第3部 第14話
万国博覧会の準備は着々と進み、翌年の夏になると眞魔国沿海州ではパビリオンの建物が殆ど完成していた。眞魔国以外ではアリスティア公国、小シマロンなど数カ国の、懐具合に多少余裕のある国家がパビリオンを建設している。
殆どの国が舞踏会・武闘会などの部分的な参加に留まるが、第一回開催とあっては無理からぬ事だろう。それでも国際会議には参加国の王族級が一同に揃うと言うから、それだけでも大きな意義があるに違いない。
国際会議というと、ユーリの生まれた世界では大概マンネリ化していて、折角集まっても大した内容が纏まらなかったり、決めた内容を重要な国に限って守っていなかったりと悪い面ばかりが目立つが、こちらの世界ではそもそも、戦争状態に陥る前の外交自体が甚だ浅薄であり、複数の国家…ことに、人間と魔族で《分かり合おう》等ということも無かったわけだから、そこから見れば大した進展である。
今でもまだちいさな外交の芽に過ぎないのは確かだが、大切に護り、育んでいきたいものだ。
* * *
紅葉にはまだ早いものの、渡る風が涼気を帯び始めた頃、いよいよ各国の選抜選手達が眞魔国入りを果たした。
ソアラ・オードイルは長剣使いとして聖都から選抜され、他には棍棒使いの代表バルトン・ピアザ、強弓遣いのトック・サマナー、ナイフ投げのセルゲイ・ジャスクといった男達を同行している。
選手である四名の他に旅団級の軍勢を従えているのは、会議に出席するためにマルコリーニ・ピアザも帯同しているからだ。なお、これらの軍勢は他国に対する警戒ではなく、聖都に潜む狂信的なウィリバルト派を警戒しての配備であることは、眞魔国側にも了承済みである。彼らの勢力は既にかなり削がれてはいるのだが、警戒に越したことはない。
「ここが…眞魔国か」
船上から眞魔国の国際港を眺めていたオードイルが感嘆したように呟くと、ナイフ投げのジャスクも積極的に同意した。
「なんだか…俺が考えてたのとは、随分印象が違います」
「どう違うんだ?」
漠然とジャスクの言わんとするところも分かるのだが、オードイル自身それを言語化することが出来なくて、敢えて聞いたみた。
「どうというか…何でしょうね。俺もルッテンベルク軍と暫く一緒にいましたから、魔族に対する考えも随分変わったと思っていたんですけど、それでもやっぱり眞魔国という国土になれば、どこかおどろおどろしい世界なのではないかと思っていたんですよ」
「ああ…それは俺も分かるな」
強弓遣いのサマナーも苦笑しながら船縁にもたれ掛かる。
「だってねぇ、オードイル閣下。俺は小さい頃から悪いことをすると、お袋や婆さんにこう言われてたんですよ?《日が暮れても家に帰らず、遊んでいたりしたら、眞魔国から魔族がやってきて浚っていくよ》ってね。子供心に《そんな馬鹿な》とは思いつつも、やっぱり物陰でガサガサいう音が聞こえたり、鳥が悲鳴みたいな鳴き声を上げるとビクついて、半泣きになって家に帰ったりしたもんですよ」
「そうそう!《眞魔国って国は一日中真っ暗で、真っ赤な月と星がぎらぎらと光っているんだ》とか、《木々はねじくれて不可思議な形に育ち、血の色をした華が咲き、毒々しい果実が実る》とかね」
「俺たち…聖都から命からがら逃げ出して飢えきっていた時、あんなに旨い飯を食わして貰ってたのになぁ…」
「それでもまだ、こうして直接目にするまで…信じてなかったのかなぁ」
どこか茫洋としてジャスクとサマナーは眞魔国の港を見つめる。大きな嵐にも楽々耐えられるであろう堅牢な造りもさることながら、澄んだ青空や大気、健やかに育まれている大地といったものに、大きく驚いている自分がいる。
『ああ…魔族というのは、私達となんら変わることのない、健やかな世界に生きているのか』
いや、寧ろ人間達の住まう大陸よりも、遙かに芳しい大気が漂い、生きとし生けるもの達が活力に充ち満ちているようにさえ見える。そういえば、ユーリも言っていたではないか。
『魔力のモトって、人間がおもうみたいにのろわれたものじゃないんだよ。地・水・火・風…もともとこの世界にそなわってた力が、よごされたり、ゆがめられたりすることなく、はっきできるようにしているだけなんだって。だから、魔族は長いきなんだよ?元々のはどうに合ってるから、ムリがないんだって』
聞いたときには半信半疑だったが、こうして見ていれば自然と、それが真実なのだと理解出来る。
『では…私達が信じていた神とは、一体なんだったのだろう?』
聖都では教義の見直しがなされていく過程で、少なくともこの100年の間に教会が人々に流布してきた教えは、本来の形とは懸け離れたものであった事が分かっている。しかし、かつて信じられてきた教典の殆どが数代に渡って書き直されてきたため、原典を纏め直す作業は至難を極めている。
『だが、時間が掛かったとしても…何とか、再び健やかな精神を育むことの出来る教えに立ち返って欲しい』
そうでなければ、《神の教え》によって人々を救済する聖都の民として、存在意義が失われてしまうどころか、有害な存在であるとまで自分を卑下しなくてはならなくなる。
『自分自身を、そこまで無益な存在だとは思いたくない』
健全な精神の発露として浮かぶ想いに対して、マルコリーニは重々しく同意してくれた。そのような想い無しに生きることは、人を根本から荒廃させる。逆に、光りの方向に向かって何とか道を模索していく者は、必ず何らかの鍵を掴むことが出来るだろうと。
「お…あれは…っ!?」
サマナーが驚いたように声を上擦らせると、すぐにジャスクやオードイル、バルトン、他の同行者達も目を見開いた。港の様子が明瞭に見え始めてくると、先程までぼんやりとしていた横断幕のようなものに、何が描かれているか見て取れるようになったのだ。
そこには、《聖都ご一行様歓迎》と書かれていた。
* * *
「ようこそ眞魔国へ!長旅、お疲れ様でした!」
にこやかに聖都からの旅人を迎えてくれたのは、ウィンコット領の住人達であった。
船から下りていくと20人ばかりの青年達が笑顔を浮かべて旅の疲れを労い、荷物を馬車に乗せるのを手伝ったり、その間に旅人達を休ませようと、事前に並べてあった簡易椅子に座らせて、お茶だお菓子だともてなしてくれる。
『ウィンコット領の青年団が迎えてくれるとは聞いていたが…』
まさか、こんなにも親身になって迎えてくれるとは思わなかった。ユーリやコンラート達を目にして、魔族に対する印象が変わってはいたものの、初対面の魔族までが同じようにしてくれるとは思わなかったのだ。
流石に何の仕込みもなく、自然に慕わしさを感じてくれているとは思えなかったので、さり気なく訊ねてみたら、こんな答えが返ってきた。
「このようなやり方を《サポーター制》というのだそうです」
国際大会で主催国が有利になるのは、会場に慣れていたり、移動距離が短いこと以上に、応援してくれる人々が圧倒的に多いことが上げられる。シマロンで行われる武闘大会などはその最たるもので、大シマロンの選手が活躍すると場内が割れんばかりの歓声に溢れるが、属国からの代表選手が有利になると、一斉に大観衆からブーイングが起こり、審判達も全く制止することがない。選手に向かってゴミを投げるのまでが、寧ろ奨励されているむきさえあった。
眞魔国では、このような行状を一切認めないだけでなく、《サポーター制》にすることによって、眞魔国の中に特定の国を応援するグループを設定し、大会期間中の支援全般を任せることにした。選定の基準はやはり《その競技に参加する選手が領土内から出ていないこと》で、客観的な立場から異国の選手を応援出来る、懐の広い人々が選ばれた。
オードイル達を出迎えてくれたウィンコット領では、伝統的に拳闘家を多く輩出しており、今大会でもその部門にしか出場がない。よって、長剣・ナイフ・弓・棍棒部門に出場する聖都の選手とは競合しないのである。更に、ウィンコット領の民は特に《気は優しくて力持ち》という者が多いので、魔族とは仇敵の関係にあった教会関係者であっても、十全な事前指導があれば温かく迎えてくれるだろうとの配慮があった。
実際、ウィンコット領の民はユーリ達の期待に十分応えていた。
「オードイル様、お茶のお代わりは如何ですか?」
「頂きます。どうもありがとうございます」
なにくれとなく世話を焼き、宿泊中の食材や料理法で気を付ける点、聖都での習慣についても細やかに問い訊ねてくれる人々に、気が付くと聖都御一行はすっかり馴染んでいた。
『眞魔国というのは…本当に素晴らしい国なのだな』
《ありがたい》という感謝の気持ちと共に、やはり、それに見合った礼を返していきたいという気持ちも高まってくる。
『眞魔国に滞在する間、魔族の人となりについてしっかりと学ばせて貰おう』
国元の人々に魔族の正しい知識を伝え、誤解を解いていくことが、まずはオードイルに出来そうな恩返しと思われた。
* * *
さて、全ての国と眞魔国サポーターとが、聖都御一行とウィンコット青年団のように理想的な形で交友を深めていたのかというと…流石にそうはいかなかった。交流と言うよりは、どことなくぎこちない接触になってしまったり、更には敵意に近いものを漂わせて緊張感を漲らせている一団もあった。長年敵対してきた上、種族としての軋轢も大きいのだから致し方ない部分もある。
更には、互いに複雑な心情を抱えている国の選手団や会議列席者がニアミスする事態も、完全には防ぐことが出来なかった。一応、眞魔国入りする日程については少しズレが出るように設定していたのだが、海路を使って航行してくる場合には必ずしも予定通りに到着出来るとは限らない。
オードイル達が到着したこの日も、よりにもよって小シマロンからやってきたサラレギーの船舶と、聖砂国からやってきたアラゾンの船舶がかち合うという、大変気まずいニアミスが発生していた。
『あれが…母上、いや…アラゾンなのか?』
サラレギーは先に停泊していた聖砂国の船舶を発見すると、港に降りていくアラゾンの姿を遠目に捜した。仰々しい装いで輿に乗せられている女性がそうなのだろうか?輿には天蓋が乗せられ、透き通る薄い布地や飾りがしゃらしゃらと風に揺れている。それらの間に隠されたアラゾンの姿は、シルエットでしか確認することが出来ない。
『なんだよ…あれで神秘性を高めているつもりか?』
母として慕う気持ちからというよりは、好奇心と当てつけの気持ちによって苛々と突き上げてくる感情がある。彼女の仕打ちによって自分がどれ程傷ついたのか教えてやりたいと、そんな気持ちも無意識のうちに湧いていたのかも知れない。
そんなこんなで、サラレギーは港に降り立つなり彼にしては性急な足取りで聖砂国の一団目がけて歩を進めようとしていた。だが、その肩が後方から止められる。
「どちらに向かわれるおつもりですか?我らを迎える一団は、あちらにおります」
ベリエスだ。いつも通り平静な声には聞こえるが、無視して歩を進めようとすると、サラレギーの肩を掴む力が強くなる。これで意図を違えろと言う方が難しい。この男は、サラレギーとアラゾンを対面させたくないのだ。
「何故止めるの?ベリエス。出過ぎた真似をするものではないよ」
凍てつきそうな声で鋭く叱責するが、ベリエスも引かない。
「アラゾン女王とは、どうぞ会議の席でお話下さい。互いに一国の主である身が、このように広々とした場所で私的な会話を交わすことは望ましくありません」
「私とユーリがカロリアで親しくしていても、何も文句なんか言わなかったくせに」
「ユーリ殿下はあくまで、王太子であらせられます」
「この…っ!」
しれっとして言い切るベリエスは、断固としてサラレギーを行かせるつもりがないらしい。このままでは、《陛下は長旅で疲れておられる》等と言って、お姫様抱っこでもして連れて行かれそうだ。
しかしこの時、アラゾンの側に不測の事態が起こっていた。
しずしずと進んでいくアラゾンの輿の前に、女王を護るべく配備されていた聖砂国の衛兵に向かって、眞魔国の女性が切羽詰まった表情を浮かべて駆け寄っていったのである。
「ヒューブ…っ!」
そう叫んでいたのは、どこかユーリに似た面差しの少女だった。足取りの覚束ない幼児を連れていた彼女は、気が逸ったのか、途中から幼児を抱きかかえて衛兵に迫っていく。
* * *
見間違えるはずがない。
ヒューブだ。
グリーセラ卿ゲーゲンヒューバー…。
懐かしい、ニコラの愛した唯一人の男。
腕に抱えたエルの、父親だ。
「ヒューブ…っ!ヒューブでしょうっ!?」
慕わしげに駆け寄っていったニコラだったが、衛兵達は女王を護るべく立ち位置をずらすと、剣に手を掛けて威嚇してきた。
その内の一人、ニコラがゲーゲンヒューバーだと見込んだ男は、目元を革製の仮面に覆っているので表情こそ掴めないが、幾らか困惑したような風情をしている。剣に手を掛けてはいないが、ニコラに愛情めいたものを向けているという感じでもない。
「不用意に近寄るな。この方を何と心得る。聖砂国の女王アラゾン陛下であらせられるぞ」
「あらやだ。あたし、アラザン様にもアザラシ様にも用はないわっ!ヒューブに用があるのよっ!!」
「ヒューブだと?そのような者はこの場にはいない」
「だったらそこの人の仮面を取って!この子にそっくりなんだもの、見間違えるはずがないわ」
「ええい…強情な!とっとと立ち去れっ!!」
腕を振って乱暴にニコラを払おうとする衛兵だったが、その手は当たることなく中空で止められた。端正な顔立ちをした青年が、手首を握って制止させたのだ。
「この女性にも事情があるようです。乱暴は止めて頂きたい」
「な…なんだ貴様…っ!」
「聖都から来た、長剣部門代表選手ソアラ・オードイルと申します。客観的に見て、お互い少々落ち着いた方が良いように思われ、差し出がましいとは思いましたが口を挟ませて頂いた」
「出過ぎた真似をするな!」
血気に逸った衛兵が抜刀しようとするが、オードイルはすかさず間合いを詰めると、長剣を引き抜けない懐に詰め寄る。
「異国の地で女王陛下の身を案ずるお気持ちは分かりますが、用があるのは仮面の衛兵のみかと。どうか、そちらの男と話をさせてあげては頂けませぬか?」
「ええい…っ!しゃらくさい、お前ら…かかれ…っ!」
他の衛兵達をけしかけようとした男だったが、突然、ビィンと弾かれたように背筋を正した。ニコラもオードイルも同様だった。
輿の中から、奇妙な《声》が聞こえてきたからだ。
【お止め】
少なくとも、それは大気を震わせて生物が放っているとは思えないような音だった。脳の中に直接伝わってくるような、頭蓋骨を振動させるような奇妙な声に、一同は凍り付いたように立ち竦んだ。
「女王陛下…大変お見苦しい姿を晒してしまい、申し訳ありません。どうか…お許しください」
一人で血気逸っていた男が平伏するが、女王は今度は何を言うでもない。しぃん…と静まりかえった大気の中、先導していた侍女が指示を出すと、また輿はしずしずと進み始めた。
バツが悪そうにしていた男は、もう仮面の衛兵にもニコラにも注意は向けず、心なしか背を丸めて輿の後に付いていく。
はっと我に返ったニコラが仮面の男に駆け寄っても、もう文句は付けてこなかった。ニコラが感謝を込めてオードイルに礼を言おうとすると、はにかむように微笑んだ青年は、優雅に一礼すると身内と思しき一団の方に戻っていった。
それと入れ替わるようにして、血相を変えたヴォルテール領の民が駆けてくる。彼らは本来、まだ到着していないスヴェレラの一団を迎えるために準備をしていたのだが、エルを連れて散歩していたニコラが揉め事に巻き込まれていると見て、慌てて駆け寄ってきた。
「ニコラ様、どうなさったのです?」
「ねえスメタナ、あなたもヒューブのことは知っているのでしょう?ほら、この人はヒューブよね?」
「は…あ……」
グリーセラ家に出入りする業者の息子スメタナは、確かにゲーゲンヒューバーのことを知っているはずだった。だが、彼は小首を傾げて不思議そうな顔をしている。
「確かに面差しが似ているような気はしますが…ゲーゲンヒューバー閣下は、もっと凛々しいというか、覇気に溢れた方でしたけどねぇ…」
「覇気とか英気とか色気とか、そういうんじゃなくて、もっと根本的なところが一緒でしょ!?」
「いや、しかし…ニコラ様、この男の制服は聖砂国のものでしょう?あの誇り高いゲーゲンヒューバー閣下が、他国の王に膝を突くとは思えませんし、第一この男はあなたを見ても…そのぅ……」
スメタナは眉根を顰めて言い淀む。人間であるニコラを、グリーセラ家の関係者は意想外に暖かく迎えてくれたのだが、そうであるだけに、失踪しているゲーゲンヒューバーがニコラのことを何とも思っていない等とは認めたくなかったのだろう。
『でも…それでもやっぱりこの人は、ヒューブだわ』
こんな仮面を付けて澄ましているのは、きっと何か事情があるのだ。曖昧なまま逃がすことなど出来なかった。
「ねえ、仮面を取ってよヒューブ。エルに、お父さんの顔を見せてあげて?」
「ご婦人、誰と間違えておられるのかは分からぬが…人違いだ。それに、私の顔は幼児に見せられるようなものではござらん」
困ったように顔を顰めている男の物言いに、ニコラは思い出した。そういえば、ゲーゲンヒューバーはスヴェレラの王ダイクンの手で、《地の果て》の鍵であるかどうか実験された結果、左目の周囲が爛れているのだと聞いた。そんなチンケな理由で、顔出しを拒んでいるのだとしたら…とても許せるものではない。
「ヒューブの馬鹿!」
空を切って拳を突き出していくが、それはヒューブと思しき男の手に止められる。大きな節くれ立った手…紛れもなく、ニコラを抱いた手だというのに、どうして他人のふりなどするのだろうか?悔しくて哀しくて…ニコラの頬を涙が伝っていく。
「どうして…どうしてよ、ヒューブ…あたし、ずっと…待ってたのに…っ!」
「だから…人違いだと言っている」
苦しそうに、絞り出すような声を出して、男はニコラの手を押し返そうとする。それでも抵抗してニコラが身を乗り出していくと、仮面越しに覗く右の目が、狂おしいような色を湛えた。
「私は…ゲーゲンヒューバーなどという男ではない。それに、君のような女性を置いて行くような男はろくな者ではないよ。早く見捨てて、新しい人生を生きた方が良い」
「そんな簡単に捨てられるくらいなら、故郷も何もうっちゃって、新天地になんか来てないわっ!あたしが好きだって言ったら、大好きなのっ!ヒューブだけを一生愛するって、誓ったものっ!」
「……っ!」
男の唇が一文字に引き結ばれ、瞼が硬く閉じられた。
ト…っ!
男の手刀が鋭くニコラの首筋を叩くと、一瞬にして意識が奪われてしまった。
『ヒューブ…どうして…っ!!』
エルや従者達の悲鳴に混じり、何かが耳元に囁かれたように感じた。
『勝手な言いぐさだが…幸せになってくれ』
本当に、なんて勝手な言いぐさだろう。
腹が立って腹が立って…また涙が出た。
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