第38話





 《良い思い出を作ろう》…その思いのもと、1年7組は盛り上がっていた。
 一部、事実とは異なる理解ながら有利との別離を惜しむ生徒の尽力もあって、無事にその日を迎える事が出来た。

「き…着てみたけど…」

 教室内は展示に使わないので、中央と窓に不要な布を張って更衣室や用具置きにしている。その男子更衣室から出てきた有利に、クラスメイトの歓声が飛んだ。

「きゃあぁーっ!やっぱり似合うわ渋谷君っ!」

 かなりの力度を込めて縫い上げたという衣装は見事な出来映えだった。殆どの服が既製品を一部作り替えるだけだったのに、及川は有利のサイズを測ると型紙おこしから作り上げたのである。
 これで、服のデザインが男物だったら、有利だってもっと素直に喜んだろう。

 そう、有利の衣装はアリスのそれだったのである。

『うわぁ…見事なフリフリ…』

 ゴシックロリータの代名詞のような衣装は何とも愛らしく、淡い水色のエプロンドレスはもちろんの事、白いハイソックスとエナメルの靴、カチューシャも見事にマッチングしている。
 鬘は少々高価だったので買えなかったそうだが、そのせいか余計に有利らしさが際だっている。

 下着はさすがに普通の男物を使用しているのだが、更衣室内で他の生徒がそわそわしていたので申し訳なかった。
 コンラートが妙に警戒して睨みを飛ばしていたのも、かなり申し訳なかった。

 ちなみにコンラートの腕については誰もが驚いたが、やはり天羽と及川だけは《俺たちは分かってるぜ》という顔をして、《バツン★》とウインクを送ってきた。

「ああ、ユーリ…とても可愛いよ」
「渋谷…やっぱりそういう格好似合っちゃうんだねぇ…」
「ユーリ、俺に言ってくれればもっと派手にしてやったのに」

 コンラートはにこにこと笑み崩れ、村田はきっちりとカメラを構え、ヨザックは何かがちょっと不満なのか口角を歪ませているが、それらに対してコメントは出来なかった。

 有利は及川の手前、あからさまに嫌がる事も出来ずに項垂れた。
 これがクラスメイトに見せた最後の姿になるとしたら、凄くしょっぱい。

「着替えは済んだか?じゃあ、そろそろ行こう」
「うん」

 瀬名に肩をぽんっと叩かれて、有利は頷いた。
 彼は《星の王子様》説をどこまで信じているのかは分からないが、あれから有利を捕まえて追求するような事はなかった。
 その代わりクラスの準備に積極的な関わりを見せ、講堂の壁に取り付けた大道具なども彼のおかげでかなり大きな規模のものになっている。

「瀬名…部活忙しいのに、頑張ってくれてありがとう」
「礼を言われるような事でもないさ」

 瀬名は苦笑すると、足早に講堂へと向かう。
 有利たちもそれを追いかけて進んだ。

 別れの前の、記念碑的なイベントに向けて。



*  *  * 




 講堂の中に《ダダダダタ…》とマーチングバンドを思わせるドラムが響く。吹奏楽所属の生徒が胡桃割り人形に似せた衣装を着てドラムを叩いているのだ。
 すると、スポットライトが客席のひとつに当たる。

「わぁっ!」
「ぅお…渋谷!?」

 周囲から一斉に歓声が上がった。
 注目されないようにフードのような物を被っていた(それはそれで目立ってはいたが…)有利がはらりと布を払うと、アリスの衣装姿で講堂の中央通路に現れたのである。きっちりマイクも握りしめて。

「ああ…どうしよう?このボールを無事くす玉に当てないと、元の世界に戻れないわ?」

 眉根を寄せながら棒読みに台詞を口にすると、くすくすと笑いが起こる。
 《かぁあ…》っと頬が熱くなるが、構ってはいられない。

「アリスは元の世界に戻る事が出来るのでしょうか?皆さんも応援してくださいね!」

 アナウンス役の松代は流石にしっかりとした発音で、舞台上から呼びかける。    

「アリス、こっちだよ!」

 舞台の中央にもう一つスポットライトが当てられると、トランプの兵隊が四人並んでグローブを構えている。数あわせなのか有利のコントロールを信じていないせいなのかは不分明だ。

「トランプの兵隊さん、お願い…っ!」

 思わず足を上げて投球フォームをとると、観客達が一斉に沸き立った。

「ユーリちゃあ〜んっ!」
「ユーリ、見える…見えちゃうからっ!」

 ヨザックが冷やかし、コンラートが血相を変えているが、有利としても草野球チーム元キャプテンとしての矜持は護りたいところだ。勢いよく発光加工を施されたボールを投げると、奇跡的に(←失礼)中央に位置していたハートの兵隊がキャッチする。

 兵隊は舞台上に展開すると、それぞれにボールを手で投げ、膝で受け止め、足裏でぽぅんと蹴り上げ、最後は頭で合わせて壁面の仕掛けの中に投入した。サッカー部所属だけあって、見事な脚前(?)だ。

 次いでボールは釣り竿の先に引っかけられると勢いよく引き上げられ、高い位置に設えられた大型のティーポットに入る。そのポットがお茶を注ぐように動くと、内部からころころと茶色いボールが転がり落ちていき、その中に、発光するボールも混じっていた。茶色い玉はそのままバケツのようなカップにはいるが、一回り大きなボールは大網のような茶こしに引っかかる。
 大がかりな装置が無事動いた事でクラスメイトは安堵の吐息を漏らし、その他の生徒は歓声を上げた。

「おお…7組、えらい力の入れようだな!?」

 そうだ、本当にみんな頑張った。
 不思議なほどみんな積極的に取り組み、アイデアを出しながらここまで準備してきた。

『楽しかったよな…凄く』

 有利だって、野球以外でこんなに頑張ったのはきっと初めてだと思う。少し面倒だったり、思うようにいかないところもあったけど、それでも言葉を交わして相談をしていく中で、予想以上に大きな規模の出し物が出来た。

『最後まで、上手くいくと良いな…』

 しかし、そう願う有利の前で…ぞろりと大気が不穏な気配を見せた。



*  *  * 


  

 カチャ…

 コンラートは一瞬にして表情を厳しいものに変えると、竹刀袋に入れた日本刀に手を掛ける。来賓受付で本来なら没収されるところだったのだが、いつもの爽やか、かつ、押しの強い態度でここまで持ち込んだのである。

『また…気配がする』

 この日本刀を持っているからこそなのかも知れないので参観者には本当に申し訳ないが、持っていないときに来られた日には戦いようがないので許して欲しい。
 
 コンラートが意識を集中させると、今まさにボールが転がっている壁面の仕掛け部分に、不穏な気配が漂っている。先程稼働した巨大ティーポットの内部だ。

「隊長、何かいるのか?」

 ヨザックには分からないらしいが、無理もないだろう。魔力を持たない者同士、コンラートもこの剣を持っていなければ気付く事はなかったろうと思う。
 ふと思いついてヨザックに剣の柄を握らせると、ぎょっとした様に同じ方向を見つめた。

 強い魔力持ちの有利であればあちらの世界と通信できるこの日本刀は、コンラートやヨザックでも敵の存在感には鋭敏になるらしい。

「あれが…箱から漏れた力ってやつか?」
「前に襲撃をかけた奴と同じとは限らないが…困ったな。もうじきボールがくす玉に到達するのに…」
「んなこと言ってらんねぇだろ?」
「だが、ユーリと友達の絆だぞ?」
「……つくづく、ユーリには甘いねぇ」
「愛しているんだから、仕方ない」
「へいへい」

 《いい加減、食傷気味だよ》という顔でぺろりと舌を出すと、ヨザックはコンラートと共に、そっと戦闘態勢に入った。どうやらヨザックの袖口にも暗器が仕込まれているらしい。それが創主に対して効果を持つかどうかは、少々怪しいところではあるが…。  

 そうしている間にも、ボールは着実に最終地点を求めて仮装した生徒や壁面仕掛けの中を通過していく。
 もう少し、後少し…なのに、ガタガタと震え始めたティーポットの中からは、勢いよく噴きだしてきたゲル状の液体が有利目掛けて襲いかかっていく。


『見つけたぞ…鍵よ!』

 
 《鏡の水底》から溢れてきた力なのだろう。蒼い光を放ちながら空中を飛来する液体が有利を包み込もうとしたその時、コンラートはひらりと座席から飛んで有利を抱え上げた。

 有利の胸元から飛び出したチィも、空中を飛んで回転斬りの要領で爪を水の怪物に引っかけると、座席の背もたれで跳ねて再び有利の肩に戻り、《チィイイ…っ!》っと、威嚇の咆吼をあげる。

 ちいさいなりに、有利を護ろうとしているのだ。

「コンラッド…!こいつ…今度は俺を狙ってる!?」
「ああ…おそらくそうだ!」

 きゃあぁああっ…!!

 講堂内には悲鳴が上がり、場が混乱に包まれようとしている。

『いけない…っ!』

 暗い会場内で慌てて逃げ出したりすれば怪我人が出るのは必至だ。コンラートは有利が握っていたマイクを自分の口元に寄せさせると、朗々とした声で高らかに叫んだ。

「アリスを狙う邪悪なる精霊よ…このウェラー卿コンラートと、忠実なる僕(しもべ)チィがお相手しよう!」

 コンラートは華麗に椅子の背もたれ部分に立ってバランスを取ると、祖父から受け継いだ左腕で有利を抱え、右手には竹刀袋から取り出した日本刀を引き抜いて構えを取った。

 観客達はその大音声によって、これが大がかりな仕掛けの一環だと思ったらしい。混乱は一気に収まり、代わりに素直な興奮が場内を包み込んだ。

「皆さん…っ!アリスを護る騎士、ウェラー卿コンラートを拍手で応援してください…っ!」

 精神的反射神経に優れているらしいアナウンスの松代が呼びかけると、歓声は手拍子に代わって場内に鳴り響いた。

 パン…っ
 パンパンパンパン…っ!

 吹奏楽の生徒達も、空気を読んで音楽を変える。
 これは…カルメンだろうか?

「…来い!」

 きゃあぁああ…っ!!

 日本刀がきらりとスポットライトを受けて掲げられる様に、観客席のボルテージは最高潮に達していた。

「うーん…ノリノリだねぇ、ウェラー卿」
「意外と調子に乗りやすい奴なんだって、最近知りましたよ」

 村田とヨザックは軽口を叩き合っているが、口ほどに緊張感がないわけではない。特に、村田の方はこの状況を最大限に利用するつもりで頭脳を働かせている。

「ヨザック、戦いながらウェラー卿に耳打ちしておいてくれ。もしかすると…この状況、利用できるかも知れない」
「どういうことです?」

 村田が簡潔に考えを伝えると、ヨザックは頷いて間合いを取った。
 
 キシァアア……っ!

 均衡を破ってゲル状の塊が襲いかかると、コンラートがひらりと宙に舞った。左腕が無かった期間にも、腐ることなく鍛え続けた技量は彼を裏切らない。コンラートの視覚が捉えた敵影が瞬時に手足に伝わり、反射的な動きで、剣が理想的な軌跡を描いて牙を剥いた水の《口》を引き裂いていく。

「おぉおおお…っ!」

 日本刀を振り抜くと、両断された水の断端が通路に落ちて悶絶しながら絶叫を上げる。
 その間に、ボールは最後の行程を経て講堂の後ろに設けられたくす玉へと向かう。

 しかし、その放物線の途中に絡むようにして、水の本体が咆吼をあげながら有利を狙う。

「させるか…っ!ヨザックっ!」
「はいよっ!」

 背中合わせに飛んだコンラートは正面から水の牙を受け止め、ヨザックはボールを掴むと絶妙なコントロールを見せて瀬名に投げる。ヨザックがくす玉に当てる事は簡単だったが…そこは空気を読む事に長けた彼の事、自分が最後を飾ってはならない事など熟知している。

「決めろ…少年!」
「…はいっ!」

 瀬名が、渾身の力を込めてボールを投げると、綺麗な放物線を描いたそれが…くす玉に当たった。


 パァアン…っ!
 ザ…シュアァア…っ!!

 
 くす玉が割れて《おめでとう》という垂れ幕と共に色とりどりのメタル色紙が散布されたのと、コンラートが水の本体を切り裂いたのはほぼ同時であった。

 きらきらとライトを受けながら煌めくメタル色紙を背景にして、水が無数の滴に分裂する。
 それは、見事な光景であった。

「ウェラー卿…今だ!ティーポットにその剣を叩き込め…っ!空間の裂け目が存在する内に…っ!」
「はい…っ!」

 ザシュ…っ!

 水が出てきたティーポットに突き込まれた日本刀は、妖しげな蒼い光を帯びて《キィイン…》という共鳴音を響かせた。
 駆け寄ってきた村田が剣の柄に手を置くと、有利にもそうするように促した。

「渋谷、僕と意識を共鳴させるんだ…《通路》の中で少しでも眞魔国側に移動できれば、上様が応えてくれるかも知れない…!ウルリーケもねっ!」
「うん…っ!」

 村田の仮説は正しかったようだ。日本刀を通じてあちらの世界に一歩近づいた有利に、待ちかねていた変化が訪れた。
 纏う気配が一変し…凛々しく変化した顔立ちが、別人格の存在を伺わせる。

「久方ぶりだ…大賢者よ」
「上様、僕たち眞魔国に行きたいんです。手伝って貰えます?」
「ユーリの守護者たるお前の言であれば、断る意志は持たぬ…!」

 力強く請け負う上様が集中を見せると、強い魔力が四人を包み込む。先程の水が見せた妖しげな蒼とは違う…もっと清澄な大気が辺りに満ちた。



*  *  * 




『あっちの世界に…行くんだ』

 決めていた事だ。
 《世界を救う》なんて言うと話が大きくなりすぎるから、意識的に思い浮かべているのは《コンラッドの大事な人を護りに行く》という言葉だった。

 だが…それでもやはり、有利は振り返った。

 水膜を間に挟んでいるかのように、講堂内の風景は不思議な揺らめきを帯びている。
 プールに潜って仰向けになり、水面を眺めているときに似ているようだ。

 その中に、友達がいた。

『みんな…っ!』

 ぐ…っと喉奥に熱い塊が込みあげてきて、目元が濡れてくると、折角応えてくれた上様の意識が乱れそうになってしまう。

『ユーリ、考えるな…とは言わぬ。だが、今すべき事を優先するのだ』
『うん…うん、ゴメンね…上様…っ』

 そうだ、今は…進む事だけを考えよう。
 いつか無事に帰るためにも、今は前だけ向いて行かなくてはならない。

『さよなら…っ!』

 心の中でそう叫ぶと、有利は覚えのある感覚の中に身を投じた。



*  *  * 




 フゥン…っ!

 四人の姿が、消えた。

「え…あれって、演出?」

 ざわざわと観客達が騒ぎ始める。
 何人かが席を立ってティーポットに出来た裂け目を検分するが、不思議な事に…あれほど鋭い突き込みを受けた壁には傷一つ無かった。まるで、剣先が異次元に繋がっていたかのような現象に、記録班を担当している映研の連中も頭を捻っていた。

「おい…渋谷、どこに行ったんだよ!?」
「いないわ…コンラートさんも、眼鏡の子も…オレンジ髪の人も…っ!」

 あの戦いから、誰も外部に繋がる扉を開いては居ないのは明白だった。
 つまり…密室の中で、有利たちは忽然と姿を消したのである。

 教員は最初の内、学級内での行き過ぎた演出かと思って文化祭の進行を止める事はなかった。結局丸一日文化祭は実施されて…その閉会式の席で有利が居ない事が明らかになったのである。

 教員達は1年7組の生徒も有利たちの行方を知らず、あんな演出も知らないと主張するのを聞いて顔色を変えた。
 校内の生徒や参観者が一堂に集められて人数確認が行われたが、結局…あの瞬間以降に有利を見たという者は現れなかった。



*  *  * 




『行っちゃったんだ…眞魔国って、国に…』

 有利は一度、こちらを振り向いたけれど…最後に言葉を交わす事は出来なかった。

『もう…会えないのかな?』

 高梨が急激な寒気を感じて両腕を抱え込むと、その肩にそっと両手を添える者がいた。
 及川だった。

「大丈夫だよね…渋谷君、故郷の星の人たちを説得して、帰ってくるよね?」

 及川も瞳いっぱいに涙を浮かべて、泣きじゃっくりを押さえているようだった。
 横目で伺えば、天羽も瀬名も複雑そうな表情で有利たちが消えたティーポットに触れている。

「うん…帰ってくるよ、きっと…」

 本当は、有利にとっての故郷はこの地球…日本なのだ。
 全てを終わらせて、きっとまた帰ってくる。
 高梨達のクラスメイトとして…。

「帰ってくる…だから、渋谷君が帰ってきたときに、沢山今日の写真を見せてあげよう?」
「うん…うん…っ!」

 及川が堪えきれずに涙を溢れさせると、高梨は携帯を取りだして録画していたワンセグ映像を液晶画面に映し出した。
 そこには…今日から放映され始めたカメラシリーズ《SAMURAI.Z》の、フルバージョンのCMが録画されていた。

「凄い…綺麗だね、二人とも…」
「ここに、残ってる。渋谷君はちゃんと…私たちのところに居た人だったんだよ?」

 誰よりも高梨がそうと信じるために、映像を見つめ続けた。
 気が付くと、何人ものクラスメイトが集まってちいさな液晶画面に見入っていた。

 何度も何度も…教員達に解散を申し渡されるまで、小さな上映会は続いた…。 

  

*  *  * 




 うねる、歪む、巻き込まれる…。

 重力を感じる方向が一定ではなく、次の瞬間には何処に飛ばされるか分からないような加速が身体を千々に乱そうとしている。
 上様の意識を前面に出している有利だが、肩にしがみつくチィが離れてしまわないように、胸元に突っ込む事はできた。上様もまた、この小さな生き物が空間の狭間で迷子になる事を由とはしなかったのだろう。

『いつ…着くんだろう?』
『もうじきだ…意識を保ち続けよ!』

 世界を繋ぐ《通路》世界の中を、有利たちは時間の感覚が分からなくなるくらい彷徨っていた。不安げな有利の思念に、上様が応えてくれる。
 
『ああ…上様、ずっと会いたかったよ?色んな事…お礼とかも、ずっと言いたかったんだ!』
『うむ…俺もそうだ、ユーリ』

 上様の声も、仁慈たる想いに満ちている。彼もまた、有利と語り合う事を望んでいたのだろう。
 
『残念ながら、俺は地球では力を発揮する事が出来ぬのだ。眞魔国のみに関与する魂が蓄積されて出来た意識体だからな…。このように、少しでも眞魔国の大気に近いところでなら力を発揮できるのだが…』
『やっぱりそうだったんだ』
『眞魔国に着いたら、じっくりと話し合おうぞ。幸い、双黒の大賢者というナビゲェタァがおるのであれば、会話も随分とスムゥズになろう』

 わくわくするような会話を続けていた有利たちだったが…そうは問屋が卸さないと言う事なのか…彼らが向かおうとしている方角から、何やら妖しげな光が複数飛んでくる。

『あれは…なに…っ!?』
『ぬ…。複数の法力体ではないか…っ!』

 考えても見れば、《禁忌の箱》から溢れ出た創主の力は地球にまで到達できる力を身につけているのだ。空間の狭間ともなれば集中的に有利たちを狙ってくるのは自然な流れであろう。

 何せ、こちらは《禁忌の箱》のうち二つの鍵が仲良く飛来中なのだ。 

「ウェラー卿…っ!」
「腰をしっかりと掴んでいて下さい…っ!」

 上様と村田から離れたらそこで最後だ。絶対に全員が繋がったまま眞魔国に辿り着かなくてはならない。

「はぁ…っ!」

 コンラートの刀が不安定な足場から繰り出されるとは思えぬほどの斬檄を繰り出し、次々に飛来してくる怪物を断ち切っていく。
 こうなったら耐久戦だ。
 今こそ、地球に於いても鍛錬を怠ることの無かった剣技の見せ所である。

 ヨザックもまた手首から取り出した暗器をふるい、魔族の鍛えた武器ほどではないにしても、幾らかは敵を傷つけられる事を証明していた。

 ザシュ…
 ギリュア…っ!

 空間の狭間での激闘がさしものコンラートの息をも荒く変えていったとき…いよいよ一行の視界に光が飛び込んできた。

「しっかりと繋がり合っておくのだ…」

 戦闘はコンラートとヨザックに任せていた上様が、力強い咆吼をあげて《ぐぅん…っ!》と身を乗り出す。

「行くぞ…っ!」


 飛び込み台から水面に激突したような衝撃を抜け…彼らの視界は真っ白に染め上げられた。





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