第3部 第16話







「腹を割って話してくれてありがとう、ベリエス。おかげで、こちらも覚悟が出来たよ」

 礼を口にしつつも、村田の口調は苦い。
 それがどうしてなのか分からなくて、深い母の愛に素直に感動していたユーリはきょとんとしてしまう。

「どうしたんだよ、村田。なんのカクゴ?」
「分からないかな?今、この国には…開放寸前の《凍土の劫火》を、肉体の内に封印した女王様がいらしているんだよ?」

 村田の一言に、ユーリはハッとしてサラレギーとベリエスを見やった。

「そそそ…そーなのぉおお…っ!?」

 聖砂国が《凍土の劫火》と何らかの関わりを持っているだろうとは思っていたが、まさか直接肉体の中に入れて持ち込まれるとは思わなかった。
 サラレギーは流石に母親の身の上に関することで動揺していたのか反応が遅れたが、ベリエスは重々しく頷いた。

「おそらく…そうでしょう。かつて呪物を封じていた容器は、《地の果て》とよく似た箱でしたから…」
「それを知っていて、よくまあ《地の果て》の開放実験に同意なんかしたものだね」

 村田の厳しい叱責を受けてベリエスが項垂れるが、それにはサラレギーが抗弁した。

「いいや、ベリエスは反対した。多分、あんなにベリエスが怒るのを見たのは初めてだった。だから…僕は意地になったんだ。さほど信頼もしていないマキシーンや、眞魔国からの出奔者に責任を委ねたのは、ベリエスへの当てつけだった…」

 掠れた声が、打ちのめされた王から漏れ出てくる。傲岸な少年王はいま、縋る縁を失ったように血の気を引かせていた。まるで、生まれ落ちた時の状態に引き戻されてしまったかのように…。

「それでも俺は、命を賭けてでもお止めするべきでした。あるいは、あの時…《禁忌の箱》がもたらす災厄について、真実をお伝えすべきだったのかも知れません」
「そーだねぇ、君はつくづく甥っ子に甘いらしい。姉弟揃って、傍迷惑なくらいの親族愛だよ」
「神族だけに…」

 ゴオォォオオ………

 村田の発言に対して反射的にコンラートが呟くと、内容が内容だけに部屋の空気が凍り付いた。

「……すみません」
「謝るくらいなら言わないで欲しいね」

 刺々しい村田の言葉を跳ね返すように、ユーリがコンラートの前に出てきた。

「でもさ、落ち込んでばっかりいても良いことはないよ?ジョーダンのひとつも言いながら、方法を考えない?」
「思考力を静止させるような冗談でなければね」

 とは言いつつも、村田とてユーリには甘い。正直、ユーリが無事なら世界なんか滅んでも構わないとさえ思っている節がある村田には、アラゾンやベリエスの愛情も理解出来ないというわけではないようだ。

「そうだな。元々、《凍土の劫火》は僕たちの手で処分すると決めていたのだ。聖砂国で限界を感じたのだろうアラゾンが、我が国へと運び込んできたのは困った事態ではあるが、万が一暴発しても影響の少ない地域へアラゾンを移動させて、そこで戦うか」

 ヴォルフラムが武人らしく覚悟を決めると、村田は少し提案に助言を加えた。

「いや、元々彼らが《凍土の劫火》を持ち込むかも知れないというのは察していたからね。館自体がその辺は考えた場所をチョイスしている。そのまま昇華活動に移行しても構わないよ」
「用意が良いことだ」

 ヴォルフラムのお褒めの言葉へと鷹揚に頷くと、村田は小シマロン勢に向き直った。

「サラレギー陛下、ベリエス。君達も察しは付いていると思うが、ここに改めて明示しよう。こちらのフォンビーレフェルト卿は、《凍土の劫火》の鍵だよ」
「ふぅん…やっぱりそうか」

 そう言うと、サラレギーはヴォルフラムには興味がないのか、ユーリの肩を抱いて甘えるように擦り寄っていった。しかし、珍しくコンラートはその所作に妬いたような顔をせず、どこか労るような眼差しを向けている。

「頑張ってね、ユーリ…僕の…いや、私の母を…どうか救って欲しい」
「うん、おれ…せいいっぱい、がんばるね?」
「君ならできるよ。今までの三つの箱だって、見事に昇華したんだもの」

 珍しく毒気のない顔をしてサラレギーは頷くと、今度はベリエスの胸に縋っていった。

「お前は本当に…私心なく、僕を見守ってくれてたんだね?」
「陛下…」
「サラって呼びなよ」
「ですが…」
「もう、良いだろう?今更…」

 サラレギーの声には、どこか諦観が満ちていた。それでいて、今まで感じられたような粘着質の怨念が感じられず、清々しいほどの満足感が彼を満たしていた。美しい容姿に見合った安らかな心を、彼はやっと手に入れたかのように見える。

 その様子が、どうしてだかユーリに胸騒ぎを覚えさせた。

『サラは、どうしてこんなに素直になってるんだろう?』

 今までは小シマロンの王として野望に満ち、ギラギラとしていた眼差しに穏やかな光りが満ちているのは、多分良いことであるはずなのに、どうしてこんなにも胸が騒ぐのだろうか?

『あれ…?そういえば、サラって…』

 サラレギーは、《凍土の劫火》がもたらした奇蹟によって、蘇った筈。
 では、《凍土の劫火》が滅ぼされたら…どうなってしまうのだろうか?

『あ…っ!』

 その瞬間、ユーリは何故ベリエスがサラレギーにどうしても秘密を明かせなかったのか、真実を知ったサラレギーが、全てを諦める代わりに充足を得ているのかを理解した。

 本当にそうなるのかは分からないにしても、《凍土の劫火》を昇華させれば、高い確率でサラレギーの命は失われる。元々歪んだ形で得られた命であるのなら、それが是正されると同時に取り上げられてしまう可能性があるのだ。
 きっといつものサラレギーなら、どんな手を使ってでも、可能な限りの時間を稼ぐためにユーリとヴォルフラムの行動を止めようとしたに違いない。

 だが…彼は今、満ち足りている。
 本人もそうとは自覚しないまま渇望していた母の愛、再確認出来た叔父の愛を理解したことで、彼は餓えた心を満たすことが出来のだ。

 だからこそ、17年という命を繋ぐために肉体を擲ってくれた母を、《救って欲しい》と頼むのだ。

『サラ…っ!』

 この少年は、見てくれよりも遙かにしたたかな策略家であるという。けれども今この時のサラレギーから、そのような気迫を感じ取ることは出来なかった。
 ベリエスもまた、切なさの滲む声でサラレギーの名を呼ぶ。

「サラ…」
「やっと…呼んでくれたね」

 満足そうにベリエスの背へと腕を回し、サラレギーはふんわりと微笑む。
 穢れのない幼児のように無邪気なその表情は、もしかすると本来、彼の気質であったのかも知れない。

『でも、俺…やだよ…っ!』

 こんな形で命を終わることが、サラレギーの定めなのだろうか?
 命がけでサラレギーを護ろうとしたアラゾンが眞魔国へとやって来たのは、ヴォルフラムの言うように、不法投棄を狙っての事なのだろうか?

 ユーリはムン…っと脚を踏ん張ると、すっかり雰囲気を出して《この世の終わり》を満喫しているサラレギーの肩を掴んだ。

「サラ、行こう。お母さんのとこに…!」
「何を言ってるんだい?ユーリ…話を聞いたろう?僕が行くことは…余計に母を苦しめることになるんだよ?」
「ううん…子どもは、お母さんにすごい力を与えてくれるんだよ?だって、17年も身体の中にあのトンデモない力をふうじておけるなんて、いくら法力がつよくたってそれだけじゃきっとムリだった。だから、サラがきてくれたら、きっとおれたちは運命を変えられる」
「ユー…リ…?」
「いこう、サラ、ベリエス…!だれも傷つかずに、大団円にするんだ…!」
「そんな都合の良い、愚者の夢にも似た奇蹟が本当に起こるって、信じているのかい?」

 おさまりの良いところへと静かに収束しようとしていたサラレギーは、邪魔されたことで普段の苛立たしげな様子を蘇らせていた。こう言ってはなんだが、妙にしおらしい姿よりも、やはりよく似合う。

「しんじてるよ!おれは、サラと、サラのきもったま母さんの力をしんじてる!」
「そうかもしれないね」

 同意したのは、そっとユーリの肩に手を置くコンラートだった。
 ユーリの手によって、破綻した運命を晴れやかなものへと変じていった奇蹟の男が、力強い声で後押ししてくれた。

「サラレギー陛下、まずはあなたが信じて、祈ることです。その一念から、全ては開ける」
「新手の宗教勧誘?」

 普段の調子を取り戻したサラレギーにぴしゃりとやられても、コンラートは怯まなかった。彼自身が信じられなかったほどの幸福に包まれ、実証を示したからこそ、自信を持って確約出来るのかも知れない。

「あなたはユーリが信じられない?」
「…っ!」

 神も仏も悪魔も信じなさそうな小シマロン王だのに、魔王候補の王太子殿下を信じろと言うのか。かなりの無茶ぶりのような気がして、流石のユーリも小首を傾げたというのに…なんと、これが決定打となった。

「…仕方ないな。もう一息、藻掻いてみようかな」
「…サラっ!」

 斜に構えた少年王は、溜息混じりに呟くと、《潔く散る》という選択肢を捨てた。



*  *  *


   

「アラゾン陛下、間もなく…ユーリ殿下と、ヴォルフラム閣下がおいでです」

 返答は無い。
 だが、ゲーゲンヒューバーは特に返事を待つことなく、淡々と報告を続けた。
 アラゾンが極力法力を消費しないように努めていることを知っているからだ。

 体腔内に《凍土の劫火》を封じた女王は、一年前までは何とか日常会話が可能であったのだが、半年ほど前から念話以外の活動が物理的に困難になっていた。
 
 一年前に海難事故で聖砂国に流れ着いたゲーゲンヒューバーは、剣の腕と、《聖砂国の民ではない》ことを買われて傍仕えの身となった。そのせいでアラゾンは《漂流者食いの女王め、よほど聖砂国の男がお嫌いと見える》と陰口を叩かれていると聞いたが、小シマロン王との恋はともかくとして、ゲーゲンヒューバーを雇ったのはそういう意味ではなかった。

 《凍土の劫火》に蝕まれつつある我が身の辛さを明かせるのは、自分の民ではない方が都合が良かったのだ。ゲーゲンヒューバーもまた《地の果て》に蝕まれたことがあると知っても居たのだろう。

『哀れな女性(ひと)だ…』

 彼女もまた、眞魔国を追放された挙げ句に実験動物として使われたゲーゲンヒューバーを哀れんでいたから、二人は傷をなめ合うようにして寄り添うことで、何とか自分自身を保っていた。ちなみに、肉体的な関係はない。そのような欲を覚えたこともないが、物理的にも、アラゾンは性交が為しえるような身体ではなくなっていた。

 それでも、アラゾンが強い女王であったことは間違いない。臣下達を巧みに使って、ギリギリまで治世を続けていたのだから。
 
 しかし、交易のある大陸の国から眞魔国で《万国博覧会》なる催しが行われると耳にしたのと前後して、比較的法力の強い後継者を据えて王太子とした。散々陰口を叩いてした臣下達が一斉に不安の声を上げたところから見て、やはりアラゾンの女王としての能力は卓越していたのだろう。

 《決まった日時までに眞魔国から私が戻らねば、すぐさま王太子を王としなさい》そう命じて旅立ったアラゾンが、何か病を得ているだろう事は多くの民と臣下が悟っていたが、その身に《凍土の劫火》を封じている事は、おそらくゲーゲンヒューバーだけが知っていることだろう。

『陛下は流れ者の私を重用して下さった。その御厚意に、報いぬわけにはいかない』

 殊更そう自分に言い聞かせるのは、そうでもしないと、自分の幸せを求めてしまいそうだからだ。

『ニコラ…私は、君の愛に報いることの出来るような男ではないのだ…!』

 てっきり、ゲーゲンヒューバーが身を引いたことで、首都の名士の息子と結婚したものとばかり思っていたのに、彼女は一体どういう繋がりでそうなったものか、大陸で出会ったユーリに連れられて眞魔国へと赴き、ゲーゲンヒューバーの子を産んでグリーセラ家の一員として迎えられたと聞く。

『グリーセラ家の不肖の息子が、人間の娘に手を出して産ませた子だと、虐められてはいないだろうか?』

 いや…ニコラの様子はそんな風ではなかった。スヴェレラにいた頃よりも血色が良くなり、肉付きも適度な柔らかみを帯びて、華奢ながら母としての風格を湛え始めていた。

 さりとて名家の金を浪費して派手にしていると言うこともなく、慎ましく清潔な装いをして、可愛らしい幼児を連れていた。グレーセラ家の使用人達も随分とニコラを気に入っていたようだったし、あの気むずかしい両親も、随分と彼女を可愛がっていると聞く。

『凄いな、ニコラ…。君は、あれほど頑なだった私の心を、解きほぐしてくれたほどだものな…』

 かつて、ゲーゲンヒューバーは頑迷な純血主義者だった。
 人間はもとより、人間の血が僅かでも混じった混血者など、存在するだけで国を滅ぼすとさえ思っていた。
 シュトッフェルに進言して《ルッテンベルク師団》を編成させた時も、ゲーゲンヒューバーの心にあったのは、効率よく混血を死なせることであった。だから何かと補給ラインを断っては、進軍の負担を倍加させていったのだ。

 それがどれほど愚かしい行為であったのか。今のゲーゲンヒューバーには、皮肉すぎる自分の身の上を重ねて、自嘲することも出来なかった。

『私は結局、誰も幸福にすることなど出来ないのだ』

 せめてニコラや家族には、ゲーゲンヒューバーが知らぬ地で野垂れ死にしたと思っていて欲しかったのに…。

『まさか、港に着くなり発見されてしまうなんて』

 顔の半分を隠していたし、窶れた面差しはすっかり貴公子然としていたゲーゲンヒューバーの雰囲気を変えてしまっていたのに、ニコラは惑うことなく真っ直ぐに突っ込んできた。会った時と何一つ変わらない純粋な瞳で、一途な愛を語ってくれた愛しい人!

『ニコラ…!』

 せめて彼女や息子にしてやれることは、人柱となって死ぬことだけであった。

 間もなくこの館に、終わりの鐘を鳴らすために鍵と王太子がやってくる。
 その時に、この見窄らしい命も終わりを告げるだろう。



*  *  *




「ニコラ?」
「しっ!何も言わずに私を連れて行って!」

 馬車の前に飛び出してきた人影は、ユーリに無茶な願いをすると勢いよく乗り込んできた。衛兵達が止めようとするが、せめて話だけでも聞こうとユーリが促すと、ニコラはにっこりと笑って座席の谷間に腰を据え、目深に帽子を被った。既に少年めいた服装をしているから、使用人の子だと思っては貰えそうだ。

「えっとね…?きもちは分かるけど、ちょっと…こっちも立てこんでるんだけど…」
「あら、奇遇ね。私も立て込み中なの。なるべく迷惑は掛けないようにするから、お願い!館の中まで入れてくれたら、あの館の侍女っぽく服装を変えるから!」
「いや、あーのーね〜?」

 ニコラが強引についてきてしまうと、彼女の身の安全にも気を配らねばならなくなる。そう思って何とか止めようとするのだが、ニコラは頑固な迄に聞き入れなかった。

「お願い。あの人、絶対にヒューブなの。それに…あたしを突き放している時の感じが、前に身を引こうとした時と一緒なの。あの人、何か思い詰めてる。そんな気がしてしょうがないの」

 恋人の勘なのか、母の勘なのかは分からないが、確信を込めた瞳には揺らぎがなかった。もしかすると、サラレギーの覚悟に対してユーリが不満を持ったように、彼女もまた恋人の勝手な覚悟に不満を抱いたのかも知れない。
 《幸せを祈ってくれるのは勝手だが、こちらが一々それに付き合う謂われは無い》そんな意図を感じた。

『ニコラって、力づくで自分も人も幸せにしようとするタイプだもんな』

 自分のことは棚に上げて、ユーリはそんなことを考えたりする。

 最初はいい顔をしなかった村田も、最終的にはニコラがついてくることに反対はしなかった。どうやら、勝手に行動されるよりは掌中でコントロールする方を選んだらしい。

 それぞれの思惑を乗せて、馬車は館へと向かった。



*  *  *




 カーテンを降ろした天蓋ベッドの中に、アラゾンは身を横たえていた。

『来る』

 しかし、気配がおかしい。視覚は失われて久しいが、法力で察知したアラゾンは心の内で舌打ちをした。
 部屋には予定通りユーリとコンラート、ヴォルフラムと村田が入ってきたが、その後からするりと二つの人影が入ってくると、法力を駆使して障壁を作った。

【招かれざる者よ、来るでない!】

 バリ…っと電撃様の法力が炸裂したはずだが、それは影の一つ、ベリエスに防がれたのだと知る。

『どうして…ベリエス?』

 何故今、よりにもよってこのタイミングでサラレギーを連れてきたのか。彼は一途にアラゾンを慕い、人生を擲って甥のために尽くしてくれたはずだが、離れていた年月は純血の神族にとっても長すぎる時間であったのかも知れない。弟が何を思ってサラレギーを連れてきたのか、計る術はなかった。

『分からないの?ベリエス。妾はもう…限界なのですよ?』

 悲痛な声を、かつてはしなやかであった喉が奏でることはない。《小鳥のようだ》とあの人が愛してくれた声は潰れ、半年前までは何とか蝦蟇蛙のような音を絞り出してはいたものの、今では声帯を震わせることも出来なくなっている。
 17年掛かりで《凍土の劫火》に蝕まれたアラゾンの肉体は、半ばまでが炭のように変質してしまっている。おぞましい姿に変わってしまったこの身を嘆くつもりはないが、愛する息子に見せる最期の姿にはしたくなかった。

 息子。
 ああ…サラレギー。

 いけない。
 その名を思い出すだけで心が震えてしまう。
 見ないようしようと思うのに、既に肉体的な視覚は失われているにもかかわらず、開放を求める《凍土の劫火》はこれ幸いと脳に直接的なイメージを送り込み、アラゾンの心を揺らそうと試みる。

『負けぬ…妾は、決して折れぬ…っ!』

 憤然として映像を跳ね返し、アラゾンは直接的な声をユーリと村田、ヴォルフラムに向けた。

【眞魔国の方々…お越し下さり、まことにありがとうございます】

 口火を切ったのは双黒の大賢者と呼ばれる少年だった。

「いきなり本題から入らせて貰います。アラゾン陛下、その身に封印した《凍土の劫火》。どうすることをお望みですか?」

 辛うじて生身で感受することの出来る聴覚が、甘い癖に堂々とした少年の声を聞き取る。
 《これは性急な》と嗤う余裕はなかった。寧ろ、このくらい直球の方が、刻々と限界の近づく身としては有り難い。てっきり、一から話をして覚悟を決めて貰ったりしなくてはならないかと思っていたのだが、意想外に眞魔国側は情報を得ていたようだ。

【昇華して頂きたい】
「その結果、あなたの身が滅びても?」
【構いませぬ】

 安堵したようにアラゾンは答える。今更、この命自体は惜しくもない。
 この日まで繋いできたのはひとえに、滅ぼすことはおろか、封印することも出来なくなった呪物がアラゾンの死と共に開放されることで、聖砂国とサラレギーの身が危うくなることを憂いていたからだった。
 だから、《禁忌の箱》を昇華できる者が現れたと聞いたときには我が耳を疑い、それが真実だと知ったときには…泣き出したいような心地で感謝したのだ。

 しかし、予想以上に村田は情報を持っていた。

「息子さんに与えられた命が…失われても?」
【……妾に…息子などおりませぬ】

 流石に返答が遅れた。



 

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