第2部 第18話
《歌謡祭》は大成功を収めた。
興行的な成功に留まらず、多くの人間の国々(王侯貴族ではなく、商人層ではあるが)と眞魔国が友好的な繋がりを持ち、個人的にも深い友愛の感情を持つに至ったのは、皮肉なことに《風の終わり》による襲撃が大きな一因となっていただろう。
《歌謡祭》の第二部+追加公演までが今度こそ無事に終わり、屋台も店じまいをしてそれぞれの国へと帰路に就くとき、商人達は侠気を見せた。義援金に合わせて、屋台での収益もそっくりそのまま渡したのである。フリンは感謝の念と共にこれを受け取ると、今回の祭に関わってくれた商人達が今後ギルビット港を利用する際には、可能な限りの便宜を図ると約束した。
『種族の垣根を越えて《まことの信義》を貫いたあなただ、我らは手放しに信頼しましょう』
証文を作成して寄越したフリンと、商人達との間で《受け取る、受け取らない》の押し問答が起こったのも、微笑ましい一幕であった。
海底の地形が本来に近い形に復元されたギルビット港も、ルッテンベルク兵や小シマロン兵の協力もあって、急速に修繕が進んでいる。もう明日には両軍共に故国へと戻る手筈になっているが、後はカロリアの民だけで十分に直していける状態だ。
そんな中、自分の去就について真剣に悩んでいる少女が居た。
《ちいさな暗殺者》であったグレタである。
今更スヴェレラに戻ることは考えられなかったが、数日前からすれば信じられないことに、彼女は二つの魅力的な選択肢を提示されているのである。
一つはヒスクライフの養女としてミッシナイで暮らす道。
もう一つは有利について眞魔国へと向かう道である。
前者は仲良くなったベアトリスが是非にと望んでくれ、ヒスクライフも快く容認してくれたからなのだが、この有り難い申し出を受けるかどうかグレタは悩んでいた。
ただ、前者の申し出を聞いた有利は《じゃあ、その方が良いよね》とすぐに引いてしまった。彼としてはどうしてもグレタと共にいたいというわけではなく、哀れな彷徨い人となった少女を見捨てられないと思ったに過ぎないのだろう。
きっと、今の有利の中では《グレタはミッシナイに行く》ものと決定事項化されているはずである。
『悩むような事じゃないはずなのに…』
眞魔国は人間世界における魔族差別ほどではないとはいえ、やはり異なる種族に対しての蔑視はあるだろう。有利にしたところで、暗殺されかけたのを許してくれただけでも強い善意を感じなくてはならないはずなのである。これ以上の親切心を要求するのは、図々しいにも程があるだろう。
『でも…でも……』
牢の中で過ごしたあのひとときが、グレタにとってはあまりにも深く染み入っている。カロリアに居る間はベアトリスと仲良く遊んでいて、有利と離れていてもそれほど苦ではなかったのだが、いざ別れの時が近づいてきたとき、眞魔国の王太子という、《ちょっと会いに行く》が不可能な相手に対して、引き裂かれるような寂しさを感じている。
ベアトリスとどんなに遊んでいても、領主館に帰れば有利がいてくれる…いつの間に、それが日常になっていたのだろう?
いつの間に…有利が、《帰る場所》になっていたのだろう?
『ユーリと…一緒にいたいよぅ……』
今更そんな我が儘は許されないと知っていても、寝台の中で流れていく涙を止めることは出来なかった。
* * *
どんなに悩んでいても、時間というものは必ず経過する。
とうとう別れの日を迎えたその時、グレタは結局《一緒にいたい》と有利に頼むことは出来ずにいた。
カロリア領主館の中庭で行われた離別の儀式には、多くの参列者が詰めかけていた。誰もが当初からは考えられないほど友好的な眼差しを湛え、心から魔族との別れを惜しんでいるかに見えた。
グレタもその一人として、有利に別れの挨拶をすることになっている。
『しょうがないよ…ユーリは王太子殿下として世界を平和にするお仕事を頑張るんだって言ってたもん。春からは《教育官》の人たちも王都にやってくるから、勉強もたくさんしなくちゃいけないみたいだもん』
言葉がちいさな子どもみたいな言い回しになることもある有利は、こことは全く言語体系の違う異世界からやってきたらしい。当然、眞魔国の事も殆ど知らずにいた有利が王太子としてやっていく為には、どうしても沢山の事を知らなくてはならないのだろう。
それに有利は魔力の強い双黒でありながら、混血なのだと聞く。きっと眞魔国内での立場は純血である場合よりも難しいはずなのだ。縁もゆかりもない人間の少女…それも、一度は命を狙おうとした者を傍に置いておくなど、風聞が悪いことこの上ないだろう。
『グレタが傍にいると、ユーリに迷惑が掛かるんだ』
そうだ…グレタはいつもそうなのだ。
唯の一度として存在が有益であった試しなどない。
ゾラシア皇国にいるときには異国から嫁いだイズラ姫の娘として微妙な立場にあり、故国が滅びる直前にイズラ姫の生国スヴェレラに預けられたものの、居ても居なくても問題のない存在であった。少なくとも王と王妃は居ない方が良いとさえ思っていた節がある。
『そんなグレタを、ベアトリスは友達だって言ってくれたんだもん…もっと素直に、にこにこの笑顔で喜んでないといけないんだ』
だからグレタは笑顔を浮かべていた。
とっておきのドレスを着せて貰ってとても嬉しいのだと。大切な友達と一緒に生活できる未来に胸を弾ませているのだと、殊更にはしゃいで微笑んでいた。
別れの挨拶だって、見事な笑顔で行えた。
何度も何度も、表情を作る練習をしてきた賜だ。
小動物のチィが有利の肩に乗り、時折尻尾を擦りつけたり頬を嘗めたりしているのを可愛いとは思いつつも、どこか羨ましくて…妬ましいとさえ感じてしまう。
「それでは王太子殿下、お別れですわ。どうぞ殿下の行く先に、星の輝きがありますように」
内心の動揺は何とか抑えられ、 ちいさな淑女らしく我ながら見事な礼が出来た。
だから…有利が膝をついてグレタの両頬を掌に包み込み、真っ直ぐに瞳を見つめてきたときには怒りさえ覚えた。
どうしてさっさと行ってくれないのか。
どうして…戦慄く唇が、どれほどの辛さを堪えているか知っているように指を這わせるのか。
「こういう時にはね、ないたってぜんぜんはずかしくないんだよ」
「ユーリが泣いているから、そう言うの?」
「うん…おれは、はずかしくなんかないよ」
有利はぽろぽろと綺麗な涙を零してグレタを見つめていた。まるで、泣けないグレタの代わりに瞳を使っているかのように。
『狡い…』
そんな風にされたら、泣かずにいられるはずがないではないか。
「うぅ…う〜……っ…」
歯がみをしてぼろぼろと涙を零すグレタを、ベアトリスが優しく撫でつけた。
「まあ…グレタったら、いつまで意地を張るのかと思っていたけれど、やっぱりユーリ殿下のことが大好きなのね?」
ベアトリス…《本当に5歳なのか》と激しく突っ込みたいのだが、グレタよりも頭一つ分ちいさな彼女はおしゃまな表情を浮かべると、優しい所作でハンカチを押し当ててくれた。
「殿方との別れは辛いもの…でも、そこを敢えて堪え忍ぶのが淑女の技の見せ所よ?ね…グレタ、私と一緒にミッシナイで立派な淑女を目指さないこと?そしていつか、ユーリ殿下のお嫁さんになるの」
「ユーリの…お嫁さん?」
グレタはきょとんとしてベアトリスを見つめた。
「でも…ユーリはコンラッドとあっちっちなんだよ?」
「結婚が成立するまで勝負は分からないわ。結婚したとしても、眞魔国では離婚も認められているのよ?だって、現魔王陛下は三回も結婚しておられるのでしょう?」
「そっか…」
「おいおいおいおい…」
顔色を変えたのは有利だ。
「ちょ…ベアトリス!?涙のわかれが思いがけないテンカイを見せてるんですけど…」
「あら、私としたことが…こういう密談は、本人のいないところでしなくてはならなかったわね」
「いや、そういうコトじゃなくて…」
妙な展開を見せる有利たちに、サラレギーまでが参戦していく。
「ふぅん…そうか。お嫁さんという手があったね。どうだろう…ユーリ。私は世界一花嫁姿が似合うと思わない?」
「にあったらナニ!?」
多分冗談だろう。そう思いたいのだが、ぶつぶつと《小シマロンと眞魔国の婚姻による結びつき…悪くはないね》と呟いているのが気になってしょうがない。しかも、妙に楽しそうだ。
「ちょっと良いかな?」
ベアトリス達の前に、にこやかな微笑みを湛えたコンラートがしゃがみ込んできた。その表情は余裕のある大人のそれだったのだが…。
「グレタ、申し訳ないんだが…ユーリのお嫁さんは俺と決まっているんだ」
言っていることは甚だ大人げなかった。
「コンラッドが花嫁衣装を着るの?」
「ユーリが求めるのであればそれも致し方ないと思うんだけど…個人的には、ユーリに着て貰いたいと思ってる」
「コンラッドーっ!子どもあいてにどういう話してるーっっ!!」
有利はコンラートがしゃがんでいることを良いことに、頚へと腕をかけて関節技を決めているが、総頚動脈を圧迫されながらもコンラートは口を閉じない。
「そこでグレタ、相談なんだけど…ユーリのお嫁さんではなくて、俺たちの娘にならないかい?」
「え…?」
「ユーリは残念ながら子どもが産めないから…」
《あ・た・り・ま・え・だ》…と呟きながら、有利がギリギリと頚を締め上げているが、流石はルッテンベルクの獅子は丈夫だ。顔色一つ変えずにけろりとしている。
「まあ、俺も産めないから文句の言いようもないんだけどね?出来れば、君のような子に娘になって欲しい」
「ほ…本当に?」
有利を見上げてみると、こちらも涙を引っ込めて苦笑している。やっとコンラートの首筋から腕を離し、居住まいを正してグレタに向き合った。
「えへへ…グレタがベアトリス達といる方が良さそうだったから、あんまりつよく言えなかったんだけど…その話が出るまで、グレタと眞魔国でくらすこととか考えて、すごくたのしかったんだ。おれ、にーちゃんはいるけど女きょうだいいなかったし、グレタかわいいしさ。その…人間のくににいるより、くろうはかけるとおもうけど…」
有利はもう一度膝を突くと、グレタに手を差し伸べた。冬にしては随分と暖かい陽光が降り注いで、漆黒の瞳はきらきらと輝き、形良い唇はふんわりと笑みを浮かべて白い歯を覗かせている。
それは、夢のように綺麗な姿だった。
「でも、しあわせにするよ…せいいっぱい。だから、おれたちの子になって?」
「ユーリ…っ!」
差し出された手を両手で握ろうとした。
けれど…それは、出来なかった。
ヒュン…っ!
突然、空を裂く弓弦の音が響いたかと思うと…《ドッ》というおぞましい音と共に、有利の身体が激しく反ったからだ。
一瞬の後、コンラートに抱えられた有利からは鮮やかな血飛沫が噴き上がった。
悪夢の中で広がる、呪われた花弁のように…。
* * *
その瞬間、コンラートは視界の端に何かが光るのを認めた。
冬にしては暖かな陽光に照らされて、非日常的な金属がチカリと瞬いたことに本能的な警戒心を抱いたのだ。
『ユーリ…!』
声を発するよりも早く身体が動いた。卓越した身体能力は、十分に有利を引き寄せることが可能だったはずである。
ただしそれは、コンラートの肉体が完全なものであったなら…という条件下での話である。
心の中で伸ばした左腕は空を掻き、物理的に存在する右手が回り込んだときには…既に有利は背後から射抜かれていた。
「ユー…」
声が情けないほどに掠れている。強張る舌は喉頭を圧迫し、意味のある発語を阻もうとしていた。
「ユー…リィイイイイ……っ!!」
絶叫が迸った時、ヨザックが素早く射手を拘束したのが見て取れた。村田も弾かれたように反応し、鋭い指示を出している。
「ヨザック…っ!口、手…っ!!」
「はいよ…っ!」
怒りに燃えながらも、彼らは冷静だった。咄嗟に暗殺者の自害を防ごうというのだ。案の定そのような手筈になっていたらしい男は、苦鳴を上げて猿ぐつわを噛んだが、後ろ手に縛られて手首に装備していた小型ナイフも取り上げられると、漸く観念したように静かになった。
彼らが適切な対応をしてくれたおかげで、コンラートは有利だけに集中することが出来た。
射抜かれた勢いで大地に叩きつけられるところだった身体を、自分の身を反転させることで相殺し、横向かせた身体の止血点を読み取り、正確に圧迫する。背部からの出血だが、内胸動脈を止める為には鎖骨と第一肋骨の間を押さえる必要があるからだ。
チィは一瞬叩き落とされるようにして地面に身を倒していたが、すぐに立ち上がると《チィ…っ!チィ…っ!》と悲痛な叫びを上げて有利を呼んだ。
「衛生兵…っ!」
「はい…っ!!」
ギーゼラを伴っていたのは幸いだった。強い治癒の力を持つ湖畔族の女性は素早く駆け込むと、矢を抜く前に有利の命を繋ぐべく、真っ赤に染まった胸に魔力を注ぎ込む。しかし…人間の土地で魔力を使うことは危険であると同時に、極めて効率が悪い。すぐにギーゼラの表情が青ざめてきた。無理もない…ほんの数日前に《風の終わり》が襲撃してきた際、ギーゼラは既に魔力の多くを割いて人間達の治癒を行っているのである。
「他に治癒術の使い手は!?」
「わ、我々が…っ!」
しかし、誰もギーゼラ以上の力を発揮できる者はいない。村田も跪き、血まみれになりながら手を伸ばすが、彼の力はあくまで有利専用の増強器なのである。ギーゼラ達の力を増強することも、自ら治癒を行うことも出来なかった。
「くそ…くそぉお…っ!」
矢を抜くどころではない。急速に生気が失われていき、頬からは血の気が引いていった。
『死ぬ…死ぬ?この子が…?』
全身にどっと冷たい汗が噴き出してくる。
この愛おしい命が失われたとき、コンラートは自分が自我を保っていられるという自信がなかった。
おそらく…狂ってしまうだろう。
それだけを確信していた。
眞魔国の繁栄も世界の平和も、全ては有利が居るからこそ成立する幸福なのである。彼が居なければ…全ては色彩を失い、無意味な物と化してしまう。
「ユーリ…ユーリ……っ!」
呼びかけに応えようと微かに震えていた瞼までが、動きを止めていく。
掛け替えのない命が今、失われようとしていた。
* * *
『何が起きているんだ?』
サラレギーは呆然として有利を眺めていた。
夥しい血にまみれたその身体から動きが少しずつ失われ、コンラートに向けて力無く伸ばされていた手が、ぱたりと地に落ちた。
「陛下…」
声を掛けられて初めて、サラレギーは自分がベリエスに支えられていたことを自覚した。そうでなければ、とっくの昔にへたり込んでいただろう。
『ユーリが…死ぬの?』
サラレギーの頭脳を持ってすれば、ほぼ正確に今後の世界情勢が把握できるはずであった。暗殺者がどのような組織に所属しているかで図式は変わってくるが、少なくとも眞魔国は激怒する。そこに小シマロンが参入すれば、思うようにその強大な武力の矛先を調整することも可能なはずだ。
だが今、サラレギーの脳内にはそんな計算が全く動作していなかった。
ただただ頭の中にあったのは、有利の命が失われてしまう事に、自分が予想もしていなかったほどの衝撃を覚えていると言うことだった。
「う…ぁ……」
こんな無様な声など上げたくない。
その場に応じて都合良く流す涙はあっても、狼狽えて前後の見境無く流して良い涙など一粒たりとも持ち合わせてはいないというのに…どこかをツンと刺激されたら、泣き崩れてしまいそうな自分がいた。
「あ…ぁああ……ぁああああ……っ!!」
「どうか気をお鎮め下さい、サラレギー陛下」
常と変わらぬ冷静な声が腹立たしかった。こいつは何だってこんな時まで冷静なのかと、普段は有り難い気質が疎ましく思える。
だが…サラレギーは不意に思い出した。
幼い頃、この男は一度…サラレギーに対して法力を用い、治癒の力を発揮させたことがなかったか?
「ベリ…エス……」
ぎしぎしと軋むような動きで頸椎を旋回させると、サラレギーはベリエスにしがみついて命令した。
「お前は治癒の力が使えたよね?その力でユーリを治すんだ。眞魔国はきっと恩義に感じるよ?この上ない繋がりを持つことになる…」
半分以上が自分に対する言い訳であることを自覚しながら囁きかけるが、ベリエスはにべもなく断る。
「申し訳ありませんが、陛下…。私の持つ治癒の力は、十分なものではありません」
「…なんだって?」
ベリエスが命令に反することなど想定していなかったサラレギーは、子どものような顔できょとんとした。
「どうして…だって、小さい頃…僕が転んで怪我をしたときに、治してくれたじゃないか…っ!」
「あの時は、法石を使ったのです」
そういえばそうだ。ベリエスは父が探してきた人間なのだから、法石も無しに力を発揮することなど出来ない筈である。そして今、彼らの法石は殆どが消滅してしまっている。目敏い村田に指摘されて、怪我人の治癒に供出されてしまったのだ。
「じゃあ良いっ!私がやるっ!!」
「サラレギー陛下…ご存じの筈ですよ?陛下の法力は…」
「知っているさ…ちんけな物だ…っ!」
そうだ…知ってる。
嫌と言うほど知っている。
実の母にさえ見捨てられるほど、サラレギーには法力が乏しかった。
3歳の時に、《大した法力を持たない以上、お前はいらない》と母は宣告した。泣いてしがみつくサラレギーの指を一本一本無情に衣から剥ぎ取って、母は…アラゾンは、我が子に《二度とこの国に来てはなりません》と、里帰りすら拒絶した。
後天的に会得した催眠術を掛け合わせて、やっと動揺している人の心を操れる程度の、ちいさな法力…。治癒などやったこともない。
だが…今、サラレギーは何もしないまま有利の命が失われていくのを見ていることが出来なかった。
『これは…政略なんだ…っ!』
ベリエスを突き飛ばすようにして駆けだしたサラレギーは衛生兵を掻き分け、有利の矢傷に手を翳すと目を金色に光らせて法力を使った。けれど…自分でも嫌になるほどちいさな法力は、血の流れをほんの少し止める程度にしか働かない。
『止まれ…止まれ……せめて、矢が抜けるように…っ止血が出来るように…っ!』
懸命に祈っても、叶うという気がしなかった。
幼い日…母に向かってどんなに泣き叫んでも近寄ることも出来なかったように、己の無力に歯がみすることしかできなかった。
「許さないからな…」
ぶつぶつと、呪詛のような言葉と共に涙が頬を伝う。
「許さないからな…死んだりしたら、僕は君を絶対に許さない…っ!」
我を忘れて叫び、幼く見えるからという理由で使わないようにしている《僕》という一人称を使っているのにも気づかない。
叫びながらカラカラに枯渇した法力を最後まで使おうとした時、がっしりと肩を掴んだ手がサラレギーを押しのけた。
有利の上に身を屈めた人物は、先程無碍にサラレギーの願いを拒絶したはずのベリエスだった。
その手が有利の傷に翳されると、深い藍色をしていた筈の長髪は何故か…サラレギーによく似た亜麻色へと変化していった。
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