第2部 第20話






 コッ…コッ…コッ…

 規則正しい柱時計の音が、静寂に包まれた廊下を包んでいる。

 グレタの血に汚れたドレスはいつの間に着替えさせられ、同じく真っ赤に染まり、何時しか黒く変色しつつあった手も清められていた。
 しかし…短く切った爪の間には食い込むようにして黒い色が沁みていたから、何が起こったのか忘れるわけにはいかなかった。

『ユーリ…』

 コンラートと共に、眞魔国で暮らさないかと言ってくれた。
 娘にしてくれるのだと。

 どこの子でもなかったグレタを、子どもにと…。

「……っ!!」

 グレタはヒュウ…と喉を鳴らしてソファにもたれ掛かった。
 どうしてあの時、盾になることすら出来なかったのだろう?こんなちっぽけな命でも、有利の為に使えるのであればとても有意義な生涯だったろうと思うのに。
 
 そんなことを考えていると、何度も喉がひきつれて息が出来なくなった。今更死んだところで、有利の為になどなれないと分かっているのに。
 しかも、あろうことか有利を射た男はスヴェレラの商人だと言うではないか。どれだけ詫びても許されるはずがない。

「グレタ…!」

 フリンが肩を抱えてくれたことで、自分が一人きりではないことにやっと気付いた。一体いつからいてくれたのだろう…ベアトリスも、心配そうな眼差しで見つめていた。

「グレタ…大丈夫よ。王太子殿下が喋れるようになったわ」
「ほん…と?」
「ええ、猊下がお薬を調合して下さったの」

 キィ…と音を立てて、臨時の病室となっていた領主館の来賓室が開く。ふらふらと歩いていったグレタは、まだ寝台から起きあがることは出来ないようだが、漆黒の瞳を開いた有利の姿を見いだした。

「グレタ…しんぱいかけて、ごめんね…」
「ユーリ…ユーリ……っ!」

 駆け寄って手を伸ばした時、奇妙なことに気付いた。
 グレタの声を認めて伸ばされた手が、何故か空をかいたのだ。グレタが迷い無く手を伸ばせば気づかなかったのかも知れないが、引け目から一瞬躊躇したことで有利の異変が明確になる。

 力が出せなくて手を取れなかったわけではない。
 手が、どこにあるのか分からなかったのだ…。

 傍らに椅子を置いて座っているコンラートに視線を送ると、眼差しでグレタの疑問が確信に変わる。

「ユー…リ、目……」

 ぶるぶると震える手で有利の手を捕まえたら、ふわ…っと花がひらくように笑った。どうしてこんな時まで、この人はこんなに綺麗なのだろうか?

「目が…」
「うーん…今のところ、ちょっと見えにくいみたい」

 有利は《てへへ…》と、ばつが悪そうに小首を傾げる。でも…何故なのだろう?胸を射られた後遺症で、目が見えなくなるなど聞いたことがない。

 だとすれば…あの矢に、毒が塗られていたのだ。

「……っ!」

 なんという。
 なんという…っ!

 言葉にならない怒りが込みあげてくる。お腹の中が焼き切れるような…熱く煮え滾ったものが喉まで迫り上がってくるような…今まで体験したこともないような怒りだった。
 この場に暗殺者が引き出されてくれば、グレタは何度でもナイフを突き込んでいたかも知れない。
 そんなグレタの意図を汲み取るように、やわやわと有利の手が握り返してくる。

「グレタ…おれをうったヤツを、ころしにいったりしちゃダメだよ?」
「でも…っ!」

 叫びは迸るようだったが、強すぎる声を受けて有利の眉根が寄ったのが見えたから、流石にそのまま続けることは出来なかった。

「にくしみは、にくしみしか呼ばないんだ」

 有利の声は決然としていた。泣き寝入りすることでやり過ごそうというような、消極的な姿勢はそこにはない。

「おれはもう、こんなのはたくさんだ。おれをうったヤツをどうこうするよりも、こんなやり方で、よのなかを変えていこうなんて思ってるヤツらをぶっ飛ばしたい。それも、ころすんじゃなくて…《ああ、なんてことをしたんだろう?》って、スゲェはんせいさせてやりたいんだ」
「そんなの…っ!」
「グレタは、かわったじゃん」

 有利の言葉に胸が締め付けられる。
 ああ…そうだ。確かにグレタとて同じ穴の狢なのだと感じて、きゅう…っとグレタの心が萎れかける。

 けれど、続く言葉で有利の言いたいことは違うのだと気付いた。

「おれはね…グレタにゆうきをもらったんだよ?」
「ゆ…うき…?」

 思いがけない言葉が、ぽぅ…っと胸に小さな火を灯す。
 崩壊しかけたグレタの心を、罅を塞ぎ滑らかにしていく言葉に耳を澄ました。

「おめでたいおれだって、やっぱ…気もちがつうじるかどうかってのは、ふあんだよ?だけど、グレタがおれに笑ってくれたから、おれはやって行けるゆうきをもらったんだ」

 室内の猫足ソファにもたれ掛かっていたサラレギーが、呆れたように《お人好し…》と、嫌みな口調で呟く。けれど、ますます有利の笑みは深まるのだった。きっとサラレギーもまた変わってきていることを感じているからだ。

「せかいは、がんばったらちゃーんと、いい方にかわれるんだって、おれ…しんじてる。グレタは、どう…?」

 病み上がりに沢山の言葉を口にしたせいだろう。有利の声は途切れがちで、声量もか細い。それでも…《どうしても伝えたいんだよ》と言いたげな眼差しが、映像はうつさずとも雄弁に想いを伝えてきた。

『グレタがまた、憎しみで物事を動かそうとしたら…ユーリが望んでる世界にはならない…そういうことなんだね?』

 グレタが落ち着きを取り戻して辺りを見回せば、コンラート達がどういう気持ちでいるのかが感じ取れた。グレタと同じように…いや、それよりも遙かに強い怒りと憎しみを持ちながら、彼らは殺戮に向かおうとする脚を止めている。

 全ては、有利の為に…。

『ユーリ…グレタはまだ、《世界平和》とか、《憎しみの連鎖を断ち切る》とか、そういうのが、本当に良いことなのかどうかは分かんない。やられっぱなしで、自分が損をするだけなんじゃないかって疑ったりもしてる。だけど…だけどね?グレタはユーリがしたいってことは、どんなことがあっても叶えてあげたい…!』

 ぼろぼろと溢れる熱い涙で有利の手を浸しながら、グレタは強く…自分の生涯を掛ける思いで誓った。

「信じる…ユーリが信じるんなら、グレタも…信じる…っ!」

 有利の果てしないような夢を叶える為に、グレタには何が出来るだろうか?
 今はまだ分からないけれど…やってみたい。この人が笑ってくれる為ならば、何だってしたい。

「早速だけどグレタ、頼みたいことがあるんだ」

 横合いから声を掛けてきたのは村田だった。ぐったりと憔悴しているようで、目元に浮かんだ隈は重傷を負った有利よりも疲れ切っているようだった。

 後から知ったことだが、村田は全精力を振り絞って有利の治癒を手伝った後、その脚で犯行に用いられた毒物を鑑定すると、ウィンコット家に伝わる毒物の記録から中和剤を調合したのである。彼がいなければ、一度は意識を取り戻した有利も再び心臓の鼓動を止めていたはずである。

「スヴェレラ王宮の温室には今でも、ラパスケアの華が咲いているかい?」
「あの薄紫色の?」

 スヴェレラは砂漠のど真ん中にある国だが、その分、王室の植物に対する保護は手厚い。人が飲む水もないのに、温室の特殊な植物にだけは芳醇な栄養分と水分を絶やすことがないのだ。
 特にラパスケアは王室の温室のみに咲く華であり、国旗の紋様にもしているくらいだから、決して枯らしたりはしていないはずである。

「その蜜がどうしても必要なんだ。僕の調合した薬は神経毒の作用を止める事は出来たが、既に損傷が進んでいた視神経を修復することは出来なかった。でも…ラパスケアの蜜を今から2ヶ月以内に用いて生薬を作れば、回復の可能性がある」

 神経が何らかの形で障害された場合は損傷程度にもよるが、後遺症を残さずに修復可能なのは約二ヶ月が目安となるらしい。半年を過ぎると、基本的にどのような治療を施しても神経が壊死しているので再生は困難だと言われている。

「本当…っ!?」
「ああ。だけど…期限は今からのタイムリミットだけじゃない。蜜自体の保存性も問題なんだ。蜜を採取してから一日以内に加工処理して投薬しないと効果が無くなる。だからこそ、豊富な在庫を誇るウィンコット家の薬草集に保管されていなかったんだ。隠密部隊に侵入させて盗むにしても、至近距離まで僕と渋谷がいなくてはならないって事だね」
「一番良いのは、スヴェレラ王室に許可されて滞在することなんだね?」
「そういうこと」

 スヴェレラは魔族に対する憎しみが強い土地であり、今回の襲撃者もそこから出ている。同時に、彼らは《地の果て》を掘り出して小シマロンに売った国でもある。
 その深い因縁を持つスヴェレラで唯一、か細いながらも繋がりを持っているのはグレタなのだ。

『でも…グレタは王宮内ではいつも無視されてて、何か言っても聞いてもらえなかった…』

 思わず怯む気持ちが舌を強張らせるが、すんでの所で踏みとどまる。

『今さっき、誓ったばっかりじゃない…っ!』

 自分に対する怒りで臓腑が焼き切れそうだ。きっと今こそが、グレタにとっての《まことの時》なのだ。

「どんな方法を使っても、絶対に蜜を手に入れるよ…っ!グレタは…絶対絶対、ユーリの目を元に戻すっ!」
「グレタ…ほんとうにいいの?」
「あったりまえだよ!ユーリ、グレタは絶対に約束を守るよ。だって…」

 グレタはにしゃりと、思いの丈を伝えるように笑って見せた。たとえ目で見ることは出来なくとも、有利には伝わるような気がしたのだ。

「だって、グレタはユーリの娘でしょ?」
「グレタ…」

有利はグレタを抱き寄せようとして藻掻いたが、コンラートはその動きを押さえるとグレタの方を導いて有利の頬に寄り添わせた。

「いい子だね、グレタ…さすが、おれの子だ」
「俺の娘でもあるんだよ?」
「うん、グレタは双黒と獅子の仔なんだよ?だから…絶対、負けたりしないの」

 こくりと頷くと、グレタは有利から身体を離した。今すぐ自分に出来ることをしたいのだ。

「フリンさん、ユーリを狙った奴の所に連れて行ってくれる?」
「ええ、良いわ」
「グレタ、あんまり無茶をするんじゃないよ?」

 有利の言葉が何だかくすぐったい。物心ついたときからグレタ自身は聞いたことがないのだが、世の親がちいさな子ども達に語り聞かせている常套句なのだとは知っていた。
 けれど、それでも無茶をするのが子どもというものだ。

「大丈夫!」

 何が大丈夫なのか全く根拠がないのも、世の常というものである。



*  *  *  




「じゃあ…僕、いや…私は国に帰るよ」

 グレタが去った後、カタリと音がしてサラレギーが立ち上がった。珍しく、お供についているのは見知らぬ兵士だ。有利の治癒に力を尽くしてくれたというベリエスは、疲労が酷くてまだ立ち上がれないらしい。
 コンラートの話によると、法石を用いることなく非常に強い法力を使っていたそうなのだが、彼がそんな特性を持っていたことは、どうやらサラレギーですら知らなかったそうだ。謎めいた男だが、それでも恩人には違いない。
彼が法力を使ってくれなければ、矢キズと毒のダブルパンチを受けていた有利は、上様の力が発動する前に絶命していたはずである。

 命の連携プレーが有利を生かしてくれたのだ。 

「サラ…おれのキズ、治そうとしてくれたんだって?ありがとう…ベリエスさんにもおれいが言いたいな」
「美味しいところは全部フォンウェラー卿に持って行かれちゃったけれどね。全く…唇を重ねると治るなんてお伽噺みたいな体質をしているなら、早く言ってくれれば良いのにさ」

 《幾らでもしてあげたのに》という言葉と共に《チュッ》と甲高い音がしたのは、きっと投げキッスでもしたのだと思う。変なところでフランクな王様だ。

「ま、これで眞魔国には大きな貸しが出来た。せいぜい高く預けておくよ」
「こわいなぁ…といちで利息ががんがんつきそう」
「そうさ。だから…また、近いうちに会おうよユーリ。お礼は利息が貯まる前に、早めにして欲しいね。」

 立ち去り際、サラレギーは有利の額にキスをしていった。
 焼き餅焼きの(人のことは言えないが)コンラートも、恩義があるせいか止めようとはしなかった。軽く雰囲気が強張ってはいたが…。

 やっと二人きりになると、有利はふぅ…っと息をついて苦しそうに表情を歪めた。ここまで周囲を気遣って元気な素振りを見せていたが、そろそろ限界だ。

 コンラートは大丈夫では無いのを熟知しているので、敢えて《大丈夫?》とは聞かず、代わりに優しく頬を撫でつけてくれる。

「コンラッド…ありがとうね。上様も…」

 また静かになってしまった上様からは返信はない。奥ゆかしいのか疲れ果てているのか、詳細は分からない。

「君の為に俺を使ってくれた上様に、感謝のしようもないよ…」
「しんどかったろう?」
「いいや、嬉しかったよ」

 上様の魔力をコンラートを使ってループさせるという不思議な方法で、有利は救われたらしい。目が見えなかったのはもしかすると幸いだったかもしれないと思うほど、唇を重ねての治療は視線が痛い感じだった。

「多くの人の前でおおっぴらに、君と俺が深い仲であることを公言しているようで…」
「コンラッドってば…いがいと見せつけるの好き?」
「君に関してはね。だって…油断するとすぐ色んな連中に好かれているから」
「そのセリフ、まるまんまかえすよ」  
 
 モテモテかぽーなことである。

「とにかく、早くキズを治さなくちゃだよな」
「そうだね…」

 普通なら、このくらいの怪我はどのくらい入院すれば良いものなのだろうか?よく分からないが、無茶をして折角拾った命を捨てては勿体ないし、さりとて視力回復の機会を逸するのも嫌だ。

『あーあ、コンラッドを見たいなぁ…』

 澄んだ琥珀色の瞳は純度の高い宝石のようで、輝くウェラー家特有の光彩は見るたびに胸が震えるほど綺麗だった。秀でた額も通った鼻筋も…薄くて形良い唇がやさしげな笑みを浮かべている様子も、まだまだ全然見足りない。

「ね…コンラッドの顔、さわってても良い?」
「君が望むなら、永遠に」
「すりへっちゃうよ?」
「意外と丈夫に出来ているから、心配しないで?」

 指が辿った唇は、記憶通りに微笑んでいた。
 きっと、有利が安心できるように精一杯笑っていてくれるのだろう。



*  *  * 




 カロリアの門扉を背に、サラレギーを載せた豪奢な馬車は進んでいく。回復した(と、主張している)男はいつも通り淡々とした顔で対面に座っていた。

「…ねえ、詫びてくれるんじゃなかったの?」
「陛下がお叱りになられれば、すぐにお詫び致します」
「…………お前、ちょっと図々しくなってないかい?」
「魔族どもの影響でしょうか?」

 しれっと流すベリエスに、サラレギーはぷくりと形良い唇を尖らせる。

「可愛くない」
「申し訳ありません」

 なるほど、叱ったらすぐに詫びるわけだ。

「お前は聖砂国の王族なのだろう?」
「お答えできません」
「どうして?」
「理由自体が秘密なのです」
「ふん…」

 答えようとしないベリエスを《怪しい》と断じて解雇するのは簡単だが、そうしてやる気はない。この男の忠誠を手放す気はないのである。

「では、もう一つだけ聞こう」
「何でしょう?」
「その秘密は、私のためのもの?」
「そうです」

 それだけは強く断言できるらしい。

「では、そのまま黙っていても良い。けど、私は調べるからね?」
「ご随意に」

 ガタン…
 ゴトン……

 馬車が舗装不十分な土地を進んでいく。その振動を感じながらサラレギーは瞼を閉じた。色々と思うようにならない事もあった旅だったが、何故か気持ちは安らかだった。

『ユーリの目のことはどうなるのか興味あるけど…あの子のことだ、きっと何とかするなだろうな』

 おそらくあの少年は、そういった星の元に生まれているのだ。きっと、連れ添うコンラートも。

『僕もまた世界を動かす器であるなら、またあの連中とはまみえることになるだろう』

 味方としてか、あるいは…敵としてか。

 どちらであることを望んでいるのか自分でも分からないまま、サラレギーは馬車の振動に身を委ねた。



*  *  *

 
 
 
 グレタが緊張感を湛えて牢に向かうと、別館となっている建物の前に見知らぬ男がいた。旅装に身を包んだ精悍な男だが、その眉根には深い皺が刻まれている。

「フリン殿、お願いがあって参りました」
「あなたは…バルトン・ピアザ様?」

 フリンとは顔見知りらしい。《どういう人?》と目配せすると、フリンの顔に緊張感が漂っている。人相は悪くないが、ひょっとすると背景が難しい人なのかも知れない。

「捕らえられている男に会いたいのだが、取りはからって頂けませんか?」
「いえ、今は眞魔国の方々にお任せしているのです」
「それは分かっております。眞魔国兵立ち会いのもとで結構ですから、どうか会わせて頂きたい」
「何故です?」
「私はあの男に、見覚えがあるのです」
「…っ!」

 フリンはバルトンとグレタを連れて扉の影に入った。

「どこで見たのですか?あなたには…あの男の出自が分かるのですか?」

 バルトンはグレタの存在を気に掛けているようだが、フリンにせっつかれると口を開いた。

「確証はありませんが…おそらく、彼はスヴェレラで我が教会内の武闘派組織に与している者です」
「それを…何故あなたが口になさるの?」
「誓って申し上げる。大教主マルコリーニ・ピアザはあのような暗殺に手を染めるお方ではない。私は猊下の命に従って、王太子殿下とフォンウェラー卿の人となりを確かめるべく派遣されたのです。あくまで、猊下は平和的な手段で理解を深めようとしておられる。ですが…教会は一枚岩とは言えない組織です。特に、猊下に敵対する一派は独自に暗躍して組織力を強化しつつあるのですよ」
「それで…あなたは暗殺者の出自を確認して、どうなさるおつもり?」
「止めたいのです。第2、第3の暗殺を」
「…本当かしら?」

 フリンとしては、自分が許可を出して引き入れた商人が、目の前で王太子を襲撃したという不手際が許せないに違いない。特に離別会の折りには領主館の衛兵が身体検査を行っていたから、余計に責任を感じているようだ。バルトンに対する声音にも険があった。
 そんなフリンに焦れるバルトンだが、育ちの良い彼は強攻策で押し通す気はないようだった。ねばり強い語調でフリンを説得しようと試みる。

 そんなバルトンの様子に、グレタが助け船を出した。

「フリンさん…この人、コンラッドに会わせてあげたらどうかな?」
「おお…そうだ、それが良い。フリン殿、私のことは信じられずともフォンウェラー卿なら信じられましょう?どうか、お願いしたい」
「…そうね」

 フリンは二人を連れて再び本館に戻ると、気が急くようでノックもそこそこに扉を開いた。

「ユーリ殿下、コンラート様…」
「ほにゅ…?」
「ん?」

 寝台上に横たわりつつも両腕を伸ばしてコンラートの首を抱える有利と、寝台に腰掛けて上体を捻らせ、熱烈なキスを送っていたコンラートは同時に硬直した。重体の身にしては変なところで元気である。

「二人は…いつでもどこでもあっちっちだね〜…」

 流石のグレタも声が呆れ気味になってしまう。
 心なしか目も遠い感じだ。

「あ、えへへ…ぐ、グレタ?見てた?」
「嫌だなフリン殿…ノックをしても、返事をするまで待ってくれないと…」

 照れくさそうな二人に真剣な話を持ちかけるには、ちょっと気分を立て直す必要がありそうだった。 




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