第50話





「それは…どういうことでしょうか?」

 ロドレストが恐る恐る訊ねてくると、《そこまでビビらなくても良いのに…》と内心苛ついてしまう。

「だってね?僕たちがそもそもここに来たのは、《禁忌の箱》を滅ぼすって事が第一の課題であったんだよ」

 村田はじろりと眞王を睨み付ける。飄々とした顔をして腕を組んでいる様子がやたらと憎たらしかったので、思わず視線を有利に戻しかけてしまったが…気を奮い立たせてもう一度睨んだ。

「眞王…《地の果て》が昇華されたことで、残る三つの《禁忌の箱》を押さえられるようになってきたとは言っても、君にはそれほど余裕があるわけではないんだろう?鍵を揃えた状況から見て…君は、この十年…いや、数年の間にはカタをつけたいと思っているはずだ」

 鋭い眼差しで、強い語調を用いれば…ちいさな成りをした眞王の瞳がすぅ…っと細められる。その大きさが単なるまやかしであり、内在する精神は凄まじい力を秘めているのだと言うことが明らかに伝わってきた。

 《分かっているだろう?》と言いたげな眼差しに、村田はぐにゃりと唇を枉げる。

『やっぱり…そうなんだな?』

 グウェンダルは《地の果て》の鍵であり、有利は《鏡の水底》の鍵だと目されている。おそらく…コンラートもまた、ローバルト・ウェラーの腕が地球に保管さえされていなければ、最初から鍵を持つ者として生まれてきたはずなのだ。

 そんなことが、偶然に起こるはずはない。

 必然であるのならば、眞王が故意に誘導したとしか考えられない。
 そう…《仕組まれた子ども》は有利だけではない。

 第26代魔王ツェツィーリエの三人の息子達は全て…《鍵となるべく産み落とされた子ども》であるはずなのだ。
 
『きっと、《凍土の劫火》の鍵は彼だ』

 村田の視線の先には、憮然としたまま有利達を睨み付けているフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムがいた。苛立たしげに爪を噛む様子は、彼の精神が酷く幼弱であることを物語っている。

 瞳の中には澄んだ色合いがあるから、指導次第では変わる可能性を多く持ってはいるはずだが…同じ性格線上にある伯父を見本・目標と定めていたのでは、伯父の縮小再生産をされるだけだろう。
 
『このまま彼との間に蟠りを持ったまま、魔王に就任するのは得策じゃあない』

 彼が極めて激しやすい性質であることは、誰の目にも明らかであろう。元々、火の要素使いは方向性が定まれば強い力を発揮するが、精神的に不安定な者が多いことでも知られている。勇将が多い反面、反旗を翻した者も過去に散見される。

 ヴォルフラムという鍵は、《禁忌の箱》にとっては格好の攻略ポイントである筈なのだ。

 おそらく、何処かに埋没したままの《凍土の劫火》が、現段階に於いては最も封印の溶け具合が弱かったからこそ、彼はまだ狙われてはいなかった。おそらく、そうでなければとっくの昔にこの世界は劫火に包まれて消し炭と化していたに違いない。

 そしてその不安は、今後はより増していくはずだ。
 
 多くの人間国家が《禁忌の箱》の探索に力を入れている以上、どこで発見されるか…どのような刺激を受けて封印が弱まるかは全く分からない。

『《凍土の劫火》が開かれてしまうなんて事態が起これば、魔王就任がどうこうなんて言ってる場合じゃなくなるからね。まずは、何としてもこの短気そうな子と渋谷を深い信頼関係で結ばなきゃいけない…』

 コンラートクラスの信頼関係に及んで恋愛感情まで持たれるとややこしいので(嫉妬もまた、《禁忌の箱》の好む感情であるからだ)、グウェンダル同様にコンラートを信頼し、深く愛して貰う必要もある。《尊崇する兄の恋人》というポジションなら、純度の高い信頼関係が期待できるからだ。

『さーて…その為には、《魔王陛下》なんてものになると、表面上の敬意だけ払う関係になっちゃうから困るのさ』

 有利の方が格としては上、でも、ヴォルフラムも親しく口をきける程度の地位から始めたい。

 村田は、つぃ…っと猫のように瞳を細めると、必要な処方箋を立て始めた。

「渋谷は、何しろこの世界の事を殆ど知らない。当然帝王学なんてものも知らない」
「ならば、王たる資格など無いのでは?」

 傲然と言い放つヴァルトラーナに向けて、これまで静かな冷たさを湛えていた村田は火を噴くような一閃を浴びせかけた。


「図に乗るな!誰が僕の発言を妨げて良いと言った…っ!?」


 《ぐ…っ》と息を呑んだまま硬直したヴァルトラーナは、憤怒に燃える瞳でこちらを睨み付けては来たが…村田はその熱さをねじ込むような勢いで、氷のように凍てついた声と瞳を差し向けた。

 鬩ぎ合いの結果…引いたのは、ヴァルトラーナの方だった。

「ご無礼を…お許し下さい」

 内心は煮えくりかえるようであるとしても、彼は酷く権威に弱い男だ。眞王によって親しげに《双黒の大賢者》と認められた村田は、如何に憎くとも表面上は敬わねばならないのであろう。

 厄介な人物に大きな釘を刺したところで、村田は再び語り始めた。

 《二度は赦さないよ?》…そう、冷たく前置きをした上で。

「渋谷の資質は、双黒の大賢者たるこの僕が証明する。文句があるなら、僕に言うことだね」

 横で眞王がニヤニヤしながら見ているのが腹立たしくてしょうがないが、やはり眞魔国で村田の発言に影響力を持たせてくれるバックボーンは、双黒の大賢者という肩書きを於いて他にない。

『渋谷のために利用できる物は、何だって利用してやるさ』 

 腹を括った以上、幾らでも状況をみて態度や口調など演じきってみせる。
 今村田が演じるべきは、《絶対的な権威を持つ大賢者》なのだ。唯の高校生である村田健では、有利の後ろ盾にはなれないのだから。

「今の段階ですぐ魔王として立たせることは難しいといったのは、教育の時間を与えるべきだと言っているんだ。君は、やがて世界の帝王となるような男だからといって、一歳にも満たないような乳児に剣と盾を与え、獅子を殺してこいと言うような愚か者かい?」
「…も…申し訳ございません……」

 重ねてヴァルトラーナは詫びを入れるしかない。
 言葉回しが幾ら気にくわなくても、確かに知識を得る機会を与えられていない現状で、それがないからと言って王の資格がないとまで言い切るのは問題があったと自覚したのだろう。

「納得頂けて結構だ。続けさせて貰うよ?…渋谷はまず、王座に就くことを約束された存在…王太子として擁立する必要がある」

 《王太子》…他国では常識的に存在するその名は、実は眞魔国に於いては殆ど馴染みがない。眞魔国の魔王は代々眞王の指名で決定され、本人に拒否権がないから、先代との移行期間というものが殆どないのだ。この為、次代の魔王は眞王の勅令が出た段階で正式な手続きが終わる前から《魔王陛下》と尊称され、先代の魔王は《上王陛下》と呼ばれることになる。

「今すぐ魔王として立つことになれば、どうしたって国の代表として気軽に諸外国に赴くことは難しくなる。正式に赴くことになったとしても、その用件は限られ、回数も期間も大きく制限を受ける。何せ、警備が大変だからね。ツェツィーリエ陛下だって、他国の宴席に名を連ねる時には王侯貴族級の面々としか交流出来なかったでしょう?」
「ええ…そうなのよ。下級騎士に素敵な方がいらっしゃるって伺っても、彼らの列席する宴には入れて貰えなかったのよぉ〜」

 ツェツィーリエも実に残念そうに肩を竦めた。

「渋谷が作り出したい世界構築には他国との直接対話が欠かせない。特に、王侯貴族だけでなく幅広い階層との交流が必要だ。…と、同時に、《禁忌の箱》の始末…ことに、大シマロンとの交渉に於いて渋谷の格付けがあまりに軽過ぎるのも問題なんだよ。軽んじられ過ぎて、対話の席を設けることが難しくなるからね。だとすれば、第一王位継承者たる王太子として擁立されることが、機動力と権威付けの両面から最も相応しいと考えられる。そして、《禁忌の箱》を全て始末した後に魔王として立つべきだ」
「しかし…王太子だからといって、大シマロンが容易に交渉の場を設けるでしょうか?」

 今度はグウェンダルが落ち着いた声で疑念を投じた。これは眞魔国と大シマロンの国交について詳しい彼なら口にして当然の疑問だろう。

「設けるよ、何らかの形で確実にね。何せ渋谷は小シマロンが擁していた《地の果て》を無力化したんだ。大シマロンの所有している《風の終わり》に対してはどうなのか、彼らは喉から手が出るほどの勢いで情報を切望しているさ」

 《それは確かにそうだろうが》…と、グウェンダルはまだ引き下がる。

「情報を与えることが得策とは思えません。《禁忌の箱》という重要事項については、もっと秘していた方が良いのでは?」

 ここで発言を希望したのは有利だった。

「お兄さん、あのね…おれ、思うことある」
「ユー…いえ、双黒の君…この場でお兄さんはどうでしょうな?」

 苦笑しているのは嫌がっているからと言うわけではないだろう。擽ったそうに微笑みながら、グウェンダルは有利を窘めた。公的な場であまり親しげな呼称を使うと、公平さが保てないと感じているのだろうか?

 頑なではあるが、その清廉さは嫌いではない。

「えと…じゃあ、ふぉんぼるてーる卿…」

 あどけない言い回しで難しい名前を呼ぶと、グウェンダルは困ったように顔の下半分を覆った。多分…《失敗した》と思っているに違いない。それなりに発音できていた《お兄さん》以上に、その呼びかけは愛らしくて…表情を厳しく保つのが困難であったのだろう。

 だが、その言い回しの幼さとは対照的に、有利の発言は意想外の鋭さを持っていた。

「ひみつばっかりなのは、しんようされない。こっちが信じないのは、あっちもゼッタイしんじないもん。うそは、うそを呼ぶよ?こういう時にいちばん強いは、本当のことと思う。だって、大シマロンのひとたちだって、せかいがなくなるの、イヤじゃない?」
「それは…」

 グウェンダルは有利の発言を反芻すると、彼の深い色合いをした蒼瞳にはこれまでに見られなかったような色合いが滲み始めた。
 それは知的な驚きのようであり…明らかに、有利を今までの彼とは違うものとして見ているようだった。

 これまでの国際関係については、グウェンダルも熟知している。だが、その知識だけでは《禁忌の箱》問題は決して解決しないのだ。強攻策も策略も、扱う物が物だけに、嘘を重ねていくことは互いの不信感を高め、最悪の場合には全面的な戦争に突入する火種となりかねない。

 有利の発言内容は、周到な根回しと相互理解が可能であれば…時間は掛かっても、無血で事態を解決する手だてとなるかもしれないのだ。

 これまでのような書面のみの遣り取りによる対話…いや、一方的な通告の応酬では永遠に解決されないだろうが、《有利ならばあるいは…》と期待し始めていることが、その表情の輝きから察せられた。 

 それでも、すぐに口にしないのは流石に慎重な性格故か。
 グウェンダルはさりげなく村田に視線を送ると、《具体的な手だてがおありか?》と問うてくるから、村田は鷹揚に頷いた。

 具体策を決定していくのはじっくりと情報収集をしてからになるが、基本方針は有利と一緒だ。

 実のところ、魔族というものが人間世界に於いてあれほどまでに忌み嫌われている要因の一つは、魔族の秘密主義にあるのだと思う。

 その背景にあるのは、眞魔国が世界で最も《一己の国家として完成されすぎている》という点にあると思われる。広大な国土は富んだ穀倉地帯を多く抱え、軍組織をみても上級士官だけでなく下級兵士の教育も比較的行き届いている。この為、眞魔国は食料や兵士という国家としての生命線を他国に依存することが無く、一国の中に引きこもっていても何ら困るところがなかったのである。

 この為、他国に魔族の持つ性質を知らしめる努力を怠ってきたとも言える。その必要がなかったのだから仕方がないと言えばそれまでだが、それ故に高い教養と知性を持ちながらも、邪悪な野蛮国と見なされていることは国家としての恥だろう。

 殆どの期間を眞魔国で過ごしている魔族は気付いていないが、ヨザックなどのお庭番の中には、その辺の機微を子細に感じている者も多いらしい。

『あの連中、魔族ってのは身の毛もよだつような邪悪な形(なり)をしていると信じ切ってますからね。なんせ、魔力が強い貴族は人間の男の三倍もあり、裂けた口角から巨大な牙が剥き出しになっているし、魔王陛下に至っては、焔を吹き上げる一つ目の怪物で、自ら滅びの山で鍛えた強力な指輪によって、自分の敵対者をどこにいても見つけるらしいですよ。歌にも謳われています…《一つの指輪は全てを見つけ、一つの指輪は全てを全てを捕らえて暗闇の中に繋ぎ止める。影横たわる魔族の国に…》ってね』

 何やら、何処かの小説で聞いたようなフレーズだ。

『馬鹿馬鹿しい誤解だとは思いますが、何せ自分の国を悪し様に言われるわけですからねぇ…そりゃあ面白くないこともあります。でかい声で、《眞魔国はそんな国じゃねぇ!》と叫びたいことは、今までに何度もありましたよ。ただ…まあ、そこまで一般的な連中に誤解が多いって事は、隠密行動が楽って面もあるんですけどね』

 成長期になかなか育たないとか、老化しないことが明確になるくらいの長い期間を過ごすのでない限り、魔族が人間にそうと気付かれる可能性は極めて薄い。せいぜい、魔力の強い者が法石に反応を示すくらいなものだろう。

 それは、人間達がよほど魔族を自分たちとは懸け離れた存在と見ている証拠だ。

 まずはその辺の誤解を広い階層に広めるところから、有利の国際平和というとんでもない野望(この世界基準)の達成は始まるだろうし、《禁忌の箱》攻略も進むはずだ。

「おれは、にんげんに知る、ほしい。まぞく、ぜんぜんじゃあくとチガウこと…。そんで…まぞくにも知る、ほしい。にんげんだって、わるいやつばっかでないこと」

 《人間の理解だと…?》怖気を震うように呟いたのは、ヴァルトラーナだけではなかった。実に、有利を護ろうとしてくれた人たちも含めて殆どの者が、《知りたくもない》と言う顔をしたのだ。

 村田は、今回は怒声をあげたりはしなかった。

 これは表面上の平伏を期待することなど意味がないと知っているからだ。
 そして有利にも…どれほど相互理解が難しいか、その現状を実感した上で《乗り越えたい》という決意を新たにして欲しかったからだ。

 実際、有利は大貴族達の表情に傷ついたようだったが、そっと後ろでに回されたコンラートの指を《きゅ…》っと掴むと、伏せられていた面を再び上げた。

 太陽のような笑顔を浮かべて。

「いきなりわかる、ムリ。だから…よけい、知る…ほしい。かんがえる、ほしい。これはおれがしたいことのぜんぶ。それでもおれ、おうさましてくれる?よくよく、かんがえる…ほしい。だって、みんなりかいできない、だったら、にんげんわかってもらうも、ムリ」

 決して焦らずに、それでいて諦めることなく…前に前に、確実に歩を進めていく。
 それこそが野望を成し遂げるスタンスであるべきだ。

「あのね、これもおねがいする。11のきぞくのひと、いっしょにこのお城いて、おれに国のことおしえる、ほしい」
「十一地方の情報を、双黒の君の御教授させて頂く…ということでしょうか?」

 ギュンターが優しく問いかけると、有利ははにかむように言葉を重ねた。

「うん。この国のこと、たくさん知る、だいじ。でも、この国のこと、本だけだと分かる、すくない。だれかに聞くも、2とか3とかの人だと、かたよる。11みんないたら、ぜんぶのちほう分かる。みんなも、おれのことわかる。おうたいし、なってもならなくても、知りたい」

 にこ…っと弾けるような微笑みに、ギュンターも釣られてふわりと唇を綻ばせた。まるで、白い華がひらくように華麗な笑みだ。

 村田もまた微笑んだ。
 それは、彼もまた提案しようとしていたことだったからだ。

『流石だよ…渋谷。そうだ、十一貴族すら掌握できないようで、国際理解なんてとても無理だからね』

 まずは身内を固めること。それは迂遠なようで最も確実な手段なのだ。

「それでは、クライスト家からの代表として、私を置いて頂けますか?」
「もちろん!お兄さん…ううん、ふぉんぼるてーる卿もふぉんくらいすと卿、たくさん知ってる人、言ってた。おれ、あたまわるいけど…おしえる、おねがい」
「ええ…ええ!喜んで」

 手を叩いて喜色を浮かべるギュンターに、フォンウィンコット卿オーディルも重々しく頷いた。

「そういうことでしたら…ウィンコット家からは、是非我が息子デル・キアスンを推薦したい。スザナ・ジュリアの…弟にあたります。次代の当主として教育して参りましたが、まだまだ甘い部分が多くございますので、是非共に学ばせて頂きたい」

 オーディルの瞼が少し伏せられるが…それは、哀しみだけによるものではなかった。
 喪われた娘と連なる有利にとって、息子が掛け替えのない友になることを願っているのだろうか。

「じゃあ、僕のところからはアニシナを送っても良いかな?」

 その名を耳にした途端…ぎくりと全員の背筋が跳ねた。

 先走って名乗りを上げたギュンターなどは見る間に真っ青になり…今にも、《やっぱり止めます》と言い出しかねない表情だ。
 それでもちろりと視線を向けた先で、有利が心配そうに見守っているのを確認すると、引きつった笑顔を浮かべて手を振った。

 どうやら、覚悟を決めたらしい…。

「デンシャム…貴様…っ!よりにもよってアニシナを推薦するだと?」
「だってねぇ、うちの領土で一番優秀なのは確かだろ?」

 グウェンダルが渋面を浮かべて噛みつくが、もこもこと着ぶくれたデンシャムはしれっとして唇を尖らす。

「アニシナは優秀だよぉ…。なんせ、革新的な女だからね。僕みたいに目先の利益ばかりを追求しない分、双黒の君には合うんじゃないかな?」

 デンシャムの口調はやや皮肉げではあるが、彼なりに反省はしているのかも知れない。

 そんな幼馴染みの様子を見やりながら、グウェンダルは眉間に深々と皺を寄せて苦悶の表情を浮かべ、絞り出すようにして名乗りを上げた。

「………………ヴォルテール家からは……私が参加させて頂きたい」
「素晴らしい勇気です…グウェンダル。あなたが一番生け贄率が高いのに…」

 ギュンターはそっと安堵の息を吐く。彼が参加すれば幾らかは負担が減ると思ったのだろうか? 

「ビーレフェルト家からは当然、次代の当主候補たるヴォルフラム君が推薦されるんだよね?」

 村田の声掛けにヴァルトラーナの瞳が揺れる。おそらく、頭蓋内で村田の発言が何を意図してのものか高速で計算しているに違いない。

 《ヴォルフラムを取り込むつもりか?》…美貌の有利(笑)を餌に籠絡されることを懸念してか、ヴァルトラーナは瞬時に甥へと目配せし、想いが同調していることを確認すると重々しく頷いた。

「ええ…再開予定の会議の席で、ユーリ殿が王太子に擁立されれば…の話ですが」
「それまでに、おれと…話、してくれる?」
「…っ!」

 毒の混じる口調で、口角を歪ませて話していたヴァルトラーナは…有利の澄んだ声音を耳にすると、驚いたように目を見開いた。

「私と、どのような話をしたいと言われるのですかな?叱責はもう十分に頂いたと思われますがな」
「おこるとか、ない。だって、いろんないけんあるの、あたりまえ。いけないのは、ほんのうは思う、ないのに、そのときだけ《うん》っていうこと。あなたは…おれのこと、イヤってちゃんと言った。それは、かくれておもうより、えらいこと」
「…………」
「あなた、しんらいされるの、きっとむつかしい。だけど、あなたはいちど信じてくれたら、うらぎる、ないひと。まっすぐだから、ほんとのキモチくれる。だから…ちゃんと話す、よい」

 ヴァルトラーナは珍しくも表情の選択に困っているようだった。
 今までのように一方的な敵意を向けることが難しくなり、さりとて笑いかける気にはまだなれないのだろう。

「おねがい。話、したい。だめ?」
「………………対話を願われて拒むほど、狭量には出来ておりませぬ」
 
 幾らか唇を尖らせながらそう言うヴァルトラーナは、何故だか意外に可愛く見えた。
 結構なツンデレさんなのも知れない。

『凄いな〜…渋谷ってば。まあ、僕を籠絡できるくらいだしね…』

 ヴァルトラーナが歩み寄りを見せたことで、他の面子もどんどん候補者の名をあげていった。
 コンラートが軽くはにかみながら自分を推薦したのは、そもそもウェラー家には彼しかいないせいだろうか?

「まぁ…良いわ〜っ!私も参加させて下さらない?」

 ツェツィーリエが瞳を輝かせているのは、自分の息子全員と有利、そして推薦に上がった人々が結構な美形揃いだったからだろうか?

「参加されるのは結構ですが、シュピッツヴェーグ家の代表としては政治に加われそうな人物にお願いしたいですね」
「それもそうね。じゃあ、ロドレスト…あなたが参加してはどうかしら?」
「ええ、是非お願いしたいです」

 やっと腰が据わってきたらしいロドレストは快諾する。
 彼もまた華麗な容貌で知られるシュピッツヴェーグ本家の出で、これまでどこかおどおどしていたり、逆に居丈高であったりしていた不安定さが払拭されたことで、なかなかの美青年ぶりである。

 全ての候補者の名が上がると、当主も含めて次回の会議までに家門ごとの会談日程が組み立てられた。
 もはや有利が王太子に擁立されることは確定事項に近いだろうが…後は、当主級の面々が揃っている今の内に、どこまで相互理解を深められるかどうかだろう。

『さぁて…忙しくなるぞ?』

 有利は既に、魔王たる資質の片鱗を十分に伺わせた。
 後は彼を支える村田が具体策をどこまで提示できるかだ。

「それで良いね?眞王」
「ああ…全てお前に任す。大賢者よ…」

 眞王は満足げに頷くと、ウルリーケの手の中に収まった。
まるで、新しい時代の中心から自然にフェードアウトしていくように…その姿は人々の視界から姿を消す。


 こうして動乱の十貴族会議、改め十一貴族会議は閉会したのであった。 



 


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