第52話






 少々見栄っ張りな所があるコンラートは昔から、寂しさや苦しさを周囲に知られないように気を配っていた。

 特に士官学校に通っていた頃には、能力もないくせに血統を誇る馬鹿共や、コンラートの美しさに惹かれて劣情を示したり、酷い場合には罠に掛けてその身を汚そうとする卑劣な輩もいたから、コンラートは常に気を張っていなくてはならなかった。
 
 そんな環境であった為だろう…幼い頃にはに心を開いていたコンラートも、教官と生徒という立場になったこの頃には随分と冷たく、慇懃無礼な態度を示していた。ギュンターが純血貴族、それも十貴族であることが引っかかっていたのかも知れない。

 だが…常に自分のことを気に掛け、卑劣な罠を回避させようと奔走するギュンターのことを、内心では慕ってくれていたらしい。

 それを知ったのは、ギュンターが病を得て寝込んでいたときのことだった。確かに酷い風邪で熱も高かったのだが、腕の良い治癒者が看病してくれたせいもあって死ぬような病ではないことが分かっていた。
 しかし…どうもコンラートは誰かに騙されたらしい。

『ギュンター教官は重病で、今夜辺りが山らしいぞ。これでお前を護ろうなんて奇特な教官はいなくなるな…』

 傍で聞いていた生徒に後で聞いた話だが、そのように耳打ちされた瞬間のコンラートは特に変わった様子はなかったらしい。いつものように凍れる美貌で、皮肉げに唇の端を上げていたそうだ。

 ところが…悠々とした足取りでその男の視線が届かぬ領域まで離れると、突然…驚くほどの俊足を見せて駆け出したそうだ。

 そして息せき切らして寝込んでいたギュンターの病床に駆けつけると、彼の方が死にそうな顔をして寝台の脇に跪いたのである。

『どうかしたのですか?』

 苦しい息の中、不思議そうに尋ねるギュンターの手を握って、コンラートは苦悶に顔を歪めながら…絞り出すように囁いたのだった。

『俺に治癒の力がないことを…今日ほど恨んだことはありません。ギュンター教官…俺は、あなたの誠意にまだ一度も報いたことがないのに…っ!』
『おやおや、あなた…まるで私が今にも死にそうな事を言ってくれますね。私…唯の風邪ですよ?』

 くすくすと笑うギュンターに対して、その瞬間…コンラートが浮かべた表情と来たら…。

「あんなにあの子を抱きしめてあげたかったことはありませんでしたねぇ…。ふふ…豆鉄砲を食らった鳩みたいに目を見開いたかと思うと…あっという間に真っ赤になって、来たとき以上の速度で姿を消しましたからね。病が治って士官学校に帰ってからも、バツが悪かったのか当分避けれられてしまいましたよ」

 ふくふくと込みあげてくる笑いの波動を押さえかねて、ギュンターは肩を震わせて噴きだすのを堪えていた。

「うっわ…おれも見たかった!」

 見た感じも少し青臭いリアル学生の頃のコンラート…想像すると何やらドキドキしてしまう。きっと斜に構えた様子も一見堂に入ってて、迫力があったに違いない。そんな人に《実は慕っていました》なんて態度をされたら、教員はそりゃあキュン死しそうになるだろう。

「避けられている間に卒業を迎え、同時にコンラートは前線に駆り出されてしまいましたから、それからはたまにしか会うことが出来ませんでしたけど…。多くの経験を積み、どんなに醒めた顔をして気取っていても、あの時の赤面を思い出すと笑いそうになってしまったものです。《あの子の心根は、とっても純朴なんですよ》って、グウェンダルにも随分説明したものですよ」
「ぎゅんたー、ほんと、コンラッドだいすき。ぐうぇんだる、コンラッド、間とりもった。ほんとう、いい人」

 有利が手放しに褒めると、ギュンターは照れたようにぱたくたと手を振る。
 白皙の頬がぽっと朱に染まって、なんとも美しい様子だ。

「いえいえ…気持ちの割に、そちらは空回りしてばかりでしたけどね…。でも、仏頂面をしていても本当はグウェンダルもコンラートの事を聞きたがっているのは知っていましたから。暫く意識的に黙っていたら…ふふ、《最近、近辺に変わりはないか》としつこく聞いてくるんですよ?《私には何もありません》と答えたら、何とも言いにくそうにモゴモゴして…」
「いがい。よくにてる、きょうだい」
「ええ、本当に…よく似た兄弟なんですよ!色々なことが出来る、卓越した才能を持っているのに…変なところで不器用でね?根っこがとても純に出来ているんです。ですから…あの兄弟がお互いを想いあっているのに敵対するようなことが無くて、本当に良かった…」

 ギュンターの菫色の瞳は微かに潤み、綻ぶ唇は深い感謝を込めて礼の言葉を紡(つむ)ぐ。

「全ては…双黒の君のおかげです」
「《そーこくのきみ》とかよぶ、ない。ユーリ、よんで?」
「おお…ですが、それは畏れ多いですね!では、ユーリ様では?」
「としうえのぎゅんたーよびすて、おれにさま、おかしい」
「おやおや、それはそうですけどね」

 ギュンターは困ったように苦笑していた。
 性格的に、呼び捨てにするのは少し難しそうだ。

「それはさておき、本当に感謝申し上げているのですよ。できれば…その勢いで、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムとの間も取り持って頂けるとありがたいですのですが…。あの子はグウェンダル以上の難物ですからねぇ」
「ぼるふらむ?」

 なんだってこう、この国は「ヴ」という微妙な発音が多いのだろう?舌が巧く回らない。
 ギュンターもそこに気付いたのか、苦笑して会話を止めた。

「少し…発音練習をしておきましょうか?あの子はそういうところに少し煩いですからね」

 教師魂を発揮したギュンターによって滑舌を矯正された有利は、おかげさまで名前については綺麗な発音が出来るようになってきた。やはり、何事も練習であるらしい。
 ただ、《コンラート》という発音も出来るようにはなったものの、これは以前からの馴染みであるのでそのまま呼びたかった。

「えと…《コンラッド》よぶ人、すくない。だから、なんかとくべつ」
「ユーリ様は本当にコンラートをお好きなのですね…。少々妬けてしまいます」
「やく?」

 きょとんと小首を傾げると、ギュンターは少し残念そうに囁いた。

「私、実は昔から双黒という存在に強い憧れを抱いていたのですよ。しかもユーリ様はこのように、見惚れるほどに麗しい方ですからね…。コンラートの事がなければ、きっと恋の御教授の方にも熱が入りましたよ?」
「えーっ!?」

 悪戯っぽく微笑むギュンターに心底驚いてしまう。
 神々の彫像にも似た完璧な美貌を誇る青年に、そんなことを言われるなんて夢にも思わなかった。

「ギュンター、すごい、きれい。おれとかすきなの、へん」
「ちっとも変ではありませんよ?」

 ギュンターはそう言うと、少し気遣わしげに有利を見やった。

「もしや…ユーリ様のおられる異世界というのは、双黒の方ばかりが住んでおられる土地なのですか?」
「うん。よそのくに、ちがうけど、おれの国、くろばっかり」
「なるほど…それで自覚がおありではないのかも知れませんね。ユーリ様は少し、自覚なさった方が良いですよ?この国では…双黒であるということは実に希少で、神秘的に感じられるのです。しかもユーリ様はツェツィーリエ陛下と並び讃えられるほどの端麗なお方…黒真珠の君とお呼びしたいくらいの美貌なのですから、正式な婚姻を遂げられるまでは、男女を問わず恋の情歌を口ずさむ者が星々や雫の数ほども現れましょう」
「こんいん…けっこん?」
「ええ…せめて、一刻も早くコンラートと婚約することをお勧めしますね。そうでないと、十一貴族の代表者と親しく勉学に励まれる中、しつこく迫る者が出てくる可能性がありますよ?」

 ギュンターは正式な《婚約の作法》なるものを教授してくれたのだが、これはなかなかに珍妙なものであった。なんと、婚約したい人の頬を平手で叩けと言うのだ。しかも、打つ力が強ければ強いほど熱意が強いことの証明になるらしい。

「え〜?でも、コンラッドのほっぺ、たたく、できない!」

 なんだって大好きな人の頬を勢いよく叩かねばならないのか。コンラートに叩かれたとしても、そんなに強く叩かれたらクラクラしそうだ。

「他に良い方法ない?」
「そうですねぇ…あとは、おでこに人差し指を当ててツン…っとして、《こいつぅ★》と甘く囁くというのもありますが…。あ、ちなみに、どちらにしても第三者が見ている中でやらなくては意味がありませんよ?」
「えーっっっ!!」

 有利は真っ赤になって狼狽えてしまう。
 眞魔国の習慣について行くのは、なかなかに大変なようだ。



*  *  * 




 次に顔を合わせることになったのはグウェンダルだった。親近感を覚える人が二連続でやってくると、馴染みの薄い人が後で纏めてきそうなので少し気が重いが、今の内に色んな情報を貰っておいた方が良いのも確かだ。

 その辺りの機微はグウェンダルも重々把握しているのか、かなり丁寧に他の大貴族達の特性を説明してくれた。
 しかし、少し時間がたつと…どうしても話はコンラートに絡む《ここだけの話》になってしまう。

「グウェンダル、コンラッドちっちゃい時、どんなかんじ?」
「ユーリ…お前、他に考えなくてはならないことが大量にあるのではないか?」

 グウェンダルはあからさまに仏頂面を浮かべて見せたが、ギュンターとの会話である程度彼の性格は把握している。ここは一つ今後の家族づきあいのためにも(照)、お兄さんに色々聞いておきたいではないか。

 色んな角度から攻めていく内に、グウェンダルの重い口もゆるゆると解かれていった。

「…幼い頃の話と言ってもな…。私は幼少期にはあまり会ったことがないのだ。コンラートは殆どの期間を宮廷にのぼることなく、父親と暮らしていたしな」
「おとうさん、どんなひと?」
「実に自由で奔放な男だったよ。魔力はなくとも、確かに風の要素を感じさせる人間ではあった」

 ツェツィーリエが彼と恋に落ち、子どもが出来たことはお腹が大きくなるまで誰も知らなかった。現役魔王陛下の相手が人間で、しかもシマロンから逃れてきた《訳あり》の男であると分かった時にはかなりの大問題になった。

 実際、グウェンダルの父親はかなりの勢いで激怒したようだ。
 病で数年後に亡くなっているが、当時は存命であった父は四角四面な男であり、それが原因でツェツィーリエと別れはしたものの、どこかでこの愛嬌ある女性を愛し続けていたらしい。

 ツェツィーリエが何処の馬の骨とも分からぬ人間と恋に落ち、婚約も結婚も吹っ飛ばして人間の子を宿したと聞いたときには、我を忘れて血盟城に駆けつけ、不敬罪に処されてもおかしくないくらいの勢いで罵倒したそうだ。
 その様子はかなりの面子に目撃されていたらしく、コンラートが正式に第2王子として誕生した後も、《息子のグウェンダルも父と同じように、母と弟を憎悪しているらしい》と噂になったものだ。

 一度だけ…ほんの幼いときに、コンラートは父と共に大規模な宴に出たことがあるのだが、この時もわざと聞こえるように囁かれる悪し様な噂に、幼く柔らかな心は随分と傷つけられたらしい。

 初めて目があったときには憧憬に高揚していた瞳が、帰り際には悔し涙で潤んでいたのが激しくグウェンダルの心を刺激した。

 それまで、顔も見たことのない弟に家族であるという実感を覚えたことはなかった。父は《口にするのも汚らわしい》とばかりに会話の種として扱うことも稀であったが、酒でも口にして喋るとなれば噴火しそうな勢いであったから、グウェンダルもまた《弟には汚れた血が流れている》と思いこんでいた。

 だが…しかし、直接まみえたコンラートには一片たりとも汚らわしさなどなかった。

 純粋で素直な、可愛らしい少年だったのだ。
 誰がどんな権利を持って、罪もないあの子を傷つけるのかと憤りを覚えた。

 唯一度の出会いで、グウェンダルはそれまでに過ごした十数年という期間の感情を、ぽぅんと飛び越えたと言える。

「ユーリ…お前が対話によって国交を繋いでいくという提案を、私は全面的に受け入れるつもりではない。だが…国によっては、人によっては…分かり合えることもあろう。確かに幾ら噂や書面で知ったつもりになっているよりも、直接顔を合わせることで得られる情報の方が多く有益であることも実感はしているのだ。それが…得難い《縁》になることもな」

 グウェンダルの言葉が、嬉しかった。

 幾ら話をしても分かり合えないこともあるかも知れない。下手をすれば、その場で捕らえたり、嘘を付いて騙し、利用しようとする輩も多いかも知れない。同じ種族である人間でさえそうなのだから、同じ生き物として認めていない魔族相手には何をしても良いのだと信じ込んでいる者もいるかもしれない。

 が、そうであるとしても全員が全員そうとは限らないのだ。
 幾らかでも可能性があるのなら、やはり会ってみなくては話は始まらないと思う。

『焦ることないよな。だって、四千年も分かり合えなかった国同士を繋いでいくんだもんな?』

 まずは、こうして少しずつでも共感してくれる人を眞魔国の中に増やしていこう。
 有利はそう心に誓った。



*  *  * 




 さて…有利が気軽に会うことが出来た十一貴族はコンラートと前三者を含めた4名であった。後は何かしら蟠りがあったり、味方はしてくれたものの、その人となりを殆ど知らない人ばかりだった。

 二日目に設定していたのはグランツ・ロシュフォール・ビーレフェルトの三家であったが、会話は表面をつるりつるりと滑るような、幾らか空虚なものになってしまった。

 食ってかかるかと思われたヴァルトラーナとヴォルフラムのコンビとも、意外なほどさらりとした会話をしてしまった。会話というか…殆ど有利が自分のしたいことを告げ、二人が鼻で嗤うような感じであったし。

 ことに、有利の両親について訊ねられたときに母親が人間で、父親もかなり薄まった魔族だと答えた時には、一気に二人の表情が引きつってしまった。ヴォルフラムなどは、言った瞬間に席を立ちかねない様子を示したほどだ。流石にヴァルトラーナに窘められて着席したものの、向ける目線はきつい敵意を孕んでいた。

『う〜…やっぱ、混血ってだけで物凄く気になるのかな?』

 会議の席では、ヴォルフラムはともかくヴァルトラーナとは、親しく会話は交わせなくとも直球での応酬が出来ると思っていた。少しなら分かり合えるのではないかとさえ期待したのに…有利が混血であることが分かると、あからさまにヴァルトラーナの表情も変わってしまった。

 二人は決められた刻限までここにいることだけが義務だと言いたげに座っており、有利がどんなに心を尽くしても空を掻くような感覚しかなかった。

 そしてカチリと時計の針が定められた位置にやってきた瞬間、示し合わせたように二人は席を立った。

『何か次の繋がることを言わなきゃ、何か…っ!』

 この時、有利は焦りすぎてしまったのかも知れない。
 瞬間脳裏に浮かんだコンラートのことを、そのまま口にしてしまったのだ。

「あの…ヴォルフラム、お城にいる間、コンラッドとお話しする?」

 口にした途端、《しまった》と思った。
 ヴォルフラムの眉が目に見えてビィンと跳ね上がったのだ。彼が猫なら、背筋から尻尾にかけての毛を逆立てていたことだろう。

「何故僕があいつに会わねばならない!?」

 兄弟なのだから、あんなにコンラートが愛しているのだから…無事であったことを喜んだり、不在の間に起こった出来事を報告し合ったり…きっと、色んなことが出来ると思うのに、《会う理由》なんてものを問われた有利の喉には、熱くて硬い痼りがつかえてしまう。

「ヴォルフラム、どうして…そんな、コンラッドきらい?」

 《嫌い》という言葉を口にするだけで、コンラートの心を想って胸が刺すように痛くなる。
 思わず声が震え、瞳が潤んでしまった。

 そんな有利が余計に不快であったのか、ヴォルフラムは苛立たしげに捲し立てた。

「別に好きでも嫌いでもないっ!僕はあの男を兄とは認めていないのだからな、無関係だと言っているだ。僕にとって兄とは、フォンヴォルテール卿グウェンダル閣下のみだ」
「でも、コンラッドはヴォルフラム、すき!おとうとって、おもってる!!」
「……っ!」

 直球で打ち込んでいく有利に対して、ヴォルフラムの繊細な眉が更にぎりぎりと跳ね上がる。天使みたいな顔をしているくせに、どうしてこんなに険しい印象なのだろうか?

「ヴォルフラムも、ちいさいとき、《ちっちゃい兄上》って、だいじにしてた。どうして、すなおならないっ!」
「…こ、混血は混血同士で素直な心の交流でも何でもしたらいいのだっ!僕は…あいつがどうだろうと知るものか!」

 席を蹴ってヴォルフラムが退室すると、ヴァルトラーナも《ふぅ…》っと溜息をついて席を立った。

「ユーリ殿…これが、現実ですよ」

 その口調が、どういう感情から来ているものか判別できなかった。
 会議の席で見せていたような侮蔑とは違う気がする。どこか、諦めにも似た複雑な色味を含んでいた。

 もしかすると…有利と会うことで何かが変わると思っていたことが、《なんだ、やはり何も変わらないではないか》とでも思ったのかも知れない。

 悔しくて、痛いほどに膝を掴むけれど…立ち去る二人を諦めたくはなかった。

「また、話しする!」
「何度話しても、おそらくは一緒でしょうな」

 冷然と突き放すヴァルトラーナの言葉が悔しくて、哀しくて…二人が去ってから、ぽろぽろと涙が込みあげてしまった。

 ぽたん…ぽたんとこぼれ落ちていく滴がズボンの膝部分を濡らし、情けないくらいに喉が苦しい。こんなに無力感を覚えたのは久しぶりだ。自分がとてもちっぽけで、無力な生き物になってしまったように感じる。

 ノックの音が響いてコンラートが入室してきたときも、涙を止めることが出来なくて…ぎゅっと逞しい胸に抱き寄せられたら、堪えきれずにわんわん泣いてしまった。

「…酷いことを言われたの?」
「違…っ…自分が、情けなかっただけ…っ…」

 眞王が《出会う者出会う者、全て味方につけ…》等と賞賛してくれたから、恐縮しながらも実は図に乗っていたのかも知れない。直接顔を合わせ、心を込めて主張さえすれば誰でも分かってくれるなんて、《そんな筈無い》と言いながらも、やはり心の何処かで信じ込んでいたのだろうか。

「ゴメンね…俺、ヴォルフラムとあんたの間を取り持ちたかったのに…逆に、お…怒らせて…っ!」
「ユーリ…。俺を想ってこんなに泣いてくれるの?」

 優しいキスが降るように頬へ、目元へ…頭髪へと注がれていく。
 コンラートの声は切なくなるくらいに優しくて、じぃんと染み入るように心に迫ってきた。

「その気持ちだけで十分だよ。元々ヴォルフラムは純血であることへの誇りがとても高いんだ。兄弟とは言っても、きっと…生理的に俺のことは受け付けないんだよ。だから、ユーリがそんなに泣いてまで頑張らなくて良いんだよ?」
「そんな筈ないよ…。だって、あんたがたくさん愛してあげた奴が、あんたの事を血筋のことだけで軽蔑するなんて、そんな筈ないもんっ!」

 しゃくり上げながらも、有利は決して諦めるつもりはなかった。
 眞魔国内兄弟間の諍いさえ解消できない奴が、どうして人種の差を超えることが出来るだろうか?

 何より、コンラートを幸せにするためには、まずは肉親との関係を良好にしなくてはならないのだ。

 この時、ひょっとすると有利は必要以上の勢いで肩に力が入っていたのかも知れない。
 その事に気付かせてくれたのは、その夜部屋を訪れてきた村田だった。



*  *  * 




「君ってさあ、良い奴だけど時々鼻につくこともあるんだよね」
「それはまた直球のご指摘ありがとうございます……」

 それでなくとも凹んでいるところに告げられた親友からの指摘に、有利は半泣きになってしまった。けれど、手厳しいのは仲が良いからこそだ。心を奮い立たせて尋ねてみた。

「ヴォルフラムは、俺のやりかたにむかついたのかな?」
「まぁね。ただ…君にとって気の毒なことに、君がどんな行動をしても基本的にはむかついただろうな。基盤になっているのが強い嫉妬だからね」
「嫉妬?」
「あの子は十中八九、口の割にフォンウェラー卿が大好きでしょうがないんだと思う。でも、純血・混血って蟠りを伯父さん達血族に吹き込まれて育ったせいで、《仲良くなっちゃいけない》と心に言い聞かせてるんだろうね。そこに持ってきて、君ってば僕でも鬱陶しいと思うくらいイッチャイッチャイッチャイッチャ…してるだろ?見ているだけで腹が立って、《お前の言う事なんて誰が聞くかっ!》って心境なんじゃないかな?」
「…そ、それはご免なさいデスよ」

 心底嫌そうな村田の様子に、自然と頭が下がってしまう。
 個人的には、人前では我慢していると思うのだが(←あれで…)、人から見ると印象が違うらしい。

 やはり、人の意見というのは聞いてみるものだ。
 今度からもう少し気をつけて、人前でイッチャイッチャイッチャイッチャしたいところを、イチャ…ではいきなりは難しいから、イチャイチャくらいで止めておこう(←全く止める気はない)。

「それよか、なんでそんなコト自分に言い聞かせたりするかなぁ…」
「小さい頃には慕ってた人をあれだけ毛嫌いするんだから、ひょっとすると余程衝撃的な事件があったのかもしれないね」
「何だろ…混血か人間に酷い目に遭わされたとか?」
「直接ではなくとも、酷い目に遭ったという話を聞かされとかね」
「そっか…じゃあ、ヴォルフラム攻略は、まずその辺のきっかけを聞くことかな?」

 だとすれば、やはりヴァルトラーナには個人的な質問をしておかなくてはなるまい。あるいは、当時ビーレフェルト家と親交のあった人物か。

「あの子は相当なツンデレタイプだよ。伯父さんも同じような印象だからそういう血筋なのかも知れないけどさ…ああいう子に素直すぎる君みたいなタイプをぶつけると、大喧嘩するか大親友になるかどっちかだと思うんだよね」
「あ、それはちょっと分かるかも」

 直接舌戦を繰り広げたのは伯父さんの方だが、その時には有利にもある種の手応えがあったのだ。信頼したら、多分腹蔵を全て明かして付き合えるタイプだと思う。

 ただ…信頼して貰うまでの閾値がとんでもなく高いのだ。

「よし、じっくり情報を仕入れて、粘り腰で頑張ろう!」
「そうしな。とにかく、こういう事は焦らずじっくりが基本だよ」
「うんっ!」

 こっくりと頷く有利は、明日に向けての元気をまた蓄えていった。





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