第3部 第7話
いま…フォンギレンフォール卿サーディンの腕の中に、コンラートがいる。
抵抗する力も意識も失って、くたりとしどけなく横たわった肢体は、武人としては華奢な部類に入るだろう。触れた腕から感じられる体つきや息づかいに、全身の血が沸騰するかのようだった。
『俺が欲しいのなら、何故直接奪いに来ない?』
誘う言葉が何を意図して発せられたのかなど分かり切っている。サーディンに気がある筈などないのだから、ユーリに手出しされないように、我が身を餌としたのだろう。
『君は…いつだってそうなのだな……』
《あのコンラートを蹂躙する》…そのことに強い誘惑を感じながらも、サーディンはコンラートを抱えたまま動けずにいた。
サーディンは長い間、コンラートを見つめ続けていた。だからこそ、彼自身よりも彼を知っているところがある。
何でも出来るこの男が、私生活に関してはこの上なく不器用なのだと言うことも。
『我が身を犠牲にして国を…仲間を護ったように、今度も愛しい人を護ろうというのか?』
震える指を薄い唇に伝わせれば、淡く濡れた柔らかな感触に目眩がする。引き締まった頬に掌を添えれば、幾分熱を帯びた肉体が感じられた。襟元をはだけて綺麗な鎖骨を剥き出しにしても、抵抗の気配はない。
本当に、コンラートは意識を失っているのだ。
『餌として自分自身が食い散らかされても、あの子が汚されるよりはずっとマシだと思うんだね?』
何故か泣きたいような心地で、サーディンは唇を噛んだ。
そこに靴音を響かせて駆け寄ってきた者がいた。通路の角を過ぎった辺りで姿が目にはいる。大柄な青年は、フォングランツ卿アレクシスであった。
サーディンがコンラートを抱えているのを見ると、一本気な青年の眉間には深い皺が刻まれる。
「サーディン殿、コンラート閣下をこちらに渡して頂きたい」
「渡す…何故だい?」
「閣下は今、体調を崩しておいでです。医師を呼びますゆえ…」
「なら、私が医師の元に運んで差し上げよう。君は宴に戻り給え」
「いいえ、私がお運びします」
「君がこの機に乗じてコンラートをどうにかしないと、何故言える?」
「馬鹿なことを…!」
カ…っと頬を朱に染めると、アレクシスは半ば強引にコンラートを奪おうとする。それを、人形を奪い合う子どものようにサーディンは引き寄せた。《誰にも渡すものか》と、狂気を含んだ眼差しが訴えかける。
「君とて、コンラートには興味があるのだろう?」
「私は…っ!」
益々紅くなったアレクシスは抜刀しそうになるが、コンラートの白い面を見やると頭を振るい、居住まいを正した。
「私は…コンラート閣下を尊崇しております。いや…このような言葉で誤魔化すことは、卑怯でしょうか?……私は…」
暫くの逡巡の後に決断したらしいアレクシスの瞳は、清々しい色を湛えてコンラートに向けられた。
「ただの好奇心などではなく、愛しています。コンラート閣下を、誰よりも…!」
「…っ!」
予想外の言葉にサーディンは言葉を失った。自尊心の高いこの男が、可能性のない恋を自ら認めるとは思わなかったのだ。
「サーディン殿も、いい加減お認めになっては如何ですかな?」
「何を…言っている……」
絞り出すような声を出せば、アレクシスはどこか労るような態度さえ見せて膝を突いた。
「コンラート閣下を、愛しておいでなのでしょう?」
「違う…!私は…この男に認めさせたいだけだ!いつも飄々として捕らえどころが無くて…私のことを視界にも入れていないような男を、無視できないようにさせてやりたいだけだ…っ!!」
「好きな娘の気を引きたい少年の心情と、どこが変わりますか?」
「貴様…っ!」
頬に朱を掃いて抜刀しようとすると、アレクシスの手が伸びて刀身部分に掛けられる。サーディンが剣を引き抜けば、そのまま指が二、三本飛ぶことだろう。
「お止めください。閣下も私も、王太子殿下の指導官です。痴情の縺れから流血沙汰を起こしたとあっては、家門の名誉も失われます」
「裏切り者の家門に、今更名誉もなにもあるかっ!」
以前ならとても冷静ではいられなかったろうが、直接当事者であるアーダルベルトとまみえたせいか、アレクシスは眉根を寄せながらも冷静な表情を保ち続けることに成功していた。
「その事実は消えません。ですが…それあってさえ、心から《気にするな》と言って下さったコンラート閣下の好意もまた、生涯消えることはないのです。私は、コンラート閣下に恥じることのない男でありたい。サーディン殿…あなたも、そうではありませんか?」
「私は…っ!違う。私は…この男が気にくわないだけだ…っ!思い知らせてやるためには、手段を選ばぬほどに…っ!」
「私には、閣下がそう《思おう》とされているように見えてなりません。本来の閣下は、そこまで病んではおられない…。だのに、コンラート閣下に対してはムキになるあまり、度を超した選択をしてしまわれるのではないかと、それが心配なのです」
「くそ…っ!若僧のくせに、知った風な口を利く…っ!」
駄々っ子のようにかぶりを振りながらも、サーディンは強張る指を剣から離した。それがまた、年下の青年に言い当てられた通りに《そこまで病んでいない》ことを指し示しているようで、忸怩たるものを感じる。
いっそのこと、そこまで病んでいれば良かったのだ。
理性も何もかも手放して、アレクシスを斬り倒してでもコンラートを蹂躙できるような気概があれば、きっと…とっくの昔に願いを成就させていたことだろう。
『そうできないのは…結局、どこかで徹底的に憎まれるのを恐れているのだ…』
目覚めたコンラートが軽蔑の目で見ることをどこかで厭うているから、思い切ることが出来ないのだ。
「サーディン殿。せめて、自分の気持ちだけでも真っ直ぐに見つめて下さい。コンラート閣下を愛していることさえ受け入れられない男に、渡すわけには参りません」
「認めたところで、渡す気などないだろうに」
「まあ、そうなんですが…」
頭を掻く青年は、昔のように一本気なだけで融通が利かない気質ではなくなったらしい。どこかおかしみを湛えた表情には、器の大きさが感じられた。
『羨ましいな…』
くすりと苦笑したサーディンは、もう一度下肢に力を込めてコンラートを抱え上げる。
「サーディン殿…」
「どの部屋に、連れて行きたいのだ?」
「…!」
まだ視線を合わせる気にはならなかったが、漂う気配から、アレクシスが嬉しそうな顔をしているのだとは知れる。
「こちらです」
「ああ…」
抱え上げれば、コンラートの体温が腕と胸から伝わってくる。ちいさな息づかいを甘やかに感じながら、サーディンは諦めたように嘆息した。
『ああ…私は、この男を愛しているんだ』
鮮やかな存在感を持つコンラートに、否応なしに惚れているのだ…昔から。
漸く認めざるを得なくなった想いを胸に、サーディンは《せめて、誰か来る前に口吻だけでもしておけば良かった》と後悔するのだった。
* * *
さて、一方の王太子殿下はと言うと…。
『不作法だこと…!こんなところで居眠りするなんて、やはりお里が知れるわねっ!!』
廊下の片隅で寝入ってしまったユーリは、すかかー…すかかー…と健やかな寝息を立てつつ、フォンロシュフォール卿クリムヒルデから侮蔑の眼差しを受けていた。
『放っておきましょう。こんな酔っぱらい、下手に起こしたりしたら絡まれますものね』
つん…っと顔を背けて歩を進めようとしたクリムヒルデだったが、ふとユーリ達の会話を聞くともなしに聞いていたことを思い出す。
『おれは、背、のびたいから、酒はのまない』
確か新年の宴の折、強く酒を勧めるサーディンに対してそう言ってはいなかったろうか?だとすれば、これは酔いの結果ではないのか?多少気になって身を屈めてみると、やはりその呼気に酒精は含まれていない。昏睡というほど病的ではないにせよ、酒が絡んでもいないのにこんな場所で眠ってしまうとはどうしたことだろう?
『野蛮な育ちだから、きっと何処ででも眠ってしまうのだわ』
そう結論づけて立ち去ろうとしたのだが、やはり元々が面倒見の良い性質なのが祟って(単に、あやふやな事態に対して何らかの理由付けをしたい気質なのもあるが)あまり距離を置けない。
『………………せめて、誰か呼んでやろうかしら』
流石に野育ちの子どもとはいえ、一応はこの国の王太子だ。このまま風邪を引き、肺炎でも拗らせていたのでは寝覚めが悪い。そう思って振り返ると、丁度誰かが歩いてきた。
「……」
現れた人影を認めると、クリムヒルデは柳眉を顰めた。
恰幅の酔い中年紳士は、宮廷内で要職にもついている親戚筋の男だった。同じ家門の出なのだから、身分で蔑むということはないのだが、クリムヒルデは安心してその場を立ち去ることが出来なかった。
フォンロシュフォール卿ガイバルトには男色の気がある。それ自体は眞魔国では珍しいことではないのだが、問題はその倫理性についての噂だった。
《ガイバルトは誰かを欲しいと思ったら、方法を選ばず手に入れようとする》…そんな噂が脳裏を掠めるが、はっとして頭を振る。そのような噂が真であるはずはない。万が一そのような傾向があったとしても、まさか意識を失っている子どもをどうこうしようなどとは思わないだろう。
『そうよ、きっと…あの躾のなっていない子を、しかるべき場所に連れて行く気なのよ』
ユーリがコンラートと恋仲にあるのは周知の事実であり、まだ身体を結んではいないものの、それは律儀に郷里にいる家族との約束を守っているためらしい。そんな清い身体の王太子殿下に、眠っているのを良いことに不埒な真似をするなど…幾ら彼でもやらないだろう。
それなのに、どうしてだろう?ドキン…ドキン…と胸の中で、おかしな拍子を取りながら心臓が拍動するのは。
大貴族としての矜持は、ただ血筋を伝えるだけではなく、誇りに見合った行動と精神を保っていることに意義があるのだとクリムヒルデは信じている。大貴族に配された者には常にその自覚があり、監視の目がなくとも正しい行動を取れると…。
『あ…!』
辺りを伺うように視線を巡らせたガイバルトは、軽々と少年を抱き上げると小走りに歩を進めて行く。思わず後を追ったクリムヒルデは、彼がするりと小部屋に入って行くのを確認した。その部屋は今日は使われていない客室で、寝台や浴室までついている筈だ。
『きっと…眠っていたから、起こすのが忍びなくて…それで、寝台に横たえてから人を呼ぶつもりなのだわ…』
そう信じようとするクリムヒルデの耳に、無情な音が響いた。
《カチャ…》
それはまさに、ガイバルトが後ろ手に鍵を閉めた音であった。
「…っ!」
鍵を閉めた個室でどういった行為に及ぼうとしているのか。それが分からないほどクリムヒルデも無知ではなかった。
「何てこと…!」
頭の中に色んな感情や思念が渦巻いて、クリムヒルデは強い吐き気を覚えた。いっそ、無かったことにしてしまいたい。何も見なければ、大貴族の暗部から目を逸らすことが出来る。一方的に混血や人間を憎み、一段劣る存在だと決めつけることが出来る。
しかし、アニシナの鮮やかな頭髪と、対照的な色合いをした鋭い瞳、そして同じく強い舌鋒が思い起こされる。
『現実に目を開くことね、クリムヒルデ。そうすれば、今起こっている現象の正しい背景が見えてくる筈』
現実。
こんなものが現実だというのか?
同じ家門の大貴族…それも、国の要衝を担う大臣が、自国の王太子に対して性的な悪戯をしようとしているなど。
『認めたくない…!』
嫌…イヤ、厭っ!なんて汚らしい…っ!
しかし、どう拒否しようとしても、そうすればするほどに先程の光景が頭に蘇ってくる。ユーリを抱きかかえるガイバルトの、舌なめずりしそうな卑しい表情や、いやらしい手つきが明瞭に思い起こされる。
打ち消すために取るべき方法は一つだと思われた。
* * *
フォンロシュフォール卿ガイバルトは、ほくほく顔で寝台に横たわる少年を見やった。無防備に眠る少年は王太子に任命されはしたが、所詮は混血魔族だ。大きな魔力を持つとも聞くが、眠っていればそれも発動はできまい。
勿論、このような行為が表沙汰になればガイバルトも唯ではすむまいが、この場合はユーリの《処女性》が彼を守るはずであった。
『私に性的な悪戯をされたなど、この子がコンラートに告げられる筈がない』
《辱められた事実を広められたくなくば、言うことを聞け》そう脅せば、世代交代を余儀なくされつつある宮廷内に於いて、ガイバルトやロシュフォール家の権勢を保つための切り札ともなるだろう。
『そうとも、これは厳しい宮廷内を生き抜くための処世術に過ぎないのだ』
涎を零しそうな表情がどれほど獣じみているか自覚することもなく、己の行為にそれらしい理由を付けて、ガイバルトはユーリの襟元を留める釦を外す。しかし、小さな貝殻製の釦は太い男の指ではなかなか外せず(生粋の貴族である彼は、常に着替えを侍従に手伝わせているので、大変不器用なのだ)、苛々したガイバルトはむんずと襟元を掴むと、勢い良く引き裂いた。
ビリリ…っ!ブツ…っ!と派手な音を立ててシャツが引きちぎられ、釦が跳ね飛ぶと、白く滑らかな素肌が露わになった。
「ほう…なんという肌理の細かさだ」
透き通るように白い肌は健康的な光沢を湛えており、今までどんな美少年や美少女でも、これほどの艶を持つ者を目にしたことはない。べろりと舌舐めずりすると、ガイバルトはユーリの胸元に突きだした舌を寄せていき…不意に、ガツンという鈍い音を聞いた。
ぎょっとして目を遣ると、何と言うことだろう…怒りに眦を釣り上げた娘が、手にした岩で硝子を砕き、バルコニー側から鍵を開けて室内に入り込んで来たではないか。
華麗なドレスの裾は枝に引っかけたのか破け、手や頬には擦り傷を作っている。どうやら、中庭の木を登ってここまでやってきたらしい。
「く…クリムヒルデ、何という不作法な…っ!いい年をした娘が、木登りなど…」
「恥を知るのはあなたの方ですわ、ガイバルト伯父上…!王太子殿下に、一体何を為さるおつもり…!?」
「…っ!」
驚きのあまり状況を忘れかけていたガイバルトだったが、鋭い指摘を受けると、今度は妙に大人の表情で肩を竦めた。
「おや…クリムヒルデ、聡明な君らしくもないね。こんな混血児を殿下と呼ぶのかね?」
「魔王陛下がお決めになったことですわ。それ以前に、眞王陛下の勅令でもあります。私の感情はともかくとして、眞魔国の民として尊重しないわけにはいきませんわ」
「ああ、私だって陛下方の意向を尊重しないわけではないよ?だがね、クリムヒルデ…大人の世界には、駆け引きというものが…」
「眠ったまま、抵抗することも出来ない子どもに悪戯をすることが…駆け引きだと仰るの!?」
吐き捨てるように言われて、ガイバルトは鼻白む。
「ふぅ…お前も所詮は理想ばかり口にする潔癖症の輩なのかね。良いかい?この子を恥ずかしい目に遭わせることで、どれほど我らに利益が巡ってくるか分からないのか?逆に、このことが表沙汰になれば、我が家系にとっては致命打となる。それを…硝子を破って侵入してくるなど、正気の沙汰とは思えないぞ?」
「本気で…仰っているのですか?」
クリムヒルデの瞳が《絶望》という色に染め上げられる。説得によってガイバルトの意を計ろうとしていた彼女は、そのことによって淡い希望を打ち砕かれたらしい。
「表沙汰になりさえしなければ…家系の利を重んじさえすれば、どれほど恥ずべき行為も全て正当化されると…本気で思ってらっしゃるの!?」
「差し出がましい口を利くなっ!」
バシィ…っ!!
容赦ない平手をクリムヒルデの頬に打ち付ければ、華奢な少女は簡単に吹っ飛んでいく。本家当主の息女であることは分かっているが、何とでも説明づける自信はあった。当主とて、千載一遇の機を狙い澄ましての行動と知れば、致し方ないことと理解してくれることだろう。
「そこで大人しくしているが良い。折角の機会だ…お前に、大人の政治というものを見せてやろう」
「や…め……」
鼻血を垂らしながら、子どもみたいに涙で頬を濡らして這いずるクリムヒルデに、普段の毅然とした面影はない。様々な形で矜持を傷つけられた彼女は、もはや何に縋って良いのか分からないのだろう。
「もう…止めて下さい…。これ以上…砕かないで…っ!ロシュフォール家の…貴族の誇りを…っ!」
啜り泣く声にも萎えることなく、寧ろいよいよいきり立って、ガイバルトはズボンの前立てを開いて逸物を取り出すと、ユーリの黒髪を掴んで口元へと寄せていく。
ちいさな珊瑚色の唇に、赤黒い肉塊が触れようとしたその時…キィンっと鋭い音を立てて、扉が一閃された。
そこに立っていたのは、ユーリと同様に昏睡している筈の…コンラートであった。
* * *
コンラートはサーディンに抱えられて医務室に迎う途中、彼を捜し求めていたヴォルフラム達に遭遇した。
「コンラート…!」
「姫君はすっかりお休みですよ。どこに寝かせますかな?」
気取ってそう答えたサーディンだったが、血相を変えたヴォルフラムは兄の身体を奪い取ろうと、勢い良く腕を伸ばしてくる。
「コンラートを寄越せ!」
「おやおや…穏やかでないな。私は寝こけてしまった君の兄上をここまで抱いてきてあげたんだよ?お礼の言葉を貰ってもいいくらいじゃないかな?」
「コンラートは正式な宴席で、襟元を緩めたりはしないぞっ!」
意外と目敏いヴォルフラムは、コンラートの襟元が大きくはだけられていることに気付いたらしい。サーディンは内心ギクリとしながらも、つんっとそっぽを向いて白を切った。
「寝苦しそうだったら緩めてあげただけだ」
「何もおかしなことはしていないだろうな?」
「意識を取り戻すまでお預けだよ。目覚めたら、私から目が離せなくなるくらい愛を語ってみようと思うけどね」
「なにぃい…っ!?」
「言っておくが、君の兄上を狙っているのは私だけではないよ?こちらのフォングランツ卿アレクシス殿も、魅惑的な兄上をあんあん言わせたくて堪らない同士だ」
「にゃにおぅうう…っ!?」
激高するヴォルフラムに襟元を掴まれて、アレクシスは恨みがましそうな眼差しを向けてきた。こうなったら一蓮托生だ。
「せいぜい気を付けることだね」
「むむむ…このヘンタイっ!とっととコンラートを離せっ!」
そこに、騒ぎを聞きつけてアニシナとグウェンダルがやってきた。
「そこのヘタレ閣下は、意識を失ってからどのくらい経過していますか?」
「四半刻というところかな?」
「でしたら、処置できそうですね。グウェンダル、コンラートを抱えなさい」
「うむ。良い方法があるのか?」
「毒に慣らしたコンラートの身体なら、元を断てば多少は効果があるはずです」
そう言うと、アニシナは抱えられたコンラートの顔を上げさせ、がっきと顎関節を掴んで口を開けさせた。そしてきょろりと辺りを伺うと、窓の外に顔が出るように配置させてから、反らした喉に怪しげな薬を注ぎ込んだ。どぎついピンク色をした液体は、心なしか泡だって、煙を発してはいないだろうか?
「お…おい、それは何だ!?」
「コンラートのことですから、既に胃の内容物くらいは吐き出しているはずです。それでもなおかつ眠気が来ているとなれば、もっと奥から出させなくてはなりません」
「下剤なのか!?」
「いえ、下から出された日には見守るのに色々と問題がありますからね。一応、口から出ては来ます」
コンラートの表情は次第に真っ青になっていき、唐突にえづいたかと思うと、確かにかなりの消化具合になったものを吐き出した。
えれれ…
えれれぇええ…っっ!!
恋する乙女…いや、男達にとっては見守るのに戸惑いを感じるような絵面で、コンラートは苦悶の表情を浮かべながら体腔内の消化物を全て吐き出していった。
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