第2部第35話






 大切な王太子殿下の体調回復(危うく、消耗に結びつきそうな行為にも及びつつ)に集中する軍団長に代わり、ルッテンベルク軍は軍団長代理に指名されたケイル・ポーの指揮下で迅速に掃討作戦を行った。

 とはいえ、その作戦行動はよほど無能な軍人でない限り失敗するようなものではなかった。何しろ《鏡の水底》が昇華された瞬間に傀儡兵達は力を失い、大地に転がっていた抜け殻もどろりとした粘液のようなものに変わってしまったからだ。それは特に毒性があるというわけでもなさそうで、次第に乾いていくと跡形もなく消え失せた。幾度かの雨に洗われれば、微かに残った染みも消えていくだろう。

 取り残された聖騎士団はベックマン以下、一個小隊程度のものであり、混乱しながら潰走していたところをがルッテンベルク軍に捕捉された。剣を交わすような場面さえなく、戦意を失った彼らは鬼ごっこで捕まった子どもよろしく、しょんぼりとお縄についた。

 そんな彼らと、離脱聖騎士団の面子が顔を合わせたのは、尋問の為にアリスティア公国内に連行される途上であった。

『オードイル…っ!』

 ベックマンの視線の先で、ソアラ・オードイルは多くの仲間に囲まれていた。そのせいなのかどうなのか…彼は、今まで見たこともないほどゆったりとした表情で微笑んでいた。

『ああ…君は、そんな顔で笑えるようになったんだね…』

 そんな場合ではないはずなのだが、何故だか泣きたいくらいに嬉しかった。
 初恋のときめきを抱いて見つめてた頃…欲望で蹂躙したいなどという気持ちはまるでなくて、ただあの美しい笑顔を盗み見られれば良いと思っていたあの頃と、同じ顔をしてオードイルは笑っていた。

 そして、ふとベックマンと目が合うと、ちいさく会釈してくれた。

「…っ!」

 詰られ、侮蔑されてもおかしくないはずだった。
 けれど敗残兵に対してこれ以上の責め苦を味合わせる気はないのか、オードイルは静かにかつての仲間を見送った。

『どのような状況にあろうとも、君はそのように凛として清らかなんだね?』

 清々しい感動を覚えたベックマンは、自分の望みが叶わなかったことに寧ろ安堵していた。力づくで汚し、貪っていたら…きっとこんな気持ちにはなれなかったろう。

『どうしてだろう…長年、飢えきっていた気持ちが癒されていく』

 ほ…っと息をつくベックマンの頭上に、晴れ渡った青空が広がり、その色を受けて広大なアリス湖が蒼く輝く。
 その光景を素直に美しいと感じながら、ベックマンは新たな人生をいきてみようと思った。

 そしていつか赦される日が来たら、オードイルに会いに行こう。
 ずっとずっと、昔から愛していたのだと伝えてみよう。報われる可能性は無いかも知れないけれど、きっとオードイルは、誠意ある対応をしてくれる。
 
 そんな気がした。



*  *  * 




 アリスティア公国への突撃隊のなかにバルトンは合流していたが、マルコリーニは老齢を理由に待機を余儀なくされていた。
 よって事態が収拾された後、待機部隊と共にアリスティア公国入りした彼は、申し訳なさそうに頭を下げた。

「皆様が命を賭けて戦っておられる時に、安全な場所におりまして、誠に申し訳ない」
「何を仰います」

 突撃部隊には参加していたものの、やはり魔族に《何もかもして貰った感》の強いポラリス大公は、マルコリーニの手を取って励ました。

「忸怩たる心地は分かりますが、何事も適材適所と申します。我らには、また違った役割がありましょう。ことに、王太子ユーリ殿下は大陸での友好を強く望んでおられますから、その方面で我らは活動すべきではないですかな?」
「そうですな…。なんとしても、御恩を返したい…!」

 マルコリーニは力強く頷いた。
 
「ところで、ユーリ殿下はまだ伏せっておいでだろうか?」
「ええ…何しろ、今回は殿下ご自身が《鍵》として作用なさった為でしょうな…随分と体温と体力を奪われておいでです。コンラート閣下も気が気ではない様子で、付きっきりで介護しておられますよ」
「なるほど…」

 マルコリーニは顎を撫でつけながら少し考えていたが、ポラリス大公に《今暫くアリスティア公国に滞在してもよろしいか?》と尋ねた。
 一刻も早く聖都に戻って事態を収拾したいという思いもあるのだが、そもそも彼が息子バルトンを派遣して双黒の王太子の人となりを確認したのは、彼にどうしても伝えたいことがあるからである。

『既に疲労の極みにある殿下に、今すぐこのような話をするのも申し訳ないのだが…』

 ここ近年マルコリーニを悩ませていたのは、《禁忌の箱》であった。しかし、実は《鏡の水底》に関わることになろうとは予想だにしていなかった。

 そう、マルコリーニの案件とは、今となっては最後に一つ残された《禁忌の箱》…《凍土の劫火》だったのである。
 マルコリーニは大教主にのみ継承されてきた古文書を紐解く中で、その存在が眞魔国ではなく、大陸でもないある国に保管されている可能性に気付いた。

『しかし、聖都に残された文献だけでは国の名前しか知り得なかった』

 大陸諸国、眞魔国のいずれとも国交を持たぬ国。しかし、全く繋がりがないわけでもない…謎めいた国。
 その名は《聖砂国》。

 時折大型船舶で大陸へと運ばれる法力遣いは、野心家の国主にとっては垂涎の的であったが、定期的に安定供給を求めることは出来なかった。かの国は気まぐれに法力遣いを送り込んで、競りによって値段をつけ、その金を宝飾品や珍しい薬草等に替えて帰還していく。
 国主達は最初の内、法力遣いを尋問して聖砂国への航路を開拓しようとしたが、必ず風災害によって難破していた。強い法力遣いを擁する国だけに、天候すら操って国交を防いでいるのかも知れない。

『眞魔国は文献の保持に熱心な国家だと聞く。おそらく…かの国であれば、更に詳細な情報を持っているのではなかろうか?』

 聖都に残る文献では今からおよそ1200年前、大陸中西部で大規模な山火事があった折、その領土を治めるランドワナ国の王子が遠乗り中に被災した。何とかして遺骸を探し出そうとした軍が徹底的に土地を掘り返していた時に、《凍土の劫火》と見られる箱が発見された。
 王はその箱によって王子が死んだのではないかと疑い、復讐として箱を破壊しようとしたが、兵士達が触れただけで骨まで焼き尽くされたのを見て恐れた。

 そこで、聖砂国から法力遣いがお送られるのを待って、かなりの資金を注ぎ込んで箱の始末を頼んだそうだ。
 この辺りの記述が多少あやふやになっているのだが…おそらく、この時《凍土の劫火》が法力遣いによって昇華されたという訳ではなかろう。
 
 これはマルコリーニの推測なのだが、法力と創主の間には深い結びつきを感じるのだ。この二つは非常に性質が似ており、自然の力を人為的に変質させたり、押さえつけたりすることで力を発揮する。

 よって、法力によって箱の力をいや増すことはあっても、昇華することは不可能だと思われる。

 その後、ランドワナ国には《凍土の劫火》についての情報が失われている。そのことから、マルコリーニは箱が聖砂国に運ばれたのだと推測している。

『確証もないこととて、申し訳ないのだが…。王太子殿下自身も《禁忌の箱》の完全な昇華を目指しておられる以上、情報として提供すること自体は問題なかろう』

 少なくとも、最後に残ったこの箱が野心家の国々…大、小シマロンなどに渡ってしまうことだけは避けたかった。小シマロンは今のところ眞魔国の友邦と名乗っているが、サラレギー王が戴冠した時に直接彼と言葉を交わしたマルコリーニは、可愛らしい容姿をした彼の奥底に、強い野心が秘められているのを感じた。

 王として優秀であることは、同時により多くの領土を勝ち取っていくことで民の信頼を得ようとする情熱に繋がってしまうのかもしれない。

『それを思うと、まこと王太子殿下は希有な存在なのだろうな』

 今は王ではなく王太子の身であるとはいえ、あれほど種族の拘り無く平和の為に尽くそうとする人物を、マルコリーニは見たことがない。
 正確には、力無き民の中には《親切な人物》として散見されるものの、大きな権力を持った王族の中では希有な存在だと思うのだ。

 しかも王太子は孤立していない。これは、とても大きな事だと思う。
 正しいことを為そうとする者は時として、自分の正しさに酔ってしまい、賛同者が得られないことを《志ある者が少ない》と嘆くばかりで、力ある連帯を作り出せないことが多い。

 これを言うとマルコリーニ自身も聖都の中で少数派であったから、頬が染まるような心地になるのだが…。

『あの方は、自然に仲間を…連帯を広めておられる。それはたった一人で戦うよりも長く、広く、確実に平和の輪を繋げていくことになろう…』

 単に《禁忌の箱》を昇華してくれる《便利な存在》としてではなく、これからの世界に新たな息吹を吹き込んでくれる指導者として、マルコリーニは有利の存在を再確認していた。



*  *  * 




 聖職者の長に《希有な指導者》と評して貰った有利はというと、今は甲斐甲斐しい恋人の、愛溢れる(溢れかえってはみ出ている…)介護を受けていた。

「ん…」
「目が覚めた?気分はどう…?」
「コンラッド…ん〜…なんか、ちょっと寒い…」
「もっと引っ付く?」
「ぅん…」

 ぴと…っと引っ付いてからもぞもぞすると、有利はぽんやりとした脳が段々と、しっかりとした覚醒状態に移行していくのを感じた。それと平行して、いま一体自分がどういう状況にあるのかを理解していく。

「あれ…?」
「どうかしたの?」
「おれ、すっぱだか?」
「うん、脱がしちゃった」
「コンラッドも、すっぱだか?」
「うん、脱いじゃった」

 《冷え切っていたから、肌で暖めようと思ったんだよ。何か問題でも?》という顔をしているコンラートに、全く下心的なアレは感じないから、きっと有利の方が過剰に気にしているだけだろう。

『それにしても…コンラッド、相変わらず良い身体してるよな〜…』

 何だか好き者のおっさんみたいな感想を抱きつつ、有利はドキドキと鼓動が弾んでいくのを感じた。普段は有利よりも体温が低いはずなのだが、今は余程有利の熱が低いのか、えらく暖かく感じる。

『傷はたくさんあるけど、基本的に白人とは思えないくらい肌キレイだし…すべすべして気持ちいい…』

 産毛を剃ったりはしていないはずだが、コンラートの肌はすべやかで良い匂いがする。似てないようで、全身から魅惑を発している母ツェツリーリエの遺伝子を色濃く受けているのかも知れない。

『う…コンラッドってば、ご丁寧にパンツまで脱がしてくれてるのかよ〜…』

 どんな顔をして脱がしたのだろうと思うが、きっとコンラートのことだ、有利の体調を少しでも改善しようとして素早く脱がせてくれたに違いない。決して、鼻の下を伸ばして《うふふ》とか言っていたわけではないはずだ。…多分。

『俺が逆の立場だったら、凄いドキドキしちゃて…パンツまでは脱がせられないかも知れないな〜』

 今は家族に止められているのでキス以上のことは出来ないが、高校を卒業する頃には正式に結婚して、未確認領域へと手と手を取り合って突入するはずである。その時には…パンツも平気で剥げるようになるのだろうか?
 こんなに逞しくて綺麗な人の裸を、平気な顔をして眺める日が来るのだろうか?

 いかん、段々頬が染まってくるのと平行して、変なところが元気を取り戻してきた。
 …というか、時刻的な問題もあって、健康な青少年としては生理的反応としてこうなってしまうのかもしれないが。

『だってしょうがないじゃん!幾ら治療の一環とか言っても、好きな人と裸で密着してるんだぜ?勃たない方が機能的にどうかと思うよ…っ!』

 そこまで考えて…ふと涼しい顔をしているコンラートの腰が、そこだけ不自然に引いているのに気が付いた。

「………」

 そろ…っと手を伸ばすと、ぎくりとしたようにコンラートの腰が引ける。
 
「どうしてにげるの?」
「いや…何でもないよ?」
「ほんと?」

 ふくく…っとした笑いの波動を噛み殺しながら、大胆に手を伸ばしていけば…《うっ》と気まずそうな表情を浮かべてコンラートが呻く。有利は有利で、自分から仕掛けたくせにいざ男の高ぶりを掴んでしまうと、どうして良いのか分からなくなって真っ赤になった。

『はわわ…っ!コンラッドも興奮してたのが分かったのは良いけど、これ、どうしたら良いんだろう!?』

 混乱して《にじ…》っと指を蠢かせば、コンラートの形良い顎が仰け反って綺麗な弓線を描き、《ん…っ》と漏れ出た甘い声にどくんと下半身が熱くなっていく。
 どうしよう…先程まで寒気がしていたのが嘘のように身体がぽかぽかする。

 治療効果としては抜群だ。

『流石ルッテンベルクの獅子、熱くさせる男だね…っ!』

 やけくそでそんな感想を抱きつつ、好奇心に駆られて《にじにじ》と指先を揺り動かしていけば、むくりと硬くなり始めた自分のそれも掴まれてしまう。

「…っ!」
「お返し」

 そんなことを言いながら、コンラートは眦に紅色の艶を滲ませて有利をまさぐっていく。その指遣いは有利の稚拙なものとは比べものにならないくらい巧みで、見る間に蜜が滴っていく…。

「ぁ…コンラッ…だめ…っ…で、出ちゃ…っ…」
「駄目なのはどっちだい?折角俺が我慢大会を繰り広げていっていうのに、君と来たら…簡単に煽ってくれるんだから…っ!」

 コンラートの声には焦れたような…軽い怒りが混じっている。

 どうやら涼しげな顔をしていたのは全くのポーカーフェイスであり、内心はコンラートもドキドキだったのだろう。それは恋人として嬉しい。嬉しいのだが…互いの手の中に問題のあるブツを掴んだまま高め合う行為を、果たして家族が了承してくれるかどうか不安だ(無理だろう…!)。

『でも、我慢できないよ…っ』

 爪先まで甘い快楽に満たされて、ぴくぴくと震わせながら有利は解放の時を待つ。
しかし、達する直前になってここが何処なのかを思い出した。

『こ…ここってアリスティア公国だよね…っ!?』

 入国してからバタバタしていたのでよく覚えてはいないのだが、岩砂漠で涼を得る為に工夫された建て付けには微かに覚えがある。《鏡の水底》と対峙した時の状況から考えても、そう遠くに搬送されるはずもない。

『…てことは、布団汚したりしたらバレバレじゃん…っ!コンラートにもこっそり証拠隠滅とか出来ないよね!?』

 旅先で《俺たちセックスしました》的な痕跡を残すなんて、恥ずかしすぎる…っ!さりとて、ここまで来て我慢するというのもお互い苦しすぎる。
 そこで有利はきょろきょろと辺りを見回すと、枕カバーをべろりと剥いだ。

「ユーリ?」
「おたがい、この中にだそう!そんで、すぐにあらおう…っ!」
「…………うん」

 コンラートが心なしかしょっぱい顔をしてる。
 何とも現実的な対応に、軽く引いたのかも知れない。

「ま…良いか。こんな形でなし崩しにやってしまうのも勿体ないしね」
「そうそう」

 ここまで我慢したのだから、仁義は通さなくてはなるまい。
でも、せめてギリギリラインを愉しみながら達したいのも事実だ。

「ね…キスしよ?」
「もう…煽ったり鎮めたり、忙しいな君は…」
「ごめん…」
「…そういう顔をして唇を尖らせると、キスしないわけにはいかないじゃないか」
「ん…」

 優しい恋人は有利の《仁義》を重んじて、深く甘いキスを交わしながら…仲良く《後始末》をしたのだった。



*  *  * 




 一方…同じような状況で気絶していた村田はというと、全く同じような状態で目を覚ました。
 だが、親友カップルとはかなり糖度の違う村田は、ヨザックの逞しすぎる胸筋に寝涎を零していたことに気付くと、ス…っと眼差しを眇めた。

「グリエ・ヨザック。どういうつもりだい?」
「ち…治療でーす……」
「へぇ…こりゃまた気の利いた治療法だねぇ」
「効きましたデショ?」

 村田にしては異様にドスのきいた声音に、ヨザックはシュシュ〜…と高ぶりが沈静化していくのを感じた。ついでに、袋に入った大事なものまで腹腔内に逃げ込もうとしている。
 恐るべし、大賢者の一瞥。

「ま…確かに酷く寒かったような気がするから、暖めて貰ったのは助かったよ。で…僕の服は?」
「あ、こちらで〜す」

 かなり体調は回復しているのか、村田は渡された衣服をさくさくを身につけていく。素っ気ない態度に、ヨザックとしては少々しょんぼりしてしまう。

『隊長のところみたいに…とまでは言わないからさ、もーちょっと甘やかせてくれないかなぁ…?』

 ただ、そこが村田の可愛いところでもある。
 じぃ…っと観察していると、居心地悪そうに耳朶を染めた。

「…なに?」
「いえ…あなたがご無事で、本当に良かったな…って、噛みしめてるんですよ」

 それは本心からの言葉だった。
 どうしてもあのような戦いの際には主軸となった有利に目が行くものだろうが、ヨザックにとっては終始この少年のことが気がかりだった。この子は、有利を溺愛している。それ故に、彼を護る為なら全ての力を尽くしてしまいそうだったのだ。

「あなたが為さる偉大な行為を、俺如きが止めることなど出来ない。それでも、何時だって心配はしてしまうんですよ。俺にとっては…隊長や殿下以上に、あなたが大事ですから」
「ふん…」

 村田は小さく鼻を鳴らすと、ちょいちょいと指先を使ってヨザックを呼んだ。
 そして…上体を寄せてきたヨザックに、《ちゅっ》…と触れるだけのキスを寄越したのだった。

「…っ!」
「ちょっと、してみたくなった」

 してやられたヨザックは、一瞬言葉を失って口元に指を当てていたが…染み入るような悦びに笑顔を浮かべると、きっちりと襟元を止めようとする村田の指先に甘噛みした。

「ちょ…っ!」
「申し訳ないけど、もう一度脱いで下さい」
「僕は、そんなつもりじゃ…」
「俺は、《愛してる》ってつもりです」

 今度は村田が動揺する番だった。

「そういうこと、軽々しく言うなよ」
「軽く言える言葉じゃありませんよ。あなたが相手ですからね。だから…今日まで待ちました。あなたの中で、俺という存在が育つのをね」
「百年やそこら生きてたくらいで、随分と年上風を吹かせるもんだね。蓄積記憶で言えば僕の方が…」
「恋の駆け引きに、年は関係ありませんや」

 くす…っと笑うと、もう後はヨザックのペースだった。
 村田の気持ちに気づいたいま、彼は敢えて明確な許しを請うことはなく、ゆっくりと村田の細い身体を抱きしめていく。
 彼が抵抗しないことを、もう知っているからだ。

「優しくします」

 じんわりと染み入るようなヨザックの声に、村田はぽつりとちいさく、聞こえるか聞こえないかの声で返事をした。
 《そうしてくれ…》と。

 今のヨザックには、それで十分だった。


 
 親友が一足先に大人の階段を駆け上がったことを有利が知ったのは、暫く後のことである。





→次へ