第2部 第10話






 ピッカー……!!

 輝かしい…というか、眩しい。
 有利は美髭を蓄えた青年の頭部が陽光を受けて反射するのを、口をぽかんと開いて見守った。

「え…え?か、髪…は…」
「ユーリ、指さしてはダメだよ。あれはお国の習慣であって、大胆なカミングアウトとかではないから…」

 コンラートが苦笑して囁くからにはそうなのだろう。だが、だったら最初から禿頭のままで接して欲しいものだ。普段は鬘に隠されているのに、突然、礼の時だけ現れるなんて反則だ。

「は…っ!もしかして、さっきの子も…っ!?」

 ツインテールのリボン結びの下には、一休○んのような禿頭が…。
 斬新すぎる。

「いやいや。男性だけの風習だよ。《この頭部のように、私の心は澄み渡っております》と示しているんだ」
「うーん…そ、それは嬉しい…かな?」

 手放しで御礼を言われているのだとやっと気付いた有利は、鬘と帽子を被り直したヒスクライフが握手を求めてくると、積極的に手を伸ばしてがっしりと握りしめた。

「もしかして、ヒスクライフさんはあの船にのってたんですか?」
「ええ、そうです。海賊連中に抵抗しましたが多勢に無勢…剣を奪われ、ベアトリスと引き離されたときには…もはやこれまでかと絶望しかけました」

 思い出しても辛いのか、ヒスクライフの整った容姿が苦渋を滲ませて歪んだ。けれど、それもすぐにふわりと解れる。

「しかし、それをあなた方が救って下さった…。余程優れた射手をお持ちなのでしょうね!放たれた矢は一本たりとも乗客に当たることなく、正確に海賊だけを射抜いていった…。更には艦上から砲撃されるのも厭わず、海中に放り出された男達を小型艇を駆って救い出されていったあの勇気!私は、魔族に対する迷妄を一気に解かれました」
「騙されてるんだ!それは…きっと、もっと恐ろしい、残虐な計画の為の準備に過ぎないんだっ!」

 意気消沈しているかに見えた若い衛兵…モルダーと呼ばれた青年が叫ぶと、仲間達もぎゃんぎゃんと言い立てた。しかしヒスクライフは全く動じることなく、眼差しにはどこか《哀れみ》すら滲ませて衛兵達を見やるのだった。

「《恐ろしい、残虐な計画》とは一体どういうものを指すのかね?」

 ヒスクライフの指摘に、男達はぐっと詰まる。具体的な懸念事項ではなかったらしい。

「それは…」
「と、とにかく恐ろしいんだ…っ!」 
「世界を人間の血で染め上げるとか、そういう…」

 言いながら、男達は自分自身の言葉のあやふやさに口角を枉げる。何故もっと良い想像が浮かばないのかと焦れているらしい。

「私も、魔族について何も知らないときにはそう信じていたよ?幼い頃から、教会でそのように教えられていたからね。だが…冷静になって考えてみて、魔族がこの数千年という歴史の中で、果たしてそのような行為に及んだことが一度としてあったろうか?」

 男達はヒスクライフの言葉に何とか反論しようと試みる。もう、反射としてしか言葉がひねり出せないのだ。しかし、その問答の勝者は明らかであった。

「戦争で、多くの人間が死んだじゃないか!」
「同時に、多くの魔族も死んでいる」
「魔族は魔力が使える…っ!」
「人間の中には法力が使える者もいる」

 衛兵達は一様に押し黙り、ぴくぴくと口角を震わせてヒスクライフを睨み付けた。言葉では適わないと察したものの、心情的な折り合いがどうしてもつかないのだろう。

「そろそろ、自分の心と頭を使って考えてはどうだね?教え込まれたことではなく…自らの瞳を開いて、真実を見定める勇気を持つべきだとは思わないかね?少なくとも、君はこの方々に対して大きな恩義があるはずだ。君たち若者を、小シマロン軍からカロリアに戻すこと…それが《歌謡祭》による復興支援と引き替えに、眞魔国側が小シマロンに要求した条件だったのだよ?」
「……っ!馬鹿な…小シマロンの話では……」
「《サラレギー陛下の温情》…そう聞いていたのかね?では聞くが、果たして温情のある王が、生きた人間を使って《禁忌の箱》の開放実験などやるだろうか?」
「そうさな…それで、多くの仲間が生きながらにして熔岩に飲み込まれて死んだんだ…。ありゃあ…地獄だった」

 ゴーガンはぽつりと呟くと、孫の肩を強く抱いて語りかけた。

「魔族の全部が良い奴だと思うわけじゃねぇ…。だがよ?人間にだって、フリン様みてぇに民に尽くすお日様みたいな方もおられれば、サラレギー王のように人の命をゴミのようにしか思ってねぇ糞野郎もいる。俺は…魔族も一緒じゃないかと思うんだ。少なくとも、この方は…お日様の方だ。そうは思わねぇか?」
「うう…う……」

 モルダーは尚もぶるぶると拳を震わせていたかと思うと、強引に祖父の手を振り払って駆けだした。仲間達はどうしたものかとおろおろしていたが、結局は友人を追いかけて走っていった。
 その後ろ姿を見つめるゴーガンの背は、酷くちいさく見えた。

「申し訳ない。早くに両親を亡くしたせいかねぇ…物の道理ってものを俺はあいつに十分教えてやれなかったみたいでさぁ…」
「頭さげないで?おじいちゃん…おれ、あなたにかばってもらったこと、忘れない…。あなたのお孫さんなら、きっとあの人も分かってくれる。おれ…信じてる…っ!」

 有利がぎゅう…っと皺くれた無骨な手を握ると、はにかむようにしてゴーガンは微笑んだ。

「ああ…やっぱり、あんたはお日様みてぇだ…あったかくて、やさしい方だ…」
「ありがとう…うれしい」

 にこにこと笑い合う有利はこの時、自分たちが見られているとは意識していなかった。



*  *  * 




『あれが…双黒の王太子か』

 驚きに満ちた瞳を開大させているのは、聖都から大教主マルコリーニの命を帯びてやってきたバルトン・ピアザであった。教会の者とは知られぬよう、ごく一般的な旅装に身を包んでいるバルトンは一見すると丸腰に見える姿で、単身カロリアを訪れている。
 《不用心》と言われそうだが、腰に提げた太い棍棒は決して料理用のものではなく、伸ばせば身の丈ほどにもなる三節棍である。この武器の名手であるバルトンは、道中に幾度も襲いかかってきた盗賊を完膚無きまでに叩きのめしている。

 王太子を身近で観察する為にフリンに申し入れて、領主館の敷地内に入ったのがつい先程のことであるが、早速中庭で衛兵とやり合っている場面に遭遇した。

 そこで展開されるあまりにも出来すぎた《素敵エピソード》をどう捉えて良いのか分からなくて、バルトンは正直戸惑っている。

 育ちによる習慣として魔族に対する偏見が強く、さりとて頑迷に教会の教えを信じ切るには、内情を知りすぎていたと言える。

 バルトンはマルコリーニ直結の弟子であり、彼が立場を慮って口に出すことの出来ない事実も知っていた。現在教会に伝わっている教義は、実のところウェラー王家がベラール家によって討ち滅ぼされて以降、大きく歪められているのである。

 育て親のマルコリーニにとっても、《神への忠誠》を作為的に《王への忠誠》にすり替えられていることがまず不満であったし、過剰なまでの魔族敵視が果たして正しいものなのかどうか迷いがあるらしい。

 それを見極める為に今回派遣されたわけだが…。

『なんだろうなぁ…この光景。出来すぎて、まるで私を填める為に用意された舞台でも見ているようだ』

 言い換えれば、それだけ王太子に魅力を感じそうになっていたわけだが…。
 
『うむ。こんな所で思案していてもどうにもならん。何とかして直接口をきけないものかな』

 思い切って話しかけてみようかと一歩踏み出したバルトンだったが、突然、どこからかトランペットの音色が響いてきた。
 王太子達も気付いたのか、顔を見合わせている。

『これは…』

 この節回しには覚えがあった。心浮き立つような愉快な調べ…。確か、《マーシャの歌姫ギルド》の隊列曲であったはずだ。この調べを耳にすると、近隣の子ども達が歓声を上げて走っていくのだ。

 例に漏れずカロリアの子ども達は漏れなく手伝いを放り出して家から飛び出していたし、大人達も我先にと仕事の手を止めて駆けだしていた。



*  *  * 



 
 カロリアの領土際には、一応盗賊よけの門扉が取り付けられている。《箱》による被災時に一度崩れているから、随分と見栄えが悪くなった門扉は《つぎはぎだらけ》という印象だが、無いよりはましだ。
 一応閉じておいて、友好的な来訪者に対しては《あなたを迎えます》と言いたげに開くことが出来る。

 特に色取り取りに帆布を染め上げた一団が入ってくるとなれば、その鮮やかな旅装を眺めているだけで心が浮き立ち、是非に是非にと弾む心で門扉を開くと、衛兵達は口々に歓待の言葉を口にした。

 正直、船で来訪した魔族に対しては強い警官心を抱いているものの、彼らが招聘してくれた歌姫ギルドの存在は手放しに喜ばしいものだった。

「マーシャ!マーシャ!」
「ようこそ、歌姫ギルド…っ!」
「見ろ…マーシャのギルドだけじゃないぞ!?」

 よく見ると数年前に来訪したときよりも幌馬車の数が多い。幌に染め抜かれた紋様も、マーシャを示す紅色の蝶の他に、月の紋様、太陽の紋様と様々である。隊列曲も次々に変わっていき、複数のギルドが《歌謡祭》の為に集まってくれたのだと分かった。

 彼らが門扉をくぐって領土内に入ってくると、鮮やかな帆布が暗い色をした町並みの中で、紫陽花のような色合いがぱっと生気を与えてくれる。
 幌から美しい歌姫達が出てくると更に歓声が上がった。まだ髪も簡単に結い上げただけで、顔にも淡く薄化粧しているだけなのだが、それでも垢抜けた佇まいは十分に人々の目を楽しませてくれる。

 歌姫達はまた、ギルビット港湾内の人々がびくびくと接していた魔族に対しても、大した気負いは感じずに応対できるようだった。世界中を旅している彼らは眞魔国にも訪問しているだろうから、魔族がどういう人々であるのかよく知っているのだろう。顔見知りもいるらしく、親しげに声を掛けては笑い合っている。

「あの人達…こ、怖くないのかな?」
「歌姫達は平気な顔をしているぜ?」

 こうなると、歌姫達に声を掛けたいという心理もあって、何時までも建物の陰に隠れていることは出来なかった。
 《歌謡祭》に向けて舞台設営を始めた魔族とギルドの男衆に対して、《何か手伝うことはないか》と声を掛ける者が出てきた。
 仲間内で一人二人、こういう連中が出てくると後は早い。

『今は手が足りている』

 と、窘められるくらいに準備が捗り出す。

 更には昼時になって魔族の連中が炊き出しを始めると、昨日は怯えて手を出してこなかった連中が、わらわらと(手伝っていなかった者まで)集まってきて舌鼓を打ち始める。
 《毒でも入っているのでは…》と未だに心配している者達もいたが、良い香りを漂わせてばくばくとカッ喰らっていく連中を目の前にしては、何時までも憎まれ口を叩き続けることは出来なかった。

「う…っ」
「旨い…っ!」

 人々は各自の家から持ってきた椀に炊き出しを注ぐと、がふがふと飲み込むようにして食べていった。
 その中の一人ベルクマンいう老人が、ふと炊き出し中の少年に気付いた。この港が《地の果て》の影響で破壊される直前、立ち食い炊事屋で日銭稼ぎをしていた子に違いない。相変わらず可愛らしい顔をしており、頭髪はくるりと布地で巻いていた。料理に髪が入らないようにとの配慮だろう。ゆで卵みたいなおでこがとても可愛い。
 
「おお、久しぶりじゃないか!お前さん…無事だったんだな?」
「あ、おじいちゃんお久しぶりです!」
「おお、おお…。言葉も随分と上手になっているじゃねえか。良かったなあ、言葉は生きていく上での基本だからな?そういえば、あの綺麗な兄さんも元気かい?」
「はい。げんきですよ〜。コンラッドにたくさんコトバをおしえてもらったから、いまはだいたいしゃべるれろです」

 《えっへん》と自慢げに胸を張るので、《喋れる》だろうよと突っ込むのは止めてやった。

「そうだ、前にバイトしてる時には、おごってくれてありがとうございます。再会のおいわいに、おまけしときますね?」
「おりょりょ…悪いねぇ」

 たっぷりと注がれた汁を口に含むと、久方ぶりの旨みが身体中に沁みるようだった。かつては豊富に取れた海産物も潮流が変わったのか殆ど取れなくなり、僅かに漁獲があったときにも今後の為にと加工してしまうから、外洋から魔族が持ち込んだ新鮮な魚介類や、ことに、もともとあまり取れなかった野菜類は舌の上でとろけるようだ。

「ああ…旨いなぁ。魔族が作ったもんでも、こんなに旨いんだな…」
「うん。おいしいでしょ?魔族だって、野菜つくるのもごはんつくるのも、じょうずなんだよ?」
「ほ…そうかそうか」

 ベルクマンは笑って頷く。おそらく、この子は混血だったのだろう。人間の世界では非道な仕打ちを受ける混血も、眞魔国では扱いが違うと聞く。ことに、《ルッテンベルクの獅子》と謳われるコンラートが復権したとあっては、随分と良い待遇を受けているのだろう。
 少年は以前よりも血色が良くなったようだし、土で汚れていた指先も丁寧に整えられている。

「良かったな…大事にされてるんだなぁ。安心したよ。あの災害からずっと姿が見えなかったから、死んだんじゃないかと心配してたんだ」
「しんぱいかけて、ゴメンね?」
「なーに、なになに」

 申し訳なさそうに小首をかしげる姿も相変わらず可愛い。
 
「おう…そうだ。俺はベックマンってんだが、お前さんはなんて名前だい?」

 親しげに言葉を交わしておいて今更だが、そういえば唯の客と日雇いの関係であった彼らは互いに名前も知らないのだ。

「ユーリだよ」
「ほー、良い名前だな。しかし…どこかで聞いたような」

 思い出せそうで思い出せずにモゴモゴしていたら、この少年のことを覚えていたカティという老女が声を掛けてきた。

「ほら、あれじゃない?双黒の王太子が確かそんな名前だよ」
「へえ、魔族の間じゃあ流行ってるのかい?」
「夏の第一月の呼び方が《ユーリ》だから、夏生まれの子にはよくつけるのかも知れないね。でも、おれが知ってる限りじゃあ、おれ以外にそういうなまえはなかったなぁ」
「ほう、それじゃあお前さんと王太子だけかい。そりゃあ下手に呼ぶと不敬罪で首が飛んだりしそうだな」
「えー?とばないよ」

 ユーリが心外げに眉を寄せるから、ベルクマンは《すまんすまん》と苦笑して頭を撫でた。きっと人間の世界で苦労してきたから、新天地の住人である魔族を良く思いたいのだろう。

 この時、ベルクマンの手は少し湿っていたものだから、結び目が緩んでいたほっかむりがずるりと外れてしまった。
 すると…布地の下から現れたのは、漆黒のさらりとした髪であった。
 
「ひょ…っ!?」

 周囲の連中の息が止まる。
 勿論、ベルクマンもそうだ。
 何人かは飲み下しかけていたものを噴きだしそうになったし、今まで旨そうに口にしていたものを不審げに見やっている。

「あ…」

 けれど、ベックマンには分かった。
 ユーリは、それ以上に怯えていた。

 自分の持つ色がどれほど人間達に恐れられるのか、既に彼は知っているのだろう。それでも顔馴染みのベックマン達に御礼を言いたくて、こうして炊き出しをして待っていてくれたのだ。

『魔族っていっても、ひょっとしたら…混血は違うのかもしれねぇな?』

 ユーリのような良い子がいるのなら、信じてやっても良いのかも知れない。

「おお、すまねぇな…ユーリ。また被らせてやろうな?髪が飯に入ったら台無しだもんな」

 少々おっかなびっくりだったのだが、漆黒の髪を撫でつけてから布地を元のように巻いてやると、淡く水膜を纏った瞳が見上げてきた。涙が滲んでいるのだと気付いたときには、硝子片が浮いて…その下に真っ黒な光彩があるのだと気付く。

『この子が…双黒の王太子だってのかい?』

 次々に襲いかかる衝撃に、ベックマンはもうひっくり返るようにして驚いたりはしなかった。そういえば、双黒の王太子はウェラー卿コンラートと共に大陸を旅してから眞魔国に戻ったと聞いている。なら、その途上で姿を染め粉や色硝子で変えているときにギルビット港に立ち寄ったのだろう。

「こわく、ないれすか…?」

 ふるふると瞳を潤ませているせいか、折角上達した言葉が少し縺れ気味になってしまう。
 ベルクマンはふるる…っと首を振ると、意識的に笑顔を浮かべてユーリを励ました。

「怖いことなんかあるかい。お前さんが双黒の王太子だってんなら、俺は魔族のことだって、ちょっとは信じて良いぜ?お前さんが信じているんならな」
「おじいちゃん…っ!」
  
 ぽろ…っと一滴涙がこぼれるのを、カティがおそるおそる前掛けの布地で拭いてやる。《ありがと…》と囁かれると、カティはほっとしたように笑顔を浮かべてユーリを抱きしめた。実のところ、ベックマンもそうしてやるつもりで腕を上げていたので、何だか孫を取られてしまったような心地だ。

 カティは涙の中で泳いでいる風な硝子片を丁寧に取り除いてやると、どうなることかと固唾を呑んで控えていた兵士に手渡した。そして、再びしっかりとユーリを抱きしめてやる。

「そうかい…そうかい。あんたが王太子殿下だったのかい?双黒がこの港にやってくる…それも、《歌謡祭》なんてものをひらいて復興支援をしたり、小シマロンに連れて行かれてた若い連中を戻してくれるんだって聞いたときには、あんまり上手い話だから…余計に疑ってたんだよ。だけどねぇ…あんたが双黒なら、きっと裏なんてないんだろうさ…。本当に、あたしらを心配して、助けてくれるつもりだったんだね?」
「うん…うん……」

 老女の腕の中でこくこくと頷くユーリに、一歩退いていた人々が二歩…三歩と歩み寄ってくる。

「ごめんねぇ…疑ったり、怖がったりしてさ。あんた…ギルビット港に来てから、随分嫌な思いもしたんだろ?暗殺者に刺されそうになったって言うじゃないか」
「それも…もう、いいんだ…。ちゃんとあやまってもらったから…」
「謝った?暗殺者がかい?」

 カティは目をぱちくりと開いてユーリの肩を掴むと、意を正すように問いかけた。

「あんた…まさか、それで暗殺者を逃がしちまったなんて言うんじゃないだろうね!?」
「ええと…そのぅ……」

 視線を宙に泳がせているユーリに、カティは呆れたように嘆息した。

「そうなんだね!?ああ…全く、なんてお人好しなんだい!ああ…いやぁ…魔族好し?」
「そういうわけじゃないんだけど…」

 そんな遣り取りの最中に、ちいさな少女達が駆けてきた。綺麗なドレスを着た一組の少女は、歌姫達に負けず劣らず愛らしく、まるでちいさな蝶のようだった。

「ユーリ、見てぇ…っ!ベアトリスが貸してくれたのっ!!ちょっとちいさいけど…ショールを羽織ったら着れたのっ!」
「とってもカワイイよ、グレタ。ベアトリスもありがとうね?」

 赤い目元をしているユーリを見ると、グレタと呼ばれた少女の表情が曇った。

「あ…れ?ユーリ…泣いてたの?」
「なつかしい人にあえて、うれしかったからだよ」

 互いの心を思いやりながら遣り取りをするグレタとユーリを目にして、カロリア側の衛兵達がぎょっとしたような顔をしていた。
 そして、口々に《あれは…暗殺者じゃないか?》と囁き交わすのを聞いて、ベックマンは更に確認を深めていた。

『ああ…この子は、本当に良い子さ』

 魔族が本当に邪悪だったり、邪だったりするのだとしても…少なくとも、このユーリだけは大丈夫だ。

 そう、信じることが出来た。
 


  



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