないらしく、お立ち台の上から非難するのも忘れて光景を見守っていた内原と桂木は、惚れ惚れと執事のフォームに見惚れていた。無駄に器用な彼は、プロの野球選手まで魅了してしまうらしい。

 ドゴォン…っ!
 バキィ……っ!!
  
 バットスウィングによって時速300q近い速度を持った硬球は、まさに凶器の名に相応しい。それを数メートルの間合いから受け止めたマネキンは、見る間に破壊されていった。だが、マネキンは一様に同じ動きばかりするわけではないらしい。次々に破壊されていく仲間達の屍を越えるようにして、一体のマネキンが俊敏な動きを見せて執事に襲いかかった。

「く…っ」

 重いマスコットバットとはいえ、マネキンを続けざまに粉砕した負担は本体を弱らせていたらしい。一際強く振り抜くと、マネキンが両腕を合わせて防御した瞬間に中程から折れてしまう。
 執事は固執することなくぽいっとバットを手放すと、そのまま素手でファイティングをとった。このまま素手で戦い続けるのか?

『初めて会った時の剣があれば…!』

 そうすれば、きっと両腕で防ぐなんてことなどさせずに、一撃で倒していたのではないだろうか?バットですらこれほどの凶器として使える彼だ、剣の腕前は凄まじいばかりであるに違いない。

「コンラッドーっ!!」

 絶叫する有利に余裕のウインクを送る執事を、撮影終了していたはずのテレビ撮影隊や各雑誌者のカメラマンが状況も忘れて撮りまくっている。何だか分からないとはいえ、報道関係者の端くれとしてはマネキン達の胸と戦う美形執事なんて美味しい映像、見逃すはずはないだろう。

「我が主に心配を掛けてはならないのでね。この辺りで勝負を付けようか?」

 ス…っと腰を落として構えを作った執事は、マネキンを挑発するように掲げた右手の指先をちょいちょいと動かす。神経を持たないマネキンが苛立った風はないが、それでも闘気のようなものが膨らむのを感じた。 
 









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