第47話



   

 十貴族会議が行われるのは、その為だけに作られたという特別な会議室であるらしい。中央に王座を据え、その周囲を円形卓と十の椅子が取り囲んでいる。事前に承認された者は十貴族でなくとも同座出来るが、十の椅子に座すことは出来ない。これはあくまで十貴族の長、あるいは代行者にのみ許された席なのだ。

 集ったのは基本的に各当主であったが、シュトッフェルは当主としてではなく、被告として列席することになった。当然、円形卓に配された席には座しておらず、代わりに議長も務めるロドレストが着席している。

 シュトッフェルは捕縛まではされていないものの、両脇にはいざというとき素早く拘束できるように、屈強な衛兵が左右につけられている。あの事件からそう時間が経過したわけではないが、既にかなり憔悴しているようだ。

 そんな兄を不安そうに眺めながら、ツェツィーリエは中央の王座に座った。美形当主が座っているとそちらの方ばかり見てしまうから…ということで、彼女の席には拘束ベルトが取り付けられている。失礼な話ではあるが、事実なので仕方がない。

 有利とコンラート、村田の為には壁に添って特別席が設けられており、もう一つの特別席にはしずしずと入室してきたウルリーケが着席した。

 有利がウルリーケに目を遣ると、特徴的な巫女服と薄紫色の長い髪が記憶を刺激した。

『あ…!剣に触れたときに見えた子だ』

 向こうも気付いたらしく、淑やかに礼をしてくれた。
 だが…この少女が恐るべき勅令を運んできたのだと思うと、複雑な心境になってしまう。 そもそも彼女が呼ぶ声に応じてこの世界にやってきたのだが、それ自体が有利を器として使う為の方策だったのだろうか?

 フォンシュピッツヴェーグ卿ロドレストが起立すると、会議の開催に先立って有利たちの紹介が行われた。 

 既に噂では耳にしていたのだろう…十貴族達はそれぞれの性格を表すような表情で有利と村田を眺めた。大きな版図を誇る眞魔国は国内でも気候風土の差が大きいらしく、彼らの風貌や衣装などにもその差が現れていた。

 寒さが苦手らしいフォンカーベルニコフ卿デンシャムは、もこもことした起毛オーバーの上から羊毛と見られるマフラーを幾重にも巻き付けているが、それでも鼻をずるずる言わせていた。
 あれが噂のアニシナ嬢の兄なのだろうか?怖そうではないが、一種独特の雰囲気を持っている。有利たちを見つめる眼差しには強い好奇心があり、大貴族というよりは熱心な研究家のようだ。

 コンラートにとっては剣の師匠であり、グウェンダルにとっては盟友と目されるフォンクライスト卿ギュンターは、白を基調とした優雅な長衣を着ており、目を見張るほどに麗しい銀色の髪とも相まって美しい鳥のように見えた。
 彼は双黒に対する憧憬の念が強いと聞いている。そのせいか、きらっきらと輝く菫色の瞳は一心不乱に有利たちを見つめていた。

 ここまで明確な好意を示してくれる人は珍しいから、嬉しくてにこりと微笑みかけると、あちらも気付いたのか見ていて楽しくなるほどの笑顔を返してくれた。
 コンラートやグウェンダルとも仲良しと聞くから、この後ゆっくりとお話をしてみたいものだ。

 ギュンター同様、慈愛に満ちた眼差しを送っているのはフォンウィンコット卿オーディルである。彼は実に威風堂々とした老人であった。膝を痛めているのか車椅子を使用しているものの、矍鑠とした様子からは若い頃の勇猛ぶりが察せられる。きっと、武人としての力量もあってコンラートに親身になってくれるのだろう。
 厳めしい顔立ちをしているが、コンラートに向ける眼差しにはやさしげな色が滲み、きっと息子のように思っているのだろう事が分かる。

 有利に向ける眼差しにも強い感謝の色があったから、思わず恐縮してしまった。

 フォングランツ卿は無骨でえらの張った偉丈夫だが、こちらはどこか疲れの色が見えるようだ。年齢はオーディルよりは若そうなのに、表情や動作の重さは遙かに老けている。きっと、息子であるアーダルベルトが出奔中であり、よりにもよってウルヴァルト卿エリオルの誘拐に関わったことが胸を痛めているに違いない。
 コンラートに向ける眼差しも、どこか申し訳なさそうな色合いを含んでいる。 

 前述以外の十貴族達はこれまでの経緯もあってか、コンラートとは目を合わせることさえしない。元はと言えば、コンラートを追い込んだ一端を作ったのはアルザス・フェスタリアであっても、国家として彼の処遇を決めたのはこの十貴族会議であったのだ。
 《地の果て》を無力化するという偉業を成し遂げたコンラートに対して、どういう顔をして良いのか分からないのだろう。

 何人かは中立的な表情を浮かべている者もいたが、中にはあからさまに不快げな表情を浮かべている者もいる。

『うっわ…あの人なんて超メンチ切り状態じゃん』

 おそらく、シュトッフェルの盟友であったフォンビーレフェルト卿ヴァルトラーナであろう。鮮やかな金髪が見事な美貌の男性だが、その眼差しには鋭い険がある。純血至上主義者だと言うから、混血であるコンラートの処遇がことのほか気になるらしい。
 その傍らにいる少年には、何故か見覚えがあった。

 確か…先程中庭でツェツィーリエと会ったときに、何か物言いたげに渡り廊下の上から眺めていた子だ。

「ねえ…コンラッド、あの子は誰?金髪の子」
「フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム…俺の弟だよ」
「またまた似てない兄弟だな…」

 そういえば、この三兄弟は全て父親が違っていたはずだ。普通の家庭でも、関係としては複雑この上ないことだろう。

 どこか不満げに寄せられた眉根や、《へ》の字に枉げられた唇は如何にも頑固そうだ。とても、素直に駆け寄って《お兄ちゃ〜ん》と飛びつけるような性格には思えない。今も、有利がコンラートに囁きかけると刺すような視線で睨み付けてきた。

 どうやら嫌われているらしい…。
 美少年からの憎しみというのは、2割り増しで堪えると思うのは気のせいだろうか?



*  *  * 




「それでは、ただいまより十貴族会議を開催致します」

 ロドレストが改めて開会を宣言する。ツェツィーリエもシュピッツヴェーグ家の一員だが、能力的な問題以前に魔王は中立的立場にあり、出身家系に過多な便宜を払ってはならないという取り決めがあるので、家格は幾らか下がってもロドレストが代表することになるのだ。

 まず案件として持ち出されたのは、シュトッフェルの扱いについてだった。こちらの方が早くカタがつきそうだからだろう。実際、流石に彼を擁護する者は出なかった。極刑を望むまではいかないものの、眞魔国の法律に従って淡々と処分が進み(《利敵行為》とみなされたようだ)、摂政位並びにシュピッツヴェーグ家当主の座剥奪、北の塔での禁固刑が申し渡された。

 新たな当主についてはシュピッツヴェーグ本家の血筋から選出して良いことになったので、シュトッフェルも少し安堵しているようだった。最悪の場合、シュピッツヴェーグ家が取り潰されて、新たに創出されたウェラー家に取って代わられると思っていたのだろう。正式に取り扱いが決定したところで退席を命じられても、大人しく従っていた。

 そう…今や、ご破算になっていたウェラー家の大貴族昇格は誰の目にも明らかだったのである。これにより、ルッテンベルク師団は独自展開の出来る《軍団》編成にすることが可能になる。コンラートの軍組織に於ける肩書きも中将・大将と順調に昇格していくはずである。もともと、《十貴族出身以外の軍人は少将止まり》という規則さえなければ、戦場での功績からとっくの昔に大将位についていてもおかしくなかったのである。

 以前の話し合いの時には強硬に反対していたヴァルトラーナでさえ、この決定には反対の異を唱えなかった。いっそ不気味なくらい平静な顔で、議事録に決定事項が書き込まれていくのを眺めていた。

 これからは、この会場で行われる会議も《十貴族会議》ではなく、《十一貴族会議》となる。現在は円形に並ぶ十の椅子も、十一個目が配置できるように作り替えられることだろう。

 一方、コンラート側の陣営はこの決定に涙を滲ませていた。厳粛な会議の席でなければ、きっと駆け寄って肩を叩き、抱き寄せたに違いない。

 特にギュンターとオーディルは、一刻も早く顔を合わせたいと願っていた面々なのだ。急な会議開催日決定により王都から領土が離れている彼らはぎりぎりの日程で旅をしてきたので、能動的に合流してきたグウェンダルとは話をしているようだが、コンラートとはまだ目礼しか交わせていない。

『良かった。本当に…良かった……』

 フォンクライスト卿ギュンターは、目元に浮かぶ涙が筋となって頬を伝うのを止められず、花の香りのするハンカチで目元を拭った。《軍人たるものそのような香りなど…》と思うのだが、養女であるギーゼラが《鼻の通りをよくするために》と、いつもスースーする香りをつけてしまうのである。

 だが、今日に限っては助かった。静かな会議の席で鼻をずるずるいわせるのはマナー違反だろう。

『ああ…こんな日が来るなんて、ほんの数日前までは考えられませんでしたよ…!』

 思い返すと、また涙が溢れてしまう。
 ギュンターの愛弟子であるコンラートは、これまで苦難の連続であったのだから…。

「それでは、続きまして…眞王陛下の勅令についてです」

 議長ロドレストの声に、ギュンターははっと声を上げる。そうだ、まだ安心しきって涙など流している場合ではなかったのだ。

 案の定、これまで沈黙を守っていたフォンビーレフェルト卿ヴァルトラーナが、《馬鹿馬鹿しい》と言いたげに声を発した。

「おかしくはないかね?議長…」
「は…何がでしょう?」
「そもそも、審議に掛けること自体が不敬ではないのかね?魔王陛下の意見であれば、十貴族会議の承認も必要だろう。だが…今回は眞王陛下からの勅令なのだ。これはもはや拒否不可能な絶対命令ではないのかね?」

 法律上、そのような条項はない。
 だが…眞魔国民として生を受けた以上、確かに眞王陛下の勅令が絶対的なものであるというのは、法というより倫理や道徳の上で《護って当然》とされている。

 案の定、ロドレストも眞魔国法を諳(そら)んじることなく言い淀んだ。

「それは…」

 眉根を寄せるロドレストに、声を掛けてきたのはウルリーケだった。

「議長…発言しても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」

 ロドレストが頷くと、ウルリーケは涼やかではあるが、決して遠慮も怯みもない声で一同に臨んだ。

「まずは、お礼を申し上げねばなりません。猊下、ユーリ様、コンラート様…私の呼びかけに応じて眞魔国にお戻り頂き、《地の果て》を滅ぼして下さいましたこと…お礼の言いようもございません。お恥ずかしい話、皆様が《地の果て》を滅ぼして下さるまで、眞王廟はその機能を凍結させておりました。…というのは、《禁忌の箱》から溢れる創主の力を封じることに耐えきれなくなっていた眞王陛下が、一時自我を混乱しておられたのです」

 ざわ…っと会議室がざわめいた。多くの者にとって、その事実は初耳だったのだろう。

「ですが、今はかなりの回復を示しておられます。最も封印が解けかけていた《地の果て》の脅威が亡くなった分、幾らか余裕を持って自我を保つことが可能になっておりますし、私も補助に回していた力を自由に使えるようになりました。これも全て皆様のおかげです…本当に、ありがとうございました」
「どういたしまして」

 ぴょこんと頭を下げる有利は大変可愛らしい。
 一方のウルリーケもくすりと微笑むものの、こちらは一癖も二癖もある大巫女だ。単に礼だけで終わるはずもない。

「ですが、ユーリ様…あなたのお体はもともと眞王陛下の肉体とすべく、長い年月を掛けて準備されたものです。申し訳ありませんが…所有権を眞王陛下に渡して頂けますか?」
 
 直球だ。
 恐ろしく直球だ。

 情報量の濃淡はあるものの、それぞれに心の準備をしていたらしい十貴族間にもざわめきが広がる。グウェンダルは明確な怒りを込めて、視線で射殺したいとでも言うようにウルリーケを睨み付けているし、ヴァルトラーナは《さもありなん》という表情で頷いている。

「しょゆうけん。あげちゃう、おれ…どうなる?」
「あなたの中に存在する魂の中の、記憶の一つとして残されることとなります。そして何百年…何千年と、長い月日を眞王陛下の一部として生存することになるのですわ。そして、あなたの持つ強力な魔力と眞王陛下のお力が合わさって、世界の脅威となっている残りの《禁忌の箱》を滅ぼすのです。まだ実感が湧かないかもしれませんが…これは、とても光栄なことですのよ?だって…」

 ウルリーケは一息置いて、信じがたい言葉を口にした。

「この場におられる皆々様方もよくご存じの、フォンウィンコット卿スザナ・ジュリアもまた、その魂を捧げられたくらいですもの…」

 会議室を、恐るべき静けさが支配した。



*  *  * 




『ジュリアの…魂だと?』

 コンラートは珍しく、状況の変化をすぐに飲み込めずに呆然としてしまった。

 頭の中が真っ白になって…思考が一時停止を起こしてしまったのである。
 辛うじてフォンウィンコット卿オーディルが音を立てて席を立ち、フォングランツ卿も激しく動揺しているのが分かったが、コンラート自身は身動き出来なかった。

 だが、一拍の静止の後には動けるようになったことを、後々…コンラートは深く感謝することになる。
 コンラートの傍らで真っ青になっている有利の肩を、抱き寄せることが出来たからだ。

 有利はびくっと震えてコンラートを見たが、その瞳の中に今までと変わらぬ愛情があるのを見て取ると、ほっと安堵したように目元を潤ませた。

 きっと…一瞬の間に色々なことを考えてしまったに違いない。

 出会った頃のコンラートが有利を殺せなかったことの意味とか、惹かれていった理由とか…疑いの念も掠めたに違いない。そういったものは、こんな爆弾発言をもたらされれば当然のように起こってくるはずのものだ。

『だが…今更、それをどうこう言ってみたところで意味のないことだ』

 自己というものを強く持っていたジュリアがどういう気持ちで自分の魂の行方を認めたのかは気に掛かるが、ジュリアが決めたというのなら、きっと何か意味があったのだろう。

 そして、魂の中に何が含まれているのだとしても、今現在有利を愛している気持ちには微塵の揺らぎもないのだ。

「ユーリ…ご縁があったみたいだね」
「そっか、そうだよねぇ…」

 敢えて日本語で囁き掛ける《縁》という言葉に、有利は得心いったように頷いた。親友であった人と思いがけず同じ魂を共有していた事実は、《だから惹かれた》というような理屈ではなく、《縁》という一言で表すととても素敵な響きを持つ。

 それは、決して無碍にするようなものではないだろう。

 思いを通じ合わせるコンラートと有利をどう思っているのか、ウルリーケはなおも言葉を連ねた。

「ですが…これはあくまで提案に過ぎません。眞王陛下はこれまで十分に、眞魔国のために尽くしてこられた方です。あなた方が眞王陛下の直接支配を望まぬのであれば、その選択をしても罰が下されるということはありません」

 ウルリーケの声は聖母のように優しく、春風のように甘く響く。
 まるで、慈愛に満ちた柔らかな言葉のようであるのに…その内容は、人々の心に嵐を起こさせるのに十分であった。

「さあ…どうなさいます?眞王陛下の支配のもと、全ての選択肢を陛下に委ねて穏やかな生涯を送るか、あるいは…絶対的権威というものが存在しない世界で、迷い、苦しみ、悩みながら生きるか…どちらがよろしいですか?」

 コンラートにとっては迷うまでもない選択肢だ。
 
 だが…彼は知っていた。
 純然たる眞魔国人にとっては、《迷うまでもない選択肢》が、自分とは真逆を指し示すだろう事を…。

『いざとなったら、武力行使で突破するしかない…』

 グウェンダルや村田とも示し合わせているから、逃走路は確保できている。
 出来れば使いたくはないが…有利の身が危ういのであれば、選択の余地はない。



*  *  *

 


「私は後者の選択肢を選ぶ」

 重厚な第一声を放ったのはフォンヴォルテール卿グウェンダルだ。

「俺も十一貴族としての権利を認めて頂けるのなら、当然後者です」
「私も同意です」
「私もだ…」


 そこに、フォンの称号を得たコンラート、フォンクライスト卿ギュンター、フォンウィンコット卿オーディルが力強く同意した。

 オーディルとて長い年月にわたって眞王を《唯一無二にして、絶対》の存在として認識してきた。本来なら、天地がひっくり返ってもこのような選択をするはずがない。それが迅速に陣営を明らかにしたのは、ひとえにグウェンダル、コンラート、そしてなにより有利の身を慮っての事だ。

 有利が犠牲にならないのであれば迷うことなく眞王を選んだろうが、直接眞魔国には関係のない有利が自ら望んで、この世界を救うためにやってきたのだと聞けば、その精神を眞王のそれに差し替えるなど、なんたる恩知らずかと憤りを覚える。

『ジュリアのことは気になるが…』

 オーディルは亡き娘のことを思い出す。
 たおやかな容姿の盲目の娘…だが、彼女に対して《哀れみ》をもって向き合う者は誰一人としていなかった。
 
 障害を受け入れ、個性として認識していたジュリアは常に自分自身の主であった。目が見えぬ事を《悔しい》ということはあっても、そこに暗さはなく、積極的に言葉や触覚で補おうとしていた。

 その娘が選んだというのなら、きっと何か理由があったのだ。

 ジュリアが選んだからと言って、その魂を共有する有利に強制することなど出来ない。寧ろ、ジュリアにしてやれなかった事をこの少年にしてやりたいとも思うのだ。

 十貴族会議…いや、承認を得た時点から十一貴族となったこの会議で、明確な有利の精神保持派はオーディルを入れて4票。ウィンコット、ヴォルテール、クライスト、ウェラー…。その他はグウェンダルが《なんとしても、かき集める》と言っていたが、どうだろう…?

 これまでは票数が半々になったときには魔王の選択が最終決定となったが、今回からは議会決議として一つの答えが出て、それを魔王が承認するか否かという形になる。そう言った意味では、魔王の地位が以前よりも低くなることになるだろう。

 ただ、今回の決議で眞王が魔王を兼ねるとなれば、決定権は逆転するものと思われる。…というより、大枠は眞王が決定し、十貴族会議はあくまで承認機関とでも言うべきものに変わることだろう。

「私も、後者の選択肢に賛成です」

 土色の顔色になりながらも、賛同してきたのはフォングランツ卿だ。瞳にはまだ迷いはあるものの、それを上回る怒りがちらついていた。

 グウェンダルが熱心に会談していたようだが、正直この選択は意外だった。
 彼は強い権威主義者であり、息子が眞王を侮蔑する言葉を残して出奔している経過からも、てっきりあちらの陣営だと思っていたのだが…どうやら、眞王の意図によって自分たちの家系が《踊らされた》と感じているのかも知れない。

 仮説に過ぎないが、アーダルベルトはジュリアの魂について何か知らされていたのではないだろうか?
 戦場で息絶えた婚約者を想うがゆえ…というには、当時のアーダルベルトが表明していた怒りはやや不条理に感じられたのだ。それまでは武道に優れた一本気な男と思われていただけに、父親にとっても長く息子の選択は重い枷であったに違いない。
 
 それが、眞王の指示でジュリアが命を奪われたのだとすれば…一人の男として、息子を理解できる気になったのか。

 これで5票…まだ、1票負けている。

『フォンカーベルニコフ卿デンシャム…っ!』

 祈るような気持ちで、羊毛の山に埋もれた赤毛の男を見やる。カーベルニコフ領とヴォルテール領は隣接している事から、彼とグウェンダルとは幼馴染みの関係にある。それほど親しいというわけではなくとも…説得されれば応じてくれるのではないか?

 しかし、注視を浴びるデンシャムはポケットから取り出した柔紙で鼻を噛むと、ふがふがした声でこう言ったのだった。

「僕は、前者の選択肢に同意します」
「……っ!」

 グウェンダルの顔色が明瞭に変わる。
 《話が違うではないか!》…という表情だ。

 デンシャムも分かってはいるのか、肩を竦めて恐縮して見せた。利に聡い彼のことだ…グウェンダルの持ちかけてきた話よりも旨みの強い条件を、ヴァルトラーナにでも提示されたのだろうか?
 見やれば、やはり勝ち誇ったようにヴァルトラーナが目配せしている。

「私も、前者の意見に賛成だ。忠実なる眞王陛下の僕としては、当然の事だな」

 ヴァルトラーナが口を開けば、勢いに乗ってラドフォード、ロシュフォール、ギレンホールの3家が賛同の異を唱える。
 残ったのはシュピッツヴェーグの当主代行のみ。これは、当然のようにヴァルトラーナに賛同するものと思われた。

 だが…どうしたのだろう?
 ロドレストは表情を強張らせ、何かを真剣に考えている。

 考えた末、ロドレストが発した言葉は議決の最終決定に関するものではなかった。

「もう一人…特例的に同席を認めても宜しいでしょうか?」
「誰だというのだ?何故今頃になって同席を依頼してくるのだ」

 ヴァルトラーナが不機嫌そうに眉根を寄せるのをいなしながら、ロドレストは衛兵に伝令を頼んだ。暫くの後…開かれた扉の向こうから現れた少女に、人々は一様に息を呑んだのだった。


 そこにいたのは…あろうことかコンラートに呪われた予見を下し、眞魔国を混乱に陥れたアルザス・フェスタリアだったのである。





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