第2部 第36話








 燦々と照りつける太陽と、突き抜けるように晴れ上がった蒼穹。
 清々しい大気の中、アリスティア公国を発つことになったのは離脱聖騎士団に護られたマルコリーニ・ピアザだった。

 滞在中に有利やコンラート、村田に自分が知る限りの情報を提供したマルコリーニは、聖都に赴くに際して魔族の助力を請わなかった。
 聖都で未だウィリバルトに従っているような人々を相手にする以上、武力によって押さえる事に意味はないと見たからだ。最低限、自分たちの防衛が出来るだけの武力で良い。

 場合によっては、ウィリバルトについていけずに離脱した者達を統合して、聖都以外の場所に新たな組織を作ることもあり得ると言う。

『流石に、何もかも手伝って頂くわけにはいきませぬでなぁ…』

 好々爺然とした笑顔を浮かべると、マルコリーニは身の丈にあった活動によって、ゆっくりと教会の運営を変えていくと告げた。

 さて、アリスティア公国滞在中にすっかりコンラートを信奉してしまった聖騎士団員や、アリスティア軍の面々とも涙の別れとなった。

「必ず、またお会いしましょう」
「ああ…是非」

 マルティン将軍の息子達、アマルとカマルは込みあげるものをどうにかこうにか堪えていたが、その結膜は赤く充血していた。どうやら、昨夜行われた別れの宴で飲み過ぎたり、泣きすぎたりしたのだろう。今も軽く《ズズ…》っと鼻を啜っている。

 ポラリス大公も再会を約束して、有利と固い握手を交わした。
その約束の地は大陸ではなく、眞魔国。それも、アリスティア公国の友好国も引き連れての訪問だ。
 有利たちがアリスティア公国にいる間に招待するという手もあるが、元はと言えば眞魔国軍の目的はカロリア復興目的の歌謡祭であり、とっくの昔に帰国しているはずだったのである。幾らなんでもそろそろ帰らねばなるまい。
 《春には戻る》と約束して出かけたのに、気が付けば季節は初夏を迎えようとしているのだから…。
 
 勿論大陸で遊んでいたわけではなく、三つの《禁忌の箱》を昇華させるという堂々たる実績をあげているのだから何人たりとも非難は出来まいが、それにしたって予想外に長い時間を過ごしてしまった。

 また、《凍土の劫火》についても気になることが多い。聖砂国という国については謎が多く、比較的文献を多く残しているアリスティア公国でも詳細を掴むことが出来なかった。
 村田も、《一度眞魔国に帰って、情報がないか調べてみた方が良いかも知れないね。1200年前なら、眞王もまだしゃんしゃんしていたろうし》と言っている。
 
 確かに、一度眞魔国で体勢を立て直す必要があるだろう。
 有利の指導官達を宙ぶらりんの状態で待たせていることもあるし、何より今度の鍵が最大の問題だ。

『ヴォルフラムが鍵かぁ…』

 有利はコンラートの弟の顔を思い浮かべるが、兄のグウェンダルに比べるとあまり印象がない。眞魔国にいる間、有利なりに話しかけようとはしたのだが、慇懃無礼な態度で頑なに親交を拒絶されていたもので、彼と仲良しになるというのはこれまでの三つの箱を始末するよりも多難に感じられた。

『でも、箱のことはさておいてもコンラートの弟だもんな。仲良くなりたいなぁ…』

 そんなことを考えつつ、有利は馬車に乗った。
 ルッテンベルク軍はこれからスヴェレラに向かい、魔族と結ばれて子を為したことで村八分にされた女性達を眞魔国に連れて帰る。
 そして…。

『グレタは、ついてきてくれるかな…』

 奇妙な繋がりによって《娘》となったグレタ。薄幸の少女であった彼女を、最初は《可哀想に》と思う気持ちもあって引き取ろうとしたのだが、彼女は今、血の繋がった本当の《家族》と共にいるのだ。
 母の兄であるダイクン王は随分とグレタを可愛がるようになっていた。あのまま…スヴェレラに残していった方が良いのだろうか?

『その方が、きっとグレタにとっては良いことだと思うんだけど…』
 
 有利自身が、えらく寂しさを感じてしまっている。
 グレタにしても、スヴェレラを去る時にはぼろぼろと涙を流して悔しがった。今もまだ、あの時と同じ気持ちを持っていてくれるだろうか?

『ユーリ…グレタだって、ちゃんと力になれるよ…っ!!』

 わんわん泣いていたグレタは、アニシナが止めなければこっそり荷物の中にでも入り込んだかも知れない。
 《女子どもは黙っていろ》的な展開が如何にも気にくわなそうなアニシナにしては、実に珍しいアシストだと思ったのだが…。

『グレタ、誰もが適した役割というものを持っています。今のあなたに必要なのは馬に乗って突撃することではなく、毒女アニシナの直弟子として己を磨くことです』

 ………スヴェレラで《師匠》に鍛えられたグレタが、どうなっているのか分からない。取りあえず、この件についてはスヴェレラについてから考えることにした。

「王太子殿下…!」
「ごきげんよう…っ!」

 馬車に乗り込むと、往来に詰めかけた人々が手に手に紙吹雪を持って散らした。別れの寂しさはあるが、彼らとはまた必ず会えるだろう。アリスティア公国は今や、強力な眞魔国の友好国なのだから。

「さよなら、みんなもげんきで…!」

 馬車から上体を伸ばして手を振っても、今日に限ってはコンラートも止めなかった。今の状況下では、有利を暗殺する者はいないと踏んでいるからだろう。

「さよなら…っ!」

 青空に煌めく白い紙吹雪が、季節はずれの雪のように舞った。



*  *  * 




 スヴェレラに帰還してきた有利たちはかなりの歓待を受けた。初めて訪れた時から考えたら信じられないくらいだ。

 適度に降り注いだ雨によって、スヴェレラの農業地帯は蘇ろうとしていたから、そのことも人々の心理に関係しているのかも知れない。流石にすぐ農作物が収穫できる訳ではなかったが、春の種まき時期に蘇った土壌は着実に苗を生育させているから、秋にはかなり収穫が見込めるようだ。

 最後まで頑固であった教会信徒達の対応も変わっていたのには驚いた。ウィリバルト派の教会近くを通り過ぎる時にも、恐れていたような投石等はなかった。窓から覗く瞳にも、敵意よりは困惑の色が濃い。
 聞いてみると、どうやら聖都内で大きな事変が起こっていたらしい。

 《鏡の水底》が昇華されたのと時を同じくしてヨヒアム・ウィリバルトが発狂し、聖騎士団長によって殺害されたのだという。この為、聖都は一時大混乱に陥ったのだそうだ。
 しかもウィリバルト亡き後、彼の派閥にあった者達は見苦しい権力争いを繰り広げていたから、誰もが《正義の為に立て》という内乱の名目が擬態であったことを知らされたのだった。
 
 聖騎士団も軍団長自らウィリバルトを殺害していることもあり、指揮系統が混乱しきっていた。
 オードイル率いる離脱聖騎士団にとって戦闘面では有利といえるが、敵側から仕掛けてこない限りは戦闘は控えるように指示している。どのように言い繕っても仲間内の戦いというのは凄惨であり、落としどころにも道理より感情論が先に立つ。そうであれば、どれほど理解の悪い相手であってもねばり強く説得していくほかない。

 マルコリーニは、必ずやってくれる…有利はそう信じていた。
 会話はそれほど交わしたわけではないが、落ち着いた雰囲気の叡智ある老人だった。多少線の細く学者肌であることが、大きな集団の頂点に立つことを難しくさせているかも知れないが、ぐいぐい引っ張っていくだけがリーダーではないだろう。必ず、彼なりのやり方で教会を再構築してくれるに違いない。
 とにもかくにも、マルコリーニの動向については時間を待つほか無かろう。



*  *  * 




 さて、有利たちが王宮に入ると、歓待ムードは明確に盛り上がった。

「ユーリぃいい……っ!!」

 どこぉ…っ!

 勢いよくしがみついてきたグレタは相変わらず華奢ではあったが、肉体的にも精神的にもたっぷりと栄養を注がれたのか、実に子どもらしく伸びやかな様子だった。無邪気に有利へと抱きついてくる動作も大変愛らしい。
 身につけている衣服も正式なスヴェレラ王族のそれで、彼女が如何に大切に扱われているかが分かる。

『本当に、お姫様なんだなぁ…』

 みそっかすのように扱われていたのは、多分に王妃の影響が強かったに違いない。
 グレタはきっと、ここで幸せになれる。

「よかった!グレタ、げんきそうだね」
「ユーリこそっ!グレタ、心配してたんだよ?また無茶をしてるんじゃないかって…」
「うーん…それはふつう、親の方のせりふなんだけどな…」

 苦笑するが、実際問題として有利自身も親の庇護下にあるべき年頃なので、あまり大きな事も言えない。

「ユーリ殿下、御活躍のほどは伺っております。お体の方は障りないですかな?」
「だいじょうぶです」

 ダイクン王にお辞儀をする時には、ちょっと複雑な心境になった。暫く見ない間に随分と目元が柔らかくなって、特にグレタを見守る眼差しは実の父親のように優しい。

『ああ…やっぱり』

 仕方のないこととはいえど、やはり言いようのない寂しさが過ぎった。それでも、別れの挨拶はきちんと済ましておかねばなるまい。

「グレタ…おれ、スヴェレラには一泊しかしないんだ」

 《だから、今夜は沢山お話をして、別れを惜しもう》…そう告げようとした出鼻を挫かれる。

「うん。グレタの準備は万端だから大丈夫!」
「え?」

 グレタは《ドン…っ!》と力強く胸を叩くが、有利が驚いたように身を見張ると、少しだけ睫を瞬かせた。

「連れて行って…くれるよね?」

 グレタの声が微かに震えるのが分かって、有利は反射的に小柄な少女を抱きしめた。グレタはちゃんと…待っていてくれたのだ。どんなに裕福な暮らしをしていても、忘れることなく有利の《娘》として過ごす日を待っていてくれたのだ。

「ほんとうに、いっしょに来てくれる?魔族の国だけど…ふるさとから、はなれてしまうけど…」
「そんなの覚悟の上だよ!だって…だって、ここにはユーリがいないものっ!グレタはもう、ユーリ無しではいられない身体なんだよ?」

 かなり誤解を招く言い回しだが、心意気は伝わってくる。

「グレタ…ありがとう。おれのムスメでいてくれるんだね?」
「ユーリが嫌っていっても、もう聞いてあげないっ!」

 弾けるように笑って、グレタはきゅうぅう…っ!と有利を抱きしめた。
 すると…泣きそうな顔をして溜息をついたのはダイクンだった。

「やはり…ユーリ殿下についていくのだね?」
「ええ、陛下。本当にお世話になりました」

 グレタも流石に名残惜しそうではあるが、やはりダイクンに比べると口調も態度もさばさばとしている。淑女の礼をとってドレスの裾をちょこんと摘むと、優雅に挨拶をした。

「いつでもまた、遊びに来ておくれ…」
「ここは母の故郷ですもの。是非伺わせて頂きますわ」
「うむ…うむ」

 こくこくと頷くダイクンは、すっかり好々爺という印象になってしまっている。かつての冷ややかな関係が嘘のようだ。

『全部、グレタが変わったおかげだよな?』

 グレタは変わった。
 蛹が蝶に変化するかのような鮮やかさで、孤独で頑なだった子どもは華やぎを持つ少女へと成長していた。

『きっと、どんどん綺麗になっていくんだろうな…』

 ダイクンと同じように、有利も何時か寂しさを感じながらグレタを送ることになるだろう。幸せなお嫁さんとして、彼女を見送る日がやってくるのだ。
 その日は、きっとコンラートと飲み明かすことになるだろう。

 


*  *  * 




『ユーリだ…ユーリだぁあ…っ!』

 大好きな《父》を見ているだけで、グレタの胸はふくふくとした幸せで一杯になる。
 コンラートに対しても親しみは持っているのだが、やはり有利に対する思いは特別だ。何しろ頑なに塞がっていた心を魔法みたいに解きほぐしてくれたのは、他ならぬ有利なのだから仕方ない。

 有利への愛情が特段に強い分、時々コンラートに対して嫉妬心を燃やしてしまうくらいだ。

『でも、グレタはアニシナの一番弟子だもん!ユーリを困らせるようなことはしないよ?』

 アニシナは言った。《好きな相手を拗ねて困らせるなど、愚にもつかぬ真似はおよしなさい。自分の品位を下げるだけです。そんなことより、好きな相手が何をすれば一番喜ぶかを見極めることが先決です》…流石、師匠の教えは含蓄に満ちている。
 グレタは精一杯考えて考えて、《ユーリが一番喜ぶこと》の中で、今現在のグレタに可能なことを選出した。

「ユーリ、これから会って欲しい人がいるの」
「おともだちができたの?」
「ええ、そうよ。私達、友達になったの」

 にっこりと微笑んで、グレタは有利の手を引いていく。
 そう、グレタは努力して《ある人物》と仲良くなった。その背景には《とある人物》を攻略する為の計画があったのは確かだが、じっくりと話し合う内にグレタ自身、そのような取り組みをしてみて良かったなと感じている。

「ユーリは、きっと喜んでくれるわ」
「楽しみだなぁ…」

 グレタのような年頃の少女を想定しているのだろうか?有利はにこにこ顔をして、弾むような足取りで王宮の廊下を歩いた。《ある人物》は既に、王宮の一室に連れてきている。住居は城下町どころか辺鄙な田舎町なのだが、有利が今日到着することを見越して、招いていたのだ。

 

*  *  * 




「え?」

 有利はきょとんとして小首を傾げた。通された部屋にいた《ある人物》が、見窄らしい格好をしていたからではない。年の頃がとてもグレタの《お友達》という年代ではなかったからだ。

『いや、グレタのことだから幅広くグローバルな付き合いなのかも知れないけど…』

 一見して、その人物の一人は50代というところで、窶れて頬のこけた女性だった。娘と見られる二人の女性にしても30代前後くらいだろう。やはり窶れて、後れ毛が色気よりも生活疲れを感じさせる。

 ガタ…っ!

 怯えたように立ち上がった女性達は、わなわなと唇を震わせていたけれど…グレタが落ち着かせるように手を振ると《ほ…》と息をついて、深々と頭を下げた。

「申し訳…ありませんでした……」
「…はい?」

 いきなり謝られた有利はどうして良いのか分からず、おろおろと辺りを見回している。コンラートは女性達に攻撃の意志無しとみると静かに佇んでいるし、女性達も極度の緊張に晒されていて、とても自分たちが何者であるか説明できるような余裕はなさそうだ。
  
 そこでグレタが、重々しく咳払いをしてから紹介してくれた。
 なんと…彼らは、有利を襲撃した男、ジーンスナー・レインの家族だというのだ。

 旅立つ有利を見送ったグレタは、スヴェレラで自分に何が出来るかと思案したらしい。その結果、考え出したのが《スヴェレラにいる暗殺者の家族を説得する》ことだった。

 報復ではなく友愛を求める有利に報いる為には最も素晴らしい思いつきであったが、当然最初の内は難航した。ジーンスナーが王太子暗殺未遂を企てたことはスヴェレラでも広く知られるところとなっており、家族達はルッテンベルク軍がやってくると知った時には、何もかも捨てて逃げようとしていたくらいだ。

 しかし、砂漠に囲まれたこの国で女ばかりでどこまで逃げられると言うこともない。結局、僅かな食料と共に地下室に逃げ込んだまま、鼠のように逼塞して過ごしていたのである。有利の起こした降雨の奇跡にも怯えきり、《この雨に打たれれば、他の者は無事でも私達だけは溶けてしまうのではないか…》そんな風に疑っていたのだ。

 グレタが彼女たちを捜し当てた時には、殆ど歩けないくらいに衰弱しきっており、何を話しかけても目の焦点が合わないような有様だった。
 その中の女達に、グレタはねばり強く語りかけた。
 時には噛み合わない会話に泣きそうになったり、怒りを感じたりもしたのだけれど、諦めたくはなかった。何としても有利の喜ぶ顔が見たかったのだ。

 グレタは噛んで含めるように根気強く彼女たちに語り続け、共に外へ出て、逼塞している内に変わっていったスヴェレラという国を感じさせたのだ。

 そして、とうとう有利が帰ってくる直前に、彼女たちから自発的な《決意》を導き出すことに成功したのである。

 《決意》…それは、彼女たちが共にカロリアへと赴き、暗殺者ジーンスナー・レインを説得することであった。
 
 

*  *  *

 


「おどろいたなぁ…」
「ああ、本当に…」

 有利とコンラートは女達達が退室すると、《ふぅ…》と大きな息をついて、誇らしげに微笑んでいるグレタを見つめた。
 緊張しきっていた女性達はグレタに励まされながら有利に謝罪し、夫を…父を説得すると約束した。感動して瞳を潤ませる有利があまりにも愛らしかったせいか、最後には頬を真っ赤に染めて、拝むようにして頭を下げていた。

『このような方を傷つけてしまったなんて…』

 絞り出すように囁かれた言葉と、眦に浮かんだ涙が、彼女たちの思いを雄弁に伝えてくれた。
 どんなに重たい罰を加えたとしても、こんなにも深い謝罪の気持ちを引き出すことなどできようか?《心からの謝罪》…全ての犯罪被害者が一番に求めているだろう宝物を、このちいさな少女が淀んだ憎しみと哀しみの沼から掬い上げてくれたのだ。

「グレタ…グレタ、おれ、すっげぇうれしい…っ!」
「えへへ…」

 グレタは《ぱふ》っと有利の腕の中に飛び込むと、満足そうに頬を擦り寄せた。

「良かったぁ…っ!あのね?アニシナにもたくさん助言をお願いしたんだよ?」
「そうなの?じゃあ、後でアニシナさんにもおれいを言わなきゃ!」
「うん。説得のタイミングとか、語り口調とか…《ホシをあげる為の手管には様々ありますが、そのいずれについても、あなたはなかなかに筋が宜しい》って褒めてくれたんだよ?相手を好きなだけ喋らせておいて、痛烈な一撃で硬直した考えの矛盾を突きつけるとか、沢山覚えたんだ〜。アニシナも《きっと立派な罠女になれます》って言ってくれたよ?」
「わなおんな…?」
「会話の端々にそうと気付かれないように罠を仕掛けておいて、上手に引っかけるのよ〜!あとね、あとね?物理的にも上手に罠を張れるようになったの!」
「そ…そうなの?」

 半信半疑で小首を傾げていると、グレタはにっこりと無邪気に微笑んで…手の中にあった何かを引っ張る。

「…っわ!」

 叫び声を上げて有利は飛び上がる。目の前で、お茶菓子がふわりと持ち上がったのである。

「え…え?」
「ユーリ、グレタが《罠》を仕掛けていたんだよ。見事な腕前だ…これなら、相手にそうと気付かせずに捕らえることも可能だろうね」
「でも、まだまだだよぉ…。コンラッドはすぐに気付いちゃったもん。他の衛兵さん達の目は全部かいくぐれたから、自信持ってたのになぁ〜」

 後で聞いた話では、グレタは巧みに罠を掛けることで覗きの常習犯を捕らえ、天井まで釣り上げたのだそうだ。
 恐るべし、アニシナの一番弟子…。

「早くコンラッドも捕まえられるようになりたいな!」
「グ…グレタ?」

 心なしかコンラートの顔色が悪い。有利と共に父親を自認していた彼なのだが、どうやら…時として、色々とナニできるようになったらグレタからは《害虫》扱いされてしまいそうだ。
 夫婦喧嘩などした日には、確実に有利の味方に回るだろう。

「グレタはすごいなぁ…!」
「ユーリをちゃんと護れるようになりたいの!」

 《うふふ》…と愛らしく微笑むお姫様は、どうやら《護られる》より《護る》方が性に合っているようだ。
 
 《父親》としては複雑な心境である。


 

 
 
 


 

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