第2部 第27話






 数日掛けて旅を続けたヨザックとグレタは、夜明け前にルッテンベルク本隊に辿り着いた。
 そこで…まだ朝日も差さぬ早朝だというのに、天幕の前で仁王立ちになっている有利に出くわした。その横にはコンラートと村田が佇んでおり、立ったままにさせないよう、時々寝椅子に横たえていたのだと知れる。

 きっと、グレタの帰りをここでずっと待っていたのだ。
 
 心配性のコンラートと村田に《これでもか》というほど着込まされた有利は、眉間に深々と皺を寄せていた。

『怒ってる…よね?』

 どくん…
 どくん…っ

 グレタの胸腔内で、心臓が早鐘を打ち鳴らして暴れている。その一方で、顔からは血の気が失せてくらくらと眩暈がした。
 今回のことは全て有利を思うゆえにやったことだった。
 けれど…結果として、グレタはラパスケアの華咲く温室警備を更に強めさせただけだった。

「勝手なことをして…ゴメンなさい……」

 ちゃんと謝りたいのに、喉が引き攣れて上手く言葉にならない。足下もぶるぶると震えてきて、足下の砂が蟻地獄のみたいに崩れていく…そんな幻想さえ抱いた。

「……おれにいうコトバは、それじゃない」
「…っ!」

 有利の口からこんなに冷たい言葉を聞くのは初めてのことだった。
 命を狙われてすら、グレタを慮って優しく語り掛けてくれた人だのに…そこまでグレタは彼を怒らせてしまったのだ。

「ゴメンなさい…ごめ…なさ……っ…」

 どうして良いのか分からなくて、泣くこともできずにひくひくと喉を鳴らして詫びの言葉を紡ぎ続ける。まるで、壊れた機械仕掛けのように滑稽な姿だった。

 その声を頼りに、よちよちと有利が歩いてくる。敢えてコンラートの手は取らず、大真面目な顔をしてグレタの方に歩み寄ってくる。

『ああ…転んじゃうかも…っ!』

 はらはらしながら見守っていたが、何とか辿り着くと…有利は、厳しい顔をしたまま身を屈めて、グレタの両肩を掴んだ。

「ゴメンなさい…」
「いったろ?おれにいうコトバは、それじゃない…」

 深い溜息のような声と共に、有利はグレタを抱きしめた。
 ほぅ…とついた深い息が、有利の焦燥を忍ばせる…。

「父ちゃんにさいしょにいうコトバは…《ただいま》だろう?」

 グレタの視界が、ぶわ…っと涙で歪んだ。

 出口を失っていた涙は一度決壊してしまうともう止めることなど出来なくて、ぼろぼろと滝のように溢れ出しては頬を流れていく。泣きじゃっくりを止めることのできないグレタの背を、有利は何度も何度も撫でつけてくれた。

「ただいま…ただいま、ユーリ…っ!」

 《お帰り》
 《ただいま》

 …それがこんなに大切な言葉だと知ったのは、有利に出会ってからだ。
 赤ん坊の頃に母と生き別れてからというもの、ほとんど交わした記憶のないやりとりだった。

「おかえり、グレタ…。おれ、たくさんしんぱいしたんだぞ?もう…あぶないことしちゃ、ダメだかんな?」
「うん…うん……。ゴメンね、ユーリ…っ!」

 多分、《危ないこと》はまたしてしまうと思うけれど、今は唯やさしい腕と言葉に包まれながら、こうしていたかった。

 

*  *  *




「親子感動の再会…か。ヨザック、君もこのシーン構成に一役買ったようだね?」
「は…。こりゃまた申し訳なく…」

 憮然とした村田の顔が怖い。

 ヨザックの場合は元々命じられた任務だったわけだが、勝手なことをしたという意味ではどう叱責されてもおかしくない。何しろ、眞魔国で正式な手続きをしたわけではないとは言え、王太子の養女を危険な任地に伴ってしまったのだから…。

「すみません、猊下…」
「君…僕にいう言葉は、それじゃないよ」
「…っ!?」

 有利とグレタの遣り取りを見守っていたヨザックは、予想外の反応に目をぱちくりと開いた。まさか…まさか、自分たちにもあのように感動的な再会劇が待っているのだろうか?

「ええと…あの、もしかして…《ただいま》、なんて言っちゃって良いんですか?」


「はぁ?」


 その時の村田の表情と来たら…地獄に住むという七つの頚を持つ龍だって、尾っぽを股間に挟んでコサックダンスを踊り出しそうな怖さだった。
 ヨザックは彼らしくもなく、《ひ…っ!》と小さな悲鳴を上げた。

 村田は冷然とした眼差しで更に固め打ちを掛けてくる。


《申し訳ありません。ヘソ噛んで悶絶します、村田様》…だろう?」


 そんな決め事があるのか…。
 ヨザックは蒼白になったまま、《ヘソって噛めるのかな…》と、半ば真剣に前屈してみた。

 すると…堪えきれない様子で《ぷっ》と笑った村田に、漸くからかわれていたのだと気付いた。

「ふふ…別に怒ったりしてないよ。君があんまり殊勝な顔をしているから、ちょっとからかいたくなっただけ」
「げ…猊下……」

 血の気が急に戻ってくると、柄にもなく頬が染まるのを感じる。どうも最近自分らしくない言動や反応が多すぎて困ってしまう。グリエ・ヨザックという男はもっとこう…斜(はす)に構えていなければならない気がするのだが…。
 
「変わった連中を随分と連れてきたようだね」
「ええ、まずは報告をさせて下さい」
「白鳩で先に知らせてくれた分で、大体状況は分かってるよ。詳細は腰を落ち着けてから話そう」
「…独断専行を怒ってらっしゃらないんで?」
「判断ミスだと思ったらとっととこの地を去っているよ。間諜を引き入れるような真似されちゃ、ルッテンベルク軍が壊滅しちゃうからね」
「…ご尤も」

 では、村田としてはヨザックの報告を信用してくれたわけだ。
 
「アリスティア公国側の事情はよく分からないけど、少なくとも、渋谷の性格を理解しているというか…魔族が信頼に足る存在だと認識しているのは間違いないと思う。これは大陸にあっては希有のことだよ。そのまま信頼するかどうかはともかくとして、何らか繋がりを持っておいた方が良いだろうね。それに…魔笛も本物であれば、これはかなり大きい。真贋についてはすぐ渋谷に確かめて貰おう」

 そう言うと、村田は早速アマルの馬に同乗していたニコラに語り掛けた。

「お嬢さん、魔笛について伺いたいんですが…」
「あらぁ…あなたが王太子殿下ですか?」
「いえいえ、あちらで娘と号泣している方が王太子ですよ。僕はしがない大賢者です」
「まあ…大がつくなら、しがなくはないんじゃないですか?」
「大根役者とかは大がついても大したものじゃないですよ」
「でも、大どんでん返しとかは何だか凄そうですよ?」

 陽気に笑っているニコラからは、とても魔族の子を身籠もって恋人とも生き別れになっている人物とは思えない。このあっけらかんとした性格だからこそ、頑迷な純血主義者であったゲーゲンヒューバーの精神構造を改築できたのかも知れないが…。

『なんだろう…ちょっと、俺が知ってる誰かと似てる気がすんな…』

 ちら…と視線を送った先では、早速有利がグレタとの間で変な問答を始めている。どちらがより無茶をしやすそうかで論争になっているらしい。その横に佇むコンラートは、以前からは考えられないほど柔らかい表情で微笑んでいた。

「ともかく、魔笛を貸して頂けますか?」
「ええ、良いですよ。でも、しっかり洗った方が良いかも…」
「そんなに汚れてるんですか?」
「ええと…そのぅ…」

 流石に同年代の少年には言いにくいのが、もじもじしていたら村田の方が察してくれたようだ。

「随分と苦労して隠してくれたみたいですね」
「うふふ…お恥ずかしいわ。でも、ヒューブが長い間捜していた大事なものだから…」

 色んな意味で温もりが伝わりそうな笛を手にすると、村田は試すがめすして眺めていた。

「これが魔笛ねぇ…眞王の奴、何でもかんでもアイテムを作りすぎなんだよ。つか、四千年前にホイッスルって…一体何を先取りするつもりなんだっつーの」

 何やらぶつぶつ言っている。それでは、伝説の《魔道具》の数々は全て眞王が作ったものなのだろうか?実に嫌そうな村田の表情から察するに、気まぐれに作られたアイテムによって苦労させられた記憶がありそうだ。

「猊下…それは本当に魔笛である可能性が高いんですか?」
「ああ、こちらの世界的には無駄に前衛的な形状が全てを物語ってるよ。眞王が作りだしたモノ以外の何物でもないねぇ…。多分、これで雨を降らせることが出来る」

 早速試してみようと有利のもとに向かったら、こちらでは新たな再会劇が繰り広げられていた。

 グレタとの再会が一段落ついたのを見計らって、ドントが声を掛けたのだ。



*  *  *




「ユーリ…お前さんなのかい?」
「え…?」

 最初、有利は声の主が誰なのか咄嗟には分からなかった。
 聞き覚えはあるような気がするが、声だけでは明確に掴めなかったのだ。

 それも無理からぬ事で、相手はまだ有利がこちらの言葉を覚えていない時期に出会った老人であった。

「儂じゃよ、ドントじゃよ…。お前さんが火から救ってくれた、カルナスの年寄りじゃよ…」
「まさか…おじいちゃん?どうして…っ!?」

 吃驚していると、傍らからコンラートの声がした。

「ゴメンね、ユーリ…君を驚かせようと思って、白鳩便で知らされていたのを内緒にしていたんだ」
「おどろいた…めちゃめちゃおどろいたよ!なんでここにいるの?」
「おお…言葉がたくさん話せるようになったんじゃのぅ…っ!」

 感極まったようで、ドントは声を詰まらせると有利の両手を握った。皮膚がゴツゴツして皺くれた働き者の手であった。

「矢で射られて目が見えなくなったと聞いたが、痛くはないのか?お…もっと顔をよく見せておくれ。おおう…真っ黒な目が夜空みたいに綺麗じゃないか。これで見えないのか?」「うん…」
「ああ、そうしょんぼりするでないよ。なに…儂の村にも目の見えない奴はいるが、それなりに暮らしとる。ぼちぼち慣れてくるさ。それより…」
「なぁに?」
「う…む。あのな?ユーリ…もしかして、お前さん…男の子じゃったのか?」

 ドントの声は明らかにしょんぼりしていた。別れたときにはドレス姿だったし、亡くした娘のように思っていてくれたらしいから無理からぬ事だろう。

「ゴメンなさい…あの時はおわれてたから、ヨザックのドレスかりてたの」
「ま…いいさ、相変わらず可愛らしいのは変わりないんだし、お前さんに何かしてやりたかったのは、なにも娘っこだったからだけではないさ。とはいえ…結局暗殺を食い止めることも出来ずに、スヴェレラでもたもたやっておったのだから偉そうなことは何もいえんか…」
「ううん、しんぱいして来てくれたの、すごいうれしい…おじいちゃん」

 そう言うと、心なしか握った老人の手がふるふると震えた。
 またしても感極まってしまったらしい。



*  *  *




『なんと…愛らしい少年なのだろうか?』

 カマルは我を忘れて、ぽう…っと頬を染めたまま有利に見入っていた。

 よくもこれでニコラなどと間違えられたものだ…。おそらく、伝えられている幾つかのポイントと、ドントが呼んだ名が拙い具合にニコラを指し示してしまったのだろう。
 彼女も健康的な愛らしさを持ってはいるが、やはり魔族の中でも究極系の美に属するとされる双黒は、規格が全く違う…。
  
 見えていないことが信じられないくらいに澄んだ瞳…噂には聞いていたが、見事な漆黒をしている。それがこんなにも美しく見えることが一番の驚きだろうか?アリスティア公国では他国に比べると魔族に対する嫌悪感が低いと言われているが、それでも習慣的に双黒というものは恐れられるか、忌み嫌われているものだ。

 同じく漆黒を呈する髪も形良く小振りな頭の形に添ってごく短く、流れている。強いて言えば、この頭部の大きさや形状がニコラと王太子を結びつけていたのかもしれない。

『ああ…ドントと共に泣いておられる姿も、実に愛らしい……』

 見惚れる姿は横から見ていてもよく分かるものだったのだろうか?兄のアマルが心配そうに肩をどついてきた。

「おい…カマル、お前…目がとろけそうになっているぞ?」
「そ、そんなことは…っ!」

 《無い》とは断定できずに、ごにょごにょと末尾を濁す。それよりも、趣味が似通っているアマルがどう感じているのかが気になった。

「兄上こそ、あの王太子殿下にどういう印象を持っておられるのですか?」
「まだ分からないというのが正直なところだな。確かに、魅力的な人物には違いないし、魔族というものが噂で聞くほど悪辣な存在だとは思えない。だが…果たして大公閣下が求めておられるような《人となり》であるのかどうか…《信頼に足る》と言えるほどの人物なのかは不分明だ」

 こういうところで《兄上には勝てない》と、素直にカマルは思うのだった。確かに、王太子の愛らしさが本物であっても、頼みに出来る人物かどうかは分からないのだ。

「アマル殿、カマル殿、ご挨拶が遅れて申し訳ない。俺はウェラー卿コンラートと申します。以後お見知りおきを」

 囁き交わす兄弟に涼やかな声で挨拶してきたのは、精悍な印象の男だった。白み始めた空を受けて輝く双弁は、琥珀色に銀を散らした印象深い色合いをしていた。

 は…っと我に返った二人は、気が付くと最敬礼をしていた。

「お、お初にお目に掛かります!」
「ああ…そのように堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。遠路はるばるここまでやってこられたと言うことは、何か重大な任務を帯びておられるのでしょう?よろしければ、天蓋の中でゆっくりお話をさせて下さい」
「お言葉に甘えます」

 《堅苦しく》せずにはいられない何かが、コンラートにはあった。

 いや、コンラート自身から放たれるオーラは爽やかな好青年そのものであったのだが、兄弟にとってはやはり、敵ながら大英雄と讃えられる《ルッテンベルクの獅子》の名は、あまりにも光輝燦たるものであったのだ。

『この方が…ウェラー卿、いや…フォンウェラー卿コンラート閣下なのか…』

 思わず、魔族である彼に対して《閣下》と敬称をつけてしまうのも無理からぬことであった。何しろコンラートの名は如何に魔族を毛嫌いしている国家であってすらも、極めて強力な敵として認識されているし、こと、偉大な敵に対する敬意を失わないマルティン将軍の息子達とあっては、どうしても向ける瞳に憧憬が混じってしまう。

『あの偉大な戦歴を持つ英雄が、まさかこのようにお若いとは…』

 とはいえ、これは見てくれだけのことだろう。

 魔族は人間に比べて遙かに長く生きると言うし、その分、年の取り方も緩やかなのだと聞く。戦場に出始めたばかりの兄弟とほぼ同じ年頃には見えても、実際の戦歴はマルティン将軍よりも長く、祖父か…下手をすれば曾祖父の代まで遡らねばなるまい。

『お若く見えるだけではなく、なんと美しいのだろう?』

 端麗というのとはまた違う、まるで、研ぎ澄まされた武器を見るような心地で《美しい》と感嘆した。それは刺々しいというのとはまた違い、見事な刀身が人殺しの道具であることを越えて芸術の域に達するように、コンラートの精神性の見事さが澄んだ輝きを呈しているように感じられるのだろう。

「どうぞ、お入り下さい」

 天蓋を捲る動作や兄弟を促す声音は実に優雅で、丁寧な物腰でありながら堅苦しすぎない、適度な柔らかみも備えた人物なのだと知れる。

『兄上は冷静に対応しておられるのだろうか?』

 ちらりと横を見やったカマルは、軽く《諦め》に似た心地になった。
 頼りにしていたアマルは…有利を見つめていたカマル以上にうっとりと見惚れていたのである。

   

*  *  *




「ふぅん…あの連中、えらくメロメロじゃないか。あんなに絆されやすい性格で、よく大公が使者として使わしたもんだな」

 ぼそりと呟くアーダルベルトは、少々声が刺々しい。
 今回の件に自分が全く関与できなかったのが面白くないのだ。

「まー…素直な性格みたいだし、そこを見込んだんじゃないのかねぇ…。下手に《アリスティア公国の武人でござい》って自負が強すぎて、隊長やユーリに対して構えるような連中なら、そもそも交流自体が出来ないだろうからね。先入観があったとしても、第一印象で素直に訂正できるってのは、なかなか今時分の人間には珍しいさ」

 ヨザックが宥めると、余計に気分が悪くなって《ふんっ》と鼻を鳴らす。

「ふん…。素直なだけで世の中渡っていけるのかね?」
「うちの王太子殿下は渡ってるだろ?」
「アレと一緒にすんな」
「殿下をアレ呼ばわりすんな」
「……お前さん、最近俺に対する言葉遣いがタメ口じゃないか?」
「どうせ十貴族…いや、十一貴族に返り咲く気持ちはないんだろ?だったら、単なるルッテンベルク師団の客分だ」

 その言い回しは予想外に清々しくて、アーダルベルトは内心でヨザックに対する評価を上げていた。彼は純血・混血の確執を越えて、アーダルベルトを一己の男として見てくれているらしい。

「まぁ…な」

 ぼりぼりと頭を掻くと、元々身分だ何だという立て分けにはそれほど固執しないアーダルベルトのこと、もう言葉遣いのことは気にしなくなった。

「しかしよ…グリエ・ヨザック。お前さんが今回連れてきた連中は某かの情報をもたらすことになりそうだが、肝心のラパスケアの華はどうなりそうなんだ?」
「ああ…あの件に関しちゃ、返す言葉もねぇよ…」

 珍しく殊勝な顔つきで肩を竦めたヨザックだったが、全く華に関して諦めたという風でもない。

「猊下にお伺いを立てたんだが、どうも例の魔笛が交渉道具に使えそうだ。王太子殿下がちゃんと使えりゃあ…って、話ではあるがね」
 
 そんな話をしていると、丁度天蓋の中から《ぴっぴりぴっぴっぴーっ!ぴっぴりぴっぴっぴーっ!》という、思わず点呼しながら走行訓練したくなるような音が響いた。どうやら、例の珍妙な笛を有利が吹けたらしい。

「さぁて…どうだ?」

 見上げた空は、最初のうち何の変化も示さないようだった。

 しかし…続けて《ぴっぴっぴっ!ぴっぴっぴっ!ぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっ!!》と、腕を振り上げて誰かを応援したくなるような曲(三三七拍子)が奏でられた途端…空の縁から群雲が沸き立ってきて、ごろごろと音を立て始めた。

「ふん…なるほどな。これであのちっこい王太子殿下に、魔王としての資質が備わってることも証明されたわけだ」
「これで…交渉できるかな?」

 希望を見せるヨザックに対して、アーダルベルトは少々意地の悪い声を出す。

「いや、相手はスヴェレラ王宮だ。大陸中でも特に魔族嫌悪が強い上に、今の王妃は民のことよりも自分の信仰心を優先させるって専らの噂だ。王はともかくとして、あの王妃を説き伏せるのはしんどいぜ?」
「…あんた、何か策があるのか?」

 流石はアルノルド帰りというところか。ヨザックは最初の内こそアーダルベルトの言葉を過度な陰性思考と捉えて憮然としていたようだが、何かを見抜いたように瞳を眇めた。

「まぁな。取りあえず…王妃を失脚させる《札》だけは持っているぜ?」

 折角だからと勿体つけてちらつかせる。

 ラパスケアの華を手に入れるには直接有効とは思えなかったのだが…魔笛という交渉道具が手に入った今、これは実に大きな意味を持つ《札》となりそうだ。 





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