第42話 《地の果て》と対峙している間に感じていたのは、ずっと《不快感》でしかなかった。 ふつふつと沸き上がるどうにも耐え難いような、苛立ち・不満・焦りつく深い憤怒…。そんなものに密着していて快い筈がない。 だから、最初の内…有利の思念にあったのは、《こんな厄介で鬱陶しい存在は吹き飛ばして、消してしまえば良いんだ》という気持ちだった。 だが、実際にその方向で進めようとすると、色んなものが邪魔をしてくるのが分かった。清浄な大地の要素が悲鳴を上げるのだ。 どうやらこの《地の果て》に封印されているものは《呪われた悪霊》というよりも、《荒ぶる原初の神》とでも言うべき存在であるらしい。 要素はこの《神》を嫌い、疎んではいるのだけれど、それでも消えることは望んでいないのだ。 『もしかして…昔、凄い力を持ってた眞王でさえ封じる事は出来ても、倒してしまうことが出来なかったのはそういう事情なのかな…?』 要素にとって、この厄介な神は老いさらばえて見苦しいことこの上ないのに、どこか見捨てることの出来ない《親》のような存在なのではないだろうか? 世界を統べる中心者として君臨できないことを怒り、嘆いて暴れる様に困りはしても、それでも要素がこの《神》を殺すことは、自分の《誕生》を否定することになるのではないか。 自分を産みだした者への感謝の念が失われたとき、きっと世界は滅びに向かっていく。 おそらく…要素はそれを知っているのだ。 『そうなのかな?』 辺りをふらついていた要素の一つに聞いてみると、こくん…と頷いた気がした。 それを感じ取ると、有利は今まさに封印を施そうとしているグウェンダルの精神にふわりと制止をかけた。 封じるのではなく…もう一つ、方法があるような気がしたのだ。 『お兄さん、土の要素と仲いい?』 『そうだが…ユーリ、お前は何をするつもりだ?』 『あのね…せっとくできるかな?』 グウェンダルの精神体が明らかに動揺したのが分かった。 有利と寄り添う形で存在している上様も懸念を示したのだが、何故か…同調してきた村田だけは有利の選択を否定しなかった。 『君は、説得したいのかい?《地の果て》を…封じるのではなく、どうしたいんだい?』 『とけこんでほしい…この世界で、いちばんになるんじゃなくて…ほかの土といっしょに、せかいのなか、とけてほしい』 『出来ると思うかい?』 『ほかの土は、そうしてほしい、いってる。おれも…そうしたい』 『そう…』 村田の精神体は笑ったような気がした。 『フォンヴォルテール卿、上様…そういうわけだ。協力してくれるよね?』 《してくれないわけないよね?》…という風情で村田が言うから、慌てて有利はぺこぺこと(気持ちの上で)頭を下げた。 『おねがい…。この箱のなかみ、つちのかぞく。どんなにこまったヤツでも、つちはみすてない。みすてたら、自分もだめになる、しってる。だから…おねがい。つちのなかま、たすける』 『………致し方あるまい』 グウェンダルの意識が嘆息するようにいらえを返すと、上様もまた《仕方あるまい》と呟いた。 そして四つの精神体が融合しあいながら、有利を先頭に置いて《地の果て》に囁きかける。 閉じられかけた《地の果て》は、恐怖と憎しみにかられて恐慌状態になっていた。有利が近寄って語り掛けてもぴしりと手を弾くようにして拒絶し、噛みつくようにがなりかけてくる。 だが…有利は諦めない。 弾こうとするその触手を掴んでがっしりと握り込み…額に押し当てて強く強く祈りかけた。 『だれかをしはいするの、やめにしよう?』 『あんたをおもうなかまのため、もう…おわりにしよう?』 有利は自分の記憶の中にある、《豊かな大地》というものを感じさせる記憶を総ざらいして脳裏に浮かべた。有利にとってそれらがとても大切なもので、なくては生きていけないものなのだと強く伝えたかった。 春の大地が、目にも鮮やかな緑に覆われていることに…。 夏の大地が、眩しい陽射しの中で力強い生命を育んでくれたことに…。 秋の大地が、生きとし生けるもの全てに豊かな恵みをもたらしたことに…。 冬の大地が、厳しい寒さの中にも新たな芽生えに向けて力を蓄えていたことに…。 深い深い感謝を捧げたい。 そして、大切な大地を汚してきた人間の一人として…深く深く、《ごめんなさい》と囁きかける。 『おれ…じぶんにできるせいいっぱいで、あんたとあんたのなかま、まもりたい…。だから…そのいかり、しずめて?ふあんにおもう、あっても、おれを…おれたちを…しんじて?』 『ねぇ…。みんなのなか…とけてこう……?』 暴れる触手から伝わっていた怒りが、消えた。 次いで、苛立ちが消え…不安が消え……そして、暖かい何かが生じかけたと思った瞬間…。 ぱぁん…っ…と、弾けるような感触を残して…辺りを満たしていた瘴気が消えた。 「……へぁ…っ!?」 唐突に明瞭な意識を取り戻した有利は、現実世界の身体が保っていた姿勢を重力下で維持できず、危うく転んでしまうところだった。触手に向かって額を押し当てていたのだが、それが突然消えてしまったことでバランスを崩したらしい。 同様によろめいてしまったグウェンダルがのし掛かってきたこともあって、危うくその巨体に潰されてしまうところだった。 けれど、そこはいつも見守ってくれるあの人が、この時もしっかりとサポートしてくれた。 コンラートが横合いから腕を伸ばすと、右腕でがっしりと受け止めてくれたのだ。 兄想いの彼は、グウェンダルを支えるのも忘れない…が、そちらの腕は祖父の左腕であることを、ちょっと嬉しく思う。 『右腕は俺のだもんね!』 なんて、勝手に所有宣言もしてみたりする。 照れくさいので、心の中だけで囁く。 「やれやれ…君には驚かされるよ」 こちらもぐったりと脱力した村田が、ヨザックに抱きかかえられている。 出会った当初はあまり一時的接触を好まなかったようだが、最近は慣れてきたのか当然のように振る舞っていた。 何だかんだ言って、《お似合い》な二人だ。 やり返されそうなので、やっぱり心の中だけで囁いたりする。 「まさかあの眞王にも封印しか出来なかった創主を、四散させることで無力化してしまうなんてね…」 辺りに漂う大気の中に、もう禍々しさはない。 幾らか荒っぽく土臭い様には感じるが、そもそも自然というものは穏やかで綺麗なだけではなく、理不尽なほどの暴虐で生命を飲み込んでいくこともある。陰陽とは何にでも備わっていて、それが当たり前なのだ。陽の部分だけを摘み食いしようとして、人間は何度も手痛いしっぺ返しを喰らっているではないか。 その陰の部分が凝り固まっていたのだろう創主を、陽の要素によって支配するのではなく、調和を試みたとき…初めて世界は充足したのではないだろうか。 「うまくいった。うれしい!ありがと、みんな」 疲れを越える喜びによって《にこっ》…と有利が微笑めば、ほわりとした大気が辺りを満たした。 どこか呆然としていたグウェンダルも目を細めて有利を眺め、唇には淡い微笑が浮かべられている。 だが、どうやら彼はかなりの照れ屋さんのようだ。 コンラートが嬉しそうに笑いかけると、ばつが悪そうに眉間に皺を寄せたのである。 『あー…こういうところが、この兄弟の複雑なとこなのかな?』 コンラートがアルザス・フェスタリアの予言によって幽閉されるという極限の状況に追い込まれたとき、やっと真心を表に出すことが出来たグウェンダルだが、基本的には優しさを分かりやすく表現することが難しい人であるに違いない。 シンクロしているときに感じた彼の精神は、あんなにも深い優しさに満ちていたというのに…。 有利はちょんちょんとコンラートをつついて自分の身体を床に下ろさせると、肩を叩いて促した。 「コンラッド、お兄さん、ひさしぶり。あくしゅ、だっこ、する?」 「抱っこ…は、ちょっと…」 コンラートの方も溢れる想いがあるのに、どうも素直に甘えられないようだ。 「だいじってきもち、つたえる。それに、コンラッド、ゴメンする、言った」 グウェンダルにも伝えたいので、懸命に身振り手振りを交えて眞魔国語で語りかけた。そして、グウェンダルにも思いの丈を伝えようとくるりと身体を向ける。 身体をくるりと旋回させれば、水色のエプロンドレスがふわ…っと翻って今更ながらに恥ずかしい。 ばふっとスカートを押さえると、有利は想いを伝えるように上目づかいでグウェンダルを見つめた。 「お兄さん、コンラッド、ずっとお兄さん、思ってた。うらぎる、ない。ずっとずっと、コンラッド、お兄さんだいすき」 「……そうか」 ゆっくりと頷くグウェンダルの顔には沁みるような喜びの色があり、それを認めたコンラートは…堪えきれぬように兄へと抱きついていった。 最初は荒っぽくてぎこちなかった動作も、兄の体温を感じた途端に柔らかく解れていく。 そして、絞り出すような声で訴えたのだった。 「兄さん…すみません。ご命令に背く行動をしたことを、どうかお許し下さい…。どうしても俺には、ユーリを殺すことが出来なかったんです…」 コンラートは大柄な兄の背をしっかりと抱きしめ、肩口に顔を埋めて思いの丈を語り伝えた。 ずっとずっと…地球にいる間も、胸を離れたことはなかったろう兄への思いを…。 最初は本当に、なんとしても有利を殺そうと思っていたこと。 けれど、有利と行動を共にするうち、その心根の清らかさと愛らしさに心を奪われてしまい、共に眞魔国に帰って兄に相談しようと思っていたこと。 しかし、予期せず《地の果て》の解放実験がウルヴァルト卿エリオルを使って行われるのだと知ったとき、どうしても見捨てることが出来なかったのだと…。 「お前は…そうやって、多くのものを救おうとして我が身を犠牲にしてばかりだ…」 「すみません…」 しょぼんとしてしまうコンラートの頭を、グウェンダルは乱暴な手つきでばりばりとかき混ぜた。 「馬鹿者…怒っているのではないっ!」 最後の一言は、絞り出すようにしてようよう口から出た言葉だった。 「………心配、しているのだ…っ!」 その言葉を聞いた瞬間のコンラートの表情ときたら…有利が涙ぐんでしまいそうなくらい嬉しそうなものだった。 コンラートはきっと…ずぅっと長い間、家族のこんな言葉に飢えていたのではないだろうか? 「それでは…ありがとうございますと、言わせて下さい…」 「…うむ」 噛みしめるように《ありがとうございます》と、もう一度繰り返したコンラートに、グウェンダルもまた声にならない想いを噛みしめていた。 『良かったねえ。良かったねぇ…』 有利は両手を握りしめて二人を眺めていたが、ふと目線を横にやると、ヨザックもまた感慨深げな表情で、上司と友人とを眺めている。長い付き合いの彼にとっては、この光景は長く夢見たものであるのかも知れない。 「なんとねぇ…こんな日が、来るなんてねぇ…」 「ヨザック、君…世話焼きおばさんみたいな顔になってるよ?」 「嬉しいんですもん。しょうがないですよ…」 「あ…涙なんか滲ませてる。似合わないよ?」 「だって、涙が出ちゃう。乙女なんだモン」 「不気味だよ…?」 ヨザックと村田がくすくすと笑み交わしていると、そこに、ダダダ……っ!と勢い込んで駆けてくる者があった。 「グウェンダル閣下ーっっ!!」 抜刀したまま絶叫をあげて飛び込んできたのは、グウェンダルによく似た顔立ちの軍人らしき男性だった。後続には、やはり同系統の軍服を身につけた人々が続いている。 「遅いぞ。エオルザーク」 「は……っ!?」 決死の覚悟で飛び込んできたのだろうエオルザークは、破壊しつくされた壁や床の間に広がるやけにほのぼのしい光景にきょとんと目を丸くした。 状況の変化に、神経がついて行かないに違いない。 「こ…これは…コンラート閣下っ!ご無事でしたかっ!!」 「ご苦労様、エオルザーク…」 顔見知りに出くわしたことで流石に恥ずかしくなったのか、コンラートはグウェンダルから離れると、エオルザークの労をねぎらった。 ちょっと目元に浮いていたものを、袖口でこしこししているのがやけに可愛い。きっと、嬉しさのあまり泣き出しそうになっていたのだろう。 「おお…双黒の君もおいでですか。しかも、お二人もおられるとは…。しかも、なんと可愛らしいことでしょう…」 輝くばかりに可愛らしい有利が、一層愛らしく見えるようなエプロンドレスを着ていることに気を取られかけたエオルザークだったが、すぐにそれどころでは無いことに気付く。 「……っ!?コンラート閣下…う、腕はどうなさいましたっ!?左腕が…ついてる……っ!」 エオルザークがぎょっとしたように指し示したのは、勿論コンラートの左腕である。彼は目の前で腕が千切れるのを目にしているし、それを眞魔国まで持ち帰ってもいたのだ。 今更ながらにグウェンダルも気づいたらしく、遅ればせながら目を見開いていた。 その様子があんまりおかしかったせいか、コンラートは悪戯っぽい笑みを浮かべて見せる。 「生えたんだよ。にょきっと」 左手をわきわきさせながら囁けば…何故か、グウェンダルとエオルザークが蒼白になって一歩退いた。 「な…ななな…あ、アニシナ殿の魔動装置かなにかですか!?何という無謀な…い、いや…勇気あるというか…」 「コンラート…お前、幾ら腕を無くしたとは言っても、頼るべき相手を間違えているのではないか…っ!?勇気と暴走は違うぞっ!?」 噂に聞くフォンカーベルニコフ卿アニシナとは、よほど恐るべき人物であるらしい。その名前が出た途端、グウェンダルの背が明瞭に震えていた。 思わず、コンラートが苦笑しながら兄の背をさすったほどだ。 「いやいや…ゴメン、嘘だよ。実は、異世界で祖父の腕を移植されたんだ」 「はぁあっ!?」 エオルザークにとっては、どちらにしても奇想天外な話であったらしい(当然と言えば当然だが…)。目を白黒させて仰天していたが、間もなく己の本分に立ち返っていった。 グウェンダルに事の次第の説明を頼むと、状況を確認してからすぐに部下達に命じ、必要な措置を執り始めた。 何しろ《地の果て》が無力化した事と、それに先だってシュトッフェルが《地の果て》に通じてグウェンダルを利用し、箱の力を我が物にしようとした事件は眞魔国の勢力関係に大きな衝撃を与えるからである。 エオルザークの個人的な判断で捕らえさせたシュトッフェルを正式に糾弾して適切な罪に問う必要があるし、迅速に十貴族会議を開いてコンラートの処遇を決定する必要もある。 コンラートは双黒と共に、《地の果て》を滅ぼすことに重大な役割を果たしているのだ。占術師が束になってきてどんな予言をしようが、二度とコンラートを貶めることは許さない…エオルザークからも、グウェンダルからも、並々ならぬ気概が感じられて有利は嬉しかった。 『コンラッドを信じて、ちゃんと思い続けていてくれた人はこんなに大勢いるんだよ?』 嬉しい。 本当に、嬉しい…。 胸を暖かな思いが満たし、目元にはじんわりと涙が滲むのであった。 ただ、忙しそうに今後のことを話し合っているコンラート達には、少し引け目というか…遠慮も感じてしまう。 特にグウェンダルと声を交わしているときのコンラートは輝くばかりに美しくて、とても嬉しそうに見えるものだから、先程から少し身体が熱っぽく怠いのだということも言い出せずにいた。 『どうしよう…ちょっと、その辺でしゃがんどこうかな?』 一度意識してしまうと、どうにも身体が重くてしょうがない。膝ががくがくと震えはじめて、一度座ってしまったらもう立てないような気がしてきた。 『どこか…目立たないところに移動してからにしないと、コンラッドが気にするよな?』 折角憧れの兄と再会できたのだから、しっかりと感情の交流を果たして欲しい。そう思って何とか物陰に移動しようとしたのだが…思いの外、身体の方は疲れ果てていたらしい。 気が抜けてしまったせいもあってか、足が縺れて倒れそうになってしまう。 『あ…だめ……っ…』 よりにもよって、瓦礫の山がある方に身体が倒れてしまって、咄嗟に手を伸ばして身を庇おうとする。 痛みを予感して硬く強張った身体はしかし、予想していた衝撃を受けることなくふわりと宙を舞った。 コンラートが…気遣わしげな表情を浮かべて、有利を抱き上げていたのだ。 『よりにもよってお姫様抱っこかい…』 男子高校生としてはかなり不本意な体勢なのだが、それでも愛おしいコンラートの感触がすぐ傍にあることにはむず痒いような幸せを感じてしまう。 邪魔にならないようにしようと思っていたのに、ここで喜んではいけないのだが…。 「ユーリ…熱があるのかい?苦しい?ああ…良い。無理に喋らなくていいからね?」 刻々と発熱は進んでいるらしく、とろんと視界が潤んでいるから、きっとコンラートにもどんな体調であるかは伝わってしまったのだろう。すぐにエオルザークに寝台の用意や衛生兵の都合をつけてくれと頼んでいた。 「コンラッド…だいじょうぶ、だよ?ねるトコようい、おねがいする。そしたら、おれ、そのままねる。だからコンラッド、お兄さんとはなし、する。たくさん、ゆっくりする、いい」 「……っ!」 安心して貰えるように、懸命に元気よく声を出したつもりだったのだが…どうしてだか、コンラートは泣きそうな顔をして有利を見た。 * * * 『この子は…俺を思いやって、具合が悪いのに声を掛けそびれていたのか?』 コンラートは喉奥に込み上げるような、己の不甲斐なさへの悔しさと共に、それを上回る大きな愛情を感じて目元を熱くしていた。 どうも、先程から涙腺が緩みっぱなしだ。 コンラートは本来、感情を表に出す方ではなかったのだが…。きっと、有利によってコンラートは作り替えられてしまったのだろう。素直に、感じたままを表現する回路が構築されてしまったのだ。 《地の果て》を倒した直後に受け止めたときには異常がないと思ったのに、今はこうして抱いている間にも刻々と熱が上がってきて、有利の瞳が熱っぽくとろりと潤んでいくのが分かる。 桜色の唇は朱を帯びてあえやかに濡れ、こんな時でなければ欲情していたかも知れないくらいに艶かしい。 そんな様子なのに、コンラートを気遣って元気に振る舞おうとする彼が愛おしくて…切なくて、堪らなかった。 「ユーリ……っ!」 込み上げるような感情を持て余して有利を抱きしめれば、観念したように有利が身体の緊張を解く。そうすれば、もう再び身体に力を込めることは叶わなくなってしまったようだ。くたりと脱力した肢体がコンラートの胸に押し当てられる。 「ユーリ…元気が出るまで、傍にいさせて?」 「でも……」 「お願いだ。君に何かあったら…俺は……」 声が詰まって、それ以上の言葉は紡げなかった。 最早、想像の中でのことでも《万が一》を思い浮かべることは、それだけでコンラートの心を凍結させるほどに辛いことであったのだ。 「あー、そこのバカップル。いつまでイチャイチャしてるつもりだい?」 冷静な突っ込みにコンラートが視線を向ければ、やはり発熱しているらしい村田がヨザックに抱えられて憮然としている。どうやら、強い魔力を駆使した二人は時間の経過と共にそのぶり返しを受けているらしい。 「ベッドの用意が出来たみたいだよ?早く連れて行って。あー…ねぇ、エオルザークさんだっけ?着替えも借してよ。汗が噴き出して気持ち悪い…。できれば、何枚か寝間着が欲しいな」 「はっ!ただ今っ!!」 びしぃっと勢いよく敬礼すると、エオルザークは放たれた矢のような勢いで部下達の元に直走った。 実直な男だから…というのも当然あるが、それ以上に…村田に対して無礼があると、末代まで祟られそうな感じがしたのだろうか? 有利の身が絡むときの彼は殊のほか陰険…いやいや、手厳しいから、確かに迅速な動きが必要だろう。 尤も、コンラートの場合は村田の怒り云々よりも、有利の身がただただ心配なのだが。 「ユーリ、すぐ着替えもくるからね。取りあえず、横になろう?」 「ん…」 こく…っと頷いた有利は、そのまま意識を失ってしまった。 |