第31話





『なんだアレ?』

 瀬名がバスケ部の活動を終えて校門に来てみると、もう帰ったものとばかり思っていたクラスメイト達が大挙して押し寄せていた。テレビの取材か芸能人の突撃レポートか…そう思いながら人垣の周縁にいた連中に聞いてみると、《渋谷の恩人が来てるらしい》と言う。

 有利の恩人と言えば、《マッターホルンを制覇した》という噂の山男ではなかったろうか?セントバーナードとの二人三脚で臓器売買組織と戦い、襲いかかるドーベルマンの群れに左腕を奪われたと聞いているのだが…。人垣の中心に目を凝らせば、《山男》なんて形容が似つかわしくないスーツ姿の青年がいた。

 確かに左腕は無いが際だった美形であるせいか、それすらも美しさを引き立てるための装飾に見える。逞しい体躯の一部が欠損し、ひらりと翻る袖が痛ましさと共に背徳的な美すら漂わせるのだ。

 その美形が…有利を残された右腕で抱き寄せている。

 胸の中に込みあげてきた熱いものが、何を意味するのかすぐには分からなかった。
 
『な…なんだよ、あいつ…べたべたし過ぎじゃねぇの?』

 しかも、やけにニコニコして…《幸せ》を絵に描いたような表情を浮かべている。
 有利以外を見ている時には笑顔でも、どこか心の中に冷静な部分を湛えているように見えるのに、有利の方を向くと途端に《ほわぁ〜…》っとしたオーラを放つのだ。

 あれは有利が《可愛くて可愛くて転げ回りたい》という顔だ。

『大丈夫かよ、渋谷の奴…。あいつ、助けてくれた奴とかに恩義めちゃめちゃ感じそうだもんな…。つけ込まれて、変なことされてなきゃ良いんだけど…』

 海外では女性だけでなく、可愛い少年も性欲対象にされやすいと聞く。
 あの、実に騙され易そうな有利のこと…上手く言いくるめられたら何が何だか分からないうちにベッドに上げられ、美味しく頂かれてしまいそうだ。

 人垣をかき分けて二人に近寄ろうとした時、丁度生活指導の大場が現れた。

「お前達、何をしている!」
「あ…ヤバっ!」

 結構荒れている学校から来たせいか、大場は校門に生徒が集まったりすることに過敏だ。先輩教師が昔、目の前で他校の生徒に刺されたことがあるらしい。  

 《有利の恩人》…確か、コンラートとかいう名の男が釈明しようと歩み寄ると、大場の表情が益々険しくなった。
 奥さんがホストに大金を貢いだという噂だから、イケメンも気にくわないのだろう。

「先生、お騒がせして申し訳ありません」
「全くだ!迷惑なんだよ、こういうのはねぇ…とっととお引き取り願いたいっ!」
「ええ、すぐに失礼します」

 礼儀正しく穏やかな語調なのに、一方的に遜っている感じがしないのが不思議だ。
 《本来はもっと高位の人間なのに、敢えて劣る者の立場を鑑みて下手に出ている》…自然と、そんな風に感じられた。

『あいつ、徒者じゃないな…』

 瀬名や大場の感想など知らぬげに、コンラートはあくまで落ち着いた態度で有利を促した。

「さ…帰ろうか?久しぶりの登校で疲れたろう?」
「コンラッドこそ…仕事、お疲れ様!」

 見つめ合う二人の間に、ピンク色の大気が流れているのは気のせいだろうか…。
 何とも言えぬ雰囲気を残したまま…二人は学校を後にした。 



*  *  *




「ねえ渋谷君、休日か放課後にコンラートさんと一緒にうちの事務所に来ない?」
「へ…なんで?」

 きょと…っと小首を傾げる有利に、高梨は重ねて言った。
 9月の第2月曜日、クラスメイトが半分くらい入った教室の中で発した言葉に、察しの良い連中は意味を理解して興味深げに視線を送ってきた。

 コンラートと有利の写真を撮った高梨は週末の仕事場で、事務所長の真鍋にそれを見せて好感触を得ていたのだ。いや、好感触と言うよりももっと積極的な食いつき方だった。どうやら、現在抱えている仕事内容に、二人のイメージが激しく合うらしい。
 写真はともかく動画媒体も含むようなので、実際に試し撮りをしてみないと使い物になるかどうかは分からないが(流石にカメラを前にして、彼らが自然な動きが出来る保証はない)、高梨としては是非、何らかの形で彼らに本格的な映像を残して貰いたいのだ。 

 だが…。

「モデルをやってみない?渋谷君」
「え、やだ」
  
 高梨渾身の申し出を、有利はサクっと断ってくる。
 《あり得ないし》という風に、ふるるっと手を振る仕草つきだ。

「……端的な返事ね、渋谷君」
「高梨さん、結論が遅いの嫌いじゃん」
「そりゃそうだけど、拒絶の返事も同じくらい嫌いなのよ」
「そんな我が儘な…」
「我が儘はあなたよ、渋谷君っ!」

 ズビシィ…っ!と、鼻面に指を突きつけるのだが、有利は困り果てたように肩を竦めている。そんな仕草までが小動物のように可愛らしいのだから、こんな所で無駄に垂れ流している場合ではないのだ。

「あなたやコンラートさんみたいに綺麗な人が、世に埋もれているなんて美に対する冒涜だわっ!」
「いや…そんな大層なものでは…」
「自覚がないとは恐ろしい事ね?」

 高梨は呆れたように頭を振ると、傍でそわそわと見守っていた及川の肩をがっしと掴んだ(心なしかびくついている)。

「そうは思わない?光枝ちゃん」

 先週まで《苗字+さん》だったのに、急に《名前+ちゃん》で呼ぶと及川も目を白黒させていた。最近とみに親しみを感じるのだから、このくらい良いではないか。

「うーん…そりゃそうだけど、決めるのは渋谷君だと思う」
「あら、あなたもはっきり言うようになってきたわね」
「…瑞穂ちゃん、論旨が明確じゃないの嫌いじゃない」
「それもそうね」

 反対意見自体は別に嫌いではない。卑屈そうに追従されるよりは遙かに良かった。
 それに、気が付いたら及川も少々照れながらではあるが《ちゃん付け》にしているので気をよくする。

 しかも、彼女は落ち着いた声音でなかなかの援護射撃をしてくれた。

「ただね、渋谷君。渋谷君は嫌でも、コンラートさんにとってはどうか分からないでしょ?話だけは伝えてみたら?」
「え〜?」

 《光枝ちゃん、グッジョブ》…にやりと笑って親指を突き上げると、向こうも照れ笑いを浮かべながら同じ動作を返してきた。やはり、高い美意識を持った者は違う。

 唇を尖らせつつも、律儀な有利のことだ…少なくとも、伝えるだけは伝えてくれるに違いない。
 そこで念のため、コンラートに好感触だったアイテムを用いてみる。

「渋谷君、これをコンラートさんに渡してくれる?」
「これって…あ!こないだの写真?わ〜…高梨さん上手いなー…。凄ぇ良く撮れてるよ」
「当然よ」

 腕前にも自信はあるが、何しろ今回は被写体が優れていた。肌の質感と良い、四肢と体幹のバランスと良い、実に写真うつりが良かった。それは見ている有利にも伝わることだろう。

 特にコンラートの良い表情を捉えたものには随分と食いついており、じぃ…っと凝視しては幸せそうに顔を綻ばせている。

「ね…写真って不思議だと思わない?映像でもそうだけど、私は特に写真が好き。ずっと見ていても気付かなかったものに、たった一瞬を切り抜いた紙一枚で、はっと気付かされることがあると思わない?」
「う…ん、確かに…」

 コンラートは、有利を見つめるとき…とてもとても幸せそうな表情で微笑む。
 そんな時、彼の冷たいくらいに整った顔立ちは、春陽を受けた若葉のように綻ぶのだ。
 何という、美しい表情だろう?
 慈しみとかいたわりとか、愛おしさとか…そんな崇高な感情がこの一枚に詰まっているのだ。

「素人の私が撮っただけでこうなのよ?ね…仕事にしろとまでは言わないわ。でも、プロのカメラマンに撮られたコンラートさんの写真…あなたも見てみたくはない?」
「そ…そりゃあ…」

 《良し、食いついてきた》…敢えて有利自身のことは伝えず、コンラート路線で攻めてみよう。
 
「上手いわよ…プロは。普段は見られないような…今までとは違うイメージの一瞬を捉えて、あなたに見せてくれるわ」

 高梨自身はまだまだ駆け出しのモデルであるに過ぎないが、思いの丈を何とか伝えようと熱弁をふるった。

 《うちの事務所》などと言ってはみたものの、決して事務所内での地位も高くはなく、今までにこなした仕事内容もティーンズ向けのファッション雑誌が最高だ。
 だが、モデルというものの価値については、おそらく事務所内の…いや、この業界に所属する年若いモデルの誰よりも深く洞察している筈だ。

 モデルは少数の例外を除いては、極めてプロとして活動できる時期が短い。
 それをもって《軽薄な仕事》の代表であるが如く悪罵する者もいるが、そうではないと高梨は思うのだ。

『ほんとうに美しい映像というものは、生涯忘れ得ぬ感動を人々の心に残し続けるわ。時として、そのモデルが亡くなってしまった後でさえも…』

 自分自身そうありたいと願うと同時に、高梨は他人に対しても同様にそう思う。
 折角整った容姿を持っていながら、他者を貶めることで自分を上げようとしたり、快楽を得たり将来への不安を誤魔化すために、薬物などで身体を荒廃させていく者を高梨は《美しい》とは感じない。

 精神性も含めて本当に《美しい》と感じる者の、なんと希少なことだろう。
 だからこそ、その希有な例である二人をこのまま埋もれさせておくことを惜しむのだ。

 有利は高梨の熱弁をじっと黙って傾聴してくれた。
 そして…根負けしたように呟いたのだった。
 
「高梨さんは、本当にモデルの仕事が大好きなんだね?」
「ええ、そうよ。誇りを持っているもの」
「そっか…」

 こくんと頷くと、有利は言った。

「分かった。コンラッドに勧めてみるよ」



*  *  *




「モデル…俺がですか?」
「うん…その、嫌じゃなかったらだけどさ」

 コンラートは住処こそ別になってしまったが、一人分の夕食を作るのも面倒だし、美子が強く誘ってくれるので夕飯時には渋谷家にいる。そしてそのまま後片づけを手伝って熱いお茶を一服した後、自宅に帰るのである(ちなみにスープが冷めない距離だ)。

 今も熱いほうじ茶を啜っていたのだが、有利が写真を取り出すと《ススス…っ》と、湯飲みは余所にやってしまった。

「これは…可愛く撮れていますね!」
「他の子が撮ったのも貰ったんだけど、やっぱ高梨さんがくれたのが一番綺麗だよね」
「確かに…」

 一枚一枚捲っていくと、思いがけない表情の有利まで捉えていて驚いてしまう。
 ちょっと図々しい女子が強引にコンラートの腕を引っ張ったとき、明らかに嫉妬心を滲ませた有利が拗ねたような表情を浮かべていたのだ。
 また、他の写真では少し大人びた表情でコンラートを見つめていたりする。

 普段直接目で見ているのとはまた違った視点で撮られた写真というものに、コンラートは有利以上に魅せられていた。

「ユーリも撮影するんだよね?」
「まさかぁ…!俺はあんたのおまけみたいなもんだよ。あんたに勧めるのも最初は断ったんだけどさ…あんまり高梨さんが熱心だから説得されちゃった。なんかさ…何かを一心不乱に追いかけてる人の言う事って、妙に迫力があるんだよね」
「ユーリも撮ろうよ」
「えぇ〜?やだよ恥ずかしい!俺の顔って理想に反して貧相なんだもんっ!」
「どこが?」
「ほら、無駄に目が大きいところか顎が細すぎることとか…」
「全部綺麗だよ」

 有利の頬を両手で包み込み慈しむように撫でさすれば、触れた肌が少し熱を持つ。
 確信を込めて甘く囁けば、《そんなことない》とか、《恥ずかしいからそーゆーこと言うなよ》なんて言葉が返ってくる。

 全部本心なのに…。

「ね…ユーリ。その女の子は本当にモデルって仕事が大好きなんでしょう?」
「うん、きっとそうだと思う。生半可な勢いじゃなかったもん」
「年頃の女の子が自分の美貌を賛嘆されることに熱中するのは、これはとても平凡なことだよ。でも、他人の美しさを賛嘆して是か非でも写真を撮ろうと言ってくるなんて、これは余程のことだ。ユーリがどう思おうと、少なくともその女の子は…とてもとてもユーリの容貌を買っているんだと思う。それを無碍にするのは勿体ないんじゃないかな?」
「う〜…そっかなぁ?」
「その女の子が私利私欲のためにそんなことを勧めているようなら、俺はすぐに君を抱き上げて裸足で逃げ帰るよ。だから…一緒に行ってみない?」
「う…うん」

 有利は漸く、惑いつつも承諾した。



*  *  * 




 9月の第2日曜日、高梨に連れられたコンラートと有利は約束通り事務所を訪れた。

 そこで、コンラートは少なからず驚くことになる。
 名刺を差し出した事務所長真鍋が、《ようこそ、異世界からのお客人》と眞魔国語で語りかけた為である。

「あなたは…魔族なのですか?」
「ええ、勿論当代の魔族が大抵そうであるように、血は薄まってもはや魔力の欠片もありませんけどね…。幸い、組織活動に於いてボブとは交流がありますから、あなたのことは存じております。正直、うちの高梨君が写真を持ち込んだ時には驚きましたよ」

 事務所長である真鍋芳信は感じの良い初老の男性だった。
 業界人的なギラギラとした雰囲気は薄く、落ち着いた葡萄茶色のスーツを着こなす佇まいは理知的で、どこか学者めいた雰囲気を持っていた。
 実際、彼は職業こそモデルを中心とした芸能プロダクションの経営者だが、魔族内では伝承や言語を後世に伝えるという役割に就いているらしく、幾らか訛りはあるものの、十分に意味の通じる眞魔国語を操っていた。

 かつてボブに会った時もそうだったが、しみじみと感じ入るように眞魔国語を連ねている。本当にそれを母国語とする異世界の同胞に会えたことが、とても感慨深いらしい。

 ただ、紹介者としてついてきた高梨は事情が飲み込めずにきょとんとしているし、有利も習いたての眞魔国語を理解するのに必死で、口を挟むような余裕はない。

「ですが、今回お呼びだてしたのは魔族の繋がりを愉しみたかったからではありません。私もまた、あなたに魅せられたのですよ…ウェラー卿。あなたが眞魔国に於いて極めて優れた武人…英雄であったことは聞き及んでおります。今回は、その技量と気迫に期待を掛けているのです」
「ですが、俺は腕が…」
「ええ、残念ながら左腕を無くされたようですね。しかし、それでも…やはりあなたからは剣の道に生きる者の真摯な魂が感じられる」
「そうでしょうか…」

 確かに、鍛錬は続けている。
 けれどそれは子どもの遊技にも似た、単純な棒振りに過ぎない。

 《何のために?》と自問自答する思いも、一心不乱に降り続ければ次第に昇華されていくから…その悟りにも似た感覚を得たいが為に、習慣的に降り続けているだけなのだ。

 それでも真鍋は、コンラートの中に武人の魂を見るのだろうか?

「私は、今回頂いた仕事で…まさにそれを表現したかったのです。鋭利な…それでいて澄み渡る、武人の美しさを…!」

 なるほど高梨の上司だけあって、掻き口説く文句は実に情熱的だ。

「日本刀を御覧になったことはありますか?」
「映像でなら…」
「是非、本物を目にし、手にとって御覧下さい。唯の物体にあらず…力ある武器である事が伝わります」

 真鍋の言葉には重みがある。
 彼が、どれほどこの仕事に思い入れを持っているか感じさせる言葉だった。

「今回の撮影には、真剣を使います。かつて日本に於ける魔族の祖が鍛冶師として腕をふるい、魂を焼き込むようにして鍛え上げた名刀です。既に何人かのモデルに持たせて試写はしましたが、刀に気押されてしまって駄目でした。あれでは唯、顔が良いだけの一般人がチャンバラをしているだけです。居合い抜きの達人と呼ばれる方をお招きしたこともありますが、今度は失礼ながら…容姿の面でバランスが悪い。武人の美しさを撮りたいとは言っても、売りたい商品は刀ではなくカメラですからね」

 現在の市場から見れば、比較的高価格帯のカメラになるのだという。
 日本の技術の粋を集めたような、芸術的なまでに優れたカメラだと言うが、現代に於いて《物が売れる》条件は性能だけではない。如何にして凡百の商品とは異質なものであるのか、高値であっても手に入れたいと思わせるような、鮮烈な印象を残すCMが必要になる。

「ですが…《和》を主体にした、日本刀を持つ侍が基盤イメージであるのなら、俺はそぐわないのでは?」
「私もウェラー卿コンラートという人の経歴をボブに聞いた時には、その武人としての戦歴だけであなたを起用しようとは思わなかった。強く惹かれたのはやはり、高梨君が撮ってくれた写真のおかげですよ。視覚に訴えるインパクトというのは、やはり計り知れないものがあると…久しぶりに驚きました」

 《正直…あの時の写真はユーリを見ながら、ひたすらデレデレしていただけのような気がしたんだけどな…》コンラートがそんな風に思っていると、くすりと真鍋も苦笑した。

「失礼…。あの写真を見て…というと、少し意外に思われたかも知れませんね?実に…その、渋谷君を大切に思っておられるのが伝わる写真が殆どでした」
「はあ…」

 ちょっと頬が染まりそうになる。

「ですが、一枚だけ…空を見上げておられましたね?」
「そう…ですね」

 それは多分、不意に見上げた空が…一瞬郷里のそれに似ていたからだ。
 鱗状に棚引く薄雲の群れが、眞魔国で見上げた空にあまりにも似ていたから…ほんの一瞬、コンラートの心は郷里に帰還していたのだ。

 その僅かな一瞬を捉えるというところに、カメラというのは確かに大きな意味を持つらしい。

「あれは素晴らしかった。高梨君は良い撮影家でもありますが、あれが撮れたのはおそらく偶然に帰するところが大きいでしょうね。あれは…撮ろうと思ってもなかなか撮れるものではない。己の精神が帰する場所に、強い誇りを持つ者の目でした」

 それは、少し心外な気がする。
 コンラートとしては、単に郷愁を誘われていただけなのだ。

 今のコンラートが《還りたい》場所は、有利の傍しかないというのに。

 それとも…写真にはコンラート自身認識できていない想いまでが写り込んでいたのだろうか?

『父さんは、どうだったんだろう?』

 カメラに似た機能を持つ魔道装置なら、フォンカーベルニコフ卿アニシナも持っていた。…というか、作って勝手に被写体を捕らえていた。これが《捉えて》いた訳ではなく《捕らえて》いたというのが正確な事実であるのは、被写体ならぬ被害者となったグウェンダルならよく知るところであろう。

 文字通り、カメラっぽい装置の中に半日以上捕らえられていたのだから…。

 話が逸れたが、あれを見たときにも思ったものだ。
 もっと早くそれが作られていたのなら、父の写真を残せたのにな…と。

『そうしたら、幼い頃には分からなかった父の思いも、写真を見ることで伝わったかも知れない』

 故郷から逃れ、愛しい者の傍で生涯を終えた父と、今のコンラートは極めて近い立場にある。
 今この時こそ、父の思いを深く知りたいと思ったことはない。

 そのせいだろうか?コンラートは特に抵抗無く真鍋の申し出を受け入れた。

「分かりました。お受けします」
「では、渋谷君もよろしくね」
「へぁ…っ!?」

 眞魔国語の会話を、何とか骨子の部分は聞き取っていたものの…突然日本語で振られた有利はぱちくりと目を見開いてしまう。

「え…え?どういう流れで、ここで俺!?」
「ああ、失礼。メインはウェラー卿なものだから、渋谷君への説明が後になってしまったね」
「それは全然良いけど…さっきの話で行くと、俺絶対無理ですよ?だって日本刀とか持ったことないし。チャンバラは兄貴とお土産のピコピコ鳴る布製の剣でしかやったことないし…」
「君に日本刀を持って貰おうなんて考えていないよ」

 《あっはは》と真鍋は屈託なく笑ってから、ぽんっと有利の肩を叩いた。

「今回のテーマは《侍》だ。単に強いだけの剣士じゃあない…。護りたいものがあってこそ初めて、真の《侍》であると私は信じている。だから、今回の件をウェラー卿に頼もうと思ったのも、空を見上げていた孤高の剣士としてのイメージと、君を大切にしている時のイメージの双方に衝撃を受けたからなんだよ」
「俺…護られちゃう側かー…」
「不本意かい?」
「いや、まさに事実がそのままだから余計に情けなくて…」
「おやおや、何を言うかな。さっきも言ったろう?《侍》というのは護るものがあって初めて《侍》たり得るんだ。つまり、君は《侍》に真の強さを与える存在なんだよ?」
「うーん…納得いくようないかないような…」

 それでも、不承不承有利は承諾した。
 《それでコンラートを格好良く撮ってくれるんなら…》と念押しした上で。





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