獅子の系譜








プロローグ





 父は快活な男だった。

 良く笑い、よく食べ、美しい女性と剣による闘いを愛した。
 大抵の厄介事は笑い飛ばし、およそ真剣に落ち込むということをしない男であった。

 だが、そんな父が一度だけ…沈思な眼差しを浮かべて、ある方向を見詰めていたことがある。
 それは丈の長い秋草が風を受けて縦横に靡く、ベルトラン平原の彼方だった。


 ざわわ…
 ざわわ……


 揺らめく穂や枯れ草の群れの中で、父は馬と共に動きを止めていた。
 肩口より長いダークブラウンの髪は秋草よりも深い色合いだったけれど、共に風を帯びて流れていくと、陽光を受けて幾らか明るい色になるせいか、草原と同化してしまったかのように見えた。

『あの向こうに、シマロンがある』

 地理的な情報は、幼いコンラートの頭蓋内にも父と等しいだけのものが収まっているはずだったが、父の想いまでは汲み取れなかった。
 ただ…彼にしては酷く感傷的な想いを込めて、その名を口にしたのだろうとは察した。

 眞魔国の民にとっては、《最大の敵国》たる名を。

 暫くの間、父は銀を散らした瞳を真っ直ぐに向けたまま黙り込み…一言呟いた後、おもむろに馬首を巡らせた。

 当時のコンラートはこの世に生を受けてから15年かそこらだったと思う。
 まだ成人の儀は迎えておらず、父と共に眞魔国内外を旅していた頃だったから、おそらくそうだ。
 まだ色んな意味で未発達だったコンラートには、当時の父がどのような想いを込めてその《一言》を口にしたのかは分からなかった。

 父を喪った今となっては、尚更分からない。


『コンラート…あれが、父祖の眠る地だ』

 
 帰りたかったのだろうか。
 それとも、取り戻したかったのだろうか…。


 それを知る術(すべ)は、今のコンラートにはない。





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