第44話 翌朝、目覚めた有利はまだ身体が怠く熱っぽくはあったものの、空腹感を覚えて《くきゅう…》とお腹を鳴らしていた。よほどお腹をすかせていたせいだろうか?口元にある布地を口に入れて吸っていたような痕がある。 「お腹空いた?ユーリ」 「ぅん…」 仄かに唾液の匂いを感じながら目を瞬かせた有利は、あろうことか…抱き合って寝ていたコンラートの、胸元の布地を銜えていたことに気付いた。 「あ…ご、ゴメン…っ!」 慌てて身を離そうとするが、コンラートの方は気にした風もなく有利の口元を指で拭っている。 その後…指を自分の口元に持っていってたように見えたのは気のせいだろうか? 「うっわ…恥ずかし〜…。涎こいた上に、あんたの服吸っちゃってた!?マジでゴメン〜…」 恥ずかしすぎて日本語連発になってしまうが、コンラートは既に流暢な領域にまで達している日本語で屈託無く応じてくれる。 「君に吸われるなら本望だよ。それより、食欲が出てくれたことの方が嬉しい。ん…熱も随分下がったね?」 こつんと当てた額が気恥ずかしいが、間近にコンラートの鼻筋や目元を確認できるのはやはり楽しい。熱感を確かめた彼の表情がほわりと綻ぶのも嬉しかった。きっと、たくさん心配を掛けてしまったのだろうが…。 コンラートは寝間着を身につけて寝台に入ってはいたのだが、万が一を考えてある程度覚醒していたことが伺える。枕元に置かれた日本刀がすぐ手の届く位置に置かれており、靴などすぐ穿けるように配置されていた。 有利はきょろきょろと辺りを見回すと、見覚えのない立派な部屋にきょとんと小首を傾げた。今までコンラートやヨザックと共に泊まった宿は、こんなに立派なものではなかったのだ。 「ここ、どこだろ?」 「ベリッツァーという一族の屋敷を一時的に間借りさせて貰ったんだ。君と猊下が回復するまではゆっくりしていこうね?」 有利は意識を失ってからのあらましを大体聞くと、ほぅ…っと息を吐いて再び寝台に横たわった。様々なことが良いように動いているようで、安心したせいだろう。 「そっかぁ…ホント、良かった。《地の果て》を叩き伏せるんじゃなくて説得するみたいな展開になっちゃったから、アレで良かったのかなぁ…って、ちょっと心配だったんだよね」 「猊下も驚いておられたけど、俺も吃驚したよ…まさか、《禁忌の箱》をあんな形で解放してしまうなんてね」 コンラートは本当に驚いているらしく、また…こちらが気恥ずかしくなるくらいに外見を輝かせて、尊敬を込めた眼差しさえ送ってくれる。 コンラートみたいに凄い人からそういう瞳を向けられると、お尻がもぞもぞしてしまうではないか。 「俺もね、最初は《あんな厄介な箱なんて封印と言わず、叩き壊してしまえばいい》って思ってたんだ。凄く攻撃的な気分で押さえ込もうとしていたし、実際、拮抗してみたら上様の力の方が強いって分かった途端に、傘に掛かって上から目線で《やってやるぜ!》って思ってたよ?だけど…お兄さんと調和したとき、急に箱の声が正確に聞こえてきたんだ」 「声…?」 「うん。気持ちとか、苦しみとか…とにかく、そもそもの大きな基盤は箱の持つ《不安》と《悔しさ》だって気付いたんだ。あいつね?凄く何かに対して怒ってた。世界を生み出したときの苦労がどんなだったか叫んで、《あんなに頑張ったのに、どうして最上の形で報われないんだ!》って、転げ回るようにして悔しがってた。それって…全然理解できないもんでもないって思ったんだ」 それは、有利の心の中にだってあった不満だった。 有利は元々器用な方ではないし、頭が素早く働く方でもない。 凄く一生懸命やっても、片手間にやっている奴に負けたり、馬鹿にされたりすることだって多かった。 そんな時、うねるような不満の渦に巻き込まれそうな有利を救ったのは家族の言葉だった。 『ゆーちゃんの頑張りは、ママやパパ、しょーちゃんがいつだって認めてるわよ!』 太陽みたいな笑顔を浮かべてばしんと背中を叩く母に、照れくさくて憎まれ口を叩きながらも…本当は凄く嬉しかったのだ。 誰かが認めてくれる。 見ていてくれる…。 実際の困難を乗り越えるのは自分自身だとしても、それはどれほど大きな力になるか分からない。 だから、有利は頑張れたのだ。 きっと《地の果て》は、そういう実感を覚えたことがないのではないか…?そう思ったら、一方的に《お前は呪われた嫌な箱だ。存在すべきじゃない》と叩き伏せようとしていた気持ちが変わった。 助けたい。 こいつのことを、分かりたい…。 そんな気持ちが芽生えたとき、箱から受ける感情も変化を示したのだった。 「そうか…ユーリの共感が、箱にも通じたのかも知れないね…」 より強い力によって《屈服させられた》と感じた時、相手が取る反応はなんとしても《勝ちたい》という怒りに満ちた反発か、一度は屈服したかに見せて寝首を掻こうという、暗い情熱に満ちた反応になる。 けれど、自分を理解してくれた相手が差し伸べてくれる手には、そうした憎しみの連鎖を断ち切る力がある。 そんなに清らかな行為が全て上手くいくわけではないのだとしても、こうして《地の果て》を真の意味で解放したことには大きな意義があると思う。 友和による事態の解決というものを、強く《信じたい》と思うのだ。 「ああ…ユーリ、大好きだよ。君って子の中には、一体どれだけの力があるんだろう?」 コンラートは何かがふつふつと込み上げるみたいな声音をあげて、寝台に横たわる有利の体躯を抱きしめた。体勢が体勢だけに、寝台の上に押し倒されているような形になってしまう。 手放しの愛情表現に、有利はわたわたと頬を染めてしまった。 初めて会った頃から考えたら、信じられないようなスキンシップである。 「いやいやいや…俺じゃなくて……。ぜ、凄いのは全部上様の力だもんっ!」 「そんなことはないよ。だって、《地の果て》を赦し、包み込むようにして助けたいと願ったのはユーリじゃないか」 「う…うーん…。でも、そういえば俺…上様のことがあるから、余計に《地の果て》の事が他人事じゃないって思ったのもあるんだよ?あのさ…上様って、凄い力を持ってるのに、俺のちんまりして大した自信も持ってないような意識を前面に出させてくれるよね?それって…実は凄いことなんじゃないかって思うんだ。だって、上様はいつも俺の中に閉じこめられているようなもんなんだよ?」 普通だったら、《自分が一番》と感じるのは当然だ。有利だって、自分の身体の支配権を上様にあげてしまおうとは思わない。 だからこそ、上様の気持ちがどれほど無私の愛情に満ちたものであるかが分かるのだ。 今は何も言わずにひっそりと意識を奥底に隠してしまっている上様だが、今度意識が触れあう機会があったら、一度提案してみようと思う。 短時間だけでも良いから、有利の身体を自由に使ってみないか…と。 あるいは、これは傲慢な発想なのかも知れない。 中途半端に外の世界と関係を持ったりしたら、余計に意識下に沈んでいることを苦痛と感じるのかも知れない…。だけど、上様にも感じて欲しいのだ。彼が護ってくれたこの世界が、どれほど美しいのか…。護るべき価値があるものなのかを。 「俺は、上様に凄く凄く大事にして貰った。だったら、《閉じこめられるのは嫌だ》って叫ぶ《地の果て》の事だって、ちょっとは大事にしてあげたいって思ったんだ。そんで、勿論上様のことだって大事にしたいんだよ…」 有利が祈るように両手を合わせ、はにかみながら頷くと…コンラートはまたふるふると仔犬のように身体を弾ませて飛びかかってきた。 弾けるような微笑みが眩しすぎる。この人は、いつからこんなにはっちゃけた性格になったのだろうか? 兄との確執が解消されたことが大きな要因である気がする。 「ユーリのそういうところが、俺は…堪らなく好きだよ」 「はわわ……ん……」 重ねられた唇と、長い睫の影になった瞳が…とても優しい色を湛えていることに有利はどぎまぎとしてしまう。 しっとりとした柔らかなキスが暫くのあいだ交わされると、コンラートは名残惜しげに身体を離した。 「ミコさんのお許しが得られていないのが、切ないなぁ…」 律儀な彼は、監督者のいない眞魔国でも羽目を外す気はないらしい。幾らはっちゃけてはいても、約束通りキス以上の行為には及ばぬよう自己を律していた。 こうなると、実はキスの間に色んな事を期待してしまった有利も妙な誘惑などできなかった。キスにも色々あって、こんな風に唇を合わせるだけではない《上級者用》のキスもあると聞くのだが…あれも2年間はお預けなのだろうか? 「早く18歳になりたいなぁ…」 「本当に待ち遠しい……。ね、もう一度キスしても良い?」 「うんっ!」 わふわふと唇を重ねる有利は、その後…唇がしおしおになるまでキスを続けてしまったのである。 おかげでとろんと意識が熔け掛けてしまった有利だったが…ふと身を起こして自分の衣服を確認すると、驚きに目を見開くことになった。 「何か俺…凄いひらっひらのネグリジェ着てるような気がするんだけど…」 十歩譲ってこちらの世界のスタンダードなのだとしても、コンラートが同系統の寝間着でないのは解せない。 だからといって、流石にコンラートがひらひらのレースを着るのは厳しいものがあるが…(きっと、少年の頃なら有利が転げ回って叫びたくなるくらい可愛かったと思うが)。 怪訝そうに眉根を顰めていると、コンラートは何故だか視線を宙に彷徨わせていた。 あからさまに挙動不審だ。 「ええと…その……。ほら、こちらの世界にやってきたときエプロンドレスを着ていただろう?あのせいですっかり女の子だと思われているらしいねー…」 「えーっっ!?そこはひとつ訂正しとこうよっ!」 「昨日はユーリの容態の方に気を取られていたから…ゴメンね?」 「ぁう…」 そんな風にしゅんとして謝られてしまうと、それ以上怒り続けることなど出来ない。 「うん…そうだよね。俺、熱で意識とかなかったもんね…。つか、それじゃあ着替えたのって…」 お貴族様の家らしいし、妙齢のメイドさんなんかに着替えさせて貰ったのだとしたら、気を失っていたなんて勿体な…いやいや、恥ずかしい。 「俺が着替えさせたんだよ。恋人だし…良いよね?」 「う…うんうんっ…それは全然、平気…。知らない人にされるよりもずっと良いよ」 少し安堵して胸を撫で下ろすと、有利も力強く請け負った。 「いつかコンラッドが熱を出して倒れたら、俺が全部着替えさせてあげるね?ズボンもパンツも…」 パンツという言葉を口にして、有利は《はっ…》と顔を強張らせた。 今、何だかとっても嫌な予感がしたのである。 おそるおそるネグリジェの裾を引き上げてみれば…すーすーした感触通りにセクスィーな《おパンツ》を穿いていた。いっそのことノーパンの方がマシというような収まり具合だ(収まっている物が何かは聞かないで頂きたい)。 当然、まじまじ見続けることはなく…ばふっと股間を押さえると、真っ赤になってコンラートに頼み込んだ。 「…………コンラッド、この館の人たちに…普通の服を貸して貰えるように頼めないかなぁ…?」 「善処してみるよ…」 何故かコンラートの目元は朱を穿いたように紅かった。 * * * 有利たちはベリッツァー家で数日の間お世話になる内に健康を取り戻し、子ども達と跳ね回って雪遊びが出来るまでになった頃、王都を目指すことにした。その旅程の途上にはヴォルテール領もあることから、自然な流れでウルヴァルト卿の邸宅を訪れることとなった。 尚、現在有利たちを守護しながら王都への旅を引率(?)しているのはウルヴァルト卿エオルザークであり、グウェンダルは一足先に王都へ戻り、既に知らせを受けて集結しつつある十貴族との折衝を進めているらしい。 だが、急報を聞いて駆けつけることが出来た十貴族当主は今のところ2、3人だそうだ。 現在はこの年最後の月の中旬であり、年越え・年始の宴に向けて下旬合わせのスケジュール調整をしていたものだから、調整が難航している連中もいるようだ。 その間に王都で様々な遣り取りが行われているのではないか…やきもきしながら、多くの貴族が殺気領土内を駆け回っているらしい。 そんな噂を耳にはしつつも、有利と村田の体調が最優先であるため、コンラート達は決して急かそうとはしなかった。 彼らを尊崇すること極めて熱烈なウルヴァルト卿エオルザークも同様である。 「さあ…ユーリ殿、あれが我が屋敷です。おや…迎えの者も早々に準備をしているようですね?」 夕方遅くなってからの到着だったのだが、雪深いヴォルテール領で馬車の車輪が痛んだりしないようにと、屋敷の人々は除雪に努めてくれたらしい。更には大きな篝火が幾つも道中に焚かれていたから、高台に建てられた屋敷は煌々と宵闇の中に照らし出されている。 他のヴォルテール領の邸宅同様、実に質実剛健な石造りの屋敷は外から見ると少々冷たそうに見えるものの、堅固な門を潜った後は廊下でも大変暖かい。 「すごい、あったかい。火はあるけど、あかりなのに、ふしぎ」 建物の中に入った途端、コンラートに着せ付けられた毛皮のコートが暑すぎて、有利は《はふっ》と喘ぐようにして脱いでしまった。 「ヴォルテール領は雪深い土地ですが、その分建物の保温性はとても良いのですよ。特にこの辺は良質な温泉も出ますから、それを汲み上げて配管を屋敷中に循環させているので、暖炉が無くても暖かいくらいですよ?」 解説するエオルザークはどことなく誇らしげだ。 「おんせんっ!はいれる?」 「ええ、どうぞこの屋敷に滞在しておられる間、ご自由にお使い下さい。常時溢れるほどに噴き上げておりますから、どんな時間にも入り放題ですよ?」 「うれしいっ!ありがとうエオルザークさん」 「いえいえ」 にこにこ顔のエオルザークは、小走りに駆けてきた少年の姿を目にすると、一層嬉しそうに目を細めた。 「エリオル…。風邪を引いたと聞いていたが、元気になったようだな?」 「大恩人がおられるのに、これが寝ておられましょうか!」 確かに少し頬が紅い。こちらに感染させぬようにと気遣って口元にハンカチを押し当てているが、コンラートと有利に向き直ると、高ぶる感情を堪えきれぬように跪いた。 「先日は、大陸に於いて危険を顧みず、この身を救って頂けましたこと…深く感謝しております。この不肖の身では如何様にしてこの恩義を返せるものかと…」 「エリオル、あまり気にしすぎると身体に悪いよ?」 コンラートは真面目すぎる少年の細い腕を掴むと、ふわりと抱えるようにして立たせてやった。どうやら、グウェンダルの親戚である上によく似た性格を持つ彼が気に掛かるらしい。 そんなコンラートを《優しいなぁ…》と誇らしく思う反面、ちょっとだけ…スプーンに軽く一杯分くらいだけ、《優しすぎるよなぁ…》とも思ったりする。 『我が儘だって分かってるんだけどさ…。言葉だけなら良いんだけどさ…。そんなに格好よく、《ふわ…》っなんて羽毛みたいに軽々と抱え上げられたら、大抵の奴が惚れちゃうんじゃないかな?』 何しろコンラートは英雄閣下な上に、エリオルにとってはあの恐怖の箱から救い出してくれた直接的な恩人だ。それが親しげに微笑みかけてくれたりしたら、そりゃあどこぞのお笑い芸人ではないが、《惚れてまうやろーっ!》と突っ込みたくなる。 案の定エリオルは感涙に目元を潤ませて、感極まったように唇を噛みしめていた。 きっと、油断したらぼろぼろないてしまうに違いない。 けれど、今頃気付くのも何なのだが…エリオルの瞳は涙を流せたとしても、片方しか流せない。掻き上げた髪の下から覗く左目は眼帯に覆われており、そこからはみ出た顔の左半分にはまだうっすらと裂傷の痕がある。 「目…《はこ》のせい?」 「はい。ですが…平気です。命は救って頂けたのですから」 深い感謝の色を込めて送られる眼差しは、有利に対しても溢れるほどの敬意が払われていた。本当に純粋で真面目な子なのだ。 エオルザークもこの弟が可愛くてならないらしく、くしゃりと髪を梳いてやってから補足説明のように語ってくれた。 「この子は、昔から誰に似たものやら実に頑固で一本気な子なのですが…」 《一族でそっくりですよ》と突っ込んではいけないのだろうか? 「ことに、《男児たる者生涯を掛けて何事か為すべき》ということを無上の使命と考えているのです。それを為すことなく死ななくて済んだ…左目を失ったことを嘆くよりも、その事を本心から感謝する想いが強いのでしょう。正直…兄としては感心する反面、心配でもあるのですが…」 「なすべきは、なにをするの?」 「生涯を掛けて…恩義をお返ししたいと思います」 隻眼ながら凛とした風情の少年は、既に武人の面構えを見せていた。 《流石はグウェンダルの親戚》と感心する反面、やっぱりちょっぴり不安だったりする。 『やっぱ…それってコンラッドにってことだよな?』 それだけの尊崇を集めるコンラートという人を評価するだけに、いつかエリオルの感情が別の方向にも発展するのではないかと心配してしまう。 何しろコンラートという人は超絶佳い男のくせに今ひとつ自覚がないから、きっと自分のさり気ない動作や微笑みがどれほど人々の心を奪ってしまうか知らないのだ。 『俺だってこの年まで完璧ストレートだったのに、まんまと一目で恋に落ちてたもんなぁ…』 だって、あの化け物を一刀で斬り伏せた手腕と、端然とした佇まいは神話世界の英雄のように素敵すぎて、そりゃもう《惚れてまうやろ》としか言いようのない状況だったのである。 エリオルもほぼ同じ状況であったことを思えば、同じ感情を持ちやしないかと心配したって仕方ないではないか。 『しかもさぁ…この子、すっごい良い奴っぽいんだよね』 彼が決してコンラートの前だからと《ええ格好》しているわけではなく、心から報恩感謝のために尽くしたいと願っていることは見ていてもよく分かる。 そんな良い子に嫉妬めいた気持ちを抱いてしまうのが申し訳なくて…恥ずかしい。 『やだな…俺、すっげぇ格好悪い』 少し落ち込んでしょんぼりしていたら、気遣いの細やかなエリオルは有利を慮ってくれた。 「申し訳ありません…!まだ体調の優れないユーリ殿をこんな場所で立たせてしまい申し訳ありません。どうぞ来賓室にお入り下さい」 「あ…だ、大丈夫。気にしないで?」 慌てて両手を振るが、エリオルはまだ心配そうに有利の顔色を覗き込んでいた。 『やっぱ、良い子だよな』 《子》とは言っても実際の年齢は有利の両親よりも上な筈なのだが、中学生くらいの容姿をしているものだからどうしてもそんな表現になってしまう。 色んな意味で申し訳なくて懸命に微笑めば、何故だがエリオルの頬が紅くなった。 「エリオルくん、ねつある。ほっぺあかい」 熱感を確かめようと、ぺたりと額に手を当てれば…余計にエリオルの頬は熟れた林檎のように染まってしまう。これは余程体調が悪いのだろう。 「たいへんっ!ねつあがったっ!!」 「やだなぁ…渋谷。君ってば本っ当ーに、無自覚に振りまくよねぇ…」 有利はおろおろして周りを見回すのだが、何故だかみんな半笑いだ。 村田が呆れたように苦笑すると、コンラートも困ったように口元を掌で覆った。 「ええ…本当に……」 どうしてだろう?コンラートの口調には微妙に険があるような気がする。 何か怒っているのだろうか? 『俺…変なこと言ったのかな?』 もしかして…エリオルに嫉妬していた醜い気持ちを知られてしまったのだろうか?そう思ったら本当に血の気が引いてきて、涙が込み上げそうになってしまう。 けれど、泣きそうになってうるりと瞳を潤ませていると、漆黒の前髪をくしゃりと掻き混ぜられる。 「泊めて頂く部屋に通して貰おうか?」 「ぅん…」 囁かれた声はいつもの通り優しかったから、何だか余計に泣きたくなってこくりと頷いた。 |