第9話





 燃え上がる炎が女達の隠れている倉庫を焼き尽くそうとしている。
 その光景に、コンラートは顔色を失った。

「ユーリ…っ!」

 あそこには、ユーリが隠れているはずだ。
 
「貴様…あれは法石を使った物だろう?消火剤はないのかっ!」

 法石を用いた発火剤は盗賊や傭兵などの不正規軍が時折用いるもので、基本的には消火剤と共に持ち歩いている物である。そうでないと、何かの折に自分や仲間、あるいはアジトなどを燃やしてしまった時に困るからだ。
 何故なら…この発火剤は燃焼可能なものを燃やし尽くすまでなかなか消えることはなく、井戸水を汲み上げて人力で消す程度ではとても消し止められないのだ。

「も…持ってねぇよ…。消火剤までは金が回んなかったのさ…」
「馬鹿か貴様…っ!お前達が奪おうとしている物まで燃え尽きてしまうんだぞ!?」
「くそ…っ!お前が邪魔をするからだ…っ!上手く行ってたのに…お前が邪魔をするから、俺は腹が立って…」

 駄々っ子のように口泡を吹いて惑乱する男の相手をそれ以上する気にはなれなかった。
 コンラートは男の頭部が嵌頓するほど剣の柄を叩きつけて気絶させると、必死で消火している村長に問いかけた。

「ドント、この村には法石の入った消火剤はないのか!?」
「……ないっ!くそ…くそぉお…っ!消えろ…あ、あ…あそこには、メイリーもいるんだ…っ!」

 メイリーというのはおそらく、ドント爺さんの妻だろう。
 他の男達にとっても同様だ。あそこでは多くの妻や娘が火に巻かれているのだ…。

「ユーリ……っ!!」

 コンラートは意を決すると全身に水を浴び、剣で燃えた建材を斬って倉庫に駆け込もうとしたのだが、その肩を強い力に止められてしまう。
 万力のようなその腕は、友人のものであった。

「馬鹿野郎…っ!死ぬ気か…っ!?」
「あそこに、ユーリがいるんだ」
「それがどうしたっ!」

 ヨザックの言葉に、コンラートは言葉に詰まる。

「お前が命張って救うようなもんか!?あんただって、いざとなったら殺すつもりであの缶を持ってたんじゃないのかよ?」

 ヨザックが指し示す先には、例の缶を置いてある飲み屋があった。
 偶然にもその建物はまだ引火しておらず、周囲の喧噪をよそに静かな佇まいを呈している。

「あの勢いで灼けちまったら、双黒を確かに殺したっていう証明には困るさ。だが、あんたが命を賭けるほどの事じゃない。命あっての物種だ」

 ヨザックは敢えて淡々と喋っているに違いない。
 本来なら、《それがどうした》等と切り捨てられるほど冷淡な男ではないのだから。 
 その証拠に…コンラートの肩を掴んだ手はちいさく震えてた。

「……諦めろ…っ」
「ヨザ…」

 友人の思いは痛いほどに伝わってきた。
 《生きていて欲しい》…彼は唯、そうコンラートに望んでいるのだ。

 だが、コンラートはヨザックの肘の内側を素早い動きで突くと、痺れて力の抜けた手を払った。

 愚かな行為だと分かっている。
 それでも…止めることは出来なかった。

 あの少年が動かぬ消し炭に変わってしまうことだけは…どうしても許容しがたいのだ。

「すまない…っ!」
「この…っ!!」

 ヨザックはもう一方の手を伸ばすが、コンラートの後ろ髪を掠めて指先は宙を掻く。
 友人の絶叫を背に、燃えさかる焔の中へとコンラートは駆け込んでいった。

 息が詰まるような熱気がどうっと吹き付けて、触れてもいないのにちりりと肌が灼ける感覚がする。輻射熱だけで死に絶えてしまいそうな熱気なのだ。

『こんな中に…ユーリがいるのか……っ!』

 一体どれほどの恐怖を感じているのだろう?
 コンラートの名を呼んでいるのだろうか?
 それとも、帰ることの出来ない故郷の、家族を呼んでいるのだろうか。

『ユーリ…っ!』

 自分の身が劫火に燃やされてしまうことよりも何よりも、ユーリが感じているだろう心細さと恐怖の方が気に掛かった。

 しかし、その炎が突然に…割れた。

『な…に……?』

 それは、奇妙な光景だった。
 消えたのではない。まさに、割れたのだ。

 女達が隠れている部屋の戸口から、正体不明の塊が噴きだしてドドゥ…ドゥウ…っと轟音を上げて流れてきたかと思うと、その塊に薙ぎ倒されるようにして炎が追いやられたのである。

 キシャアァァ…っ!

 今や、炎は明確な意志を示して叫び声を上げていた。
 貪欲な食欲の赴くまま屠っていた獲物が、思わぬ抵抗を示したことが気にくわなかったらしい。その巨体で覆い被さるようにして塊へとのし掛かっていく。

 しかし塊も負けてはいなかった。

「戸締まり用心、火の用心…マッチ一本火事のもと。心正しき良民が住まうこの土地で、暴虐なるその振る舞い…最早許しておけぬっ!」

 高らかに告げるその声には聞き覚えがあった。
 だが…どこかおかしい。
 声の調子や音程というだけでなく、そもそも…彼にそのような言葉を操る力はないはずだ。

 それに、蒼い炎のような揺らめきに包まれたその身は強い威圧感と風格を放ち、他を睥睨するような眼差しは大国の王もかくやという印象だ。
 肩に乗った小動物キトラが空中浮遊する主に驚くこともなく、慕わしげに擦り寄っているのも不思議なことだった。

「ユー…リ……?」

 塊と見えたものは水で出来た数頭の巨大な蛇であり、それらを操るよう宙に浮いた華奢な体躯は、間違いなくユーリであった。
 しかし、その口から溢れ出てくる妙に威厳のある声は普段の彼のものとは隔絶しており、歴としたこちらの世界の言葉を操っている。
 眞魔国語は表記はともかくとして発語については大陸共通語とほぼ同じだから、村人達にも意味は通じたはずだ。

 みんな呆気にとられて上空を見あげていたが、更なる驚愕を覚えて大きく口と目を広げた。

 女達が全て大きな水玉に包まれて、ふわふわと浮かんでいるではないか…!

「あ…あ……っ!」
「メイリーっ!」

 男達は一斉に駆けて、水玉に包まれたままふわふわとシャボン玉のように降ってくる女達を受け止めていった。男の腕に触れると、 ぱちんっと水の膜は弾けてどぅっと女達に体重が戻る。

「わぁあ…あんた、あんたぁ…っ!」
「メイリーっ!」
「母ちゃん、父ちゃん…っ!」
「シーナ…ああ、シーナぁあっ!」

 村人達は互いの身体をしっかと抱きしめて泣きじゃくった。失われたかに思えた最愛の者達が戻ったことをどう受け止めて良いか分からなくて、ただただ驚き喜ぶしかなかったのである。

 その一方で、法石による焔とユーリの闘いは続いていた。
 炎の舌がベロリと伸びて大蛇たちを絡め取ろうとするが、激しい水飛沫を放たれると苦悶の声を上げる。
 蛇を直接相手取るのは拙いと感じたのか、炎はユーリへと標的を変えた。

「ああ…っ!」
「ユーリちゃんっ!!」

 村人達の悲鳴を受けて、ユーリは芝居がかった動作で緩やかに手を振った。

「心配するでない。この程度の敵は屁の河童である」

 屁はともかくとして、《カッパ》なるものには心当たりのない村人達はきょとんとしてユーリを見あげた。

「一体どうしたってんだい、ユーリは…」
「分からないけど…ひょっとして、あの子…巫女さんなんじゃないのかね?」
「ああ、なるほど!神様の力であの邪悪な炎と戦ってくださってるわけだ」
「あ、神様がユーリを依代にしている間は言葉も通じるわけだ」

 村人達は勝手に自分達の間で都合の良い話を作り上げると、一致団結して《神様の御遣い巫女》を応援した。

「頑張れーっ!ユーリーっ!!」
「うむ、頑張っておる」

 どこかおかしみさえ感じさせる言い回しで鷹揚に頷くと、ユーリは高く上げた腕を鋭く突出させて炎の本体に向かわせた。
 すると、怒濤の勢いで水蛇たちが襲いかかり、見る間に炎を鎮火させていく。その圧倒的な力に、村人達は崇拝と畏敬の念を讃えて小柄な少女を見上げた。

「消えていく…」
「凄い…凄いぞユーリちゃんっ!」
「巫女…水の巫女だっ!」
「神の御遣いだっ!」

 わぁぁああ……っ!

 村人達の大歓声を受けて頷くと、ユーリは大仰な身振り付きでこう叫んだ。

「これにて、一件落着…っ!」

 村人達は知らぬ事だが、それは歌舞伎で見られる《大見得》のポーズであった。

 こうして力強く事態の収束を示したユーリであったが、同時に何らかの力も意識も途切れてしまったらしい。ふ…っと身体から力が抜けると、放り出された人形のようにすとんと急降下してきた。

「ユーリ……っ!」

 落下地点にはどうなることかと状況を見守っていたコンラートがおり、逞しい腕は重力負荷をものともせずに抱き留めた。

 しかし…この時、ユーリを救うことに必死であったコンラートには、それ以上の配慮が出来なかった。ユーリががくりと仰け反った瞬間に、衝撃で緩みかけていたカツラが…ばさりと地面に落ちたが、咄嗟にそれを止めることは出来なかったのである。

 それは、丁度朝日が山間から覗いた瞬間でもあった。



*   *   *




『やっちまった……』

 ヨザックは強く奥歯を噛みしめると、迷わず駆け出した。
 呆然としている二人をとにかく抱えて、村人達のいないところまで連れて行かなければならない。

 ユーリが絶大な魔力を駆使して火を消し止めたところまでは、勿論称賛に値することだった。
 素人には神の守護を凝縮させた(…と、言われている)法石の効果と魔力の違いなど分からないから、村人達は口々に呼んでいるとおり、ユーリを《神の御遣い》として認識したまま祝福してくれただろう。

 だが…黒髪を露出させたのは致命的だった。

 既に人間世界には津々浦々にまで《禁忌の箱》を開く双黒の噂が流布している。呪われた双黒として恐怖されることは勿論のこと、この村を発信源として大国に情報が回るのは必至だ。

『全員の口を封じるってのは、流石の俺にも荷が重すぎるぜ』

 物理的には可能かも知れないが、心理的にはあまりにも重すぎる。さっきまで救おうとしていた連中を皆殺しにするというのは…。
 ヨザックは苦い液を飲み下すように喉を鳴らしながら、呆然としているコンラートに拳で一撃を加えた。

「呆っとしてんじゃねぇよ!」
「あ…」

 コンラートもすぐに状況を飲み込んだのだろう。もう手遅れだとは分かっているが大急ぎでユーリの頭に布を被せると、ヨザックと共に駆け出した。

「ノーカンティーっ!」

 賢い愛馬はこの混乱の中にあっても主の声を聞き分けると、《ヒィン…!》と高く嘶いて駆け寄ってきた。
 いつも通り、厩に入れても繋いでなかったのが幸いした。三人で乗るにはかなり負荷は大きいが、ノーカンティーは力を奮い起こして主の期待に応えると、すぐに速度を上げて森の方向に駆け出したのである。

「待て…っ!」

 背後で呼び止める声がしたが、構わず駆け続けた。
 ろくな内容ではないと踏んだからだ。



*   *   *




 深い森の中を何時間走ったろうか?背後に人の気配を感じなくなった頃、ヨザックは一瞬の隙をついてユーリの身体を奪うと、馬から降りざまに懐から抜き出した短刀で胸を突こうとした。
 しかし、コンラートもそう簡単に遂行はさせない。
 ノーカンティーから身を捩るようにしてヨザックの上に飛び込むと、短刀を握る手首に鋭い手刀を叩き込んだのである。

「この期に及んで、まだユーリに未練があるのかよ…っ!」
「……」

 コンラートは答えなかったが、無言のまま長剣を引き抜いたことが何よりも雄弁に意志を語っていた。
 未練だらけで、どうにもならないのだと言うことを…。

「馬鹿野郎が…っ!」
 
 ヨザックの声には、どこか啜り泣くような響きがあった。
 コンラートを護りたいのに、コンラート自身に剣を向けられているという哀しみが、陽気で不貞不貞しいこの男の精神をもってしても耐え難い苦痛をもたらすのだろう。

 ヨザックは利き腕ではないが自由が利く方の腕に別の短刀を握ると、腰を押して隙を伺っている。 

 嫌な闘いだった。
 これまで体験したどんな闘いよりも苦い、逃げ出したくなるような闘いだ。
 
 だが…技量が均衡しているだけに、逃げたり戦闘力を無傷で封じるような芸当も不可能に思われた。

「なんでだよ…なんで……。ここまでの事態になっても、諦めがつかねぇんだよ…っ!」
「…分からない。すまない……ヨザ」
「謝るくらいなら…やるなよぉお…っ!」

 絶叫と共に短刀が宙を一閃する。
 普段はどんな状況でも余裕の笑みすら浮かべて…相手をからかうような声で囁きかけるヨザックが、どれほど追いつめられているかが分かる。

「頼むよ…あんたに、絶望させないでくれ…っ!」
「俺は…もう駄目だ、ヨザ…。お前の望むような…ルッテンベルクの連中に望まれるような俺ではなくなってしまった…っ!」
「…畜生っ!」

 長剣と短刀とがチキィン…っと鋭い音を立てて打ち合わされる。鬱蒼と生い茂る自然物の中にあって、それはあまりにも異様な音であり、光景であった。 

「分かっているのに…ユーリを護ろうとすることが、俺や大事な連中にとって致命的な要素になるんだと分かっているのに…それでも、俺はユーリを護らずにはいられないっ!」

 血を吐くような叫びを上げて、コンラートの長剣が舞った。
 高い音を立てて短刀が吹き飛び、ヨザックの喉に長剣が突き立てられる。

「……一突きにしてくれよ」
「…出来るかっ!」
「もう…嫌だ。俺は…そんなあんたは見ていたくない…」

 蒼い瞳には絶望が湛えられ、まだ青年期にある筈のヨザックの顔には深い憔悴と老いの影が落ちる。まるで、寿命が人間のそれとすげ替えられたかのようだ。

 その時、互いの存在に集中しきった二人の間に駆け込んできた者がいた。

 …ユーリだった。

「…ユーリ……」

 気を取り戻したらしいユーリは状況を理解できないながらも、コンラートがヨザックを斬ろうとしている異常事態に怯え、何とかして止めようというように長剣に手を掛けた。少しでも動けば、ユーリの掌からは血が噴き出すだろう。

「退け、ユーリ」

 ふるる…っと首を振り続けるユーリは顔面蒼白だったが、決してその場から動こうとはしなかった。コンラートもまた剣を引かないでいると、ぽろぽろと涙を零して覚えたての言葉を繰り返す。

「コンラッド…グリ江ちゃん…ともだち…っ!」
「…っ!」
「ともだち、ともだち…っ!」

 分かっている。
 誰よりも大切で、思い入れ深い友人だ…好きで斬りたいわけではない。

 目の前で剣を止めている、この子のために敵対せざるを得なくなったのだ。

『やはり君は、俺に滅びをもたらす存在なのか…!?』

 親兄弟の信頼を裏切り、自分を救おうとした友を斬る。
 何故コンラートが、これほどの罪を犯さねばならないのか。

『全て、この子さえ殺せば済むことなのだ…』

 ああ…分かっている。
 分かっている…!
 
 なのに、何故そんなにも簡単なことが出来ないのか!
 剣など使わずとも、この細い首筋に片手を押しつけて捻るだけで簡単に絶命するだろうに、何故それが出来ないのか…!

「くそぉぉおおお……っ!」

 絶叫が喉を突くが、勢いのままに斬ることは出来なかった。
 強張った指を引きはがすようにして剣の柄から手を離す。

 出来ない。
 どうしても…ユーリもヨザックも殺せない。

『なんて中途半端なんだ、俺は…!』

 泣きたくても涙は出ない。泣くという行為は自分を《哀れ》と感じ、誰が許さずとも自分だけは《可哀相に》と我が身を思いやって行うのだと思う。
 だからこそ出来なかった。
 誰よりもコンラート自身に、そんな資格がないことを知っていたからだ。

 コンラートは生まれて初めて、状況を受動的に受け止めることしかできなかった。
 もう…本当に、どうして良いのか分からない。

 今のコンラートの中には、一欠片の真実も正義もないと思えたからだ。

『俺は…恋に、狂っているのか?』

 こんな感情は知らない。世の道理も倫理観も何もかも吹き飛ばすような感情など、コンラートは知らずに生きてきたのだ。
 だからこそ理解できなかったこの感情の名前を、今こそコンラートは眼前に突きつけられていた。

『俺は…恋をしているんだ。呪われた運命を背負うこの子を…愛しているんだ…っ!』

 その事に気付いた瞬間…コンラートの視界に飛び込んできたのは、体勢を入れ替えてユーリを組み敷いたヨザックの姿だった。その手には袖口に隠されていた匕首(あいくち)が鈍い光を弾き、天高く突き上げた手が…一直線に有利の眉間を狙う。

 まるで…そのまま時が止まってしまったかのようだった。

 素早いヨザックの動きはきっと一瞬の間にそれだけのことをやってのけたのだろうが、コンラートの瞳には動作の一つ一つが鮮明に見えた。
 その割に、止めようとする身体は重くて反応は鈍い。
 精神の反応に、肉体と実際的な時間経過がついてこないのだ。
  
『止めろ…殺さないでくれ…っ!』

 声帯を震わせて、声として発する時間もなかった。コンラートの伸ばした指先だけが辛うじて匕首の刃に引っかかり、皮膚の一部が切断されるけれど…筋肉と骨には傷を付けずに擦過していった匕首は、軌道を変えることなく振り下ろされていく。

 ガ……っ!

 突き立てられた匕首の柄を握りしめたまま、ヨザックは動きを止めた。
 匕首が突き込まれていたのは…朝露に濡れる、大地だった。

「…………くそぉお…っ!」

 どれほどの間、そうして制止していたろうか?
 誰一人として微動だに出来ぬまま硬直していたのだが、突如…獣のようにヨザックが吼えた。

「なんで…殺せねぇんだ……っ!」

 殺せなかったのだ。
 偶然でも、コンラートの手が微かに掠めたからでもなく…やはりヨザックには殺せなかったのだ。

 呆然としたまま見上げる有利は、声もなくヨザックの涙に見入っていた。

 グリエ・ヨザックが泣く姿など、目にするのは何十年ぶりだろうか?
 幼い日…不条理な差別に泣いた少年は今、やはり不条理極まりない理由で泣いていた。

「自分を殺そうとしてる奴なんか庇って…ぼろぼろ泣くような子ども一人、なんで殺せねぇんだ…っ!」
「グリ江ちゃん…」
「触んな…っ!」

 ユーリの伸ばした手は勢いよく弾かれ、強い語調のせいもあってユーリはびくりと怯えたように縮こまった。
 けれど、それでも泣き続けるヨザックに…ユーリの手は伸ばされる。

 おずおずと、弾かれることを恐れながら…それでもそうせずにはいられないと言うように、ちいさな手がヨザックの髪を撫でつける。

「……畜生…」

 呟かれた言葉は、今まで聞いたどんな声よりも切なく響いた。
 




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